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雪がちらちらと降るお昼前、チエは部屋着のジャージから普段着に着替えて外へ出た。
防風ズボンの下にタイツを履いて、膝までのハイソックスも履いた。
ハイネックのインナーに長袖Tシャツ、セーターを着、ダウンジャケットを羽織って、防寒は十分だ。
今日は今年一番の冷え込みになるだろうと、テレビで言っていた。
どうしてこんな日に出かけようなんて、思いついたのだろう。
チエは玄関から一歩出た所で思った。
こんな寒い日に。今日じゃなくてもよかったのに。行くのをやめようかな。行かなくても誰かに迷惑がかかるわけでもない。寒さに震える私を心配してくれる人がいるわけでもないのだから。
歩き出したチエは歩く速度ををゆるめた。
でも、せっかく着替えたのだし、引き返してまた着替えるのももったいない。
それに、行くのをやめてこたつに入ってしまったら、もう、この冬は出る気が起こらなくなるだろう。
気分転換、運動、願い事、そのために頑張って、行こうって決めて出て来たのだから。
チエはまた、力強く歩き出した。
でも、しばらく歩くと、だけどこんなに寒いのに無理して行く必要がある?そんな考えがわいてくる。
それで、チエの歩調は遅くなったり早くなったりした。
それでも、チエは足をとめなかった。
そのうち、引き返すより目的地に行く方が近くなって、行こうか、行くまいか考えてもしかたなくなった。
藤森神社は閑散としていた。
一月も末日、初詣で賑わった神社も、今は静けさを取り戻している。
駐車場に止まっている車もほとんどなく、地面に落ちた落ち葉がカラカラと音を立てて転がっていく。
速足で歩いたおかげでチエの体はぽかぽかとしていた。
低い階段を上って本殿の裏まで行くと、誰かが鳴らしている鈴の音が聞こえた。
チエはゆっくりと歩いた。
本殿の正面に着くのと同時に拝み終えたおばあさんが、踵を返して行くところだった。
薄茶色のブラウスに毛糸のベストを羽織っただけの服装で、薄そうなぺらぺらしたズボンを履いている。
近所の人かなあ。あんな薄着で、寒ないの? 大丈夫かな。チエは思った。
認知症だった母を思い出す。お母さんも寒い日に薄着で外に出ていかはったなあ。何度言うてもあかんかったなあ。チエは苦笑いをする。
お賽銭を入れて鈴を鳴らす。
まずは「家内安全」「無病息災」を願う。それから、宝くじが当たりますように。勝運の神様どうかお願いします。後でお馬様にも手をあわせよう。
それと、私の書いている小説が賞を取りますように。どうか、どうかお願いいたします。
チエの祈りは長かった。
冷たい風が何度もチエの体に吹き付ける。風の冷たさもチエにはあまり気にならなかった。
しかし、チエははっとして後ろを振り返った。
誰かに肩を叩かれたような気がしたのだ。いや、叩かれたというより優しく触れられたという感じだ。
けれど、後ろに誰もいない。
「気のせいか」
チエは時計を見た。
十二時十五分。
みんな、お昼ご飯を食べている時間だ。
チエは向き直り、ぺこりとお辞儀をしてその場を離れた。