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異世界戦論  作者: kiruke
第1章 戦いは何のために
15/32

15話 EX 血塗られた行軍

「くそっ奴らは何処に行った…」


 ハンニールは焦っていた

 突然先鋭部隊が走り出したかと思うとそのまま敵の領地に向かって突撃していったからだ

 先鋭部隊を囮に被害を少なくしようと考えていたが、これだけ差が空いてしまってはその意味はない


「まさか逃亡…?いやそれなら敵に向かうはずはない」


 考えてもどうしてあのような行動をとったのか分からない

 しかしすぐにでも体制を立て直さなければいけない


「お…おい、先鋭部隊が居なくなっちまったぞ」 「どうするんだ?」 「俺騎兵隊の奴らみたいになるのは嫌だ!」 「あっおい!逃げるな!」 ヒュンッ 「ぐわぁぁぁ」


 先鋭部隊が居なくなったことで兵士は自分たちが今度は先鋭になると思い、士気と秩序が落ち逃亡を企てる兵が増えていた


「ええぃっ!静まらんか…この場から逃げた者は一族郎党人間馬車にするぞ!」


 ハンニールがそう脅すとざわめきは落ち着いていった

 

【人間馬車】人と馬車を鎖でつないで引かせる身体刑と見せしめを兼ねた方法である

 延々と裸足で歩かされ鞭うたれ、弱きものが力尽きてもその屍ごと馬車を引き続けなければいけない…唯一の終わりは一族の断絶のみである

 その光景を一度目にしたものはああはなりたくないと心から願う


「部隊を再編する…先鋭部隊は歩兵第3部隊。それに続いて第1、第2、第4部隊と進み中間に弓兵部隊、最後尾に魔法士隊とする。速やかに行動せよ!」


 兵士達の反応は様々だった

 安堵するもの、憂う者、泣く者

 特に第3部隊はひどかった…がこの世界において上の者の命令は絶対である


 こうして再編が済んだ軍は敵領地に向かって侵攻を再開する

 先鋭の兵士達の足取りは重たかった

 それもそうだろう…いつ死ぬのか分からない状況である

 それに加えて峠道は上りである、空腹かつ装備を背負った状態での行軍は兵士達の精神を蝕む


「…なあ、あそこの木動かなかったか?」 「お前そんな事言うなよ」 「見間違いじゃないか?」


 木が動いたと言った兵が指さした場所そこは茂みだった

 足を止めて様子を見るが木が動く様子はない


「何だ気のせいか」 「驚かすなよ」 「これだけの数で動いているんだ敵もそうそう攻められねぇよ」


 そうして兵士たちは侵攻を再開しようとし…


 ゴロゴロゴロゴロ ゴロゴロ カーンッ ズシャァァァァ バキベキ ゴロゴロゴロ


「うわぁぁぁぁ」 「グハッッッッ」 「………」 「痛ぇ…痛ぇよ」


 山の斜面から岩や木が転がり落ちてきて第3部隊の横から部隊を薙ぎ払った

 彼らにとっては不幸中の幸いか部隊が盾になったことで道が塞がれてしまうことは無かった


「くっ敵集か!」 「この上かっ!?」 「何処にも見当たらないぞっ!」


 ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ


「うおっ」 「ひぎゃっ」 「フンッ」カーンッ ガスッ 「ぎゃああああああ」


 横からの落石と正面からの弓で第3部隊は恐慌に陥った


 ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ 「フンッ フンッ フーンッ」カンッ カンッ カンッ


「負傷した者は下に落とせ!後続の邪魔になる。それと盾を持つものは正面に来て矢を防げ!敵の矢はそう多くはないぞっ」

「おっおい」 「やっやめ」 ガンッ 「ギャァァァァァ」ゴロゴロゴロ


 戦場では1人負傷すれば3人の足が止まる

 さらに峠道のような場所では後続の進行にも影響する

 それは食料を焼かれ、足を潰された軍にとっては致命的な遅れとなる

 そうならぬように時には冷酷と思える判断をしなければいけない…それが戦争なのだ


「敵の攻撃が止んだぞ!よしこのまま盾を前に構えたまま進軍する…先ほどのような落石の罠はそう多くないはずだ、次に落石が来たら止まらず進み続けろっ!その方が生き残れるぞ」


 こうして第3部隊は数を減らしながらも進み続けていくのであった


 アダムス軍 シールズ峠中腹までの損害状況

 戦死者 611名 歩兵611名 

 負傷者  0名


 残存兵数 歩兵 4118名 弓兵1008名 魔法士48名

 第3部隊兵数 571名


「ちっかなり削られちまったな…」


 第3部隊は当初よりその数を半分以下に減らしていた


「俺らが選ばれた理由隊長が尻もちで負傷してふがいないからって聞いたぜ」

「俺も聞いたぞ…そのせいでこんな目に」

「ああ、だがメル中隊長が居てよかった。中隊長のおかげで何とかここまで来れたからな」


 現在の地点で敵領地まで1/3といった所である

 ここから先は緩やかなくだりが1/3、その後上り下りの起伏が1/3となっている


「このままだと俺らは全滅か…ちっ隊長があんなことにならなければ」

「メル中隊長…斥候を数人放ったのですが帰ってきません。逃げだしたかそれとも…」

「ああ、やられてるかもな。あいつらどこからともなく攻撃してきてすぐに引いていきやがる。おかげで時間ばっかり取られて進めやしねぇ」

「それに先鋭部隊が争った形跡もありませんね」

「ああ、俺らがこうなってるんだ…無事に済むとは思えない。最悪な事になってるかもな」

「裏切り…ですか」

「ああ、もしそうだとしたら最悪だな。元総隊長と元軍師が相手だ、こっちの情報は筒抜けだな」


 2人は力なく笑った

 だがここまで来た以上進むしかない


「おいっ、つかの間の休憩で悪いが行くぞ。最初に遅れちまった分進まねぇと夜になっちまう。そうなりゃ昨日の二の舞だぞ!」


 部隊の全員昨夜を思い出し、ああはなりたくないと思い進むことにした


 部隊がしばらく進むと下り坂が見えてきたが…道が凸凹にされていた

 しかもその凸凹は尖っているので注意して進まないと足を怪我してしまう


「本当に嫌なことを考える奴がいるもんだぜ…」


 メルはこのまま進むと敵から攻撃を受けた際身動きが取れなくなると思ったので魔法士隊に道の整備を頼むことにした


「……なぜ我らがそのようなことをせねばならぬ」


 魔法士は魔法の才を持つものが少ないので特権階級のように振舞う者も多い

 この魔法士隊隊長ムラビもそうであった


「このまま進軍すれば俺達だけでなく後続の部隊も心配を抱えながら進むことになる。そうなれば進軍速度が遅くなり夜を迎えるぞ!」

「それが我らになんの関係があるのだ?我らの魔力は敵を討つもので道を耕すものではないわっ!」

「メル貴殿の言いたいことも解るが魔法士隊の魔力は温存しておきたい。このまま進軍してくれ」

「…ハンニール総隊長がそうおっしゃるなら」

「ふんっ。最初からそうしておれば良かったのだ」

「ムラビ…そう言ってやるな。メルも被害を抑えようと考えた末だ」


 こうして軍は尖った道を進むことになった


「くそっ…歩きづらい」 「うわっ」 グサッ 「だっ大丈夫だ俺はまだいけるから…」


 尖った道を進んでいると所々油が仕掛けられたり、凸凹の位置が変わったりとこちらが負傷するように仕掛けられている

 そして足場が悪い中…


 ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ


「うわぁぁぁぁ」 「グハッッッッ」 「………」 「足が…あしがぁぁぁぁ」


 時折飛んでくる矢は先ほどよりも避け辛く、また盾で防ぐにも足場が悪いので踏ん張りが効かず先ほどまでよりも負傷者が増える事態となっていた。


「くそっ…おい盾を前に出しながらすり足で進むぞ!盾を持てなくて動ける奴はそのまま突撃ぃぃぃぃ」


「うぉぉぉぉぉ」 グシュッ 「勝利のためにぃぃぃぃ」 ガッ 「家族を…」 ドサッ


 負傷したものが矢の盾になるため先ほどまでと変わり、思うほどに敵を削れなくなっている


「このまま押し通せぇぇぇぇぇぇぇ」

「「「「うぉぉぉぉぉ!我らの勝利のために!」」」」


 敵は下り坂の半ばまで来ておりその勢いは少しずつ強くなっている


「300m先目標物杭4本…ポケットのワイヤーを2本杭2本の間に1本ずつ杭に2回巻き付けて設置!」


「くそっ…」 「これが騎兵がやられた…うわっ」 「2度同じ手が通用すると思うなよ!盾切断(シールドブレード)

 最初の数人は罠に引っかかったが、指揮をしていたメル中隊長の盾が光り刃物のようにワイヤーを切り裂いてしまった


「あいつが騎兵部隊をヤった奴だ…あいつをヤれば総大将に進言してやる!」


「よっしゃぁぁぁぁぁ」 「その首貰ったぁぁぁぁぁぁ」 「家族のためにしねぇぇぇ」


 敵の勢いは止まらずトウヤとの距離は200mを切った


「……発動」


「うおぉぉぉ」 パリン 「ぐひゃっはぁあ」 パリン 「イィィィィィィ」 パリン


「その首もら…」 ドッ ガンッ 「なん…だ」 「からだがうごか」 「あ…あ…」


 こちらに向かっていた兵士達が突然地面に倒れ伏した


「ヒューヒュー…何をされたんだ?」


 誰も何も分からない…だが今の一瞬で峠の下り坂に居た第3部隊と第2部隊の半数は動けなくなってしまった


「お…い…お前ら…俺達を乗り越えて…す…す…」 ………………


 残りの敵は味方が急に地面に倒れ伏したため近づけず、また近づこうとしたものが同じように倒れたのでその場で止まってしまった


 その間にトウヤたちは撤収していた



 ………………


「トウヤ様…」

「今はそっとしておいてくれ」


 俺は後悔していた

 戦争とはいえこの時代この場所にそぐわないものを使ったからだ


【VXガス】

 神経剤で呼吸だけでなく肌からも吸収しガス状では瞬間的に効果を発揮する

 症状は軽いもので吐き気や嘔吐、涙。重いものは意識喪失や麻痺、呼吸器の停止だ

 通常時は液体だが加熱で気体となる。残留しやすく条件下では1週間消えないこともある。化学兵器禁止条約で禁止されていたが、新規大戦が始まった際非署名国が使ったことで事実上の解禁となった。



 敵も味方もその誇りと名誉を胸に戦っている

 そこに俺のような異物が混ざりこんで戦争をかき乱すのは本当に正しいのか

 何でもすると決め、リリアムにもその覚悟を求めたくせにいざ自分が手を汚すと大戦の時の国のトップ(クソヤロウ)を思い出す


「俺はあいつらとは違う…違うんだ」


 そう呟いても答えは返ってこなかった


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