14
アートルカルム皇国の首都で開かれているのは、新世界連合国会合という会議である。座長を務めるのは、新世界秩序の樹立を唱える皇国だ。参加国は、アートルカルム皇国と、皇国が第一に外交関係の締結を求めたミル王国をはじめとする12ヶ国である。
「今後の皇国の方針についてですが」
円卓を囲む各国首脳に向けて、皇国首相グレイ・ハワードが話し始める。
「基本的には、友好的な国とは友好的な関係を、非敵対的な国とは非敵対的な関係を構築し、敵対的な姿勢を示した国とは関係を持たず、実際に敵対した国は滅ぼす、というところになります。
非敵対的な関係とは、今回皆さんにお集まりいただいた目的でもある『新世界連合』に加盟していただき、基本的な友好的姿勢の確認と、軍事面における連携、経済面における政府間通商を行う、というところになります。『新世界連合』については、基本的に我が国一国と敵対的でさえなければ良いという条件で構成する緩い合議体というものを想定しています。
これに加えて、皇国を中心として全加盟国が相互に友好的な『中央大陸東洋同盟』の結成を行いたいとも考えております。ここでは、加盟国に対する攻撃を同盟全体に対する攻撃と見做し、全加盟国で報復し、互いに守り合う、という関係を構築します。また、加盟国間の戦争は禁止、万が一発生した場合は、皇国を除いて双方脱退していただくことになります。経済面においても、常に緊密な関係を保ち、加盟国で経済的問題が発生した場合は加盟国同士で援助しあうというようなことを想定しています。
敵対した国についてですが、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますけれど、我が国に敵対したバートル王国は既に滅ぼされ、我が国の占領統治下におかれています。バートル王国をはじめ、我が国に敵対した国家であって我が国が単独で滅ぼし占領したものについては、完全に我が国の裁量内で処分しますので、干渉はご無用です。」
いったん言葉を切って、議場内を見渡し、再び口を開く。
「通商関係についてですが、我が国と皆さんとでは、技術の方向性に隔絶した差異があります。我が国にある機械工業や理工学は皆さんの国では発展しておらず、皆さんの国にある魔術は我が国には存在しません。そのため、無制限に民間の通商を解禁してしまうと、互いに甚大な経済的ないし技術的ダメージを負う可能性が極めて高いといえます。そのため、政府間で協議のうえ、適切な小さめの規模で通商関係を構築できればというふうに考えております。」
各国首脳が頷く。
「なお、我が国としては、魔術に対する理工学的観点からの研究を行いたいと考えております。いずれは、魔術と機械を組み合わせた新たな技術を開発し、先述の中央大陸東洋同盟内で技術共有を行うことができれば良いでしょう。我が国の機械技術については、段階的にはなりますが、中央大陸東洋同盟内で共有していくつもりです。
通貨についてですが、現在のところ、お集まりの各国では金銀銅、神金、神銀、神銅、神鉄などの貴金属を用いて通商関係を構築されていると聞いております。ただ、我が国ではそういった貴金属そのものの価値ではなく、通貨を用いて…いわば数字で物の価値を決めるというようなやり方をしております。そのあたりのやり方に相違があること、そしてある程度小規模な通商になることを踏まえて、当面の間は物々交換で双方が納得できる程度の物を交換するというやり方で行きたいと考えております。
とりあえずのご説明としては以上になりますが、意見や質問などはございますか。」
ミル王国の外相が真っ先に口を開く。
「ミル王国は、新世界連合と中央大陸東洋同盟に参加のうえ、皇国の方針に賛同します。」
これは、当然口裏合わせが済んでのことである。皇国にとってもミル王国にとっても幸運なことに、ミル王国は、皇国の圧倒的な力を即座に察知し、皇国が強権的でないこともあり、皇国に付き従うことを即断したのである。わかりきっていたことではあるが、ハワード首相は笑みを浮かべて感謝を述べる。
他の諸国も、技術供与や通商の実態について質問や要求をしたうえで、皇国もある程度それを呑み、最終的な合意が為された。この後、約1ヶ月で新世界連合条約と中央大陸東洋同盟が起草、締結された。ちなみに、この過程で最も難儀したことは、空転する皇国庶民院を開催して条約案を通すことであった。
─────
「筆頭枢密卿閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう。」
「やめてくれよ首相閣下。」
苦笑しながら返したのは、名目上は官職として最高位、首相よりも上位のプロトコルにある枢密院筆頭枢密卿、すなわち前首相である。筆頭枢密卿は、皇帝の顧問団たる枢密院を代表して、首席大臣をはじめとする諸大臣や、庶民院、貴族院、裁判所などと綿密に連携する任を負っている。皇帝の意思は、枢密院と常にもたれる相談の中で形成されていると言っても過言ではない。
「それで、新世界の情勢についてですが。」
そういって、首相はスーツの内ポケットから紙を取り出した。広げられたそれは、新世界地図である。
「我が国が転移したのは、この『中央大陸』北部の東方です。この海域は、中東洋と名付けました。我々が既に関わりを持っている国家は、全て中央大陸にあり、航海技術はそこまで発達していない大陸国家であるようです。
そして、中央大陸の遥か北方には、大陸が2つ連なっています。このうち西方のものには、巨大な人型の生物らしきものが多数生息していることが確認されたため、巨人大陸。東方のものは、巨大な城のようなものがぽつんと存在していることが確認されたため、巨城大陸。中央大陸と巨人・巨城大陸の間にある海は中北洋。その外は北洋。
中央大陸西方には、巨大な竜が多数生息していることが確認された巨竜大陸。接近した戦闘機が一部竜に攻撃され、1機が撃墜されています。中央大陸と巨竜大陸の間は中南洋、そのさらに南は南洋です。
東方には、2つ大陸があり、それぞれ中東大陸と極東大陸と名付けました。中央大陸と中東大陸の間は先述の中東洋、中東大陸と極東大陸の間は東海、極東大陸より東は東洋。」
そんなことを言いながら、首相が世界地図の見方を説明していく。
「それで、ひとまず中央大陸の情勢です。ミル王国から周辺諸国に使者が出ました。先日滅ぼしたバートン王国に隣接する、ロンド大王国とレッグ湖水国は沈黙。我々と友好的関係を結ぶことを申し出てきたのは、ミル王国と関係の深い南東の4ヶ国、それと南部にある『諸国連合』7ヶ国です。諸国連合というのは、かつて存在したベクター大王国という国が崩壊した際に独立した7ヶ国とのこと。」
新世界連合と中央大陸東洋同盟の参加表明国は、現段階では一致している。すなわち、ミル王国、ジェラルド王国、アールホルム王国、レイン王国及びプレツィガール公国、それと旧ベクター王国諸国連合のパーシー辺境伯国、ウォルター太公国、トマス公国、オレーン侯国、ロイド侯国、ガーランド侯国、ランス公国である。
「この世界でのパワーバランスに強く介入するには、中央大陸の真ん中にぽかりとあいた穴のような湖、三帝海に睨みを効かせるのが有効そうです。詳細な調査はまだですが、上空からの観測では、レッグ湖水国の湖とロンド大王国を通る大河川を伝うか、南西のエーテル大王国とパーシー辺境伯国を通る大河川を伝って、艦隊も大部分が入れます。」
「海軍が通れるような川があるの?」
「深度も広さも申し分ないようです。」
エーテル大王国は、北方にあるヨーク帝王国と並び、世界最古の国家であるらしい。かつて中央大陸は、ヨーク帝王国、エーテル帝王国、バートン帝王国という三帝王国により統治されていたという。バートン帝王国は消滅したが、ヨークとエーテルは、規模こそ縮小したものの大国の一角として、今もなお力と権威ある国である。
ちなみに、基本的に全ての帝王国は、帝王国以外に攻められて負けたことがない。例外は、エーテル帝王国だが、負けた屈辱を忘れないために自らの帝王国号を外し、大王国に国名を改めたとされている。つまり、縮小の原因は、全て内乱による分裂だ。
「そりゃすごい。じゃあ、とりあえずレッグ湖水国を押さえに行くわけだね。」
「そうなりますね。それと、この世界で最強と名高いヨーク帝王国の重装魔導騎兵隊というのがあるらしいのですが、ぜひともこれを撃破してみせたいところです。」
「ふむ。」
世界最強を塗り替えれば、皇国の目指す新秩序の構築はスムーズに進むだろう。
「ヨーク帝王国は、非常に誇り高い国だそうです。驕りと言っても良いかもしれませんね。勝てない戦になりかねないので、今まで表立って喧嘩を売った国はないそうですが、なかなか傲慢で鼻につく連中だと。」
「しかし、我々なら勝てるわけだ。手段を選ばなければ。」
「手段を選ばない道に進んだのは、閣下であらせられますでな!」
くっくっと2人が笑う。
「ヨーク帝王国は武力で屈服させるとして、エーテル大王国というのも非常に大きな影響力のある国です。ヨークとは異なり、驕らず堅実な大国と言ったところかと。こちらもうまくやらねばなりますまい。」
頷きながら、筆頭枢密卿は地図を指差す。
「このロンド大王国というのもずいぶん大きそうだけど、これはどうするの?」
「ロンド大王国は、バートル領と接しており、このあとレッグ湖水国を落とし、北ヨークとポリー王国を味方につけるので、包囲網が形成されるんですね。さらに、この国はガワこそ大国ですが、内部がガタガタとのことなので、いずれにせよ身動きは取れません。」
「北ヨーク王国とポリー王国を味方につけるのね。」
「はい。まだ話せていませんでしたが、北ヨークは反ヨークの急先鋒なので、恐らく協調できます。ポリーに関しては、諸国連合と仲が良いらしく、彼らが説得を約束してくれました。手土産も多少渡しておいたので、行けるでしょう。」
「諸国連合の約束は信用できるの?」
「ずいぶん自信ありげでしたからね。大丈夫でしょう。」
「…まあ、一方的に他国を全て滅ぼすこともできるわけだし、それくらい剛気に行っても…ってところかな?」
「そんなところです。」
「西方は?このペリエってところは、東西南北4つもあるけど、抗争でもしてるの?」
「ご明察。東のペリエ大王国から西南北のペリエ王国が独立し、今もピリついているそうです。それと、その北あたりにある5つの自治国とアルボス民王国というのは、最近"民主化"した国らしいですが、ここも政治闘争でゴタゴタしているとか。セリア王国とコーゼル王国は、民主化前のアルボスの一地方だったそうですが、独立したは良いものの"民主化"の流れに煽られて身動きが取れないと。あとの国は、特に何もない普通の国です。」
ふむふむと言いながら、枢密卿が地図と睨めっこをしながら脳内を整理している。首相と枢密卿は、以降もしばらく言葉を交わし、会談は終了した。
枢密卿は、その足で皇帝の私室に向かう。2人が面会していた枢密院は、皇城の敷地内に設けられており、庇の下を通って皇城まで行くことが可能だ。
枢密卿になってから、皇帝との面会は御簾を介さないものとなっている。もちろん皇帝が上座にある豪華な椅子に座ってはいるが、向き合って椅子に座ることも許される。
「…以上が、政府の把握している情報と今後の動きです。」
首相から渡された各種の資料と、聞いた話をそのまま伝える。皇帝と首相が直接面会することも往々にしてあるが、基本的にはやはり枢密院を介しての情報伝達となる。
「また、衛星の打ち上げについてですが、最大出力が従来型の倍にのぼる大型のロケットエンジンを既に設計、生産に着手しているとのことです。また、打ち上げる衛星本体についても、多めの燃料と大出力エンジンを搭載し、適切な位置を測るということです。」
皇帝が頷き、思案しながら口を開く。
「ふむ…新秩序というと響きは良いが、窮地にあるわけではないと判明したのに、かなり強引な手ではないかなあ。そなたが首相を務めていた初期は、相手の全容もわからず、手段選んではいられなかったが、既に我が方の圧倒的優位は揺るがぬと分かったのではないか?」
枢密卿は、少し困ったような顔をして答えた。
「現在のところ、我が国はこの世界では圧倒的に異端です。孤立しないように協調するだけでなく、誰も打ち勝てない、異端として排除しようという考えを抱かせない強い力を示し、敵を潰して味方を増やす必要があるのです。さらに、この世界は世界的な協調や原則といったものがほとんどありません。中世に毛が生えた程度のものです。
啓蒙主義的な取り繕い方は好みませんので本音を申しますと、世界に冠たる盤石な地位を築く力があるのに、あえて異端として忌まれる道を歩む必要はないと愚考します。単なる孤立か、あるいは世界の頂点にあり多くの味方がいる道か、結果を見つめれば、自ずと道が選べようと思います。」
面白ければ、ブックマーク、高評価等いただけますと幸甚です。




