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古ぼけた籐の椅子に先住ネコが丸まっている。
おばあさんが使い古した、座り心地のいい椅子。
おばあさんはこの椅子に毎日座って、ほとんどの時間をテレビを見て過ごしていた。
小さな染みが所々にあるクッションは、まだ、おばあさんの匂いが残っている。おじいさんとご先祖様のためにつけた線香の匂いと、手にすり込んだ薬のメントールの匂い。
先住ネコはここでぼんやりとするのが好きだ。
「ねえ、きいてよ」
慌てた様子で走り込んできたサビネコが言った。
「なんだい」
先住ネコはちょっと面倒くさいなと思った。でも、退屈しのぎにはなりそうだ。
「ママがね。あたしのことに気付いたみたいなの」
「へえ~」
先住ネコは首を持ち上げた。
「さっきね、ママがあんまりながいこと昼寝するから、心配になってあたしママのほっぺをひっかいたの。ママはきっといつもみたいに知らん顔だろうと思っていたけど。そしたら、ママ、ぱちっと目を開けたの。それから、あたしを見てあっ、て言ったの」
サビネコは大きな目をもっと見開いて言った。
「あたし、びっくりして後ろに下がったの。ママはあたしのことじっと見ていたわ。ママ、あたしが見えたのよ」
先住ネコは体を起こして
「それで?」
と、首を伸ばしてきいた。
「また、目を閉じちゃったわ」
ちょっとがっかりしたように、サビネコは言った。
「偶然目を開けったっていうことだ」
先住ネコがからかうように言うと
「偶然じゃないわ。だってこれで三度目だもの」
サビネコがしっぽを立てた。
「三度目?」
今度は先住ネコが目を見開いた。
「前にもあったの。ママが小説を書いている時、ママの腕に触れたらそこを見たのよ。その次は藤森神社に行った時。ママのお祈りが長かったから、女の子に化けたあたしが後ろからママの肩を触ったの。そしたらママ振り返ったのよ」
サビネコはここで一呼吸して
「先住ネコがいうように偶然だろうと思っていたけれど、今日のことではっきりわかったの。前の二回も偶然じゃなく、何か感じるものがあったんだって」
「う~ん」
先住ネコは考えるように上を向いた。
「本当に気付いたんだろうか」
「気付いたのよ」
四肢を突っ張らせて、サビネコが叫んだ。
「化けネコになって三十年。やっと、ママが気付いてくれた」
サビネコは箪笥に飛び乗り、大ジャンプをして着地した。
西の窓からオレンジ色の日が射して、夕方の気配がしている。
「落ち着け」
低い声でサビネコが言った。
床の上を走り回るサビネコに先住ネコの声は聞こえない。
先住ネコは目を閉じて、顔を洗った。