突入―Mission―
第6話です。またペース落ちてしまうかも。申し訳ない。
―――早朝の作戦会議から3時間後―――
G.S.Wの装甲車に乗ってやってきたのは、町から数百キロ離れたエンロイド山。近隣の山と比べても小さく、特に目立ったスポットもないようで、産業革命時代に掘られたトンネルがある程度だ。普段は稀に登山初心者が山道に慣れるため登ることがあるくらいの、人気のない山とのことだ。そんなエンロイド山は、今日はさらに人の寄り付かない山となった。入り口にはG.S.Wの仮設テントと規制線が張られ、関係者以外の立ち入りを禁止しているからだ。
でこぼことした森を抜けると、件の施設に到着した。露出した岩肌に大きな穴が開いており、崩れないよう木材が一定間隔で組まれている。何の変哲もないただの坑道に見えるが、ここからは『悪魔』の反応が検知された。
「調査班数名が先んじて施設内のルートを確認しているらしい。そろそろ戻る時間だから、それまで我々は待機する」
守護天使リーダーのクロトは入り口の近くで待機し、本部と連絡を取り合っている。俺――鮮谷望――を含めた他四人は少し離れた木陰で待機する。
待機中、装備を確認していると、コールハート姉妹の様子が気になった。少し離れたところで会話しているので内容は聞き取れないが……何故だか、二人の表情からは不安が感じ取られた。作戦に対する不安というより、なんとなく、生理的嫌悪感からくる表情に見えた。
「うわあああああ!!」
声をかけようとしたところで、突如として空を切り裂くような甲高い悲鳴が轟き、全員が瞬時に臨戦態勢をとる。声は入り口から発せられ、その後すぐに二十代程度の女性が勢いよく飛び出した。女性はG.S.Wの腕章をつけており、先行していた調査班の一人のようだ。ひどく取り乱しており、入り口近くのクロトにぶつかった。
「落ち着いて。守護天使のクロト・フェイドだ」
クロトがゆっくりと声をかけると、女性は少し冷静さを取り戻したのかあわててクロトから離れた。
「し、失礼いたしましたフェイド隊長。調査班のイウェンです!」
「今何があったんだ?」
クロトからの質問に女性は動揺しながらも状況を説明しだした。
「えぇっと、我々調査班は入り口付近のマッピングをした後、さらに奥の調査のためドローンを数機飛ばしたんです。そして、ドローンのカメラを見ながら記録していたら、いきなり全てのドローンの反応がロストしたんです」
女性は五人全員に記録できたマップデータを送信する。入り組んだ道は中央付近で唐突に途切れている。
「我々はこれ以上は危険だと判断してすぐさま撤収しました。でも、途中で後ろからうめき声が聞こえて…そのまま全員とはぐれて逃げ出しました」
うめき声…間違いない。『悪魔』が召喚され、調査班に襲いかかったのだろう。
「先行した調査班はあなた含め五名だったな。・・・司令室」
クロトが司令室へと判断を仰ぐ。無線の奥からソーラの声が聞こえる。
「こちら司令室。状況を把握した。麓の部隊に合流するよう伝えておく」
「はい、ですが先に我々が突入します。いいな、四人とも」
最後の言葉は自分たちに向けられたものだった。不測の事態に対して守護天使は現場判断で行動できる。今回の場合、麓の部隊を待っていては取り残された調査班が危険だ。全員了承する。
「あなたはここで部隊を待って、記録データを本部に回しておいてくれ」
女性は頷くと、緊張が解けたのか力なく木陰に座り込んだ。
「先頭を俺、中段にエルトとアルゥル、殿にゼータと鮮谷で進む」
陣形を整え、暗い坑道内へと歩みを進める。外の光がギリギリ届かなくなる所、前を進むアルゥルの手が震えていたのを、俺だけが気づいていた。
坑道内部は予想通り明かりの一つもない暗闇だった。所々古びた電球が無造作にぶら下げられており、くすんだガラスから年月の長さが感じ取られる。当然電気はすで通っていないのでライトを点けながら進んでいく。マップでは中央付近までは一本道で、たまに短い横穴があるのみだ。
「エンジェニウムが普及する前の施設か…なんかテンション上がる~!」
ゼータはそう言いながら至る所にライトを当てて探索する。細かく現場を見るのは良いことだとは思うが…
「ゼータうるさい、まじめにやってよ」
案の定エルトに注意され、ゼータは不服そうに返事をする。今俺たちは入手できた記録データの通りに進んでいるが、特に危険は感じ取られない。もし何かあれば俺が真っ先に気付くが、今のところその予兆すらない。正直、異常の一つも無いこの状況はかえって不気味だ。
「…着いたな。記録データはここまでだ」
前を進むクロトが静止したので、後に続く四人も止まって確認する。ドローンの反応はここから先で消失している。肉眼で確認すると、いくつかの道に枝分かれしており、ここから先を調査するのは時間がかかりそうだ。
「どうする?別れて行動するか?」
一応クロトに別行動の提案をしてみる。まぁ答えは決まっているだろうが。
「いや、さすがに危険だ。調査班の捜索に時間はかかるが今はこうした方が良いだろう」
やはりクロトの答えは決まっていた。いくら守護天使が強くても、未知の場所で分断は危険だ。そもそもチームプレイを大事にするのだから、これから先もよほどのことがなければ別行動はしないだろう。
進行方向を一番端の道に決め、より一層の警戒をして歩みを進める。
「なあノゾム。お前の未来視で調査班の場所とか特定できない?」
唐突にゼータがこちらに尋ねる。未来視で正解のルートを割り出せないか、ということだろう。確かにそれができれば苦労しないのだが…
「…でも、私たちが調査班を見つける未来じゃないといけないし、そもそも場所が 分かっても道までは分からないんじゃないかな…?」
答えたのは俺ではなく、アルゥルだった。正しい答えだったかどうか、アルゥルは俺の顔を見つめて答えを促した。
「あぁ、勿論調査班を見つけられるよう努力するけど、万が一もある。それに場所だけが見えてもどう進むかまでは分からない。特定するにも、この坑道は未知すぎる」
アルゥルの言う通り、と付け加えて質問に答える。アルゥルは少し顔を綻ばせたかと思うと、そのまま何も言わず前を向いて再び歩き始めた。突入前の様子を思い返すと、気でも紛らわしかったのだろうか?
「あ~そうだよな~。無茶振りしてごめんな?」
ゼータも納得してそのまま道の先を照らし続ける。
とはいえ、ゼータの提案も一理ある。少なくとも調査班の安否だけでも判断できた方が良いだろう。俺の未来視では一番可能性のある未来しか見ることはできないが、それでもやっておいて損はないはずだ。皆の後ろを歩きながら深呼吸をして『奇跡』を発動する。
「ッ!?」
だが、自分の意志より先に『未来天使』は発動した。―――暗闇から現れた巨大な顎が、餌に喰いつく獣のように襲い掛かる瞬間を見た。
「―――警戒態勢!!」
すぐさま危険を伝え、迫りくる襲撃に備える。刹那、未来視の通り現れた『悪魔』が岩壁を突き破り、命を噛み殺さんと大口を開ける。咄嗟の判断が実を結び、岩壁にひびがはいった瞬間全員がその奇襲を躱した。だが『悪魔』の攻撃はそれでは終わらなかった。蛇のように長い体によって道をふさがれ、部隊が分断される。『悪魔』の頭はそのまま反対側の道に突き刺さり、その体からは尖った触手のようなものが飛び出した。触手はそれ自体が意思を持ってるかのように蠢き、侵入者を切り裂かんと襲い掛かる。
「こいつは…スネークⅤか?やけに大きいが…アルゥル、望!無事か!?」
「アルゥル!?アルゥル返事して!!」
「ちょ、あんま暴れんなよエルト!」
『悪魔』を挟んで声がする。躱した方向によって俺とアルゥルの二人、クロト・ゼータ・エルトの三人に分かれてしまったようだ。
「あぁ、大丈――」
なんとか攻撃を捌きながら安否を伝えようとしたところで―――壁と地面が崩れた。当然だ。道幅と同じくらいの大きさの生命体が暴れれば、古い坑道など脆く崩れ去るだろう。
「――――――えっ?」
「――ッ!アルゥル!」
ボロボロと崩落していく足場が、俺とアルゥルを眼下の暗闇へと誘う。アルゥルは目の前の『悪魔』に手一杯で、自分の足元の異常に反応できていなかった。足場が自重に耐え切れず崩壊し、彼女の体は重力に従って沈み始める。グラグラと揺れる足場を蹴ってアルゥルに近づく。
ここで最適解の行動をとるためギリギリまで思考する。この崩落の着地点はどこかは不明だ。いかにG.S.Wの隊服が強靭であろうと当たり所が悪ければ死ぬ。二人とも危険な状態だが、実際は俺よりもアルゥルの方が危険だ。アルゥルとエルトは『奇跡』も相まって普通より布面積が少ない隊服を着用している。空気抵抗を抑えるよう設計されているようだが、それは同時に被弾時の危険性も増す。もしこのままアルゥルが落下したら、万が一受け身が取れても重傷は免れない。ならこの場において俺にできるのは―――。
「――!!ノゾムさ――!?」
体勢を崩し落下していくアルゥルの手を取り、自分の体が下になるよう抱え落ちる。心もとないが、頭部はうずくまるようにして守るようにする。うまくいけば両方助かるような、はっきり言って一か八かの状況だが致し方ない。ついさっきまであった地面を眺めながら、瓦礫と共にそのままさらに地下へと落ちていった。
―――???―――
硬い地面とほのかな温かさで目が覚めた。天井も壁も分からなくなるほどの暗闇の中、流れ出る血に顔が浸っていることに気付き、続いて痛みを感じ始める。とりあえず、死んでいない。それだけで儲けものだ。呼吸を整えて、ひとまず体を起こすための体力を捻出しながら記憶をたどる。確か調査班の捜索中に『悪魔』に遭遇、戦闘中に地面が崩落し、そのまま俺とアルゥルは落下した。
「!!アルゥル!」
ハッと気づいて自分の体の上を確認すると、気を失ったアルゥルがそこにいた。脈も呼吸もあり、ひとまず無事な様子で、二人ともなんとか一命は取り留めたようだ。ホッと一息つきながら、自分の体を起こす。さすがに節々が痛み、頭からは血が流れてはいるが、軽いけがだと感じる。
「―――んぅ」
体を動かしたことでアルゥルの目が覚めた。体の痛みに顔をしかめてはいるが、特に大きな外傷はなく、血も流れていない。
「あれ、ノゾムさん……?……ノゾムさん!?」
さすがに頭から血を流している俺を見て青ざめ、落下の衝撃でぼやけていた脳が一気に覚醒した。おぼつかない手つきのまま医療キットをまさぐり、慌てて手当を始める。ぐるぐると俺に包帯を巻きながら、彼女はゆっくりと状況を飲み込み始める。
「えっと…ノゾムさん…本当にごめんなさい。あの時私がうまく動けてたらノゾムさんが無茶をすることもなくて、怪我もしなくて…そもそもせっかく警戒を伝えてくれたのに、私…」
どうやら俺が庇ったことを気に病んでしまったようだ。たどたどしく紡がれている言葉からは「申し訳ない」という気持ちが痛いほど伝わってくる。
―――「だから、ちゃんと話してあげてくれ。君の心を。そうすればあいつらもちゃんと答えるから」―――
「いや、いいんだアルゥル。庇ったのは俺の勝手な判断だし、そもそもの話をするのであれば俺の警告が遅かったせいだ」
…やはり自分の気持ちを言葉にするのは難しく、つい無機質な言い方をしてしまう。アルゥルはまだ申し訳なさそうな表情をしている。双子だからか、エルトとの初対面時に怒らせたことを思い出す。分かっている。あの時は言葉の選び方を間違えた。だからこそ今回はきちんと伝えるべきだ。
「ごめん、あとありがとう」
いろいろ考えた末出たのは結局この二つだった。「気にしなくていい」と言っても気にするだろうから、できるだけ気持ちが軽くなるような言葉選びをしたつもりだ。突然の謝罪と感謝に、キョトンとした表情をするアルゥルは、急いで思考を巡らせる。少し間をおいた後、はっきりと俺の顔を見据えた。
「私も…ごめんなさい。そして、ありがとうございます」
同じように謝罪と感謝を述べる。気持ちが伝わったのか、彼女は微笑みながらそう答えた。先ほどまでの気負いした様子は少し和らいだようだ。
「じゃあ、二人ともごめんとありがとうが済んだし、何とか皆と合流しよう」
「はい!」
真っ暗闇の中デバイスを操作して連絡を試みる。古い坑道では電波もなかなか通らないが、なんとか二人で進んでいく。ふと、昨日からアルゥルとは縁があると感じた。今日も不可解な点はあったが、一旦頭の隅に置いておき、今は任務を優先することにした。
―――『悪魔』遭遇地点より200m先―――
「だめだな。通信どころか二人の位置情報すら出ない」
デバイスを睨みながらクロトは呟く。襲撃してきた『悪魔』はあの後ズルズルと元の道に引き返していった。道が開けた後にはアルゥルと望、二人がいたであろう場所が崩れ去っていたのみだった。
「本部はなんて言ってる?」
「隊服の生命装置は作動しているから、二人とも生きてはいるって状況だ」
クロトはゼータからの質問に答えながら、来た道とは逆の方を見る。道が崩れた以上、このまま進むしかないのだ。ここが『悪魔』信仰者の拠点ならば、出入り口が一つとは考えにくい。そして地下があるなら上下をつなぐ通路もあるはずだ。とにかく次の行動を決めたクロトは、二人に進もうと声をかけようとして、エルトの様子がおかしいことに気付いた。道の端にうずくまって冷や汗をかいている。
「二人が心配か?エルト。まずは調査班の安否を確認しつつ二人と合流する手筈を整えるぞ」
「…心配は、そうだけど…」
珍しく歯切れが悪いエルトの表情は、彼女をよく知る人物であれば間違いなく「何かある」と思わせるものだった。当然クロトも一抹の不安を覚える。
「話してくれエルト。なにがあるんだ」
「…ここ、私たちがいた、あの実験場と同じ匂いがする…」
エルトは弱弱しい声で答えた。彼女の呟いた一言にクロトもまた険しい表情をうかべ、ゼータは察したように顔をそらした。
「―――アルゥル」
片割れの名を呼ぶ声は、誰に届くこともなく静謐な暗闇に吸い込まれていった。
守護天使の武器
一般隊員の使う武器と違って特別製であり、エンジェニウムが加工されふんだんに使われている。使用者の天使の力に呼応し、使用者自身のエンジェニウムを取り込むことで対『悪魔』用装備である『滅魔閃光』が発動する。例えば鮮谷望の銃は銃身が展開しエンジェニウムを収束してレーザーのように放つことができる。