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チエはハンバーグと茹でたジャガイモと、ニンジンのグラッセがのった皿をサトルの前に置いた。
レンジで温められたハンバーグの上には、とろけたチーズがゆげを立ててピカリと光っている。
(また、ハンバーグか)
サトルはビールをグラスに注ぎながら思った。
ハンバーグは息子のケンイチの大好物だ。
ケンイチはこの春、中学生になった。
小学六年の時からの反抗期が、今も続いていて、家ではほとんど口をきかず、むっとしている。
こんなので学校ではどうなのか、心配なところだが、学校では楽しそうにやっているらしい。先生もケンイチのことを明るくて、良い子だなんて言っていた。
家では反抗期の息子でもチエにとってはかわいい自慢の息子なのだ。
だから、今日もハンバーグということだ。
ハンバーグで少しはケンイチの機嫌もよくなるらしいけれど、いくらケンイチの機嫌がよくなるからって、こうもしょっちゅうじゃあ。
二日前にも、きのこのソースハンバーグを食べたばかりだ。その二日前は煮込みハンバーグだったし、その前は和風のおろしハンバーグだった。そして、その二日ぐらい前は・・・。思い出せないが、ハンバーグだったのだ。
ケンイチの好物を出すなとは言わない。だけど、ケンイチの好物ばかりではなく、たまには俺の好物も出してほしい。まぐろの刺身とか、いかや、サーモンの刺身もいい。あさりの酒蒸しやあじの干物なんかも食いたい。脂っこい肉ばっかりではなくて。あっさりした魚介類が食いたいものだ。
チエに一言ぐらい言ってもいいのだが、素直に聞いてもらえそうにないから、言うのも面倒になる。
「今日、久しぶりに丸善に行って来てん」
フォークでハンバーグをつついているサトルに、チエが言った。
レタスとキュウリのサラダを冷蔵庫から取り出す。
「なんも買わへんかったけど」
サラダをサトルの前に置く。
ハンバーグをなかなか口に入れないサトルをチエはもどかしそうにいながめた。
「ふ、ふーん」
なんだか気まずい感じだ。
「レモン、置いてあった?」
サトルは思いついて言った。
「へっ、何?」
チエは興味なさそうに低い声で言った。
「梶井基次郎知ってるやろ。小説の『檸檬』書いた人。舞台になったんがそこの丸善や。そやから梶井基次郎の『檸檬』の本のところに、来た客がレモン置いていくんやて」
サトルは物知りになったような気になって、はりきって話した。
「へー、そうなん。見てへんし、知らんけど」
チエはそれだけ言って、流しの方を向いて、サトルに背中を向けた。
まあな、別にどうでもいい話しやけど。
サトルはしょうがなく小さく切った、ハンバーグを口に入れた。
あ~あ、せめて、するめでもあったらなあ。
サトルはそんなことを考えていた。