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前首相が国家反逆罪で起訴されて以降、官庁街と皇城周辺が騒がしい。庶民院は党派を無視した分裂を起こして空転し、後任首相は新与党党首に決まったものの、国会に提出した法案の審議は全く進まない。貴族院は、庶民院が二分されていること、皇帝の挙動に様々な意図が見え隠れしていることなどから、会議すら開かず完全に沈黙している。
司法警察総局は、総局長が自殺したうえに、上層部が各方面に呼び出され、起訴後の手続きが一向に進まない。
ただ行政だけは粛々と進められていく。前首相のもとで、与党執行部が企図した通りに。
「司法府としては、どう考えておるのか。」
司法警察総局が自殺する前日に訪れていた部屋である。
「各裁判所の判断にまで介入することは罷りなりませんが、当職としては、前首相閣下の決定は必ずしも違法のものとはいえないうえに、高度に政治性の高いものであるため、司法府として善悪を判断することは差し控えるべきものであるという理解でおります。」
こう述べた最高裁判所筆頭裁判官は、少し間をおいて、付け加えた。
「これは公式の意見ではありませんが、既に最高裁判所裁判官連絡会議において最高裁判所内の意見はこれにて取りまとめてあり、本件を所管する下位の裁判所とも連絡をとっております。陛下が心配されるような事態にはなりますまい。」
皇帝は頷くと、少し声を顰めて話し出した。
「そなた個人としてはどう思うておる。司法府の意見には朕への配慮もあろうが、そういったものから解き放たれた、忌憚ないそなたの意見が聞きたい。少し自らの今回のやりように疑念が湧いてきてな。」
しばし黙り込んだ筆頭裁判官は、おもむろに口を開く。
「はっきり言って…司法警察総局にのさばる潔癖主義の暴走という感は否めません。ここまでの異常事態に際しては、あらゆる手段を講じてでも国益の最大化を図ることは政治に求められることの一つであることは間違いなく、前首相の判断は政治的判断として、少なくとも大きく間違ってはいないと思っております。ただ、やはりそれが違法であるならば問題かもしれませんが、戦時下で自国民以外の人権を守れという法律は我が国には存在せず、戦時国際法条約も締約国以外との戦争には適用しないとのとされており、明らかに違法、とまでは少なくとも言えないはずです。となってくると、国家反逆罪の政治的適用という色が濃く見えてくるというか、政敵を貶める手段としての国家反逆罪による立件というようにしか見えません。」
ですが、と言って続けた。
「恐れながら、陛下のやりようは、少々強引というような意見も出るかもしれません。まず、議会で不信任が決議されるという、なかなか例を見ない事態に陥った人物を、その翌々日に高位の貴族に取り立て、最高位の勲章を授与し、枢密院の第一枢密卿に任命するというのは、民主的な在り方が定着しつつある政治との衝突に直結します。皇帝陛下は、先代の陛下が政治の主体を民にお移しになって以降も、国内で非常に強い影響力をお持ちでいらっしゃいます。そういったなかで、政府と陛下が対立することは、国内を大いに混乱させることに繋がりかねません。さらに、司法警察総局長が皇城に呼び出された翌日に自殺し、以降も皇城周辺が騒がしいとなると、民の陛下に対する心情は悪化するかもしれません。」
皇帝は、目を瞑って頷いた。驚いたというよりも、やはりか、と再確認したというような様子である。
「しかし、もうやりようもない。堂々と、しかし大人しくしているのが次善の策と言ったところか。」
最高裁判所筆頭裁判官は、首肯した。何言か言葉を交わしたあと、彼は退出する。
3日後、皇城から布告が出る。叙勲式典である。
「なんて書いてある?」
休日の早朝から首都の各所に貼り出された布告に、暇な市民が集まってくる。じきに報道にも出されるであろうが、皇城関係の公開情報に関しては、公式布告のほうが報道よりも情報が早い。
「緊急の叙勲式典ってよ。」
「軍隊かー、じゃあこの前の戦争のやつかね。」
「戦争特需と緊急経済対策で、案外保ってる感はあるよなぁ。」
「あらゆる価格の管理制ってのはどうもいただけないけどね。長引くほどリバウンドがでかくなる。」
皇国は、経済の不安定を回避するため、物価や賃金を全て据え置きにするよう命じ、減少した売り上げ分を全て国が補填するという強硬策を講じている。延命措置に過ぎないが、その間に新国家との交渉、新領地の支配や周辺の開拓を進め、何とかしてやろうという意地である。
『今は物価統制で数値には出ていませんが、このところの政府による政策は、ハイパーインフレを引き起こす重大な過ちですよ!この3ヶ月で、物価統制がない場合、5%のインフレが起きているという数値が出ています。圧倒的に物が不足しているにもかかわらず、それによる経済効果を強引に金を配って維持しようとするから、出回っている貨幣量と存在する物の価値がどんどん乖離していくんです。』
『いやね、言いたいことはわかりますけれども、だからといって放置したら、一気に何十何百という企業が倒産し、何十万何百万という人々が路頭に迷うか良くても経済難に陥るわけですよ。それこそ大問題じゃないですか。』
『私も割と政府の政策を評価しているんですがね、政府の出している見通しとして、速やかに新規事業となる貿易や海洋のための調査や交渉を終えて、物価統制を解除するまえに市場に物を流すし、インフレの数値を追いかけながら流す物と配る金を調整すると。こうすれば、発現するインフレはある程度あるにしても、生活に出る影響はある程度抑えられるという見方を出してるんですね。これ完全な管理経済ですし、長期的にやるのはまずいと思いますけど、こんな異常事態においてはこうせざるを得ないんじゃないですかね。あとは政府の能力次第。』
『国が丸ごと異世界に転移するなんていうとんでもないことが起きているんですから、常識は通じませんよ。』
テレビやインターネットのうえでも議論が様々に繰り広げられている。フラットな議論を進めるため、登場する学者は出来るだけ一つの考え方に偏らせず、討論番組が是々非々で議論できるよう設計されているのは、昔の反省だろう。
「学者じゃないからわかんないけどさ、少なくとも現時点でそこまで生きるに困るってことはないし、思ったより何とかなってると思うんだよな。」
テレビの前でも、うだうだと議論している国民は多い。
「今後の話でしょ、さっきのインフレインフレって言ってたのが指してるのは。」
「うーん、そうか…。」
『…えー、そろそろ議題を変えたいと思います。前首相の問題…ですね。首相を不信任され、議員辞職をし、貴族に取り立てられて最高位の勲章を与えられ枢密卿になったあと、観察に国家反逆罪で訴えられたと。なんと司法警察総局長は皇城に呼び出され、翌日自殺してしまったということですが。』
『これはちょっと感情論になってしまうんですが、あの温厚な皇帝陛下が自殺を命じるってのはちょっと考えにくいんですよね。ただ、やはり不信任があってすぐに取り立てるというところにはやはり非常に強い意思を感じるところがあるんですよね。そもそも前首相がなぜ辞職ではなく不信任されることを望んだのか、これもよくわかりませんが、色々と少し歪なものを感じますね。』
『民主政治と皇帝の対立というところがやはり言えるんじゃないかと思うんですよ。皇帝がここまで強く意思を出す、司法警察総局に圧力をかけたのか知りませんが明らかに相関関係のある自殺がある。民に選ばれていない皇帝が強い権限を持つというのはちょっとあり得ないです。』
「くそったれ共和主義者め!」
『皇帝陛下は我が国そのものであり、七王国時代から続く我が国の長い歴史の象徴であり、我が国の繁栄の象徴ですよ。陛下は政治や民意に左右されるようなものではないし、陛下が評価すべきとお思いになるから、爵位が与えられ、勲章が与えられ、枢密卿に任命されるのです。陛下の評価と政治の争いは関係ない。』
『皇帝といえども民意に背くことは許されないですよ。』
『代々の陛下はいつだって筋の通ったことをされる。絶対に正しいとまでは言わないが、いつだって民の、国の大黒柱であり、そのことは誰もが認めることですよ。あなたのような共和主義者がいることを否定はしませんけどもね、長いことこの国で生きているなら少しは国のありようを受け入れたらどうですか。』
『国は民のものなんですよ。民の意思を代表するのが政治だ。それと対立する皇帝なんていうのは、国の主である民を無視する暴君に他ならない。』
「こんなやつテレビに出すな!無茶苦茶だよ。」
この日の放送の後は、テレビ局に大量のクレームが届いたという。
―――――
西方統治院総裁について、前首相が発令した人事は覆されていない。つまり、現在の西方統治院総裁は前首相である。
「軍曹、村の中ではないのですが、森のほうから何かが出てきました。」
小村に派遣された戦車の上部で周辺を監視していた兵が報告する。
「何?どんなのだ。」
「何というか、巨大な爬虫類のようですが…。恐竜…?」
「はぁ?」
軍曹が双眼鏡を覗き込む。
「…はぁ?何だあれ。村に損害が出るとまずいから、とりあえず向かってみるか…?」
全員が車内に入り、戦車が移動を開始する。村を挟んで反対側にある森から恐竜のような何かが出てきたので、とりあえず村の反対側に回り込み、砲塔を向ける。
写真を撮影して指揮所に送り、判断を仰ぐと、突拍子もない答えが返ってきた。
「当該の生命体は現地で『魔物』と呼ばれる好戦的な種類の生命体の一種であり、人間に対して極めて攻撃的であるのではないかという傾向を認めるべき情報が集まっているので、撃破して良い、と。」
「…そういう情報は早く出してほしいんだが。」
「そこまで脅威ではなく、きちんと冷静に砲撃すれば容易に撃破できるってさ。どうせ上に命令を出すように投げてるんだろうけど、平時と同じ対応じゃないか、こんなの。現場で命令出せよ。」
ぶつくさ言いながら、軍曹の指示を受けて砲撃手が照準を定める。
「撃て!」
念のため直ちに次弾を装填して即座に発射できるようにする。
「やったか?」
「弾着はしましたが、撃破はできていません。」
「情報と違うな。連射しろ!機銃も撃て。指揮所、聞こえますk…」
「目標、突進してきます!回避不能!回避不能!」
「はぁ!?」
数秒後、戦車は粉砕された。
「総裁、『魔物』についてなのですが、砲弾による連射を容易に防ぎ、突進で戦車を破壊して村落を壊滅させた個体が出現したという情報が入っております。現在、空軍を集結させて上空からの情報収集にあたっていますが、戦車を破壊されると…。」
「そんな化け物がいるのか…。」
「また、北方の山地には大量の魔物が生息しているようで、人型のものや、空を飛ぶ竜のようなものも確認されているとのことです。」
「そちらはとりあえず放置だな。まずは占領地域の安定を図らにゃならん。ゆくゆくはそちらのほうも潰さないとだな…。」
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