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嘆きの天使  作者: 山河はんこ
8/8

信念―Reasons to fight―

第8話です。リアルが忙しくても安定して投稿できるようになりたいです。

 ―――何もない暗闇を歩いている。目的もなく、ただ足が動くから歩いている。光など一つも無いのに、不思議と気分は落ち着いていて、本当に自分の足で歩いているのか分からない。そもそも前に進んでいるのかどうかも不明瞭。ただただ周りを満たす黒に身を溶かした。

 不意に誰かに声をかけられた。声と言っても、意味の無い音のようだった。だが周りを見渡しても呼びかけた人はいない。浮き上がった心の揺らぎはまた鎮まって、再び歩き始める。当ても無いのに。

 また誰かに声をかけられる。先ほどよりも大きな声だった。だがやはり周りにそれらしき人影は無い。だんだん呼びかける声は大きくなっていく。自分が知っている言語ではない、理解できないはずなのに、やけに頭に響いていく。

「@@、@@@、@@@@@@@…!」

耳をつんざくような叫びが繰り返されていく。誰の声なのか、どこに居るのか、感覚を研ぎ澄ませる。やがて声の位置を理解し始める。自分のすぐ目の前に、何かがあった。見えない暗闇に手を伸ばす。瞬間、視界が明滅する。暗闇から一転して全てが眩い白に染まった。そして…


 「・・・・・・・・・」

気が付くと、白ではあるが眩しさのない壁…いや、天井が目に映る。

「あ、起きました?おーい、クロトさーん?鮮谷隊員目を覚ましましたよ~」

チラリと開かれたカーテンからオーラムが顔をのぞかせる。ここはどうやら本部の医務室のようで、今自分の体はベッドに横たわっているようだ。左腕から点滴の管が伸びているのが目に入った。

 カーテンを開けてオーラムが近づき、簡単な意識チェックを始める。数分の後クロトとゼータがやって来た。次第に脳が覚醒をはじめ、これまでの状況を思い出す。

「全く、昨日今日で無茶をするからだ。大体十六時間ぶり。おはよう望」

そうだ、俺は坑道での戦いで『悪魔』の毒を受けて、薬の影響で眠っていたんだった。

「おーい、大丈夫かノゾム?あ、もしかしてまだ痛んだり?」

ゼータが俺の顔の前でひらひらと手を振る。自分の体を確認すると、痛みはなく傷も綺麗にふさがっているようだ。

「鮮谷隊員はエンジェニウム生成量が皆さんより多いみたいで、処置自体はスムーズに終わりましたよ~。特に後遺症もありませんね~」

和やかな笑顔でオーラムが診断書らしきものを持ってきた。上体を起こしてそれを受け取ると、薬との相性やメディカルチェックのデータが記されている。死なないと分かっていたとはいえ、かなりの大けがを負ったが、今の体にその跡はない。『天使』の体質とG.S.Wの医療技術に感謝する。

「ありがとうございますオーラムさん。皆も心配かけて…」

「いや本当にな?」

クロトに言葉を遮られた。怒っているわけではなさそうだが、かなり呆れた様子だ。

「入隊して二日目であんな死にかけになるとは、司令も驚いてたぞ。『歴代の未来視の守護天使(エクシード)もそうだけど、こんなに早く無茶し始めるのは初めてだよ』ってな。…まぁ勇吉さんもそうだったか」

どうやら無茶は未来視の守護天使(エクシード)のお家芸らしい。父も俺と同じように無茶をして困らせていたのだろうか…

 「なぁ、通信つながってから気になってたんだけど、アルゥルとなんかあった?」

話題を変えるようにゼータは聞いた。おそらくヒュドラⅡ討伐前の通信…クロトとの会話を受けての質問だろう。頭で言葉を整理し始める。

「俺は…今まで自分がどれほどのぬるま湯に浸かっていたのか、それこそ痛いほど理解しただけだ」

―――『何故戦うのか?』―――使命だからと、そう教えられたからと、自ら思考を放棄していた。だが、人間というものは単純なものではない。人の数だけ『善』の定義も変わるなんて、きっと子供でも分かることだろう。それを理解しようとせず、一方的に分かっていたつもりだったのは、ただの怠惰だ。俺は勝手に人間という存在にレッテルを張っていた。

 だが今は違う。使命を放棄するわけじゃない。ただ使命を言い訳にせず、俺自身の心から湧き出た鮮谷望の目的、『正義』を定義する。

「以前の俺は、使命だから人を守ると考えていた。でも今回の任務で、自分自身の意志で誰かを、人を守り、助けたい。誰かの苦しみを庇えるようになりたいと思った。これこそが俺の『正義』だと、強く確信したんだ」

改めて言葉にしてみて決意する。俺はこの言葉を根底にこれからの未来を進むのだろう。無論、言うだけなら簡単なことだ。この言葉を『正義』とするなら、責任を持たなければならない。覚悟するのは昔から得意だ。

 「『正義』か…それは、アルゥルから色々聞いて、考えたのか?」

クロトはおそらく三年前、エルトとアルゥル救出に関わっていたのだろう。クロトの表情からそれは何となく理解できた。

「あぁ。傲慢かもしれないが、何とかできなかったのかなって思って。いろいろ揺らいで、考えを巡らせて、そういう結論に至った」

「お前のせいじゃないよ。何とかできなかったのは、俺の責任でもある」

自嘲するようにクロトは呟く。その言葉には強い後悔が滲んでいた。

「G.S.Wの記憶処理も万能じゃなくてな。強く残る記憶、それこそトラウマレベルの記憶は完全には消せない。あくまで思い出しにくくする程度だ」

あの時のアルゥルを思い浮かべる。彼女の記憶の奥底には、受けた痛みが色濃く残っていた。

「発見当初、アルゥルはほぼ心神喪失状態だった。ぶち破られた牢の中で、エルトの陰で蹲ってた。保護された後、エルトはG.S.Wにアルゥルの記憶処理を頼み込んだ。上層部も『守護天使(エクシード)』の一人がそんな状態では、これからの戦いに支障をきたすと、その提案を呑んだ。結果、アルゥルは生活に支障ない状態まで復帰し、エルトと共にG.S.Wの隊員となった」

坑道内でアルゥルが言っていた通りだった。記憶に蓋をされている状態であの様子ならば、きっと、当時のアルゥルは想像を絶する苦しみに苛まれていたのだろう。

 「俺も二人には暫くしてから会ったんだよな。保護当初は面会謝絶だったし」

「ゼータは施設の『悪魔』崇拝者の拘束を頼んでいたからな。下手に二人を刺激しないよう注意していたんだ」

ゼータも二人の身の上は何となく知っているようだ。クロトに次ぐ古参なら当然か。

「幻滅したか?」

唐突にクロトから尋ねられる。

「トラウマを抱えた当時十歳の幼子を、戦わさせるために記憶をいじったんだ。お前は司令の()()()()にも複雑そうな顔してたし、何より倫理観のない行いだからな」

確かに一般的には忌避されるべき行いだろう。俺自身もあまり気持ちのいい考えではないと思う。だが、

「…幻滅はしない。頼んだエルトがアルゥルを助けたかったのは容易に想像できる。仕方ない、なんて言葉で表すべきではないが、そうするしかなかったのも事実だ。あなただって、その選択に負い目を感じているようだし、それに…」

 言葉を続けようとしたとき、医務室のドアが勢いよく開かれた。

「ノゾムさん!大丈夫ですか!」

入ってきたのはアルゥルだった。「医務室では静かに」と形式的に言うオーラムには目もくれず、すぐ近くまでアルゥルの顔が迫る。走ってきたのか、息が上がっている。アルゥルについては、俺も少し心配だった。肉体よりも、精神的な意味合いで。

「あぁ、もう大丈夫。心配かけてゴメン、アルゥル」

安心させようと微笑んでみるも、アルゥルはずっと申し訳なさそうだ。恐らく、俺が無理やり庇ってけがをしたことに罪悪感を感じているのだろう。

「…もう、あんなことしないでください…」

消え入りそうな声でアルゥルが呟く。そうするしかなかったとはいえ、負い目を感じさせてしまっていた。

「あんな無茶したらノゾムさん…死んじゃいますよ…私のせいで…」

雫が一粒頬を伝う。よくみると彼女の目には涙が浮かんでいた。俺が目覚めるまで、彼女は気が気ではなかっただろう。その心配に俺も心が痛む。しかし、

「悪いけど、それはできない。俺はこれからも無茶をする」

彼女の願いには応えられない。応えないのではなくできないからだ。

「おい」

「無茶するんかーい!」

クロトとゼータからツッコミが入り、目の前のアルゥルは困惑の表情を向ける。

「ど、どうしてですか…?」

視線が痛いほど刺さる。俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「俺は誰かを守り、助けるために行動する。だが今の俺の実力では、無茶することでしか誰かの命は守れない。俺の理想と実力が見合ってないんだ。今のままじゃ世界どころか、目の前の君も助けられない」

三度の『悪魔』との遭遇で実感した。今の俺には圧倒的に経験が足らない。実力がなければ、俺の『正義』も大言壮語に過ぎない。早急に力をつけることが、今最も必要なタスクだ。

 潤んだアルゥルの瞳をしっかりと見つめ返す。

「俺は強くなりたい。この無茶が無茶でなくなるくらい、守れるものを増やすためにも」

だんだんと言葉が熱を帯びていく。こんなに自分が感情的になるなんて、三日前までの自分に言っても信じるだろうか。

「それでも心配をかけると思う。だからもし君が良いなら、力を貸してほしい」

一人で戦うのではなく、仲間と共に戦う。今の俺は、仲間の大事さを痛感した。

 俺が言い終えると、アルゥルは顔を伏せた。さすがに自分本位過ぎて迷惑な頼みだっただろうか…?

「……良いですよ」

少しの沈黙の後、アルゥルは小さな声で彼女は答えた。

「あの時のこと、ノゾムさんに話した時、勇気を出したけど、正直無理して言いました。だからすごく辛かったけど…ノゾムさんが本気で私のこと助けたいと言ったとき、ちょっと嬉しかったです。最初は何言ってるんだろうと思ったけど…目の前のノゾムさんの表情を見て、この人は本気で助けたいと思ってくれてるのが分かったから、なんだかすごく安心したんです」

アルゥルが顔をあげる。柔らかな笑顔は年相応にあどけなかった。

「だから、いつでも頼ってください。同じ『守護天使(エクシード)』として、一人の仲間として。私も強くなります。守られるだけでなく、守れるように」

涙をぬぐってアルゥルは宣言する。翼に光が迸るときのような、じんわりと温かいものを感じる。

「よろしくお願いします。ノゾムさん」

「ありがとうアルゥル。これからよろしく」

アルゥルから手が差し出される。きっと、これが心が通じ合ったということなのだろうと、根拠は無いがそう感じた。

「あと敬語じゃなくていいよ。その方が喋りやすい」

「えぇっと、れ、練習しときます!」

差し出された手をそっと握り、二人で固い握手を交わした。


 「えー二人だけズルゥ!俺も仲間に入れろよー!」

ゼータが握手に手を重ねる。すっかり蚊帳の外に置いてしまっていた。

「しっかしすげぇなノゾム。三日でアルゥルと仲良くなるなんて…俺でも二か月かかったのに」

「ゼータさんは初対面なのにグイグイ来るから…」

「えぇー!?」

二人の会話に思わず顔が綻ぶ。視線を外すと、見守っていたクロトの顔も、同じように綻んでいた。

「あぁー、そろそろ調査結果報告するから、さき二人は会議室いっとけ」

クロトによって二人は退室させられ、オーラムも会議に参加するのか「お先に」と声をかけて出ていき、俺とクロト二人だけが取り残された。

「しかし、まさかいきなりアルゥルと親しくなるなんてな、もうちょっとかかると思ってた」

「正直俺もそう思っていた。個人主義だったつもりだけど、いい意味でそれを壊してもらった気分だ」

そう行動するきっかけになったのはクロトの言葉があったからだ。とりあえず実践してみたから、アルゥルときちんと話せて、仲間という存在になれたのかもしれない。

「そうか……ところで会議についてなんだが、お前はまだ安静にしといていいぞ。報告はまた後でゆっくりやる」

「俺もいく。わざわざそんな二度手間させられない」

そのまま医務室を後にしようと歩き始めたクロトを引き留める。体は問題なく動くし、倦怠感もない。点滴の管を引き抜いて急いで支度を始めると、クロトは呆れ切った顔をしていた。

「お前な…あぁ分かった分かった、待っててやるから急がなくていい」

クロトはベッドの横の壁に背中を預けた。クロトは背が高いのでそのまま見下ろされる。

「まだ数日の付き合いだけど、おれもなんとなくお前について分かったことがある。はっきり言う。お前は結構頑固だ」

想定していない言葉に驚く。頑固。そうだろうか?

「そんな意外そうにするか?ホエールⅣの時もそうだが、『これ』と決めたらお前はあんま曲げる気ないよ」

そう言われると確かに反論できないかもしれない。この二日間だけで思い当たる節がいくつかあって少し恥ずかしくなる。クロトは微笑を浮かべて俺の支度が済むの待っている。話題でも変えよう。

「…さっきの続きだけど、幻滅はしない。それ以外に選択肢はなかったんだ」

まだ言いたかったことがあるので、アルゥルが来る前の話に戻す。クロトも穏やかな顔で聞きの体勢に入る。

過去は覆らず、未来は不透明。できるのは現在を選択すること。だが俺なら、未来だけならなんとかできるはずだ。

「だから、俺がこの力で救ってみせる。もう誰かが苦しむ選択はさせない。悲しい未来を回避して、よりよい未来に導く。過去を変えられないなら、現在(いま)を変えてみせる。それが『未来天使(The Vision)』の役目なんだと思う。俺はこの力をG.S.Wの…世界のために使う」

強くはっきりと宣言する。今までの未来視の守護天使(エクシード)たちも、だからこそ無茶をしたのだろう。よりよい未来のために。

「あぁ、存分に頼らせてもらう。張り切って働いてもらうぞ、望」

「もちろん」

G.S.Wの隊員として、『天使』としてもより一層気合が入った。―――支度は済んだ。一歩一歩、歩き始める。


―――G.S.W本部守護天使(エクシード)用作戦室―――

 少し遅れて作戦室に入ると、エルトから話しかけられた。

「もう動いて良いの」

「あぁ、心配かけてゴメン」

エルトは、一瞬目を丸くすると、咳払いをして少し不機嫌そうな顔をした。

「なっ……べ、別に心配してないから。心配してたのはアルゥル。私は、いきなり大けがされると迷惑ってだけだから」

早口で捲し立てられ睨まれる。まだエルトとは信頼しあえる仲にはなれなさそうだ。それについては、これから何とかしようと思う。

「…アルゥルから色々聞いたと思うけど、むやみやたらと口外しないでよ」

「当然だ。約束する」

そこまで信用されてないのか、と流石に思ったが、隣のアルゥルから

「お姉ちゃんは『誰かがちゃんと言っとかないと』って思っただけで、ノゾムさんの口が軽いとは思ってませんよ」

と囁かれる。エルトはバツが悪そうな顔で

「余計なこと言わなくていいから!」

とアルゥルの頬をつねった。そんなやりとりを横目に、自分の席に腰掛けようとしたところで、

「まぁでも、アルゥルを助けてくれた点だけは、その、ありがと」

先ほどより小さな声で、周りには聞こえないようエルトは呟いた。視線を向けると一瞬目が合って、そのまま顔を背けられた。素直じゃないな、と思いつつ、始まった会議に集中した。

 「先日の任務、ご苦労様だった。施設には大型の『悪魔』が一匹巣食っていて、約二か月前に放置されたものではないかと報告された」

クロトが机の報告書を指さす。大型の『悪魔』、ヒュドラⅡはかなり厄介な『悪魔』だった。だが今思い返しても、あれほどの毒性を持つ『悪魔』がいるとは思わなかった。『悪魔』はこちらの世界に到来する度、前回よりもさらに高度な生態に進化するが、ヒュドラⅡは資料に記されていた前個体より巨大でかなり好戦的だった。なにより、前個体に毒性に関する記述はなかった。

「衛生班のオーラムです~。鮮谷隊員が発見した『黒い鍵』についてなのですが、興味深いことがわかりましたよ~」

隅で待機していたオーラムがクロトに変わって話始める。あの部屋で見つかった『黒い鍵』。『悪魔』を呼び出す儀式がインプットされており、命を代償に二つの世界をつなげる呪物だという話だ。

「鮮谷隊員の記録映像には、ある機械の中からこの鍵が出てきました。この鍵と、今までの鍵を比較したところ、今回見つかった鍵はまだ未使用品だったみたいです~」

「未使用品?」

ゼータが疑問の声をあげる。ヒュドラⅡを呼び出した鍵とは別物、とういうことだろう。

「あ、ヒュドラⅡを呼び出したであろう鍵は、ヒュドラⅡのお腹から見つかりましたよ。多分呼び出してそのまま食べられちゃったんでしょうね」

「?その鍵を使ったら、その人の命を代償にするんじゃないの?」

重ねてエルトが疑問を呈する。今までのG.S.Wの見解ではそうだったようだ。

「そうですね~、僕たちもたった一人の命で強い『悪魔』を呼び出せるなんて、とは思ってはいたのですが、いかんせん不明点が多くて~。でも、今回の発見で確信しました」

一泊置いてオーラムは調査結果を報告する。

「この『黒い鍵』は少なくとも()()()()()()()を生贄に作られてます」

オーラムの言葉に緊張が走る。そんな小さな一本の鍵のために、それだけ多くの人が犠牲になったというのか。

「必要な死体の量とか、呼び出そうとする『悪魔』によっては、更に多くの生贄が必要ですね。未使用の『黒い鍵』の中身を解読して初めてわかりましたよ」

現在G.S.Wが所有する『黒い鍵』の本数は四十二本、つまり少なくとも四百二十人の命が失われたことになる。

「とてつもない呪物だな…やはり、()()が関わっているとみて間違いないですね」

()()、という言葉にエルトとアルゥルが息を吞み、次いでゼータが反応する。その様子から、当時まだ関わっていない俺でも、すぐに察せられた。

「そうですね。鍵に使われていた文字、古くからの黒魔術に現代の科学技術を加えた手法。そして何より、記録映像に遭ったあのマーク。間違いなく『凶星の徒』と見て良いでしょう」

クロトが深い息を吐く。『凶星の徒』。それが三年前エルトとアルゥルを誘拐し、後G.S.Wによって壊滅させられたカルト教団に違いない。


 オーラムが鍵の保管のために退室した。部屋には五人の『守護天使(エクシード)』だけだ。会議室には、空調の音だけが反響していた。

「これからの任務を伝える」

重い沈黙を破り、クロトは改めて俺たちに向き直して告げる。

「『凶星の徒』、奴らは今までのG.S.Wの歴史の中でも、一際手強い相手だ。高い組織力と技術力を持ち、『悪魔』由来の黒魔術にも長けている。なにより、『悪魔』ひいては『深淵の王』を強く崇拝し、そのためならば自分達だけでなく他人をも供物として捧げる」

後者はエルトとアルゥルに向けられた言葉だ。二人にとっては、一生残る傷をつけた因縁の存在だ。

「過去、完全に排除しきれていなかったのは誤算だった。結果として多くの人間が犠牲となっている。また、これは勘だが、今回のヒュドラⅡは召喚後に強化された個体の可能性がある」

召喚後の強化が事実ならば、あの巨躯や毒に合点がいく。あれは進化ではなく人工的に強化されたものということだ。

「このまま奴らを野放しにすれば、被害はさらに甚大なものとなるだろう」

「よって我々G.S.W及び『守護天使(エクシード)』はこれより、『凶星の徒』の残党を斃すことを最優先事項とする」

 俺は当時の『凶星の徒』との戦いは深くは知らない。故に推し測ることはできないが、まず間違いなく凄まじい敵には違いない。

「大丈夫。もう前までの私たちじゃない」

そう声をあげたのはアルゥルだった。彼女の深紅の瞳は、不安に抗うように揺れていたが、強い決意が感じ取られた。そんな彼女の姿に全員が勇気づけられる。

「私たちなら…私たち五人なら、絶対大丈夫…!」

チラリとアルゥルと目が合う。彼女の言葉に同意するよう首肯する。

「あぁ、まずは『凶星の徒』の手掛かりを見つける。忙しくなるぞ」

強大なミッションを前に、今一度気を引き締めなおした。













『凶星の徒』

 イギリスを拠点とした、『悪魔』に関する黒魔術と科学技術を掛け合わせた大規模のカルト教団。三年前コールハート夫妻を殺害後、エルトとアルゥルを拉致する。その後G.S.Wによって壊滅させられたはずだったが、現在になって再び活動を開始する。

 資料によれば、幹部クラスは全員拘束前に黒魔術で自害、準幹部候補も拘束済みのはずだが・・・?

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