50話 EX 血塗られた物語
「シル!後で工房に取りに行くものがあるから付いてきて来てくれ!」
「はーいわかりました!」
副料理長のチェッカさんにそう言われたので私は外出するため着替えた
着替え終わって店の裏側の外で待っているとチェッカさんがこちらに向かって来た
「ごめんごめん待たせたみたいだね。じゃあ行こうか」
「はい!」
私はチェッカさんの後を付いてお世話になっている工房に向かった
工房までの距離は歩いて15分ほどの距離で、今日はこの間焦げて底が抜けてしまった鍋を直してもらっていたのでそれを取りに行くそうだ
「おい……あれ」「ああ、あそこの店の……」「元は子爵領で売られてたって聞いたぞ」
町の人の噂話が私たちの耳に入った
私は少し怖くてうつむいてしまったが、そんな私の手をチェッカさんは握って引っ張ってくれた
「シル……そんなに気にしなくても良いんだよ。それに今はいい人達に雇われてるじゃないか」
「……そう……ですよね」
「そうさ、あんなときに仕事もくれて食べ物も困らずに食べられた……いい人達に雇われたのさ」
その言葉に私は売られる前の事を思い出した
売られる前の私はお父さんとお母さん、上のお兄ちゃんと下の弟の5人家族だった
前のおじいちゃんの領主様が変わってから税が重くなって贅沢はできなかったけど、食べて行くのには困らなくって毎日大変だけど皆で支えあって暮らしてた
けどその変わった領主様も死んで今の領主様になった時に全部壊れちゃった
一度税を納めた後また税を取りに来て、それは皆到底払える金額じゃなかった
お父さんは鉱山行きになったしお母さんは糸を作る工場に連れていかれた
2人が連れていかれてお兄ちゃんが働いてくれたけど、お兄ちゃんも開拓兵とかに徴兵されて連れていかれた
残された私と弟は頑張って暮らそうとしたけど、気づいたら大人の人達に捕まって檻付きの馬車に乗せられてた
ああ、このままどこかに売られるんだって思った時に総店長さんが馬車に入って来たからこの人たちに買われたんだって泣いちゃった
それで泣きつかれて寝ちゃってて、気づいたらお姉さんがいて温かいご飯を食べさせてくれてこの街に来て店長さんとお話しした
それで今のお店で働かせてくれていっぱい食べていいって言ってくれて、けど周りの人たちがお腹を空かせてることに罪悪感を覚えて家族を思い出して
色々と思い出して泣きそうになったけど、チェッカさんを待たせちゃいけないし心配させたくないから涙を堪えて何でもないような顔をして私はチェッカさんの後ろを付いて行った
…………
「ほら、今度は焦がすんじゃねぇぞ。まあまた焦がしたら直してやるけどなっはっは」
目の前には大きなおじさんとピカピカに磨かれた鍋が2つあった
「それにしても女と女の子に取りに来させるとは……あの男一回説教しなきゃいけねぇみたいだな。こんな重たいもの女子供に取りに来させるなってな!」
「総店長は忙しいみたいだから勘弁してやってくれよ……あたしたちみたいなのをどんどん買って仕事を作って生きていけるようにしてるらしいからさ」
チェッカさんがそういうとおじさんは頭を掻きながら困った顔をしていた
「……元はと言えばあいつの所の領主が散々したのが原因何だけどな。今度も急に食料を一気に売ったらしくて大手商会の連中が泡吹いてるって話だし……気を付けろよ。あんたらの親分そうとう恨みを買ってるぞ」
「……それも家の元バカ息子の領主が喧嘩を売って負けたらだけどね」
「……まぁ何にせよ当分1人で出歩かない方がいいぞ。商会の奴ら良くない所に出入りしてるって噂を聞くからな」
おじさんは強張った表情でそう言った
「心配してくれてありがとう。そうだね気を付けるよ」
チェッカさんも少し表情が硬かった
そうして私たちは1人1つ鍋を持って店に帰ろうとした
鍋は重いけどピカピカに磨かれてるので傷をつけないように気を付けながら持った
帰り道チェッカさんの表情は少し硬かった
さっきの話が原因かなと思いながら店までの道を歩いていると、私たちの横を馬車が走り抜け急に止まり、中から男の人達4人が出てきた
「シル!その鍋を捨てて逃げな!!」
「えっ……でも「早く!!」はい!!」
私は鍋をその場に捨てて逃げようと……ブスッ……えっ?
気づけば私は目の前の地面に倒れこんでいた
「シルぅぅぅぅぅぅぅ!!グゥッ」ゴスッ
「売り物になるのは女だけだからな。おい、とっとと連れてずらかるぞ」
「へい!」「けどもったいないですね」「お前子供が良いのかよ?」「とっとと行くぞ!!」
馬車が走り去る音が聞こえた
一瞬の出来事に周りも反応できていなかったが、馬車がいなくなってから時が動いたかのように悲鳴が響き渡った
「誰か!!誰か助けて!!」「無理だ!!血が……血があんなに!!」「おいっこの子あそこの店の子だろ!!声かけてこい!!」「へいっ!!」
私の体から何かが抜けていく感覚がして、体が濡れていく感じもした
あ……服汚しちゃった。後で怒られるかな?……チェッカさんを追いかけなきゃ
起きなきゃと思う心とは違い体は全く動かない
次第に頭もぼぅっとして眠たくなってきた
……みんな……げんきだといいな……あいたかっ…………た
こうして1人の少女の命の灯が消えた
そしてこの事がさらに多くの命の灯を消す事になる最後の引き金となった
~警備部隊詰所 執務室~
「……クソッ、厄介な事をしてくれたな!!」
警備隊長であるラムは机を叩いて怒りをあらわにした
それもそうだろう、よりにもよってエンロス商会に付いた者達がトウヤ達に手を出したからである
あの会議以降表だって行動することはしていなかったが、ウーレイスが食料を大量に市場に流して食料の値段が暴落したことで相当損失が出たようで、似たような被害を受けた商会を纏めて何か企んでいるとの情報が入ってきていた
だからトウヤ達に直接敵対することで力を少しでも削いでくれれば……と思って放っておいたのだが、それが仇となった
「今回の食料の件で伯爵領は相当弱っている。もし彼らがエンロス達にたどり着いて何らかの手段で報復でもされたら混乱が起きるのは必至……そうなったら回復するまでどれほど時間がかかるか……そうなる前に何か手を打たなければ」
ラムはそう思いトウヤ達の所に配下の者を送って探りを入れようとしたがほとんど情報を得られず、逆に配下の者たちが不躾な事を言ってしまったらしく行っても門前払いされるようになってしまった
ラムもお詫びをしようと直接行ったが何度も不在だと告げられて会うことができなかった
このままでは埒が明かないとラムは一縷の望みをかけてトメスとミルルカを呼んだ
「お呼びですか隊長」「緊急の案件と聞いていますが」
「2人に聞きたいことがあって呼んだんだ。君たちの元主……トウヤもしくはそこに近い人と連絡を取る手段を持ってないか?」
そう言われた2人は少し悩み、ラムに質問を返した
「元主様とですか?店を訪ねたらいらっしゃるのでは?」
「……それが全く会えなくなってしまってな。先日の従業員が攫われて殺された件で話を聞こうとしたんだが、使いに出した奴らが相当失礼な事をしたらしくてそれ以来門前払いされて……2人なら何か手段を持ってないかと思ったんだが」
「ラム隊長が直接行ってもダメなのですか?」
「ああ、俺が行っても何時も不在だって言われたよ」
ミルルカとトメスは再度悩んでいるようだ
まあ悩むと言う事は手段を持っていると言っているようなものだが、そこはラムは追及しないことにした
2人は少し話し合った後ミルルカがラムに話しかけてた
「少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
それに対してラムはうなずく事で回答した
しばらくして2人が戻ってきて付いてきてほしいと言うのでラムは2人に付いていくことにした
2人に付いていくとそこは教会だった
2人は近くに居た女性に声を掛けると女性は奥に向かい、しばらくして俺達を中に案内した
しばらく進むと一つの部屋の前で立ち止まり、女性は何か確認した後中に入るように促した
中に入るとそこには彼らの元主であるトウヤとそのお付きの女性、そして聖騎士5剣のアリーが座って待っていた
「そんなところで立っていてもあれだから座ってくれ」
「お心遣い感謝するよ」
トウヤに座るよう促されたので俺達は用意された椅子に座った
椅子に座った俺達をトウヤは見つめて何も話さない
俺は俺でこちらから声を掛けていいのか悩んで言葉を発せなかった
その静寂を破るようにアリーがラムに対して質問をした
「それで今日はどんな用があってここに来られたのかしら?」
「……先日の誘拐事件と殺傷事件の事を聞きたくて来た」
「それに関してはそちらの方が詳しいのでは?」
「……それに関しては部下が不躾な言葉を言ったと聞いた。その事は大変申し訳なく謝罪をさせて頂きたい」
俺は座っていた椅子を立ち、トウヤに対して深々と頭を下げた
一緒に居たトメスとミルルカも立ち上がって深々と頭を下げた
……しばらくの沈黙が流れた後、トウヤは口を開いた
「……その謝罪を受け入れよう。だけど俺に会いたかった目的はそれだけじゃないだろ。俺たちが今回の件を引き起こした人物についてどれだけたどり着いているか知りたい……違うか?」
俺はトウヤが言った言葉が聞きたい事その通り過ぎてなんて返そうか悩んだが、ここはこれ以上駆け引きをする場ではないと思い素直に聞いた
「その通りだ。そしてそう言うって事は今回の件の仕掛け人までたどり着いている……違うか?」
「ああ、エンロス商会とカルぺ商会の商会長……エンロスとカルぺだろ」
「……ああ、その通りだ」
俺は一番最悪な結果を引いたと思った
そしてここで命を懸けてでも相打ちに持ち込もうかと思ったが、アリーとトウヤのお付き……デスターニャだったかがこちらをじっと見てくるので仕掛けても無駄死にになるなと思い体の力を抜いた
それを見てアリーとデスターニャは少し警戒度を下げたように見えた
そしてそれを見届けたトウヤがラムに問いかけた
「それで俺たちはこいつらに報復を行うつもりだが、どうするつもりで来たんだ?」
俺は言われた言葉を聞いて違和感を感じた
何故なら報復をするならもうしていると思ったからだ
これじゃあまるで……
「そう、交渉をしたいと思ってお前が来るのを待っていたんだよ」
「ははは……なのに俺が会いに行ってもあってくれなかったのか?」
「お前1人だったからな……そこのトメスとミルルカが揃うことが会う条件だったのさ」
「……彼女らが?まさか戻ってこいとか言うんじゃないだろな?」
俺はそう言ってトメスとミルルカを見た
2人は何も言わず少しうつむいていた
「それが交渉内容の1つだな。彼らの返却……彼らをこっちに返してくれ」
ラムはトウヤがトメスとミルルカが重要な情報を手に入れていると思い、安全に情報を回収するために欲しがっていると考えた
まあ実際にはそこまで信用してなかったので情報と言う情報を与えていなかったのだが、ここは演技をすることにした
「俺は彼女らが将来伯爵領を守る存在になると思って大事に育てるために結構重要な情報を教えていたんだ……そんなに簡単に返せるわけないじゃないか。それに報復しないことが交渉と言っていたが、あんたたちが何かすればすぐに回り全てが敵になるがそれでも逃げきれるのか?」
ラムの質問にトウヤは懐に手を突っ込み小石を取り出し、壁の隅に投げることで回答した
「……?いったい何 「解除」パンッ を…………そういう事か」
顔色を変えたラムに対してトウヤは余裕気な表情で話しかけた
「この小石をエンロス達が買いあさった食料の保管庫に仕掛けてある。俺が才能を使えばすべて燃えあがるが……さて暴落したとはいえ今の伯爵領にそれだけ大量の食料を買う財力があるのか?」
「さぁ?だが伯爵領を甘く見ない事だな」
ラムはこんなことではぐらかすことはできないと思ったが、具体的な情報を与えないため少しでも抵抗しようとした
結論は無理である
暴落したとはいえ先の高騰の反動で皆不安になり食料の買い占めが起こっている
今は買い占める以上の食料が供給されているので価格は下がっているが、ここでまた伯爵たちが買い占めるような真似をすると食料の高騰は避けられない
さらにそれに合わせて供給を絞られてしまえば……伯爵領は完全に破綻する
それがわかっているからこそそんな事をさせないために要求を呑むしかないとわからされるのであった
「わかった2人を返そう。それで、要求はそれだけじゃないだろ?他には何があるんだ?」
「……シンプルに金なんて良いな。金貨2万枚とかどうだ?」
「……それはふっかけすぎだろ。別にこちらも手が無いわけじゃないんだが」
ラムは不機嫌そうにそう返した。トウヤ達があまりにもこちらを下に見ているように感じたからだ
それに対してトウヤはおどけた感じで返した
「そんな怖い顔をしないでくれ手が滑りそうになる……まあ確かに1人の命に対してそれは飲めない条件だろう。……ならこういうのはどうだ?俺達はこれから商会を作って商売をする。それを邪魔しないでくれ」
意外な要求にラムは意図を考えようとしたが、その意図が金を稼ぐと伯爵領の中に強い楔を打ち込む以外考えつかなかった
だから時間を稼ごうと考えた
「それに関しては俺個人で回答できない。一度話し合いにかけても良いか?」
「ああ良いぞ、ただしこれは仕掛けられてから1日で勝手に発動するようになっている。俺がこれを仕掛けたのは昨日の夕方位だから……あと2時間ってところか」
急に突きつけられた時間の制限にラムは焦りを隠せなかったが、それを顔に出さず答えた
「……本当に性格が悪いな。わかったすぐ戻ってくるから少し待っててくれ」
そういってラムは消えるように風景に溶けた
そして30分程でトウヤ達の所に帰って来た
「宰相と参謀、それに伯爵様の了承を取って来た。そっちが新しく立ち上げる商会にはちょっかいを掛けないよう伯爵様が通達を出すとさ。それでどうやってその石を解除するんだ?」
トウヤは懐から3枚の地図を取り出しラムに放って渡した
「そこに印がしてあるだろ、そこに仕掛けた。お前たちだったら1時間もあれば十分回収できるだろ」
「……ああ。なら回収するためにもう行ってもいいか?」
「ああ。けど最後にもう1つ、この後約束を違えることがあったら問答無用でこっちもやらせて貰うから」
ラムは無言でトウヤを睨んだ
トウヤはその視線を不敵な笑みで返した
「……はぁ、まあそんな事ならないようにはするがバカが暴走した時にこちらが約束を違えたって判断されたらこっちも全力で殺りに行くからな」
「まあそれはこっちで処理するから見て見ぬふりしてくれればそれで良いさ」
「……その言葉信じるぞ。ならもう行くぞ……2人とも少しの間だが楽しかった」
そういって再度ラムは消えてしまった
トメスとミルルカは最後の言葉に驚いていたが、何か言う前にラムが消えてしまったので何も言えなかった
トウヤはラムを見送りトメスとミルルカに声を掛けた
「お帰り。あっもしかしてあっちの方が良かった?けどごめん、作戦も最終段階に入るからこれしか安全に君たちを回収する方法が無いと思ってね。とりあえず戻ってご飯を食べたらどんな風だったか話を聞かせてよ」
ご飯と言う言葉に反応したのかアリーが食いついた
「場所を貸してあげたのですから私も行っても良いですわよね?」
その言葉にデスターニャが反応した
「残り物で良ければ」
「……あら?明日からご飯を受け付けないようになりたいのかしら?」
2人が武器を構えようとしたのでトウヤは間に入ることにした
「おーいそこ、それ以上は止めとけよ。デスターニャも世話になったんだからご飯くらい良いだろ」
「……私が作るのですが何故トウヤ様が勝手に決めておられるのですか?」
「…………やっべ」
トウヤはデスターニャの地雷を踏んでしまったようだ
そしてデスターニャはトウヤに死刑宣告とも言える言葉を放った
「今夜じっくりお話させてくださいね……何故彼女達に護衛を付けなかったのかについても」
最後の言葉はトウヤにだけ聞こえるように呟かれた
それに対してトウヤは苦笑いしながらアリーの方に逃げていくのだった




