逢魔が娘-35◆「頭は、頭突き以外にも使えます」
■ペーレンランド/都/街東部地区/東部地区/黒き泉
「エリヤ姫様。申し訳有りませんが、この後皆様に番所までご同行頂け無いでしょうか。規則で、本件の調書を作成せねばなりません」
「もちろんいいよ!」
簡単に同意が得られたナーシアスは、ほっと胸をなで下ろした。無理もない。何せ相手は漠羅爾新王朝の今世代議長国を努める傑都公国の姫君である。機嫌を損ねたら、何が起こるか判ったものではない。
そんなナーシアスの心境を感じたのか、静流が口元に小さく笑みを浮かべた。
「職務に忠実な事は良い事だ、警邏隊長」
何を言わんや、とナーシアスは思った。こちらの御仁も、漠羅爾新王朝でも最大勢力を持つ恵久美流公国の第一公主である。一介の警邏隊長が強制出来る様な相手ではない。
「姫様と公主様には当職の責務にご理解を頂き、心から幸いに思っております」
「判っておるよ」
静流は鷹揚に頷いた。好んで揉め事を起こそうとは思って居ない――あくまで、その必要が無いと思っている内は、と言う事なのだが。
「こちらには、念の為に警邏隊一個中隊を残しておきます」
「それは不要だろう」
「え? 何故でしょうか?」
静流の言葉に、怪訝そうな表情を浮かべるナーシアス。
「先程ルナが放った“浄化の光”で、この井戸にはもはや何らの害もない。ごく普通の井戸として今後は使えるであろう」
「本当ですか!」
「そうね。邪悪な気配は一掃されているし、もうここの封印も必要ないわ」
静流の言葉にルナも同意する。
「それは助かります。この地区は、この井戸のお陰で警邏の目が届かず、不穏な分子が集まり、騒ぎの温床となっておりましたので。今後は静かになる事でしょう」
ジロリと“絆の兄弟”達に視線を振るナーシアス。
ちょっと苦笑すると、ルナが取りなした。
「大丈夫よ。それに、今後の治安には、彼らも手伝ってくれるでしょうから。ね?」
「勿論だ、姫さん。今後、ここがぐっと住みやすい地区になるように、オレ達も頑張るぜ」
ステンカはしっかりと頷いた。これまでは、半端な盗賊集団だったのだが、それが何時までも長続きする筈もない。これが、足を洗って堅気になる潮時だろう。
「ふっ。何とも調子の良いことだな。お前ら、お里が知れるぞ」
「な、なに言ってるんですか、バッコスの旦那。オレ達は、こう見えても堅気のガテン集団ですぜ」
「堅気か。お前達のこれからの行動次第、と言ったところだろうな」
目からビームが出そうな鋭い眼光で一味を睨め付けるバッコス。
「ふーん、偶にはバッコスでもまともな事を言うんだね」
「ふっ、褒められると照れるな」
「誰も褒めておらんだろうが、全く。」
苦笑する静流。だが、バッコスの鉄面皮(AC-10)はそんな事でびくともしなかった。
「ふはははは。者ども、好きなだけ崇めるが良い。ふはははは」
一人で怪気炎を上げるバッコスに、全員の生暖かい視線が注がれた。
☆ ☆ ☆
番所へ戻る道すがら、ルナは無言だった。
“確かに怪異は発生していたけど、それはあくまで結果よね”
そう。“黒き泉”を浄化こそしたが、怪異の真相には一ミリも近づいていない。逆に、酒場→吟遊詩人→黒き泉と辿ってきた流れが、断ち切れてしまっている。
“黒き泉の封印は、明らかに作為的に解除されていた――それとも?”
「何を考えておる、ルナ」
「え?」
「差し詰め、手繰っていた糸が切れたと思うたか?」
「そうだけど・・・静流、なんで?」
「ふむ。“黒き泉”は袋小路、或いは今回の怪異とは直接関係が無かったかもしれぬ。或いは、我らの目を背ける為に仕掛けた可能性も否定できん」
「・・・そう、ね」
「ルナよ。これからどうするつもりだ?」
「そうね。あの酒場のマスターから聞いた吟遊詩人。それを調べる必要があるわね」
「ふむ。吟遊詩人のみ、我らが自ら確認した訳では無いからな」
「えぇ、そうね」
ルナは眉根を寄せると、呟く様に言った。
「この街で起きている怪異と、ヤーティル山脈の“聖なる護り”の弱体化には、必ず関連性があると思う。でも・・・」
「問題は、その繋がり部分が皆目判らん、と言うところか?」
「え?」
「ルナよ、難しく考えるな。“急ぐ河馬には大回転”とも言うであろう? 判らなければ目先のものを片っ端からふん縛って、判る様にすれば宜しい」
大真面目で言うバッコスに、一瞬静かになるルナと静流。次の瞬間――二人は吹き出していた。
「ば、バッコスがまともな事を言ってる?」
「今日は厄日か? 朝から天変地異か?」
「ふっ。凡人に判る様に説明したのだが、無駄であったか?」
やれやれ、と肩を竦める巨漢バッコス。今日も今日とて、彼は大真面目であったとさ。
超々不定期更新で誠にスミマセン。今後も微速前進ですが、更新は続けていきますです。宜しくお願い申し上げます。