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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

玉虫色の藻。

作者: フツキ

 それは綺麗な「藻」のような形をしていた。最初は小さなマリモかと思っていたのだが、その「藻」はそれよりも毛…と表現していいのだろうか、とにかく毛のようなそれが長く、光を受けて玉虫色に輝いていた。物珍しさにじっとそれを見つめていると、「店主」がお目が高いですねと低い声で笑った。今ならお安くしておきますよ。そう付け加えながら。

 私はその「藻」が気になってしょうがなかった。色鮮やかなそのカラーリングに魅入られたというのもあるし、これくらいの大きさなら、自分の部屋に置いても問題ないと思ったのだ。私の家はワンルームで、さほど広くはない。だから大きな家具や観葉植物を置くことが出来ない。

 想像していたよりも少しばかり値が張ってしまったが、私はその「藻」を購入することにした。店主から水は毎日変えること、エサは肉であれば何でも良いこと、そして何があったとしても返品は受け付けないこと。そう説明された。小さな蓋つきのカップに入った「藻」は、太陽の光を受けてやはり玉虫色に輝いていた。私は満足して、あの狭いワンルームへと帰路についた。

 「藻」のエサは肉であれば何でも良いと言われたので、作り置きのついでにそれ用の肉も用意しておいた。後は水を変えることを忘れなければ、この小さな存在と長く共にいられるだろう。陽の下に置いておいた方がいいのだろうか。そこまでは聞いていなかったけれど、その綺麗な玉虫色が見たくて、私は「藻」を窓際に置くことにした。

 仕事から帰ってきて部屋の灯りを付ければ、窓際に置かれた「藻」はその光を受けて玉虫色に輝く。それを見ると心が落ち着くし、忙しい仕事のことも忘れられた。私にとって「藻」は無くてはならない存在になりつつあった。



 「藻」が成長している。それに気付いたのは一か月が過ぎた頃だった。購入したときと比べて、明らかに大きくなっている。購入したときのコップにみっちりと詰まった「藻」に、私は気付いてしまった。まさか成長するだなんて。「店主」はそんなことを言っていなかった。だがそれなりの金額で購入したし、この綺麗な玉虫色を失ってしまうのも嫌だ。私は食器棚からひとまわり大きめのコップを用意した。

 「藻」はどんどん成長している。その分、与える肉の量も増やした。まるで「藻」がそう望んでいるように見えたのだ。私の錯覚なのかもしれないが、あの艶やかな玉虫色を見ると、そうしなければならないと思ってしまうのだ。コップから水槽に移り、「藻」がきらきらと輝きながら私を誘惑する。もっと、もっと肉を寄越すのだと。

 私の給料のほとんどは「藻」のために費やされるようになっていった。そしてそれに比例するように、「藻」はどんどん大きくなり、そして美しくなっていった。肉が、肉が足りない。私はこの頃からおかしくなっていたのかもしれない。否、初めてあの「藻」を見たときから、狂っていたのかもしれない。

 小さなワンルームの中央に鎮座する巨大な水槽で、「藻」がゆらゆらと揺らめいている。この「藻」を置くために、私はほとんどの家具を手放してしまった。水を交換するのも大変だが、何より食料が足りない。肉を買う金もない。肉が無い。肉が無いとこの美しい「藻」が消えてしまう。そんなのは嫌だ。私は追い詰められていた。そして私はとうとう野良猫や野良犬を捕まえ、「藻」に与えるようになった。生きている肉を与えると、「藻」がこれ以上無く美しく輝いているように見えた。

 「藻」がゆらゆらと揺らめている。腹が減ったと、肉が欲しいと、そう言っている。だがもう手近にある肉はない。そこいらを歩く動物を見つけ次第捕まえているけれど、それでも足りない。ペットを誘拐する不審者が現れているという張り紙が、近所のあちこちに貼られてしまった。故にもう動物は捕まえられない。このままではこの美しい玉虫色が死んでしまう。そんなことは出来ない。

 私は気に入らない上司を、敢えて私の部屋に呼んだ。何もないがらんとした部屋に上司は驚いていたが、中央にある「藻」を見て、呆然と立ち尽くしていた。エサは肉であれば何でもいい。私の脳裏に「店主」の言葉がちらつく。私は微動だにしない上司を、あの水槽に力づくで投げ込んだ。彼の悲鳴が一瞬響いたけれど、玉虫色の「藻」に包まれて、上司は綺麗に消えてしまった。

 「藻」がゆらゆらと揺らめている。これだけじゃ足りないと、まだまだ足りないと、そう言っている。私は「藻」に包まれた上司を見て、何故か羨ましいと思ってしまった。あの美しい玉虫色に包まれたなら、どうなるのだろう。あの「藻」の一部になれたなら、どれだけ幸福を感じられるだろう。いっそひとつになってしまった方が、しあわせになれるかもしれない。

 私は水槽に手をかけた。まるで誘うように「藻」が揺らめく。すぐ行くよ。私は愛おしげにそう呟いて、ゆっくりと水槽へ飛び込んだ。視界のすべてが玉虫色に染まっていく。ああ、とても綺麗だ.。私のその言葉は「藻」の中へ消えていった。

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