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王国外務卿は、内心の動揺を抑えつけるのに必死であった。
「お、おい…今までどこの国にこんなものがあった?」
「み、見たことがありません…」
恐ろしいほどに統制され、微動だにしない兵。後ろに並ぶ見たこともない鉄の塊。道は舗装され、先ほどから先導しているのは、これまた見たこともない鉄の塊。王国の国歌が聞こえてくるが、演奏している者は見えない。魔術師によれば、魔法の類が使われている形跡はないという。つまり、完全に未知の技術。
子爵の館に到着して馬車を降りると、空から轟音が聞こえてくる。見上げてみると、何かが飛んできているのが見えた。ものすごい勢いで飛んできた何かは、色のついた雲を吐き出しながら飛んで行く。あっけにとられていると、さらに空の上の方にも何かがいるのが見えた。それが吐き出している雲は、外務卿の母語でこう空に字を描いた。
「歓迎 外務卿閣下」
さらに、上空に大量の何かが群れを成して現われ、交差して飛んで行くなど、どうも何か演舞のようなものを見せられているらしい。これもやはり魔法の類が使われている形跡はないそうだ。
「閣下…アレは竜をも容易に撃ち落すような代物かもしれませんな。心してかからねばなりますまい。」
「最初に頼まれたときは何を無茶苦茶なことを…と思ったが、来てよかった。もし時期がずれていて繁忙期だったら、来れなかったかもしれない。そうしたらどうなっていたか…。」
子爵の従者と思しき者に案内された部屋は、会談の前準備のための部屋ということらしい。見たことのない、しかし清潔感があり見栄えのする服を着た男が何人か待っていた。
「外務卿閣下とお見受けいたしますが、お間違いありませんか。本日は、未だ貴国の言葉を習得できておらず、翻訳機械、そちらでいう魔道具のようなものを介してお話しすることになりますので、こういった無機質な音声になりますが、ご容赦ください。」
言われてみれば、互いの言葉もわからないなかで、最初の接触から1ヶ月やそこらで言葉がわかるようになるはずもない。にもかかわらず、翻訳機械とやらを通せば異国の言葉を話せるというのは、たいへんな技術なのだろう、と思い至ったが、顔には出さない。
しばらく説明を受けた外務卿一行は、とりあえず段取りに同意すると、広間へと案内された。
扉が開けられると、すぐのところに子爵が立っており、こちらに一礼した。少し奥の机には、説明のあった通り、右手の真ん中あたりに相手国の政府特別代表が立っており、目が合うとこちらに軽く一礼してきた。これに礼を返すと、彼の正面に着席する。それぞれの部下も入室し、着席した。
異世界間国家による初めての外交交渉が始まった
「そうですね、まず皇国側の要求から申し上げますが、おおまかに言うと、第一に国交樹立、第二に通商、第三に包括的同盟ですね。それと、そちらの通貨を保有したいので、持ってきた金品との交換をお願いしたいと思っております。色々と手土産も、お持ちしたので後ほどお受け取りください。」
「王国としては、うーむ…とりあえず国交樹立は今この場でお約束いたしましょう。通貨のお渡しも承知しました。通商と同盟については、話を詰めましょう。手土産、ありがたく頂戴いたします。…それと、通商については、前向きに検討したいとは思いますが、あいにく詳しいものがおりませんので、今日のところはご勘弁を。」
口上もそこそこに、皇国がまず要求を告げた。互いのことを何も知らないはずであるなかでのこの動きは、なかなかに強引なものではある。そこに、王国もまた無条件で国交樹立に同意したことは、一つだけ現状では明らかになっている力の差によるものだろうか。
「なるほど、では今日は同盟のお話を少しするくらいに留めましょうか。せっかくですし、我らがどういう国であるか、こちらに子爵のご許可を得て置かせていただいている仮の基地をご案内しつつご説明しようと思います。」
会談の場所は、早速移された。ちなみに、ここまでの流れは、全て段取り通りである。国交樹立の話が済み次第、案内することになっていたのだ。
仮説基地の滑走路で、特別仕様の政府専用機に乗り込む。通常の旅客機は、各客席ごとに窓が設置されているが、この特別仕様の政府専用機は大きな窓が両側に設置されている。大窓に用いられているガラスは、地味ながら皇国の技術の結晶なのである。政府専用機が飛び立つ前に、周囲の滑走路から戦闘機が多数出撃する。また、ヘリコプターも上昇し、周辺空域の安全確保を開始する。とはいっても、見せ物としての意味がほとんどだが。
その様子を機内から眺める外務卿の顔は、引き攣っていた。
数分後、政府専用機が離陸した。シートベルトをどうにか装着し、初めての体験に身を強張らせながら広く快適な座席に座っている王国の要人たちに、皇国政府特別代表が声をかける。
「皆さん、じきに耳に違和感がでると思いますが、そうしたら唾を飲み込んでみてください。それでも治らなければ、鼻をつまんで、鼻に強く息を送るといいですよ。一気に高度をあげると誰でもなります。」
しばらくして高度と加速度が安定すると、一同は大窓を囲むように設けられた座席に移動した。半円形に並べられた座席には、それぞれに小さな机が付置されている。ちなみに、現在のところGPSは稼働していないので、通信と地形による位置測定が行われている。まず向かっているのは、王国の王都上空。機内では、皇国に関する説明が行われている。もちろん、ディスプレイを利用してだ。
機内から王都を一望したのち、一行は海へと進路を転換する。
「あれに向かっているのですよ、我々は。」
しばらくすると、そういって政府特別代表が窓から遠くを指さした。
「あれは…何かの島ですか?」
「いえ、船です。皇国が有する最大の船にして、前の世界でも最大であった船。皇国軍幕僚本部直轄特殊航空母艦『浮島』。全長3000m、最大幅500m、高さ300m。満載排水量2000万t、出力1000万馬力、時速12.5km/h、搭載エンジンは原子炉4基。搭載する航空機は、戦闘機500機、皇国軍総司令機1機、空中給油機10機。搭載補給用燃料10万L。あまり伝わらないと思いますが、要は、島くらい巨大な船ということです。」
「はぁ…。」
これに関しては、前の世界であっても誰が聞いても耳を疑うような話である。
搭載されている原子炉は、原子力発電所仕様の巨大なものであり、常に4基中1基のみを稼働することを想定して設計されている。一応、4基全てを同時稼働することも可能であり、その場合の最大出力は4000万馬力、最大時速は50km/hである。もっとも、大抵の場合は搭載されているのは2基だけで、残る2基はメンテナンスが行われている。
浮島の建造に際しては、当然、造船所の建造から始まった。当時の国防軍が所有していた、500m以上の岸壁で囲まれた島をくり抜き、その中に造船所を作ったのである。造船所の建設だけで20年以上を要し、造船所の建造から10年で建造された『浮島』は、全てが特殊な船だ。通常、原子力空母では四半世紀に一度、船体を真っ二つに割って原子炉の燃料棒を交換する作業が必要になるが、浮島は多少の工事をすれば原子炉の上部区画をすっぽりと取り外し、釣り上げて原子炉を取り出すことが可能である。単艦での戦闘は想定されておらず、周囲を艦隊で固めて移動することが設計段階では想定されていたが、あまりにも航跡波が巨大すぎるため、安定的な運用は非常に困難であることが判明した。そのため、戦闘はもっぱら搭載している航空機類に依存している。
ちなみに、浮島の後継艦も存在する。完全同型艦で、名を「海楼」という。就役はしばらく先だが。
政府専用機は、巨艦に着陸態勢した。3000mの滑走路ともなると、大型旅客機とはいえ、かなりゆとりをもって着陸できる。全員が甲板に下りて艦内に移動すると、政府専用機が移動する。すると、その部分の甲板が降下する。大型機専用のエレベーターは、甲板の一部を丸ごと使ったものなのである。
しばらくすると、戦闘機が順次着艦して甲板上で給油を開始する。
「皆さん、今晩までここで過ごして、夕食と入浴のあとに再び飛行機に乗って我が皇国に向かうという選択肢もあるのですが、いかがされますか?」
最上部甲板から降りて居住区画に向かう途中、政府特別代表はそう持ち掛ける。
外務卿は、据わった目で応えた。
「ここまで来たら、ぜひ行かせていただきたい。それとですな、我が国は貴国との同盟締結を必ずいたします。本来は私の一存では決めかねることですが、この首にかけても必ず実現してみせましょう。通商のほうも同様に。同盟の細かいことについては、先ほど貴殿がおっしゃった内容で問題ありません。むしろ、これだけ力に差があるのに対等な同盟関係を結べるとは、ありがたい話です。」
「おぉ、それはありがたい!ぜひともよろしくお願いします。」
「ちょっとご協力いただきたいことがあるのですが…この船を含む大艦隊を、我が国の最大港湾都市の近くに集結させていただくことはできますか?できれば、演習などもしていただけると、迅速に同盟と通商を実現できるかと思います。」
「なるほど。どうかね?」
「は、可能であると思われます。」
第九統合軍司令官は、ただでさえこの外交にとてつもない労力を割いていることに思いを馳せ、若干辟易としながらも、それをおくびにも出さずに答えた。
艦内で遅めの昼食をとりながら、一行は談笑していたが、政府特別代表が、ふと思い出したようにこんなことを言った。
「脅すようなことになっては困るので、お見せしていなかったのですが、実はこの世界に来てから我が国に戦争を仕掛けてきた国がありましてな。」
「…ほう?どうなったのですか。」
「こうなりました。」
そういって手元の携帯端末を操作し、表示した画像を一行に見せる。最初に撮影された首都と、更地となった首都。周辺を更地にされる大都市。包囲される街。市街戦で破壊される街。
王国の一行は、ぎょっとした表情でそれを眺めたあと、顔を見合わせて強張った笑みを浮かべた。
「…恐ろしいですなぁ。」
艦内を見て回り、さまざまな航空機を目にした一行は、夕食を摂って士官用大浴場で入浴したあと、再び政府専用機に乗り込み皇国本土への空の旅を開始した。到着は深夜になるため、一行はこの便で睡眠を取ることにした。
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