28話EX 痛む胃
~伯爵領ノープレス 伯爵城執務室~
「ふむふむ…それで教会の聖女様が転移魔法使いじゃないと宣言したんだね。分かった、しばらく手を出せないからまた何かあったら報告頼むよ」
そう配下の影の者に伝えると影は音もなく消えていった
「…ふぅ、なかなかしぶといね」
伯爵の声は軽やかに部屋に響いたが顔は険しい表情をしていた
それもそうだろう…教会という勢力が敵に回るとは思っていなかったからである
そして教会を敵に回すと言うことは領民の信仰心に与える影響は計り知れない
男は…ベルカイン・ルーフスは伯爵になって以来の帰路に立たされていた
「このまま商人連合に味方して機会を伺うか、それともアーテル家と和解して教会との繋がりを作るか…悩みどころだね」
そう呟いたが答えは最初から出ていた。
教会を敵に回してでも商人連合を裏切る事はできないのである
なぜなら伯爵の領地は王国の中心部王都とトウヤたちが居るウーレイスの間に広がっており、農作物や工業等の特産と言える物はなく、そこを通る商人の商売で成り立っているからである
もし商人連合を敵に回して商人のルートを変更でもされたら…そんな事は考えたくもない
伯爵は時期が来るまで待つことを決めた…その裏で大きな事が動いているとも知らず
~王都 王城 謁見の間~
「教会の聖女様がアーテル家を!?」
王アレウスは驚きを隠しきれなかった
教会が今回の件に手を出すとは考えていなかったからだ
いやそもそも教会が何かに肩入れする事の方が珍しい
「それでアーテル家は?」
「はっ、配下からの報告ですとその後目立った動きは無く、此度の戦の勝利を祝う祭りを開催するそうです」
…そうか。このまま何事も起こさんでくれと願うしかないな
アレウスはこの国が戦火に包まれる事だけは避けねばならぬと決意を固くした
「それで伯爵の方はどうなのだ?」
「はい、ルーフス伯爵は軍事態勢を解き元アルブス子爵領を統治することに注力するような動きを見せています」
「商人連合は動いていないのか?」
「はい、まだ接触しておりません」
商人連合が動かぬか…何か考えておるのかそれとも動けぬのか…
王は商人連合とルーフス伯爵の繋がりを知っていた
また商人連合の企みも知っている…がアレウスにも考えがあり、そのために商人連合に介入せず知らぬふりをしていた
「それと先ほど報告があったのですが、アーテル家が治めるウーレイスに送り込んだ人員が到着したそうです」
「そうか…ならばまた動きがあり次第報告してくれ」
「はっ承知しました」
………
「…ふぅ。年を取ると体が重たくて辛いわ。そろそろ引退を考えねば…じゃが今あ奴に後を継いでは火種が多すぎる。もう少し火種を消さねば…」
アレウスはそろそろ自分が長くないことを悟り、この騒動で各勢力の力を削り息子に王位を譲ろうと考えていた
「あまり火種を大きくしてくれるで無いぞ」
その言葉が届くかは…まだ誰にも分からない
~王都 教会本部 教皇執務室
「…はぁジャンの奴が王都からいなくなって気が休まると思ったのにタリアの奴めぇぇぇぇ」
教皇ペトロニスは痛む胃を抑えて執務をこなしていた
教会の問題児がいなくなって休息を取っていたのもつかの間…聖女がアーテル家を支持する行動をとった為、各所から抗議や疑問の声が寄せられ問題児が居た時より多忙となった
「…何が教皇は天に一番近いだ!心労で天に真っ先に登りそうだからか!?」
被害妄想が激しくなるほど追い込まれているお労しいご老人である
「それにタリアとジャンからまったく連絡が無かったかと思ったら今度は…「神託」と「ごめん止められなかった。後よろしく!」だぞ!一応儂は教皇で教会を束ねる立場じゃからな…少しは労わってくれんか」
教会は清廉潔白な組織だが裏を返せば融通が利かない人間が多い組織である
そのせいで比較的融通が利き対応力のあるものが教皇に選ばれるが…歴代の教皇は気苦労で胃と頭を酷使しその座を離れる際に安堵の笑みを見せ…昇天した者も多い
はっきり言うと教皇とはただの貧乏くじである!!
「じゃが神託ならば仕方がない…神託には過去幾度となく助けられておるからの。はぁ…胃が痛い」
また胃がキリキリと悲鳴を上げだした時部屋をノックする音が聞こえた
「入って来なさい」 「失礼致します」「失礼します」
部屋に入って来たのは大剣を背負った2mはある男と、鎌を背負った水色ロング髪の女だった
「おおっ2人ともよく帰って来た。任務から戻ってすぐに呼び出して悪かったの」
「いえ、教皇様がお呼びとあらば」「同じく」
ペトロニスは2人を談話用のソファーに座らせ自らも椅子に座った
そして自らの横の空間に手を入れる動作をすると黒い穴が開き、そこからティーセットとお茶菓子を取り出し、ティーポットの上に再度黒い穴を開けるとそこからお湯がティーポットに注がれた
「…よしいい感じだ。2人共このような物で悪いが遠慮せず食べてくれ」
「いえ、見事なお点前で」「頂きます」
ペトロニスもポットからお茶をカップに注ぐと一息つき、2人に話し出した
「それで戻って貰ってそうそう呼んだ理由だが、2人には南方にあるウーレイスに行って欲しい」
2人は教皇の言葉を聞き…声を揃えて言った
「「嫌です お断りします」」
「…因みに理由を聞いても?」
「「団長が居るからです!!」」
あいつどれだけ嫌われてるんだとペトロニスは思いながら再度事情を説明した
「という訳でタリアがアーテル家に肩入れした以上狙われる可能性がある。そして本人は神託が出たので帰ってこない…はっきり言ってあの馬鹿だけだと周りがうるさくてな…すまぬがタリアの為と思って行ってくれぬか?」
ペトロニスが2人に頭を下げると2人は嫌そうな顔をしながら了承した
…ふぅ。これで少しは心が落ち着くわ
そう思い気を緩めた瞬間大剣を持った男がとんでもない爆弾を落とした
「そう言えば先ほどクリューリュと廊下ですれ違ったのですが、「団長殿が呼んでいる気がする!」とか言いながら出ていきましたよ」
「……それは真か?すまぬもう1つ頼んでも良いか?クリューリュの奴も連れ戻してくれんか?」
2人はさらに嫌そうな顔をしたが、ペトロニスの今にも魂が抜け出そうな顔を見てしぶしぶ了承した
2人が部屋を去った後ペトロニスは
「…はぁもう儂教皇辞めたい」
と本気で引退を考えていたそうだが、司教・大司教総出で引き留められ、しぶしぶ引退を見送ったのはまた別の話




