逢魔が娘-37◆「厄介事は、人を選ぶ?」
■傑都公国/麗都/無為宮
傑都公国。漠羅爾新王朝の今代の議長国にして、“西域への玄関”と呼ばれるその国は、漠羅爾新王朝の晃樂上帝の直轄領でもある。元は高位の冒険者であった晃樂上帝――冒険者時代の名はラ・パンドラ・ジェイル――その名声を聞きつけ、公国首都麗都には腕に覚えがある冒険者が数多く集まり、活況を呈していた。その首都麗都の中心には、クリスタルの宮殿「無為宮」が聳え立っていた。幾多の細い尖塔が天を突き、朝夕には陽光を浴びて虹色に輝くこの宮殿は、全体に“Glas Stahl”(硝子鋼)の魔導が掛けられており、物理的・魔導的な攻撃に対して強靱な耐久力を持っていた。
その無為宮の深奥――公族の住まう一角の回廊を、灰色のローブを着た背の高い男が歩いていた。シャリン、シャリンと拍車が鳴り、そのローブの下には輝く胸甲が見え隠れする。薄いブラウンの髪の間に鋭い鋼の碧眼が輝いている。
暫し回廊を歩いた後、突き当たりに蒼い扉が見えてきた。扉の前には、傑都公国親衛騎士団に所属する警護の騎士が二騎完全武装で立っている。
「シュテファン・ラダノワ、公子殿下の命により参上仕った」
「承っております。公子殿下は中でお待ちです」
騎士達はシュテファンに一礼すると、観音開きの扉を開いて中に呼ばわった。
「“魔導卿”シュテファン・ラダノワ殿!」
男は一礼すると、室内に脚を踏み入れた。全て蒼色で装飾された部屋には、二人の人物がいた。その内の一人――金髪にオッドアイ、細身ながら強靱な力をその身に秘めた少年が笑顔を向けてきた。
「やぁシュテファン。忙しい中、良く来てくれたね」
「公子殿下のお呼びです。このラダノワ、何時でも喜んで参上致します」
“公子”と呼ばれたこの少年はラーアスラン・ウィルフリック公子――晃樂上帝の長子であり、あの“ぷっつん公女”ルナマリオン・エリヤ公女の弟である。
「よう、シュテファン。久しいな」
ざっくばらんな口調で挨拶するのはミラージュ(幻衝)。黒髪に黒い目の青年は、漠羅爾新王朝最高の騎士位である“龍位の騎士”であり、漠羅爾新王朝五将が一、トワイライト(影幻)卿の長子である。
「ミラージュ卿もいらっしゃっておりましたか」
「あぁ。今回は、ちょいと大事になりそうだ」
「確かに。気掛かりな兆候が散見されています」
「やはりね。シュテファン、これまで判った事を報告してくれないかい?」
「無論です。殿下、“山と湖水の国”(ペーレンランド)と“北の魔国”との間で、彼の“破滅の三騎士”が目撃されています。やはりヤーティル山脈の“聖なる護り”の弱体化の裏には、一杉縄では行かない相手がいるようです。」
シュテファンの報告は予想以上だった。
ウィル公子とミラージュは顔を見合わせた。
報告が事実で有れば、一大事である。
「それは本当かい、シュテファン」
「はい。配下の者が“黒の魔王”を探知しております。あの禍々しい波動は間違いようがありません」
「よりによって“バラン”か」
ミラージュは渋面をつくった。
「“フィオレンツォ”と“シン”もいたのか?」
「いえ。波動を探知したのは、“黒の魔王”のみです」
「ウィル、彼奴等はバラバラには行動しない。バランがいるんなら、フィオレンツォとシンもいると思った方がいい」
「一人でも持て余すのに、最悪三人を相手する算段をしなければいけないとはね」
やれやれ、本当に大事だねとウィルは肩を竦めた。
「おい、ウィル。“破滅の三騎士”も問題だが、ルナの件も解決していないぞ。シュテファン、ルナは今何処にいるんだ?」
「“山と湖水の国”に入国され、現在は首都“黒い泉”(Schwarzenbruin)に滞在されております」
「手遅れか。下手すると国際問題を起こしかねないぞ。」
「そうだね、ミラージュ。姉様と来たら、何も無い所で何かを巻き起こす事が得意だからね」
「無事に済んだ試しが無い!」
ウィルの言葉にミラージュは激しく同意した。
ウィルの姉である傑都公国公女、ルナマリオン・エリヤ公女はあちこちで問題事を“発見”する事で有名だった。そしてここにいる三人――ウィル、ミラージュとシュテファンは、その“後始末”に過去何度もかり出されていた。
「まぁ、どの様な相手であろうとも、私の姉様に何かをしたら、この世から抹殺するだけだけどね。」
にっこり笑うウィルだが、その目は全く笑っていなかった。
またか、とミラージュとシュテファンは思った。あの姉にして、この弟――ウィル公子は、知る人ぞ知る重度の“姉過保護”だった。眉目秀麗、頭脳怜悧、冷静沈着で公国民に高い人気が有るウィル公子だが、唯一の欠点がその姉莫迦振りだった。
またか、と思いながらも、ミラージュが肩を竦めて言った。
「ルナは何時もの通り、聖剣と天鎧を持ち出しているからな。滅多な相手には遅れを取るまいよ」
「それも判っています。そもそも姉様が、つまらない輩の相手をするのが厭なのですよ、僕はね」
「ま、ともあれ。単独行動というのが不味い。早急に誰かを送るか?」
「その点に付いてですが――公女殿下には現在二人のお仲間が付いています」
シュテファンの言葉は、ウィルとミラージュを驚かせた。
「姉様にお仲間、ですか?」
「はい。お一人は、恵久美流公国天領家の公主、静流様。」
「なんだって! それはあの“魔界の一族”の公主じゃないか!」
「僕も、名前は聞いた事があります。魔導に長けた一族の中でも天賦の才を持つと言う話しですね」
「はい。間違い有りません」
「で、もう一人は誰なんだ?」
「ペーレンランド首府警邏隊副隊長、バッコス・ドラケンスバークと言う者です」
「バッカ・ドスルンダヨーコレ?」
「一度インテレクト・ディヴォーラーに脳髄を吸われてみますか、ミラージュ様」
「いや、遠慮しとくぜ。で、そのバッカがどうしたって?」
「バッカでなくバッコスです。その者が、二人目のお仲間です」
「天領家の公主に警邏隊副隊長ですか。一体、姉様はペーレンランドで何をおやりになっているのか・・・」
ウィルは少し目眩がする思いだった。
ミラージュも、やれやれと肩を竦めている。
「天領家の公主の実力は折り紙付き。警邏隊副隊長も、それなりの実力を持っているでしょう。現在の所、ルナ様はペーレンランド首都に滞在中です。取り敢えずは、大きな危険はないと考えても良いでしょうが・・・」
皆まで言う事は無かった。何も無い所で問題を発生させる“特技”を持つルナだ。例え治安がある程度行き届いている首都に居ても、安心出来た者では無い。
「ミラージュ、何はともあれペーレンランドに行ってみよう。シュテファンは、引き続き“破滅の三騎士”の動向を見張ってくれ」
「了解だ。」
「判りました、公子殿下」
二人は立ち上がると、ウィルに一礼した。
どうにも不定期更新にしかなりませんね。這う様に続けて参りますです。