逢魔が娘-18◆「我が勝負に一片の悔い無し」
■ペーレンランド/都/警邏隊本部→練兵場
「ここならば良いだろう」
挑戦を受けた娘を連れて、バッコスは警邏隊本部の裏にある練兵場へと向かった。流石のバッコスも、警邏隊本部で暴れて建物を損壊しては不味い、とその恐竜並みの知恵を振り絞って考えた。
しからば、何処で――そんな彼の頭に浮かんだのが、本部裏手の練兵場だった。そこならば魔導結界が張ってあり、周囲に被害が広がらない。
斯様な訳で、バッコスを先頭に、娘、静流、ライアンの順で警邏隊本部を出ると、100m四方はある広場へと赴いた。
練兵場に入ると、バッコスは背負っていた大剣を置き、抱えてきた幾つかの模造刀を地面に置いた。
「女子供に怪我をさせる訳にはいかぬな。我が輩はこの模造刀を使うが?」
「いいえ。真剣でやりましょ」
一応は配慮を見せたバッコスに、娘は些かも躊躇無く、事投げに返答する。
「なにぃ? このバッコス様の気高き配慮を無視するというのか!」
「そうだけど?」
それがどうしたのかなぁ? とでも首を傾げる娘に、バッコスは信じられんと驚愕の表情を浮かた。幾らバッコスでも、真剣でこの相手に傷でも付けた場合、どんな結果になるか位は想像できる。それ故に、無い知恵を絞ったのだが・・・
「・・・しかしな、」
「心配ないわ。何か起きる前に終わっているから」
「・・・エリヤ姫様。流石に真剣は危険です。私としても、許可できません。」
それまで事態の進展を心配そうに追いかけていたライアンも、娘の行動は浅慮である、と諫めようとした。だが、ここで静流が合いの手を入れた。
「大丈夫とその者も言っている。それに、真剣でも使わぬ限り、その男も事後の結果に納得せぬのでは無いのか?」
「む? 公主とやら、それはどう言う意味だ?」
「模造刀で負けても、自分の真の実力は図れないと主張する――そう言う意味だ」
「我が輩が、そんな男らしからぬ真似をすると思うか!」
するね、するだろうな、するな――三者三様、しかし全く同じ考えを、聞いている三人は抱いた。
「な、なんだぁ? その疑惑と疑念に満ちた視線は! おおし、判った。姫様とやら、後悔はしないな!」
「するはず無いし、ね。」
にこやかに言う娘に、バッコスは盛大に顔を顰めた。これ以上虚仮にされては偉大な漢の沽券に係わると思ったか、思わなかったか――兎も角、バッコスは模造刀を捨てると己が巨大な剣を手に取った。
「ならばよし! 我が輩はこの愛剣、グレイト・ソードを使うぞ! グレイトな漢にはグレイトな剣、音に聞こえたこの痛恨の一撃を受けてみよ! ガハハハハ!!」
己に酔いきっているバッコスの恥ずかしい口上を聞いているライアンは、一人で警邏隊の品位を激減させている大馬鹿者の存在に思わず頭を抱えていた。その脇に立っている静流はと言うと、眼光鋭くエリヤの行動を見つめている。
「何時でもどうぞ」
涼しげな表情で、娘はバッコスを右手でクィクィっと誘う。だが、以外に冷静なバッコスは、その場を動かずに両手で高々と大剣を掲げた。その剣の頂点は、娘の身長の実に三倍――仮に娘から踏み込んだ時は、まさに絶望的な間合い変わる。
だが、その姿勢のまま、バッコスは身動きが取れなくなった。娘の深い双眸が、じっとバッコスを見つめている。その眼差しに捕らわれたかの様に、バッコスの動悸が速くなる。
「・・・来ないなら、行きます。」
一言呟くと、娘は疾風の様に走りだした。早い! あっと言う間に距離が詰まる。
「くっ・・・うぉぉぉぉっ!!」
呪縛を解き放つかの様にバッコスは叫ぶと、真っ直ぐ自分に向かって直進してくる娘に、全力で己が大剣を振り下ろした! 最早加減も何も無い。だが。
「なにぃっ!!」
バッコスの大剣は、唸りを上げて地面にめり込んだ。口だけではない証拠に、地面はその一撃で陥没している。だが、一体全体、娘は何処に行ったのか?
「はい。」
首筋に冷たさを感じて、恐る恐るバッコスは振り返った。そこには、娘が蒼く輝く細身の剣を、自分の首筋に突きつけていた。微笑みを浮かべて、娘が宣言する。
「勝負あったね」
「・・・」
バッコスは舌を巻いた。自分とて、口先だけの男では無いつもりだった。そもそも、実力がない者に警邏隊副隊長など務まらない。性格と脳髄は今五百でも、バッコスの剣の腕は確かだった。
だが――娘の行動は、全く見えなかった。
頭を強く振ると、バッコスは片膝を付いた。自分がどんな阿呆でも、無様な真似で恥を上塗りすることだけは出来ない。
「我が輩の負けだな。」
潔く、バッコスは勝負の終わりを宣言すると頭を娘に垂れた。
「逢魔」十八話をお送りします。来週は少し多忙なので、更新が不定期になります。宜しくお願い申し上げます。