5
「ママは寝たのかい?」
真夜中、屋根の上で先住ネコが言った。
月の光に照らされた黒い毛並みが、ビロードのように輝いている。
「ベッドに入っているけれど、寝てないよ。寝返りばかりうって、時計ばかり見ているよ」
屋根にやってきたサビネコは先住ネコの横に座って言った。
先住ネコが黄色く光る目で、サビネコを見つめる。
月の光を映したその目がいつも、母ネコのことをサビネコに思い出させる。
月の夜、同じように輝いていた母ネコの目。オスネコの先住ネコと違い、母ネコの目はもっと優しかったけれど。
「そうだろうな」
先住ネコは屋根瓦に寝そべりながら言った。
この寒い季節、こんな所で寝そべるのは、化けネコくらいなものだ。生きているネコたちはこんな所で寝転んだりすれば、すぐに凍えてしまう。
「そうだろうなって、どうゆうこと?」
サビネコも先住ネコと同じように、横になった。
「近頃ずっとそうだろ。眠れないんだ。不眠症だな」
先住ネコは屋根瓦の出っ張りに顎を乗せて言った。
「フミンショー?」
サビネコは首を上げ目を丸くした。
「そう、不眠症さ。眠りたいのに眠れない」
薄目を開けて、先住ネコは言った。
「眠りたいのに眠れない? そんなことってあるの?」
サビネコはびっくりして体を起こした。
サビネコも先住ネコも、死後目覚めてから、一度も眠ったことはない。それで、眠るという感覚はとうに忘れてしまった。
けれど、眠るということが自分にとって、どれだけ気持ちよく、どれだけ幸せだったかは覚えている。
「あるんだ。それが不眠症さ」
先住ネコは目を閉じて言った。
「ママ、眠りたいのに眠れないなんて」
サビネコは悲しそうに言った。
「どうして、眠りたいのに眠れないの?」
サビネコは立ち上がった。
「さあな、どうしてだろうな。知らないけど、ママの心の中に、いろいろあるんだろ。悩みとか、心配とか」
「悩みや心配があったら眠れないの?」
サビネコはじっとしていられなくて、体を揺すった。
「そうだよ」
先住ネコが低い声で言った。
空で瞬いた星が流れた。
サビネコは少し考えてから、
「それって、辛いことだよね」
と、言った。
「そりゃ、辛いことかもな」
先住ネコが空を見上げた。
「ママ・・・」
サビネコは消えた星の辺りに目を向けたまま
「かわいそう・・・」
と、ほとんど聞き取れない声で言った。
「あたしママの側に行く。ママが眠るまで、ずっと子守歌を歌う」
サビネコはそう言うと、もう、その場にはいなかった。
「フン」
先住ネコは薄目を開けて、夜空の星を眺めた。