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少年が一人、歌っていた。

第一印象というのは多くの場合、その人間の評価に直結する。

十人十色、一人一人違う意見があるし、僕はその多様性は認めたいと思っている。が、しかしこの状況でこの少年に対しての評価は九割九分こうなるだろう。

「朝四時になにしているんだこいつは」

朝四時。肌寒くなり始めたこの季節だとまだ日は登らない。

そんな時間に、中学生ぐらいに見える少年が歌っていた。だれもいない河原で。

ここでもし「やぁ、少年。こんな時間に何してるんだい?」と朗らかに声をかけてみたとしよう。

そうすれば僕みたいな不審者にしか見えない男は一発通報即逮捕だ。

申し遅れた。僕は井田蓮人という男だ。

身長は決して高いとは言えない。けれど低いともいえない。中途半端な男だ。

趣味は、そうだね。読書映画鑑賞ゲーム物書き絵描き演劇ポエム習字鑑賞楽器等々。よく言えば多趣味。悪く言えば中途半端ってやつさ。

父さんは会社員。母さんは公務員。兄貴がミュージシャン志望の大学生の一般家庭だ。

少しだけ普通じゃないのは兄貴が少しだけ自由すぎるってところかな。

急に旅に行ったり、何の連絡もよこさずに一晩家を空けたり。

そんなわけで次男坊の僕は割と自由に育てられている。

それこそ、こんな時間に無断で外に出てもなにも言われないぐらいには。

そもそも、朝四時にだれが何してるかなんてそれこそ家族でもわからないだろう。

いや、家族だからこそ、かもしれない。ともかく、そのおかげで僕はこうして自由に家を出入りできているわけだ。

そういえば、歌ってもんは触れたことがなかったな。いやまぁ演劇で少し触ったことはあるけど。

今度触ってみても面白そうだな。なんてことを考えながら歌を聴く。

ひどい歌だ。へたくそで。聞くに堪えない。

あえて表現するなら「適当な叫びがたまたま歌っぽくなっている」みたいな。

音程も取れていない。リズムも滅茶苦茶。歌詞もところどころ怪しい。

だけど。だからこそ、かもしれないけど。なんでか心に響く歌だった。

心からの叫び、とでもいえばいいのだろうか。

思春期のぐちゃぐちゃした心を描いた曲なのだろう。歌詞に心がこもっているような気がした。

まぁ、初心者も初心者。なにもやったことのない人間の評価だ。あてにしないでほしい。

それでも、つい最近まで思春期だった一人の人間として、どこか共感のようなものをしていた。

この歌は、歌い方は、評価のできる人間の前にだしてもきっと何一つして伝わらないだろう。

そんな歌だった。

ここで一つ「なぁ、兄弟。いい歌だったな。聞き惚れたぜ」みたいなことを格好つけて言ったとしよう。

そうした時にどうなるかというと、まぁ、おそらく警戒されて終わるだろう。

もしかしたら、この少年がここに来なくなってしまうかもしれない。この歌に、この少年に、もう金輪際あえなくなってしまうかもしれない。

しかし、この少年の歌を少し離れたこの茂みの中で聞くのは、この井田蓮人、またその兄の大翔のポリシーに反する。

「いい歌を歌う人間には敬意と感謝をもって接するべし」

こう見えても、この井田。多少だが楽器に触った経験があるので心に響く音楽というものを作るのにどれだけの苦労が必要なのか。少しだけだが知っているつもりだ。

そうだな。一ついい案を思いついた。少年が歌っているすぐそばのベンチに座るんだ。

そして、少年が歌い終わったタイミングで必ず拍手をする。そして帰り際に少しだけ格好つけてこう言うんだ。

「あんたの歌声よかったよ。いつか、どっかで出会えたらまた聞かせてくれ。」

ってね。我ながら良い作戦ではないか?

では早速次の歌の境目で登場してみるとしよう。

では、諸君。しばらくの間お別れである。僕はこれから星の数ほどある趣味の一つ、音楽鑑賞に興じるとするよ。

それでは。せいぜい通報されないように祈っていてくれたまへ。

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