47話 EX 反撃の狼煙と決断
「こちらが今年納めていただく税になります」
王都から派遣された徴税官が国王の国璽の押された書面をリリアムに手渡した
リリアムはそれを読み、徴税官に話しかけた
「あら、今年は例年よりも納める額が多いのですね」
そこには金貨2万枚と書かれていた
例年なら金貨1万枚程なので今年は倍の金額を納めなければいけない
「今年のウーレイス量は豊作だと聞いておりますし、子爵領より多額の賠償も支払われたと聞いておりますのでこの金額になっております」
「確かに今年の食料の生産量は例年より多かったのでその点は承知しました。ですが子爵領からは一銭も賠償を支払われておりませんが、払われていない賠償が含まれている理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
徴税官は何を言っているんだという表情でリリアムを見て口を開いた
「こちらにはルーフス伯爵様よりアルブス元子爵の賠償を立て替えて支払ったとの報告を受け、また書類も頂いております。まさかルーフス伯爵が嘘をついているとおっしゃるのですか?」
徴税官の言葉にリリアムは驚き、後ろに控えていた宰相補佐のネリウスの顔を見た
ネリウスは静かに首をふり、それを見たリリアムは少し考え徴税官に尋ねた
「こちらにはそういった書面や書類を頂いていないのですが、そちらに送られた書類を確認させていただけますでしょうか?」
「それは税を決めるうえで重要な機密情報ですのでお見せできません。それに同様の書類を送ったとルーフス伯爵が言っておられますので……まさか税をごまかそうとしているのですか?ならば王家に謀反の意があるとして報告しなければいけませんね」
徴税官はここまで言えば素直に支払うだろうと思った
実際賠償が支払われていないことをこの徴税官は知っていた
だが今年は王国の北部が不作で王都に入ってくる食料が減る事が見込まれていて、豊作だったウーレイスに多くの税を課すことで食料で代納させようと王都の文官や北部、王都近くの諸侯たちの間で話が決まっていた。ウーレイスは毎年税の半分を食料で納めていたので今年もそうなると見込んだからだ
「……王家に対して謀反を考えるなど恐れ多いです。承知しました、この金額で税を納めさせていただきます」
「では例年通り税の半分を金貨、もう半分を食料で納めていただけますか?」
文官は予定通り仕事は終わったと気を緩めていた
「いえ、今年は金銭で全額お支払いさせていただきます」
…………今なんて言った?全額金銭で支払う?
徴税官の額から嫌な汗が流れた
それもそうだろう、例年なら金貨5千枚分の食料が王都に入ってきていたのに今年はそれが0になるかもしれないのだ
そして王都に食料が納められなければ計画に狂いが生じるどころか、こういった結果になった自分の首も危うい
いや自分の首だけならまだいい。事は一族全員が奴隷落ちしても納めきれない事になる
だから徴税官はリリアムの考えを変えようと説得しようとした
「……しっ失礼を承知で言わせていただきますがそれだけの金銭を一度に払われると領地の運営に支障が出るのでは?」
「ご心配いただきありがとうございます。ですがルーフス伯爵様より頂きました多額の賠償がございますのでそちらでお支払いさせていただきます」
「うっ嘘だ!!先ほどルーフス伯爵から賠償は受けていないと……ひぃ!?」
嘘といった瞬間リリアムの空気が変わり、それに徴税官はあてられて言葉が続かなくなった
「嘘?ルーフス伯爵はきちんと賠償されて書類も出されたのですよね。先ほどそう言ってらしたではありませんか。まさか伯爵ともあろうお方が嘘をつくわけないではありませんか……まさか伯爵の名誉を貶めようとされているのですか?」
徴税官は何も言えなくなった
嘘だと認めてしまえば高額の税を納めさせようとした理由がなくなり、嘘ではないと言えば賠償で得た金銭があるので支払える事になってしまう
な……何か……何か手は……そうだ!!
「こっここに書かれております税は間違っておりまして……本当は金貨3万枚が正しい税となります」
徴税官は税を増やすことで金銭で支払えないようにしようと考え行動したが、その行動は自らの首を絞めるだけだった
「そうですか。では国王陛下は間違った書に印を押されたと言うことですね。では正しい税を納めますので再度国王陛下の国璽が押された書を頂けますでしょうか?」
「そ……それは……」
そんな事は出来るわけがなかった
国王が承認した書類が間違っていたというだけで関係者の首が飛ぶのに、国王が間違いを認めて訂正する……そのような事になれば諸侯たちが国王を非難し国王の力が弱まる
そうなれば国が荒れることは必須だからだ
そうなれば自分だけの首ではなく文官の首がいくつも飛ぶ
徴税官の目は虚ろに、最初の勢いはどこかに行ってしまった
そんな徴税官に対してリリアムは優し気な声で話しかけた
「先ほどの間違いの話……聞かなかった事にしてもよろしいのですよ」
徴税官は突然の言葉に驚き、淡い期待を込めて尋ねた
「ほっ本当ですか!?」
「ええ、ここに書かれている税を金銭で支払わせていただけるのでしたら」
徴税官は再度うなだれた
それは結局自分にとって救いの道ではないからだ
だがそこに再度言葉が投げかけられる
「先ほど徴税官殿が言っておられたように確かにこれだけの金額を支払うと領地運営は厳しくなると思います。ですので支払った金銭を回収するために例年より多く食料を売ろうと考えているのですよ。かなりの量を売却する予定ですので価格は低く抑えられると思いますので皆さんが心配されておられることにはならない……そう上の方々に伝えていただけませんか?」
徴税官はリリアムの発した言葉を頭をフルに使って考えた
上の方々は食料が足りなくなることが問題だと思っている
なら例年以上に食料が出回れば食料の価格はそこまで上がらず、金が要るのだろうと足元を見て買いたたけるのではないか?
それに多額の金銭を吐き出させられれば軍備をそろえる費用も人を雇う費用も抽出できないはず……領地の経営がうまくいっていないと理由を付けてこちらの人を送り込むこともできる
そうなれば上手くこの領主の手綱を握ったとして俺は出世できる!!
徴税官は俺にも運が向いてきたと心の中で思いリリアムの方を向き言葉を発した
「承知しました。全額金銭でのお支払いでお受けいたします」
「ありがとうございます。では支払方法と期日につきましては宰相補佐のネリウスとお話頂けますか?」
「承知しました。お忙しいところお時間頂きありがとうございます」
リリアムは後をネリウスに任せ、部屋を出た
「……ごめんなさい」
リリアムは今後徴税官に起こる事を想像してそうつぶやいた
だが戦うと決めた以上犠牲を出してでも勝つために動く……そう思いながらリリアムは次の仕事に向かった
…………
~王都 教会本部 談話室~
「本日はわざわざ足を運んでお越しくださりありがとうございます」
「いや、こちらこそ忙しい中時間を取って頂き申し訳ない」
王都にある教会本部の一室に教皇であるペトロニスと国王のアレウスが揃って会談が始まろうとしていた
「それにしても急遽会談を設けたいと伝えられた時には久しぶり驚いて天に昇ってしまうかと思いましたわはっはっは」
「……教皇殿、お年を考えるとあまり笑えぬ話ですので。後ろの護衛の方も驚いていらっしゃるではありませんか」
「そうかのう?そこの聖騎士団長なんかは儂が死んだら口うるさいのがいなくなると思っていそうじゃがの」
「いえいえ、もう少し長生きしていただいて矢面に立っていただけた方が俺は嬉しいですよ」
ジャンは突然話を振られたが、何時ものようにペトロニスに言葉を返してからしまったという顔をした
目の前にはペトロニスだけではなくアレウスと近衛騎士団の団長レドもいるからだ
いくら顔なじみといえどこれはまずいかとジャンは内心焦っていると
「はは、ペトロニス教皇殿と聖騎士団長殿は何時も仲が良さそうで羨ましいです。レド、偶には彼みたいに軽く返してくれても良いのだぞ」
「国王陛下、私は陛下の剣ですので。それにそこの男は少々軽すぎるかと」
「……その真面目な所は評価しているがもう少し気を抜いた所を見せても良いと思うのだがな」
「ジャンお主もレド殿を見習わんか」
そう言って会談は和やかに始まった
ジャンはアレウス陛下が軽く流してくれた事に感謝しつつ警戒を緩めていなかった
急遽会談をしたいとアレウス陛下程の人が言う事は厄介ごとの匂いしかしなかったからだ
ペトロニスとアレウスの会話はたわいのない話から国内の近況、新しく導きの儀で入った者たちの話とどこか探るような会話が続いた
そして一通り話した後アレウスが少し黙り、意を決したように口を開いた
「1つお尋ねしたい事がある。そちらの聖女殿がたびたび介入されるトウヤという男……彼はいったい何者なのだ?」
そう尋ねられたペトロニスはなんと答えようか悩み、少し考えた
その姿を見てアレウスは再度言葉を紡いだ
「こちらでもその男の事を調べられるだけ調べた。だがその男の出自や足取りが一切わからなかったのだ。いきなり男爵領のウーレイスに表れ、戦争の勝利の立役者となり、そちらの聖女殿が気にかけている……頼む何か知っているのなら教えてほしい」
そういうとアレウスは頭を下げた
「アレウス国王陛下!?頭を上げてください!!……儂も聖女タリアに聞いた話でしかないのでそのトウヤという男を詳しく知らぬのだが、聖女タリア曰く【この世界の運命を回す者】で神が気にかけている存在らしい」
あまりにも抽象的かつ途方もない話にアレウスはペトロニスが何を言っているのか理解できなかった
だがペトロニスの表情を見るにその話が本当だと感じ、どう対応するのか悩んだ
「ジャン、お前さん実際にそのトウヤと会って話したのだろ。どんな感じだったのだ?」
ペトロニスに話を振られてジャンはトウヤを思い出しながら話した
「どんなって言われてもな……強さで言ったら俺はおろか聖騎士5剣にすら届かないと思ったな。ただ素直に殺らせてくれるかって言ったらそれは難しいだろうな。後目……あの目は数千、いや数万……数十万もの死を見てきた目だ。だから余計わからねぇんだよな……それだけの死を見てきたにしては本人が弱すぎる。まるで一度死んで力の使い方を忘れたみたいだ」
ジャンの言葉にペトロニスもアレウスも、レドですらも困惑の表情を隠せなかった
この世界の魔法に人を蘇らせる魔法は存在しないからだ
しばしの沈黙が流れた後アレウスは口を開いた
「その者が何者かは結局わからず仕舞いか。ただその者が現れてから国が荒れつつあるのも事実。ペトロニス教皇殿……私がその者を討つと言った時教会はどちらに付く?」
ペトロニスはもちろんアレウス国王にと即答したかったができなかった
それは聖女であるタリアを敵に回す可能性があったからだ
タリアの信託には何度も教会……いやこの国も助けられてきた
もしタリアを敵に回して信託が無くなったら、次の聖女を見つける前に何か起こったら
それほど信託と聖女の存在は教会の中で大きくなっていた
その様子を見てアレウスはペトロニスに優し気に話しかけた
「私もペトロニス教皇殿が考えていることは理解しているつもりだ。だがそれがこの国を荒らして罪なき民を不安に陥れるのなら私は躊躇なくその者を討つ。……だからそうならぬよう彼を見ていて貰えないだろうか」
ペトロニスはアレウスを見て心から国民の心配をしていると感じた
だからこそその思いに答えたいと思い、返事を返した
「アレウス国王陛下、民を憂うそのお気持ちしかと受け取りました。幸いにも今聖騎士5剣の1人が彼の近くに居ます……もし彼がこの国を脅かそうとした時にはその者に彼の命をもって止めるよう命令を出しましょう」
「ペトロニス教皇殿……ありがとうございます」
こうして会談は終わった
アレウスは帰りの馬車の中で教皇から言われたことをずっと考えていた
「神が気にかけている……か。もしそれが本当だとしたら私は神に喧嘩を売ることになるのだろうな」
アレウスの心を少しばかりの不安が襲ったが残り少ない命、この命1つでこの国を安定させられるなら惜しむことなく捧げよう……そう1人つぶやいた
城に戻ったアレウスは自分が不在の間に起こった事の報告を宰相に聞いて1つ命令を出した
「ウーレイス領に派遣する領主の選定を進めてくれ」