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いつぞやの首相府秘密会議室。
「戦況報せぇ!」
いつになく上機嫌の首相は、画面の中からふざけた様子で戦況の報告を求める。
「はっ!我が軍による包囲は大なる功を奏し、既に都市というべき34のうち32を沈黙させ、街というべき118の全てと村や集落というべき3,538の全てを沈黙させました!」
「よォし!速やかに現地の統治機構を発足させよう。既に与党政策委員会に案件は回してある。指示を出せばいつでも成立させられるはずだ。そこまでやったら、国家非常事態宣言を解除しよう。とりあえず皇帝陛下に面会するため、首都に降りる。」
「承知しました。首都の警戒体制を強めます。」
この会議室は、首相が搭乗している非常国家指揮機からの秘匿通信に対応した数少ない部屋である。そのため、非常国家指揮機が飛行している際は、通常の報告も、この部屋か、あるいは機体まで直接行って行うことが多い。今この会議室にいるのは、幕僚本部長のみである。
機体のほうでは、通信を切った首相が機内電話を取る。しばらくすると、機内の別室から与党総務委員長がやってきた。
「どうされましたか。」
「戦況報告が入って、作戦は概ね成功とわかった。回してあった現地の統治に関する法案だが、早速通してくれ。」
「承知しました。…ところでなのですが、今回の逆侵攻に対して野党がガタガタと言っており、与党内にも異論が出ております。この法案までは何とか通しますが、その後が続くか…何ともわかりません。連立内閣もいつまで保つか…。」
首相が顔を顰める。
「勝ったんだからいいじゃないか…国益を守ったと褒めてもらいたいくらいだがね。」
「まあ…実際、『防衛戦争』と言うのは無理がありますからね。確かに防衛から継続的に戦闘が続いていたので、同じ戦争だとはいえますが、宣戦布告の手続きを取るべきだと言われるとなかなか苦しいものが。」
「それは確かにそうなんだが…官僚的論理付はできているから、それで頼むよ。何とか。これが済んだら国家非常事態宣言を解こうと思っていたんだが、どう思う?」
「何とも言えませんが、首相に対する追求は激化しそうなところではあります。与党も割れるかもしれません。」
首相は目を瞑って背もたれに倒れ込んだ。
「ありがとう。考えてみるよ。」
ふーっと長く息を吐いたあと、退出しようとした与党総務委員長に声をかける。
「この後だけど、すぐ首都空軍基地に着陸することにした。変更して悪いが、君はそのタイミングで降りたら良いかな。それと、私は皇城に参内するよ。」
与党総務委員長は、了承を返して退出した。
それを見届けた首相は、目元を押さえるが、すぐに秘匿通信で首相府に連絡を入れ、秘密裏に盟友たる与党副党首を呼び出すように伝える。そして、目の前のストレスフルな仕事をいったん放棄して寝室に向かった。
彼は何か強いストレスに襲われると、そのあとの予定をキャンセルして1時間きっかり睡眠を取る習慣がある。
「首相、お休みのところ申し訳ありません。首都から緊急の通信が届きました。」
しかし、入眠して10分もしないうちに起こされる。極めて不快そうな顔で起きた首相は、寝室の扉を開けて、秘書からメモを受け取る。
「ほう、これは朗報だな。」
ちっとも嬉しくなさそうな声音でそう呟いた。
「いや、かなりの朗報だ、こりゃ。」
少し機嫌が治ったのか、再びそう口にすると執務室に戻る。
「あーもしもし、私だけど。皇帝陛下に拝謁したあと、あの外交関係を結ぶことにした国の外務卿がこちらに向かっているらしいので、それに会うことにした。それと、陛下に明日の午後のご予定をお伺いしておいてくれるか?その外務卿と陛下を引き合わせようと思う。外務卿というのにも連絡しておいてくれ。」
2時間後、非常国家指揮機は首都空軍基地に着陸した。厳戒態勢の基地から皇城までの道を装甲車で爆走する。車の中から外を眺める首相の顔は、少し寂しそうであった。
車内の沈黙を、運転手の「ままなくです」という声が破る。首相は、表情を引き締めて服装を確認する。装甲車は、減速して皇城の門をくぐり抜けた。
車を降りると、近衛隊がすぐに護衛につく。近衛兵に囲まれて、首相は皇城に入って行った。
政府高官と皇帝が謁見する際に使われる小部屋に入室し、膝をついて待機する。しばらくすると、御簾の奥に、皇国の元首、皇家の家長が現れた。
「大儀である。」
「はっ。臣より、陛下の民を傷つけ、軍を攻撃した不埒者の行末と、新たな世界における朋友について、ご報告を申し上げます。」
首相は、戦争を仕掛けてきた国は、攻撃してきた敵部隊を撃滅してもなお攻撃の姿勢を見せたため、反攻して徹底的に敵の軍を崩壊せしめ、統治下においたこと。また、外交が功を奏して、新たな友好国ができたこと、そしてその外務卿がこのあと急遽到着するため、明日の午後にでも拝謁させたいことを上奏した。
「うむ。そなたの行いは、まさに我が国の軍事的及び経済的危機に対する有効な対処といえるだろう。…結局のところ、最も優先されるべきは自国民であって、この世界で我が国が締結している軍法や人道の条約は存在しない。そういった無制限の環境で、今までの常識を捨て去り、最も有効と思しい手段を選択したそなたの手腕を、朕は非常に評価しておる。」
「ありがたきお言葉にございます。…失礼ながら、何者かが陛下に御目通り申し上げましたか。」
「そなたの相棒、与党で副党首を務めている彼は、よき友であるな。あらぬ批判に晒されておるとそなたの地位を危ぶんで、朕に事情を伝えたいと言ってきた。議会が空転しておるというさまもよく聞いておる。それと、経済的危機に対する対処という面を、自身の保身というよりも国の建前を守るために言わないかもしれないが、そこも含みおいて欲しいと伝えられておる。」
「はっ…これは、陛下の御厚情と我がよき友に感謝をせねばなりますまい。」
「うむ。」
御簾がおもむろに引き上げられる。首相ですらも滅多に拝むことがない皇帝の顔である。
御簾が上がるのを見た首相は、今一度深く頭を垂れた。
「面を上げい。朕はそなたを真に評価しておる。一時は、うだつの上がらない男よのとも思うたが、撤回しよう。そなたは真の国士じゃ。皇帝の名において認めよう。政治的な都合がある者に爵位を与えることはまかりならぬというのが慣習であるが、もしそなたが政界を退いたときは、必ず高い爵位と勲章、そして我が枢密院における地位を約束しよう。」
「あ、ありがたき幸せにございます…!」
前世界における世界的な民主化の流れにより、当時の皇帝自らの命によって、国政は民主制のもとに行われるようになり、かつては地方の領主や政府の高官を兼ねていた貴族らもその権限を剥奪された。尤も、皇帝は今でも強大な権限を有しており、名目上は法の制定などもあくまでも皇帝の裁可を得て行われることになっているし、皇国の精神的な大黒柱でもある。そして、貴族は単独で院を有している。
特に、爵位と栄典、皇家とその周辺に関する事柄、憲法を含む国家の基本的方針に関して皇帝の同意を要するなどのことは、名実ともに不可侵の皇帝専権事項とされている。国家の基本的方針については滅多に行使の機会が生じることではないが、爵位と栄典と枢密院は、皇帝が通常行使する権限である。
爵位は、王、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準爵、騎士爵である。高位の貴族といえば王から侯爵、中位といえば伯爵、低位といえば子爵から男爵、準爵と騎士爵は貴族に準ずる位とされている。実際のところ、王や公爵に関しては、ほとんどが皇家か、かつて皇国が征服した国の王家であるから、与えられ得る高位の爵位というのは侯爵のみである。つまり、平民の出でありながら、侯爵という地位を確約されたのだ。栄典については色々とあるし授与されている者もいる。枢密院については、功績のあった政財界などの大物が、枢密院を構成する枢密卿に任命されることがよくある。しかし爵位は、前例が極めて少ない。
「うむ。そなたも忙しいだろう。帰って職務に励め。忘れるな、そなたが信を違わぬ限り、朕はそなたと共にある。」
皇帝は、そういって退出していった。
皇城から出てきた首相の顔は明るい。外で待っていた秘書も、ナーバスになっていた首相が元気になったことで、少し安堵したようである。
車に乗り込むと、厳戒態勢の首都を再び走り、首相府の別館である迎賓館に向かう。そこで、王国外務卿を迎える手筈である。途中で与党副党首を拾い、今後の行先について話し合う。迎賓館に到着したあとも、しばらく話し合いを続け、結論を確認して解散する。与党副党首は、そのまま与党本部に向かった。
数時間後、既に深夜であるが、王国外務卿が迎賓館に到着した。
―――――
「首相、もう耐えられません。造反者が続出する見込みです。」
己の政治生命の尽きを悟った首相は、天を仰ぎ見た。
「あと…あと1週間だけ待ってくれないか。それだけあれば一通り終わる。」
与党役員会。沈痛な表情の副党首。悲憤する総務委員長。無表情の政策委員長。考え込む選挙委員長。頭を抱えている議員会長。欠席している事務総長。
「…わかりました。努力します。」
陰鬱な空気の中、与党の役員会は政府と党内の案件を事務的に処理し、終了した。しかし、職員を退出させたうえで、これらの面々はまだ残っている。
「造反の頭は事務総長だな。」
「でしょうね。…後任はどうしますか。」
互いに顔を見合わせたあと、党首の盟友である副党首、与党の顔として党首を支えている総務委員長、そして最も立場が弱い議員会長が辞退を表明した。政策委員長は微動だにせず、選挙委員長も相変わらず考え込んでいる。
「私はね、議員ごとやめちまおうかとも思ってるんだ。無論、顔は出すがね。」
一同、寝耳に水のことに、微動だにしなかった政策委員長ですら反応する。
「陛下が認めてくださったんだ。私は正しかった。そう思うとね、意外ともう良いんじゃないかなっていう気もしてきたんだよね。貴族院や枢密院にでも転向しようかなと思っている。」
「なるほど、陛下が。」
政治家というのは、野心を失ったらそこまでである。凡人と評されれ雌伏の時を過ごしてきた自分たちの党首は、短命の蝉がごとく、このおよそ2ヶ月で全てを使い果たしたのだと気づいた。
「最後の人事、この場で私が指名して良いかい。」
全員が頷く。
「政策委員長を党首に、議員会長を総務の副委員長に、選挙委員長を総務委員長に、副党首を議員会長兼最高顧問に、それぞれ異動だ。事務総長は党を除名。あとは新党首に任せる。」
政策委員長が口を開く。
「では次期党首として、前任者を最高顧問に。あとは練ります。」
政治生命の尽きようとしている首相は、しかし案外元気そうに、感謝を述べて退出していった。
翌日。皇国の新領に西方統治院が発足。総裁に首相が就任。
2日後。新世界における第一の友好国誕生、通商協定の締結などが発表。
3日後。第二、第三の友好国との交渉開始を発表。
4日後。連立内閣終了を表明。野党から選ばれていた大臣が全て更迭。
5日後。国家非常事態宣言の終了を宣言。
6日後。与党、臨時議員総会を開催。万が一に備えて後任の党首を選挙。政策委員長が次期党首に決定。
7日後。庶民院、首席大臣不信任決議を可決。与党党首が辞職を表明し、次期党首が就任。
8日後。前首相、議員辞職を表明。庶民院、前首相の議員辞職を許可。
9日後。前首相、侯爵に封ぜられ、大鵠勲章を与えられるとともに、枢密院筆頭枢密卿に就任。
10日後。
「そちは、朕が枢密院筆頭枢密卿に任じ大鵠勲章を与えた男を、その翌日に訴えさせたらしいのう。それはいったいどういう意図か。答えよ。」
滅多なことでは怒らない皇帝が、まさに怒髪冠を衝くといった様相で、しかし言葉は静かに、出頭させた司法警察総局長に問う。
「お、畏れ多くも皇帝陛下におかれましては…」
「前置きはいらぬ。答えよ。」
汗をだらだらと垂らす司法警察総局長は、喋るのがやっとといった様子で、言葉を紡ぎ出す。
「ぜ、前首相は、その、し、職務において、不当にせ、戦争を開始し、国の、あ、安寧秩序と、平和国家と、というあり方を脅かした、国家反逆罪の容疑が…かけられております。」
「国家反逆罪はそなたらではないか。国益のために手段を問わず巨大な利を為してみせた、あの男を政界から追いやった愚かな議員ども、あろうことかあの男が国家反逆罪の容疑などと抜かす無知蒙昧な司法警察吏ども、そういうものを国家に、国益に反逆しているというのだ。汝ら、いかにその罪を償うのか?」
司法警察総局長は、しばらく皇帝による詰問を受けたが、埒が明かないと判断した皇帝に退出を命じられた。近衛兵に両腕を掴まれながら、皇城の城門まで連れ出されると、勢いよく放り出される。仕上げとでも言わんばかりに、皇城への立入りを禁ずる旨の通告が投げつけられた。
その日の夜、司法警察総局長は自殺した。
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