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「おかえり」
と縁側に寝転んだ先住ネコが言った。
「ただいま」
と十歳ぐらいの女の子がにっこり笑った。
ちょうちんそでの白いワンピース、肩までの真っ直ぐなおかっぱ頭に大きなピンクのりぼんをつけて、真っ白なハイソックスをはいている。
何十年か前にタイムスリップしたような雰囲気の身なりだ。
女の子は体を少し揺すると、しゅるり、とサビネコの姿になった。
「おまえさんも物好きだね。わざわざ人間に化けてママのお供をするなんて」
先住ネコがあくびをしながら言う。
「だって、ママは女の子が好きなんだもん」
サビネコは四本の足を突っ張らせて言った。
「女の子も欲しかったって、言っていたことがあったな。ふーん、それでいつも女の子に化けていたのか。だけど、どうせ、おまえさんの姿など、見えてもいないのに」
先住ネコは目を細める。
「いいの、今は見えてなくても。でも、急に見えるようになるかもしれないでしょう。現にあたしが見える人だっているんだから」
サビネコは先住ネコの横に並んで座った。
「まあな。見える人に見られた時はその方がいいだろうね。ネコがふわふわ宙を浮いている所なんかを見たら、びっくりするだろうから」
「そうよ。それにあたしはママについて行きたいだけ。ママがあたしのこと見えなくても、あたしのことを忘れていても、べつにいいの。でも、もしかしたら、あたしだっていざという時何かの役に立つかもしれないし」
サビネコは先住ネコの頬に自分の頬を擦りつけながら言った。
「律儀だね。大事にしてもらった恩をずっと忘れないんだな。もう、三十年も前の話しだよ。それも、二週間だけのことだったのにさ」
先住ネコはからかうようにサビネコの鼻をなめた。
「ママは母ネコからはぐれて死にそうになっていたあたしを助けてくれた。ずぶ濡れのあたしを
タオルで拭いてくれて、温めてくれたわ。あったかいミルクを飲ませてくれた。私があなたのママよって言って、本当に優しくしてくれたの。あたしが死んだ時も泣いてくれたのよ」
サビネコは目を潤ませながら言った。
「フフン」
先住ネコは上を向いて、笑った。
「庭先に墓も作ってくれたしな。でも、花を供えて手を合わせてくれたのも少しの間。今じゃどこが墓なのかもわかりゃしない」
サビネコはこてんと横になった。
「いいの。ママに悲しい思いでなんてなくていいから。それに、あの土の中に埋まっているのは、ただの抜け殻。現にあたしはここにいるんだし」
「化けネコになってな」
フフ、先住ネコがまた笑った。
「自分だって」
二匹のネコは互いに体を舐め合った。
「あ~あ、いつかママも死ぬんだね。あたしたちみたいに。あんたのおばあさんみたいに」
おばあさんというのは先住ネコの飼い主だった人で、ママのおかあさんだ。
先住ネコが死んでから二十五年後に亡くなった。つい一年前のことだ。
「そうだな」
先住ネコがぽつりと言う。
「あんた、おばあさんの所へ行かなくてもいいの?」
サビネコは先住ネコから少し離れて言った。
「べつにいいんだ。いつでもあっちに行こうと思えばいけるんだし。ばあさんはいつまででも待っていてくれる。今はおまえさんとここでのんびり暮らすのが楽だから、まだこの世にいるよ」
先住ネコは体を反り返らせて伸びをした。
「よかったあ」
サビネコは言った。
「じゃあ、ママが生きているうちはこの世にいるんだね。ママはまだまだ死なないから、ずっとあんたと一緒にここにいられるんだ。やったあ」
サビネコは先住ネコの頬に自分の頬をすりすりした。
くすっ。先住ネコは笑った。
外は薄暗くなって、いつの間にか部屋に電気が灯っていた。