1話 始まり
「はぁはぁはぁ…チクショウしつこいんだよ!」
俺は今走っている。どうして走っているかって?そんなの決まっている、あの大きなデカブツから逃げるためだ。
「ドッドッドッドッドッ」
戦車に取り付けられた機銃から放たれる7.62×54mm弾がすぐ側の地面を削り取っていく。
その様子は俺の体も同じように削り取ろうとしているようで背中を冷たい汗が流れた。
「こんな遮蔽物もない場所じゃ隠れられないし弾も防げない、俺の人生も終わったな。最後にあいつの胸でも揉んどくんだったな」
後悔してももう遅い。戦場では今日の保証すらどこにもないのだから。
「どうしてこんなことになっちまったんだろうな」
【人口問題】地球に住む人類が100億人を超えたことで顕著に表れるようになった問題。
人々は土地と食料を求め争いが多発し、政治家や富裕層は自らの富を守ろうと奪い、人を間引くためにまた国民のガス抜きの場として戦争を起こし始めた。
その結果世界中で戦火の火が上がり、それは全てを巻き込んで燃え広がった。
その火を止めることはもう誰にもできなかった。
「死にたくねぇなぁ…無理か」
死は誰にでも訪れる。それが早いか遅いかだけの違いでしかない。
「まあこのままここでやられるのも癪だし、一発かますか!」
そう呟きながら俺は目的地に到着した。
そこはただの平原…ではなく水を多く含んだ湿地。
戦車のキャタピラなら普段はなんの問題もなく通れる程度の湿地である。
そのことは相手もわかっているのかこちらを追う手を止める様子はない。
戦車との距離は400mほど開いているが、あと数十秒しないうちに追いつかれるか機銃で蜂の巣になってしまう。
どことなく戦車から余裕や油断が漂うように感じるが、気のせいではないだろう。
「油断や余裕ってのは相手を完全にヤッて家に帰ってからヤるもんだぜ」
ここまで追い込まれていても無駄口を叩くだけの余裕を忘れない、そこに精神的な強さがあるのだろう。
「じゃあ先にあの世に行って笑って出迎えてやるからな‼」
そう叫びつつ俺は走る向きを変え戦車に突っ込んだ。
戦車は機銃を撃つが身を低くしながら走っているため、湿地のデコボコさと戦車自体の揺れで照準が定まらず、弾は頭上を通り過ぎていく。
戦車との距離がどんどん近づき、残り100mほどとなった。
ここらへんで相手も近づけてはいけないと弾幕の密度が大きくなり、弾が俺の体を削りとって行くがもう遅い。
俺は戦車のキャタピラに向かってC4爆弾付きの手りゅう弾を投げていた。
走りながらテープで巻きつけただけのお手製だ。
「ドンッッッッッッ」
大爆発が起こった。
爆風に飛ばされながら俺は無傷の戦車を見た。
そりゃそうだろ、手持ちできる程度のC4爆弾程度で戦車を沈められるわけがない。
戦車もこれで終わりかと引き返そうとしている。
キャタピラが動かなかった
正確には戦車自体が傾きキャタピラが沈んでしまっている。
【液状化現象】水分を多く含む土壌で起こる現象で、衝撃と振動で地面が沈む現象だ。
俺の狙いは戦車そのものではなく地面だった。湿地に逃げたのもそのためだ。
戦車の重量は約50tそれが沈むとなると止めるすべはない。
「ざまーみろ 油断してっからそうなるんだよ」
沈んでいく戦車を見届けることなく、俺の命の灯は消えた。