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嘆きの天使  作者: 山河はんこ
2/8

初陣―Vision―

第2話です。投稿の仕方がおかしくなっていたら申し訳ありません。

――G.S.W日本支部仮設作戦指揮所――

 『悪魔』からの襲撃の後、自分たちは仮設テントへと案内された。軽い健康チェックを済ませ、しばらく待機を命じられた。自分以外の2人は別のテントで治療を受けているようだ。

「…あれが『悪魔』か…」

『悪魔』。300年前、別の世界よりこの世界を喰い潰そうと現れた謎の生命体。日本に現れるのは珍しいと、資料には書かれていたのだが。

 自分なりに今回の事案に思考を巡らせていると、自分と同年代ほどの青年が話しかけてきた。

「おい~す。元気かブラザー?あ、これ差し入れ」

青年…確かゼータといったか。赤茶色の髪に綺麗な金色の目をしていて、背は自分より少し高いようだ。彼は明るい調子で現れると隣に座った。彼からコーヒーを受け取る。おそらく近くのコンビニで買ってきたのだろう。

「えぇーとぉ、アザヤ・ノゾム…だよな?合ってる?いやぁ“カンジ”って難しくてさ」

彼は困ったように舌を出す。

「あってるよ。鮮谷望。呼びにくかったら望でいいよ」

「えっマジ?サンキュー!俺はゼータ・レジスト。アメリカ生まれの16歳。ゼータでいいぞ!同い年だからよろしくな、ノゾム!会えてうれしいぜ!」

自己紹介をしながら背中をバンバンと叩かれる。なるほど確かに彼は元気でおしゃべりな人のようで、日本に来てはしゃいでいるようだ。話が絶え間なく続いているので聞いていると、双子がテントの中に入ってきた。

「ゼータさん、その人困ってない…?」

双子の片方がゼータに声をかける。困っているように見えただろうか。

「あーゴメンゴメン。ちょっと浮かれてるみたいだ、ごめんなノゾム」

照れ臭そうにゼータが少し離れ、改めてこちらに向き合う。

「紹介するよ。この2人は『守護天使(エクシード)』のエルト・コールハートとアルゥル・コールハート。イギリス生まれの13歳。歴史上初めての『双子の天使』だ。あ、ちなみに姉がエルトで妹がアルゥルね。」

この2人のことは初めから少し気になっていた。本来『天使』の力は一子相伝。親が譲渡するか死亡することで子が新たな『天使』となる。血を分けた兄弟がいる場合、その力は基本初めに生まれた者に引き継がれ、その後に生まれた者は「万が一」のためのスペアとなる。だがこの2人は姉妹でありながら同じ力を同時に有している。

 紹介を聞きながら2人を見る。所々跳ねた淡いクリーム色のセミロングに碧眼で、整った顔立ちをしていると感じた。双子だけあって外見はほぼ同一で、まったく同じ格好をされたら見分けがつかないほどだ。強いて違いを挙げるとするなら、エルトの方が目つきが悪い…というか睨まれている。

「何見てんの」

そう言うと彼女は正面から少しずれた所に座った。初対面の時もそうだが、あまり良い印象を持たれていないらしい。

「言っておくけど、平和ボケしてるようなやつが戦えるほど甘くはないから。いくら『天使』だからって、簡単に入隊してほしくないんだけど」

「一応入隊に必要な基礎訓練は全て修了してる。確かに実戦は経験してないが…」

「だからダメなの!実戦もしたことのない弱いやつ、いても邪魔だから!」

そのまま彼女は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。妹のアルゥルはひりついた空気に慌てているし、ゼータはやれやれといった調子で肩をすくめる。

 しかし、彼女の言い分は正しい。いくら『天使』といえども、その実態は特別な力を持っている人間。彼らは自分と違って、訓練だけでなく、多くの実戦経験を積んでいる。実戦経験のない自分がそう簡単に追いつけるものではないだろう。それでも、()にも意地くらいはある。

「確かに俺は、君から見れば弱いやつだ。そこは否定しない。だけど俺は『天使』として戦わなければならないんだ。だから入隊すると決めた」

「…だから何?気持ちだけで認めるわけないじゃん」

「俺は使命を全うするだけだ。入隊許可はもう貰ってるし、別に君に認めてもらう必要はない」

「~~ッ!!こいつ…ッ!」

エルトが立ち上がってこぶしを握る。しまった、言葉選びが悪かった。気を付けてはいたけど怒らせてしまった、ここは素直に殴られよう。

「はいそこまで。落ち着けエルト」

テントの奥から声が響く。『守護天使(エクシード)』のリーダー、クロトの声だ。

「クロトッ!!やっぱこいつ入れるの止めようよ!」

エルトがクロトに向かって声を上げる。

「なに言ってんだ。戦力は1つでも多い方が良い。『天使』ならなおさらいてほしいんだ」

「でも、、でもさぁ!!」

何度か似たようなことがあったのか、クロトは慣れた動作でエルトからの抗議を受け流す。対するエルトはまだまだ言い足りないようだが、最終的には諦めたようで、アルゥルの後ろに隠れてしまった。

「さて、鮮谷君。手続きが完了したので、これから我々は本部のあるイギリスへ向かう。具体的な説明は本部で行うが、なにか気になる点はあるか?」

「俺の自宅…父の研究成果や資料はどうなりますか?」

「それについてはG.S.W日本支部の方で管理して、なにか重要な案件があれば、適宜本部で解析するようにするつもりだ」

クロトはこちらの目を見て判断を仰ぐ。

「無論、それは鮮谷 勇吉の遺族である君の許可があれば、だが」

父は優秀な隊員であるとともに、『天使』や『悪魔』について研究を行っていた。しかしその研究成果を本部ではなく自宅に保管していたのは、何かしらの意図があるのだろう。

「もちろん許可します。俺も、父が何を遺したのか知りたいので」

父が遺した研究成果の一部にはセキュリティロックがかけられていた。一応いくつか解除しようとしたが、結局解除できたデータは1つもなかった。

「勇吉さんは君にすら研究成果を開示しなかったのか。情報班の結果待ちになるな」

クロトは困ったように首をひねると無線で誰かに指示を出した。

 そういえば、もう一つ言っておかないといけないんだった。

「すみませんクロトさん、俺のクラスメイトについてなんですが…」

「一緒にいた2人のことか。彼らは今回の『悪魔』についての記憶処理をしておいた。一般人が知っていい情報ではないからな。心配なら会う時間くらいは…」

「俺についての記憶も消せますか?」

突然の一言にゼータ、エルト、アルゥルは動揺していた。さすがに面食らったのか、冷静な印象を受けるクロトも驚きを隠せないようだ。

「…理由を聞いてもいいか?」

「もしこれから先、俺がいなくなることで2人に不都合が起こるのを避けるためです。彼ら以外に懇意にしていた人はいないので、記憶処理は2人分だけでいいです」

昔から決めていたことだ。自分がG.S.Wに入るときには、2人の「鮮谷望に関する記憶」を処理しておくべきだと。彼らには世話になったからこそ、迷惑をかけるべきではない。自分は幼い時より戦うために生きていた存在だ。普通の世界の住人である2人にとって自分という存在はノイズでしかない。現に今回、2人を危険に曝してしまった。他と変わらない、何気ない「ただの他人」、そうであるべきだ。

 クロトは顎に手をあてて思案していたが、答えが決まったのか顔を上げた。

「――G.S.W…いや、俺個人としての回答になるが――」


 本部へ向かう輸送機の中で、装備の点検をする。

「――俺は、友人の記憶を消すことは反対だ」

クロトからの返答は「NO」だった。

「…理由を聞いても?」

「君はきっと、人生全てをG.S.Wのために捧げてくれると思う。『天使』の使命だから、という理由だけでなく、純粋な正義感や人としての道理として。そこは心から感謝する。だが、だからといって君が今まで生きてきた普通の世界までを無くすような真似は不要だ」

クロトはそう言うと他の『天使』達に目を向け、もう一度向き合う。

「皆も、この戦いに身を投じる前は、普通と何ら変わらない生活を送っていた。無論その全てが幸福だったわけではないが、それでも戦う前の自分たちを忘れてしまえば、『人』ではなくただの『兵器』になってしまう。俺はそう思っている」

クロトからの言葉は彼自身の心からの噓偽りのない言葉だった。他3人の表情からは彼の言葉の重みが察せられた。きっと今までの経験からの言葉なのだろう。

「君に俺の理想を押し付けてしまうようで申し訳ないが、これだけは分かってくれると助かる」

クロトはそう告げると、G.S.Wの隊服と装備を渡した。

「君は『兵器』じゃない。『人』としてその手を貸してほしい」

 父の形見である銃に触れる。「兵器」ではなく「人」。『天使』として戦うため訓練に明け暮れていた自分にとっては難しい話ではあった。いかに無駄を省き、機械のように正確でいられるか。それだけを主軸に考えていた。戦う道具であれば強くあれると信じていたからだ。

 「いやぁ、ビビったぜ?いきなり記憶消せなんて言うんだからさ」

隣のゼータが苦笑しながら語る。

「悪かった。人として間違ってたと反省してるよ」

「……クロトは、生まれた時からG.S.Wの一員だったから、ずっと戦いの中にいたんだ。俺らみたいに戦いのない普通の世界じゃないから、だから俺らに普通を忘れてほしくないんだと思う…どんなに苦しかったとしても、そこにあった確実な幸福を」

そう語るゼータの横顔は少し悲しそうに感じた。「普通が全て幸福ではなかった」そう感じさせる横顔だった。

「ゼータ、君は…」

言葉を紡ごうとしたとき、突如機体が揺れた。緊急事態を示すアラームが鳴り始めた。

「ッ!?」

全員が臨戦態勢となり、周囲の状況を確認する。アラームを鳴り響かせながら、輸送機は近場に着陸した。

「総員退避!輸送機から離れて状況を確認する!」

クロトが即座に指示を出す。全員輸送機から離れた後隊員の1人が空を指し示した。

「上空より巨大な『悪魔』が出現!!個体名『ホエールⅣ』と思われます!!」

上空の『悪魔・ホエールⅣ』はその名の通り鯨の怪物のような姿で、その咥内からは小さな球体のような『悪魔』が湧き出ている。

「大型が何の前兆もなしにいきなり出現したか。やはりここ最近で闇の世界に何か起こっているな」

本来この世界に存在しない『悪魔』がこの世界に来るには、儀式や生贄といった「座標」が必要になってくる。あれほど巨大な『悪魔』を呼び出すには、それ相応の呼び水が必要なはず。無論G.S.Wがその反応を見逃すはずがない。日本の件と合わせて、何かの策謀が行われていることは明白だろう。

「もう!本部までもうちょっとなのに!」

エルトが地面付近まで降下した球体悪魔を二刀の短剣で切り払う。アルゥルも加勢に入る。

「皆こっちだ!球体悪魔程度の攻撃なら俺がなんとかできる!ほらノゾムも!」

ゼータは他の隊員に呼び掛けて防御陣形を整えている。

「『ホエールⅣ』は厄介な『悪魔』だ。空中戦のできる俺が本体を攻める。巡回している航空部隊に援護要請を出しておいた、しばらく持ちこたえるぞ」

クロトはそのまま『天使』の力である『奇跡』を行使し、上空へと()()()()()

 だがこちらの戦力はせいぜい十数名。まさしく多勢に無勢といったところだ。このままでは最悪死人が出る。

 瞬間、『ホエールⅣ』の腹部より複数本のレーザーが照射され、味方に甚大な被害が出る――という光景が浮かび上がった。

「今のは…!」

背中が熱くなった感覚がある。今から起こる未来を予知したのだ。このままでは――――人が死ぬ。

 そう確信した途端、頭と体が切り替わった。訓練によって作り上げられた「戦うための動き」が勝手に自分の体を動かす。目標を設定し、それを打ち倒すために行動を決め、実行する。

「ちょっ!?ノゾム!?」

まずは『ホエールⅣ』の下まで接近する。刹那の判断が人命を左右する。

「お姉ちゃん、あの人!」

「はぁ!?何してんの!?死ぬつもり!?」

球体悪魔は移動しようとする2人を足止めすると、孤立した自分に向かって特攻する。だがそれこそ、今の自分には必要な一手だ。()()()()()となるよう一部の球体悪魔に銃口を向け引き金を引く。

 重い銃撃音と共に球体悪魔が四散する。他の球体悪魔が激突する瞬間――予知通りのルートでそれを躱す。

「「躱した!」」

双子の驚愕を背に銃撃と回避を繰り返す。その度に背中の熱が明確な形をもって流れていき、それに比例して弾丸の威力も増していく。未来視による正確な攻撃と回避。16年の人生の中で作り上げた戦い方。間違いなく確信する。今この時が最もこの力を使いこなせている瞬間であると。

 予定通り、『ホエールⅣ』の下に到着した時には、『奇跡』は形と成って現れていた。光の粒子が集まった青白い幾何学模様の翼として。

「クロト、あれが…」

「そう。あれが鮮谷望の持つ『奇跡』、『未来天使(The Vision)』。あらゆる未来を見通す力だ」

空を見上げ目標を見据える。構えた銃に自分の光を流し込み、銃を変形させる。自ら光を生み出せる『天使』だからこそできる対『悪魔』用装備が起動する。強大で堅牢、そして無限に進化する『悪魔』の唯一の弱点、「エンジェニウムの光」。『天使』の力の正体。世界を照らす光が迸る。

 「!危険だ!鮮谷隊員!」

『ホエールⅣ』に対し空中戦を繰り広げていたクロトは、いち早く異変に気付いた。『ホエールⅣ』が

攻撃を仕掛けている自分よりも、目下の鮮谷望に狙いを定めたのだ。意識を逸らそうと狙撃を繰り返しても効果はなく、地上の3人は援護に向かえるほどの手は空いていない。対『悪魔』用装備の起動には時間がかかる。このままでは――

「クロト隊長」

無線から聞こえてきたのは他でもない鮮谷望の声。戦場にしてはひどく落ち着いた声で告げられる。

()()()()()()()()()

 無意識のうちに握る銃に力がこもった。初の実戦に加え、『ホエールⅣ』ほどの巨大な『悪魔』を滅するには、全身全霊の力を最高のタイミングで銃弾を撃ち込まなければならない。そしてそれは、未来視を持つ自分にしか出来ない。だが、それでも迷いはない。「兵器」ではなく「人」。であれば、「人」らしく自分を信じ、自信をもって成し遂げて見せよう。

 射程圏内に入った『ホエールⅣ』が、瞬時に腹部を自分に向け強大な一撃を放とうとした瞬間―――

「!!」

レーザーが照射される前より速く、引き金を引いた。『ホエールⅣ』が攻撃を放つ瞬間こそ、待ち望んでいた「最高のタイミング」にほかならない。弾丸は光を纏って空へと突き進み―――

一筋の閃光が巨体を貫いた。


――G.S.W本部 作戦指揮所――

 「これが今代の『未来天使(The Vision)』か。10年待った甲斐があったよ」

モニターに映る新しい隊員を眺めながら作戦指揮所の中で司令と思しき人物が呟く。

「ソーラ、航空部隊に連絡して彼らを迎えに行ってやってくれ。後始末は管轄の部隊にまわしてくれ」

傍らの人物に声をかけると、改めてモニターへ目を向ける。

「これで、『悪魔』への対抗策は揃った。ようやく件の黒幕を倒せる」

新しい風が吹いたことへの期待が、5人の『天使』へ向けられた。




鮮谷望

『奇跡』…『未来天使』(The Vision)

 未来を見通す力。任意に発動するほか、自分に危機が迫ると強制的に発動する。直近の未来から遠く先の未来までみることができる。歴代の天使の中には様々な並行未来を見ることができた者もいたようだ。

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