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交錯する文明の新秩序  作者: the chair
第一章 諸国の混乱
1/18

曇天の下、古めかしい門の前を整備するスーツの男達。箒で枯葉を掃く者、少し離れた車から機材を運び出して来る者、次第に集まって来る報道関係者を整列させる者。報道関係者も機材の支度をしている。


準備が整ってから四半刻ほど過ぎたとき、近衛兵が門を開けた。一斉にストロボの光が光る。出てきた者たちの中心にいるのは、中肉中背、眼鏡をかけた男である。


「良くも悪くも平凡」と評されるその男と、かつて同じ評価を受けた先達とで異なるのは、周囲を取り巻く環境だろうか。マス・ゴミュニケーションと呼ばれたかつての報道機関は学識者の強い批判により次第に廃れ、事実を伝達することに重きを置く番組と批評をする番組を分けるようになったことは、反権力色に染まっていたことを鑑みれば大きな進歩と言えるだろう。報道のイデオロギー色は、大いに削られた。


眼鏡の男は、演壇につく。再びストロボが瞬く。少し間をおいて、男が口を開いた。


「先の首席大臣省広報官会見、そしてそれに続く報道により、ご承知のことと思いますが──」


案外通る声である。


「我が国は、武装勢力による大規模な攻撃を受けております。既に国防軍は敵勢力と交戦を開始しておりますが、現在までに、十の市町村が陥落しております。」


再び間をおいて、結局門を出てから一瞥もしなかった手元のペーパーを、胸元に仕舞い込む。


「敵軍の戦力は、現在のところ、国防軍と拮抗しております。また、敵軍の後続は次々と近づいてきております。国防海軍は、敵軍の上陸阻止を試み、既に何隻かの軍艦を撃沈することに成功しましたが、我が方も複数の船を損失しております。

敵が何者であるか、現在のところ明らかではありませんが、はっきり申し上げて、国防軍による制圧は、最善を尽くしますけれども困難であろうと、こういう状況であります。

我が国は、まさに、数十年来の戦火に包まれようとしているのであります。」


ここまで一息に言い切ったところで、報道陣がざわめき始める。遠巻きに見ていた野次馬も、多くが携帯電話を取り出して何やら言っているようである。


「国民の皆さん!」


男は声を張り上げた。


「既に、2,000名近い方々の死亡が確認され、行方不明者は10,000名に及びます。少なくとも30,000名以上の方が、既に家族を、近しい親族を、失われました…。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

…次は、その次は。まだ、無事かもしれません。しかし、1年後は、わかりません。私も、あなたも…我らが皇帝陛下も。国防軍は、政府は、我が党は、私は、全力を、いや、死力を尽くします。死に物狂いでこの国を守り抜いてみせる。しかし、敵は決して弱くない。いや、強い。圧倒的に地の利と多勢のある精強な国防軍が、全く押しきれない。

国民の力が、必要です。我々は、力を合わせて、家族を、友人を、愛する人を、恩人を、後輩を、子供たちを、守り抜かなければなりません。負けたら、全てを失う。全てを奪われる。勝たねばなりません。

私は、今日この日から、当面の間、帰宅しません。文字通り全てを賭けてこの国を守り抜くために闘います。

皆さん、力を合わせて、共に、大切な人たちを少しでも多く守り抜きましょう。」


「本日、帝城前にて会見を行いましたのは、皇帝陛下にこの事態をまず直接ご奏上申し上げたからです。現在の戦況、政府の把握している情報などをご報告申し上げ、国を、民を、守るために、お力添えをお願い致した次第です。」


「我が国は、まさに総力を上げて、この国難を乗り切らねばなりません。国民の皆さんには、改めて、ご助力をお願いいたします。」


首相は演壇を降りた。そのまま、側近を連れて歩き出す。その先には──


「「「装甲車?」」」


黒塗りではあるが、尋常ではなく武骨な車列があった。いつの間に到着したのか。これは、この国が誇るMilitary-Otakuですらも知らない車両たち。


「報道陣の皆さんについては、このまま首席大臣省庁舎までご移動いただき、そこで広報官から詳細な会見を行います。ここは速やかに撤収しますので、ご協力願います。」


残ったスーツの男たちが、演壇や機材の片付けを始める。


背後に聳える帝城には、風もないにも関わらず、異常な勢いで国旗がはためいていた。その姿は、強風に揉まれる前途多難な様をあらわしているとも、激しい闘志をあらわしているとも、あるいはもっと物理的かつ物理法則的にはあり得ない影響によるものであるとも言われた。


1時間後、国家非常事態宣言が発令された。首都近郊の全空港は閉鎖され、首都警察は厳戒態勢を敷く。車両への無作為の検問、住居への無作為な訪問調査など、戦地から離れた首都にもあっという間に「非常」は齎された。

その後、首都近郊の全空港から、全く同じように見える、大型旅客機を改造したと思われる「誰も見たことがない」飛行機を中心とする大型の飛行部隊が飛び立った。



―――――



敵はたかだか木造船。それなのに鋼鉄の軍艦から放たれる銃弾の雨ですら沈められない。むしろ、敵艦から放たれる赤い光は、鋼鉄の壁をいともたやすく打ち破る。


「畜生!何なんだあいつらは…木造船のくせにレーザー砲か!?」


制帽を床に投げ捨て、汗で光る毬栗頭の持ち主が叫ぶ。ここは、赤い光に穿たれる鋼鉄の軍艦が一、大艦「進撃」の艦橋である。


「艦長!司令より電信!『黎明』『払暁』『暁闇』『暁方』を撃沈覚悟で突貫させ、それ以外は4艦の後方から飽和攻撃を行えとのことです!」


「4艦も犠牲にするか。しかし、やるしかない。了承と打電しろ!」


黎明級は、皇国国防海軍の有する軍艦のうち、中艦という種別に分類される。俊敏さ、重装さなど、あらゆる点で中間的であるため、中途半端とも捉えられがちだが、なかなかに万能な艦である。大艦「進撃」は、皇国国防海軍の最新鋭艦の一つであり、高速・高火力を売りにしている。大艦であるため、装甲も当然それなりのものではあり、今回の会戦でも最も戦果を挙げている。この艦隊の旗艦は、巨艦「堅磐」であり、堅確級と呼ばれるとにかく堅牢で高火力な軍艦である。進撃の高火力は膨大な手数によるところが大きいが、堅磐の高火力は一撃必殺の主砲にある。


「4艦、前に出ました!」


「後ろにつけろ!軌道計算して各砲自由に撃ってよし!」


大艦進撃の砲塔が全て前方上空に向けて猛烈に鉄塊を吐き出し始める。誘導弾の発射管も全て開き、次々に打ち上げられていく。瞬く間に、前方上空は黒く染まった。


突如、前方にいた4艦が爆炎に包まれた。


「何、敵の攻撃手段は、例のレーザー攻撃だけではなかったのか?まさか味方の誤射ではあるまい…いや、味方の誤射であったとしても、あそこまでの爆炎は生じないはずだ。これはまずいぞ…」


毬栗頭は、先ほど怒鳴っていた時よりも顔に焦りを浮かべて、早口でまくし立てる。しかし、じきに爆炎は収まり、4艦も先の爆発から想定されるほどのダメージは受けていないように見える。


「む?動力室か弾薬室がやられたわけではないのに、あの爆発…?」


焦りは疑念に変わったようである。


「艦長、攻撃は続けますか」


「よくわからんが、嫌な空気はない。気にせず続けろ。」


「はっ」


4艦は、敵艦に体当たりして押しやっていく。動力に関して言えば、圧倒的にこちらが優勢である。4艦が最初に敵艦に体当たりしてから5分程度で、敵艦は全て一か所に押し集められた。しかし、4艦は既に半ば沈んでおり、もはや助かる見込みはない。


「乗組員の救助も、無理か…無念だ。4艦への誤射は気にせず、徹底的に弾を叩き込め。」


艦長がその指令を発するとほぼ同時に、今度こそ4艦が内側から大爆発を起こした。


「弾薬室に着火したか。あっぱれ、その死を無駄にはすまい…。」


最後の一押しとばかりに、身動きのとれなくなった敵艦に砲撃が集中する。水平方向から通常砲弾が、上方から誘導弾が、絶え間なく押し寄せる。


「撃ち方やめぃ!」


敵艦は、殲滅された。木造船を相手に、皇国国防軍第一艦隊は、中艦4隻小艦3隻が撃沈、中艦2隻小艦10隻が大損傷、大艦2隻中艦4隻小艦7隻が小損傷、無事な艦は旗艦のみという大損害を出してしまったのである。


これは、第一艦隊の序戦に過ぎない。第二艦隊は鋼鉄製の敵艦と衝突し半壊。第三艦隊も同様。無事なのは、敵襲があった方面に配置されていない第四艦隊と第五艦隊のみである。



―――――



「…やはり衛星にはアクセスできないのか」


上空1kmほどにある一室で、首相は苦虫を口いっぱいに入れて噛み潰してしまったかのような顔をしている。


「はい。しかも、周辺の海洋状況も大きく変化しているようで、潜水艦も出せません。」


「…しかし、戦闘機を一切出さなかったというのは、あまりにも取り返しの付かない失敗ではないかね。いくら衛星通信ができないとはいえ、これよりはましだっただろうに。」


報告する国防相と幕僚本部長の顔は青白い。


「まあ、しかし今言っても仕方ない。とりあえず当面の間はしっかり続投してもらう。くれぐれも過去の怨霊に囚われたりすることがないようにしてくれ。」


「…はい。取り急ぎ、調査のため戦闘機に観測機器を積んで各方面に飛ばします。また、()()()()()()()()()()()()を展開させます。」


「敵国が判明した場合、空爆も許可する。今まで秘匿していた全ての戦力展開を許可する。それと衛星の打ち上げ計画を用意して進めてくれ。」


「「承知しました。」」


軍2トップが退出し、次に入ってきたのは治安維持のトップ、警察相である。


「野党第一党から第三党までは連立に合意、第四党と第五党は反発したので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


「ありがとう。引き続き、()()()()を頼む。細かな報告は不要だ。我が党の人間でも、国家にとって不穏ならば()()して構わない。信頼しているよ。」


警察相は、国家非常事態宣言が発令された直後に交代している。今の警察相は、首相の盟友であり、副首相にして、与党の副党首を任されている人物だ。


「期待には必ず応えるよ。頑張ってくれ、今この国を引っ張れるのは君しかいない。全力で支えるよ。まあ、今まで通りでもあるけどね。」


こんなときであっても、いや、こんなときであるからこそ、彼は相好を崩して首相に言葉を投げる。首相も表情を和らげて、拳を突き出す。若干強いグータッチが交わされ、首相の盟友は退出していった。


誰もいなくなった執務室で、首相は大きなディスプレイの電源を入れる。そこには、国内全土の情報が集約されていた。存在しないはずの軍隊の情報も、である。本来、皇国には、皇国国防陸軍の近衛師団と第一軍団から第五軍団まで、皇国国防海軍の第一艦隊から第五艦隊まで、そして部隊分けされていない皇国国防空軍しか存在しないはずである。しかし、そのディスプレイには、()()()()第六軍団から第三十軍団、()()()()第六艦隊から第十艦隊、()()()()第二軍団から第五軍団までもが表示されている。その全てが、現在のところ、一か所に集中している。皇国本島西部にある、海と山の交わるところ。周囲100kmの地上に人の住んでいる様子はなく、国立公園に指定されている地域。その地下に、巨大な()()()の基地がある。

平和だった世界では秘匿されていたが、皇国は、世界最高峰の軍事大国である。


首相は、おもむろに一枚の紙と万年筆を取り出した。最終確認のようにさっと紙に目を通し、署名する。呼び鈴を鳴らして、やってきた秘書官に紙を渡す。


一時間後、皇国基本法の国家非常事態規定に基づき、皇国国防法は緊急勅令により緊急改正された。

旧皇国国防法は、一切原型を留めていない。眠れる獅子が、今、目覚めた。

面白ければ、ブックマーク、高評価等いただけますと幸甚です。

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