20話 戦は読めても心は読めず
さて…この領地でお世話になることが決まったわけだが、褒賞としてそれだけでは足りないらしく話し合いが続いている
「トウヤ様に部隊長クラスの肩書を与えるのはどうでしょうか?」
「リリアム様、それですと現在隊長職についている者が良く思わないかと…金銭ではいけないのでしょうか?」
「デスターニャ、それですとトウヤ様をこの館に置いておく理由が無くなってしまいます。文官に空きは無かったですか?」
「文官ですか…宰相に空きがでる予定ですので宰相はいかがでしょうか?」
宰相ってあの軍議の時にローネって人が就いていた役職だよな…というか余所者をいきなりそんな役職にしようとするんじゃない!!
「デスターニャ、貴方が宰相殿を嫌っているのはわかるのですがあの方はあの方でずっとこの領地を支えてくれている方なのです。あまり無下にはできないのですよ」
リリアム様はデスターニャをたしなめるように言った
「しかし軍議の際の態度を不問にしてしまいますと今後の領内の運営に支障を与えかねません」
「それは…」
リリアム様は何も言えなくなった
確かに軍議の時の宰相の態度は戦時中やってはならない態度だったからだ
領主の命令違反に侮辱、挙句の果てには軍議の進行を妨害…前の俺の国なら銃殺刑ものだな
「リリアム様、決して私怨で申しているのではございませんが宰相殿には何らかの責任を取っていただく必要がございます。どうかご決断を」
「……トウヤ様はいかがお考えですか?」
えっ…ここで俺に振る?
デスターニャの顔がグリンッて動いてこっちをにらんでるんだけど
「そうですね、私が居た国では命令違反は極刑でした。ですが宰相殿はこれまでこの領地を支えておられた方…今失うのは得策ではないので少しの間自宅でお休みして頂くのはどうですか?」
極刑と聞いた瞬間にリリアム様の顔が強ばったが、謹慎を進めた所で安心した顔に変わった。デスターニャはその逆だったけどな
それにいきなり文官のトップが変わったらそれこそ弱みを増やすものだからな…
後あの時の宰相の態度に少し気になる点もあったし、この謹慎の間に動いてくれないかな?今後のためにもいろいろ掴んでおきたいし
「そうですね、では謹慎1ヶ月としましょう。同じくローネに付いて軍議の場を離れた者は謹慎3ヶ月で」
「かしこまりました。では書面を準備させます」
意外な話し合いで宰相の処分が決まってしまった
「では話が逸れてしまいましたがトウヤ様の役職…どうしましょうか?」
そういやそう言う話がまだ残っていたな
「リリアム様、トウヤ様。1つ提案があるのですが…」
……デスターニャの提案は俺とリリアム様を驚かすのに十分だった
「トウヤ様が良ければそのように手配致しますが?」
俺からすると願ってもいない提案だったので快く受け入れた
けどあいつか…恨まれてないかな?
……………
こうして話し合いは終わり俺は仕事と住む場所を見つけることができた
正式な辞令は明日公表されるらしく今日は大事を取って休んでくれと言われ借りている部屋に戻ってきたが、今までずっと眠っていたせいか眠くならない
こんな時は…
「デスターニャ」
「はい、お呼びでしょうか?」
うん知ってた
いやいない可能性も考えたよ。けどいるだろうなって、いてくれて安心してる
「少し話をしたいんだけど仕事に支障ない?」
俺がそう尋ねると
「私の夜の業務はトウヤ様の監視ですので支障はございません」
…俺の監視か~…ってなんでやねん!!
あれ?俺まだ疑われてる?
そんな俺の感情が伝わったのかデスターニャが
「現在のトウヤ様は先の戦争を勝利に導いたいわば英雄とも取れる存在です。そのような方に何かございましたら私達だけではなく館の従者全員の首が飛ぶ事態になりかねません。ですので護衛を兼ねてトウヤ様の行動を監視させて頂いております」
あー俺そんな扱いなのか
向こうじゃ色々自衛しないといけないくらい敵だらけだったからな…こういう扱いを受けるとちょっとくすぐったいぜ
「それでお話したい事とはどのような事でしょうか?」
デスターニャが真面目な顔で聞いてきた
「いや…デスターニャには言っておきたいなと思ってさ。戦争の時一緒についてきてくれてありがとう」
俺がそう告げるとデスターニャの顔は驚いた表情をしていた
「あの時助けてくれたおかげでここまで上手く勝つことができた、本当にありがとう」
「…トウヤ様」
なんか改めてこう言うと照れくさいな…
それにこうやって人にお礼をきちんと言ったのっていつぶりだろう
「トウヤ様、我が主に勝利をもたらして頂くだけでなく我が主の宝物を守ってくださりありがとうございます」
デスターニャが深々と頭を下げた
それはとても奇麗で凛としたお辞儀だった
「デスターニャ頭を上げてっ…俺そんなに大した事はしてないから」
「いえ、我が主とお嬢様をお守りいただけた事は我々従者一同心より感謝しております。忠誠は主様に捧げましたがこの身で良ければ好きにお使い頂いても構いません」
そう言うデスターニャは何処かいつもとは違う感じだった
「好きにって、そこまでしなくていいよ。俺は俺にできることを全力でしただけ…リリアム様とリリアスちゃんが悲しむ顔が見たく無かったからさ」
なんかキザなセリフを吐いてるみたいで背筋が少しぞくっとした
「…トウヤ様、貴方はどうしてそこまで他の人の為に命をかけることを厭わないのですか?それは貴方自身?それとも貴方の世界の人は皆そうなのですか?」
…やっぱり知っていたか
戦争の最中にデスターニャから感じた違和感の正体がわかり俺は少し安堵した
「リリアム様から聞いたのか?」
俺の問いかけにデスターニャは首を振った
「いえ、最初の頃は知識や教養がない未開の地の住人だと思っていました。ですがトウヤ様の行動を追うにつれて私の知識や経験にない行動や考え方が見えて、どこかの落とし胤ではないかと考えるようになりました」
おっおう…そんな言動してたんだな俺
「トウヤ様が違う世界から来たと確信したのは訓練場でスキルを試しておられた際、トウヤ様が目標までをtanx=sinx/cosxでしょうかそれを使って距離と角度を計算しているのを見た時です」
あーあれを見られてたのか
というかそんな事からバレたの?
「はい、申し訳ございませんがこの世界に正確な距離を計算で測れる者は私の知る限りおりません。基本的にはそのような事をしなくてもスキルを使えば結果が得られるのでそこまで考える者がいないというのが正しいのですが」
「スキルで結果が得られる?」
俺はそう訊き返してしまっていた
「はい、例えば距離や角度を測りたいのでしたら【観測】や【測量】といったスキルを使うことで目標までの距離や角度の答えを得ることができます。重量や品質が知りたい場合は【天秤】や【目利き】といったスキルでわかります」
つまりスキルを使えば答えを知れる=スキルでできる事を体系化しようとしなかったということか…
「だけどそれだけで確信できるものなのか?」
「最初は私もそんなはずが無いと否定しました。ですが未知の戦略の立て方やそれを知識として確立している点、そして主様が急にトウヤ様を信用し重用した事…全てを組み合わせた結果その答えが一番しっくりきたのです」
…すごいな
普通はあり得ない選択肢があったらそれを除外して何かと理由をつけて自分の理解できる形に落とし込むのに、それをせずに答えまでたどり着いた
本当にすごい淫魔だな
俺がそう思っているとデスターニャは意を決したように言葉を紡ぎだした
「トウヤ様…次は貴方の番です。どうしてそこまで他の人の為に命を懸けることができるのですか?答えて頂けますか?」
俺がどうして他の人の為に命を懸けられる…か
「何でだろうな?」
俺の答えがはぐらかしにきたと思ったのかデスターニャは詰め寄ってきた
「トウヤ様、話の核心をはぐらかして相手に情報を与えないその方法は職業病のようなものなのかもしれませんが、こういった場で女性相手にそれをすると女性側が冷めてしまいますよ」
ははは…これは手厳しい
「ごめんごめん、はぐらかすつもりは無かったんだ。ただ本当に何でかわからなくなってさ…理由は色々あるんだ、恩を売って生計を立てたいとか、美人な人にお近づきになりたいとか…似た境遇の子を見過ごせなかったとか」
そう理由は色々ある
けど、どれも命を懸ける理由にするには何処かしっくりこないんだよな
「…嘘ではないみたいですね。疑ってしまい申し訳ございません」
「いいよいいよ、俺だって何で命を懸けるのかわからないなんて言われたらこいつ何言ってるんだってなるし」
本当に何で命を懸けてまで助けようと思ったんだろうな
レダスさんに戦う理由を聞かれた時は答えがあった…けど
助けを求められたから?恩を売りたかった?美人を抱けると思った?
それとも…
「様…トウヤ様」
「うわっ!」 ボスッ
気がつくとデスターニャの顔が俺の顔の前にあって驚いてベットに倒れこんでしまった
「びっくりした…どうしたの?」
俺は体を起こしながら尋ねた
「かなり考え込んでおられたようですのでお声がけさせて頂きました。それより、話し相手になって欲しいと言った相手をほっておいて自分の世界に行くとはいい度胸をしておられますね。そんな事ですから女心が読めずリリアム様にフラれてしまうのでは?」
その言葉は俺に深く突き刺さった
トウヤは心に50のダメージを負った
「誰がフラれただっ!あれは体よくお断りされただけだろ!」
「…それを一般的にフラれたと言うのでは?」
俺にぐうの音もでない正論が突き刺さった
「トウヤ様は一度女心というものをきちんと学ばれた方がよろしいかと…身をもって学んでいただきましょうか」
そう言うデスターニャはいつの間にか俺をベットに押し倒していた
「あの…デスターニャさん…これは?」
俺は恐る恐る尋ねてみた
「女心をもて遊んだあげく放置し別の女の話をする女心が解らないトウヤ様に女心というモノがどういうモノか教えようとしているだけです」
うん、口もとは笑っているけど目が笑っていない
…人ってこんなにあっけなく終わるんだな
そんな俺の感情を読んだのかデスターニャが一言
「お覚悟を」
ギャァァァァァァァァァァァァ
こうして異世界の夜空にまた1人散っていくのであった