理解―Each other―
第5話です。やはり文章が増えると完成まで時間がかかりますね。
―――「いいえ、それよりも私は…」―――
時計の針の音が響く暗闇の中で、思考が止むことはなかった。元々睡眠は少なくても済む体質であり、『寝る』という行為は1日のすべてを記憶するためだけの行為と認識していた。人生の中でも濃い1日だった今日の出来事も、睡眠によって整理される。だが、浮かぶ疑問に思考は絡み取られ、変に目が覚めてしまった。部屋の窓を開け、バルコニーに身を乗り出す。月明かりに照らされた湖畔を眺めながら少し冷たい風を浴びる。ふと、隣のバルコニーに目を向ける。防音対策のされた部屋からは何も聞こえず、窓には月光が反射していた。
―――アルゥル・コールハート。彼女の言動こそ、尽きぬ疑問の正体だ。しかし、今の自分では納得のいく答えなどない。疑問の行き着く先にはちらりと見えたあの傷が残る。おそらくこの傷が彼女が自分に告げようとした何かではないだろうか。明日になれば、彼女自身がこの話題に触れるだろう。だが、昼間彼女の様子を見て感じたのだ。それは彼女にとって言い知れぬ苦しみそのものではないか、と。
翌朝、いつものように同じ時間に目が覚めた自分は、訓練室と書かれた地下へと向かった。毎日のように行っていた、戦うための訓練を行うためだ。いつも一人で行っていた訓練。だが今回はすでに先客がいた。守護天使のリーダー、クロトが銃の訓練を行っていた。
「おはよう。早いな、眠れなかったか?」
クロトはこちらに気付くと訓練を中断し、すぐ隣のレーンに手招きする。
「おはようございます、クロトさん。睡眠はあまりとらなくても大丈夫なので」
「クロトでいい。その方が呼びやすいだろ」
クロトは水の入ったペットボトルをこちらに投げた。まぁ、呼び捨てでいいならそちらの方が良いだろう。ペットボトルをキャッチして隣のレーンに立ち、備え付けられた共通の装備である拳銃を手に取る。距離を決め、一呼吸を置き、狙いを定めて、撃つ。10秒もしないうちに弾は全て基準より遠く離れた的を貫いた。
「上手いな。さすがは勇吉さんの息子といったところだな」
「いえ、日本にいたころは、これくらいしかやることがなかったので」
撃ち尽くした後、的の弾痕と点数を確認しながら言葉を交わす。たしかに銃には自信があるが、実戦は何が起こるかは分からない。地形、気候、敵の数、そしてなにより不確定なのが、人間。だからこそ、いかに兵器でいられるかが戦うための心構えだと考えていたのだが…
「…何故、あなたは心を大事にしているんですか」
観察してみた印象として、クロトは心を大切にしているのだとと考えた。自分よりも長く戦場にいて、常に戦いの日々であったはずの彼が、なぜ自分とは違う考えに至ったのか、少し気になっていた。
「心…か、なぜそう思った?」
「あの場を切り抜けるためだけの『俺を信じろ』なんておためごかしで納得するほど、あなたは単純じゃない。きっと理由があったから、あの時行かせてくれたんでしょう」
あの場において、自分の独断専行に彼はあえて目をつむった、というのはなんとなく分かっていた。
「随分と買ってくれているんだな」
そう言うと彼は慎重に言葉を紡ぎ始めた。
「確かに、戦場において平静でいられるかどうかは重要なことだ。とっさの判断がものをいう世界で、思考が鈍らないのは大事だ。特に君は、俺たちよりも心を凪にするのがうまいと思う。きっと大事な時に合理的に物事を判断できるだろう」
「だが、君は戦いの中だけじゃなく、常日頃から感情を動かさないように見える。無感情、というわけではないが、心からの感情ではない。そう感じさせる」
驚いた、クロトからの人物評は概ね当たっている。日常と戦場。二つの世界で自分を切り替えるのではなく、戦場での活動のために日常を生きてきた。そうすることが自分のパフォーマンスを最大限発揮する手段だと考えていたからだ。おかげで日常生活ではあまり人とは馴染めなかったが、それでもいいと思っていた。だって自分は…
「守護天使だから、という使命感が君をそうさせたのかもしれないな」
そうだ。守護天使として生きる自分は、人を守り戦うために生まれた存在だと考えていた。生前の父も、この考え方に肯定してくれていた。
「鮮谷。なぜ『天使』が人に力を与えたかを考えたことはあるか?」
なぜ『天使』そのものが戦わずに『人』が戦うのか。クロトはそう聞きたいのだろう。
「俺は人の感情が重要視されたからと考えている。感情が戦いに影響しないなら、わざわざ人間なんて不確定な生き物ではなく、命令に忠実な兵器を用意すればよかった。そうしていないのは、人間は『生きたい』とか『守りたい』といったプラスの感情、『苦しい』や『辛い』といったマイナスの感情、つまり心からの感情を全てひっくるめて力に変えられる存在だからじゃないだろうか。そうやって清濁併せ吞むからこそ、ただの兵器じゃない人ゆえの力があるのだと、俺は信じている」
そう語るクロトの顔は、ただの言葉ではなく人生経験からくる自信に満ち溢れていた。確かに、天使の持つこの翼は感情の動きによっても展開される。心が高ぶる度、翼の輝きは増していく。だからこそクロトは喜びも悲しみも、心の動きとして大事にしているのだろう。
「お、れは…」
―――『心の動き』―――戦うために生きた自分にとって、それは難しい考え方だった。
「別に君の生き方を否定するわけじゃないんだ。単なる考え方の一つだ」
そろそろ皆も起きただろう、とクロトは訓練を切り上げた。
「でも、感情を表に出すのは、コミュニケーションの一環として重要だ。エルトが君に嚙みつくのも、君を怖がっているからだろうし」
「そうなんですか?」
彼女のあの対応は、てっきり経験不足の自分を嫌っているものとばかり思っていた。
「あいつ…あいつらは、過去にいろいろあって今ここにいる。そういった経験があるから、君に対して臆病になっているだけなんだ」
少し複雑そうな笑みを浮かべたクロトは支度を済ませて出口へと向かった。
「だから、ちゃんと話してあげてくれ。君の心を。そうすればあいつらもちゃんと答えるから」
速く来いよ、と言い残してクロトは訓練室を後にした。彼が使っていたレーンの的は自分よりも高い点数だった。
―――G.S.W本部守護天使用作戦室―――
支度を整えて作戦室に向かうと、すでにコールハート姉妹が待機していた。ゼータはまだ来ておらず、クロトは一旦出て行ったのか荷物のみ置かれていた。
「おはようございます、ノゾムさん」
「……おはよ」
アルゥルに続いてエルトも挨拶する。反応から見るに、アルゥルは昨日の出来事をエルトには話していないようだ。もし彼女が知っていれば、もう一度超高速の拳を食らう羽目になるだろう。
「おはよう。二人とも早いな」
ちらりとアルゥルを見ると、口を結んで軽く首を横に振る。分かってはいたが、さすがに二人きりにならないと話せる内容ではないようだ。
「…なに、なんか顔についてる?」
挨拶後も見つめ続けていたのが不審に思われたのか、エルトは頬を膨らませる。やはり自分と話すときは言葉の節々から不機嫌さがにじみ出ている。
「いや、何でもない」
誤魔化しつつ用意された自分の席に座った。円形の机に椅子が5個備え付けられている。基本、朝に守護天使だけで作戦の確認を行うようだ。
「ねえ、朝にクロトと何を話したの」
不意にエルトの方から話しかけられた。訓練室でのやりとりでも見られていたのだろうか。彼女にとってクロト関係の話題はさすがに気になるようだ。
「…これからチームとしてやっていく上での考え方のすり合わせをした。できるだけ彼の考え方を知ろうと思って、な」
二人は真剣な面持ちでこちらの答えを聞いていた。その表情からは自分――鮮谷望という人間――を理解しようとしていると感じた。
―――「感情を表に出すのは、コミュニケーションの一環として重要だ」―――
ふと、訓練室でクロトに言われた言葉を思い出す。日本に居た頃とは違う。彼女たちとはこれから先共に戦っていく仲間であらねばならない。であれば、今までとは考え方、意識を変えていく必要がある。自分…俺も、一人の人間として彼女たちに相対しなければならない。
―――「だから、ちゃんと話してあげてくれ。君の心を。そうすればあいつらもちゃんと答えるから」―――
「心の動きとか、今までの俺には無かった考え方だった。でも、クロトが言っていたことには、少し納得できた。…俺も、その考えを信じてみたい」
頭で考えながら、自分なりに思ったことを口に出してみた。
「・・・そう」
これが期待していた言葉だったかどうかは分からないが、そのままそっぽを向いたエルトは何も言わなかった。まだ理解しあうには時間が足らないようだが、一歩前進したような気がする。
ほどなくして、席を外していたクロトと、まだ眠たげな表情のゼータが入室した。
「全員揃ったな。早速だがこれを見てほしい」
クロトがデバイスを操作すると、机に古い坑道のような写真と、それについての報告書が表示された。基地及び街からも離れた場所でこの写真は撮られたようだ。
「これは調査班から挙がってきた報告書で、最近このエリア近辺で発生した『悪魔』の出現位置の近くに不審な施設を発見したようだ。調査の結果、内部から『悪魔』の反応が微量ではあるが感知された」
全員表情が強張る。おそらく件の黒い鍵、『悪魔』信仰者に関わっている可能性が高い。
「内部に人が出入りしている様子はないが、黒い鍵について何か情報が残っている可能性がある。本来なら調査班だけでも行える任務だが」
クロトは一旦言葉を止め、全員の顔を一瞥する。
「微量の『悪魔』反応も気になるところだ。それに、情報は早ければ早いほど良い。――よって我々守護天使の任務は、この施設の調査だ。言うまでもないが、気を引き締めていくぞ」
守護天使のリーダー・クロトからの命令に返事をし、装備を整えるため各々席を立つ。新たなる感情の芽生えを感じながら、新生チームとしての初任務に挑む。
エルト・コールハート
性別:女性 年齢:13歳 誕生日:2月5日 血液型:A型 身長:155㎝ 髪色:淡いクリーム色
好きな食べ物:紅茶・ドーナッツ 嫌いな食べ物:辛い物全般
趣味:風呂・散歩 性格:素直じゃない