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短編集・散文集

連絡を待ちながら

作者: Berthe

 遅くても昼過ぎにはきっとと待っていた連絡が、午後の講義がはじまってもなお届かなくて、学校が終わる時刻になっても、便りはなくて、だけど自分からまた連絡するなんて出来ないから、下校するその足を住まいとは反対方向の電車にのせて、バイトへ向かう車内でスマホをいじりながらも、ゆいの心はそのことばかり。いつ来るの。来ないの。気ばかり焦ってよくないとスマホをバッグにしまったその手が、なおもそれを離そうとしないのを許して、ときどきぎゅっとしたり、スマホカバーを指でさらさらなぞってみたりしながら、ぶるっとその子が震えるのを心待ちに待っていると振動が来て、急いで取りだすと友達から。がっかりしながらも、でもそれはそれで、嬉しくて、慰めになって、いつもはすぐには返事を返さなかったりするのに、今日はすぐにひらいて要件を確認すると、ほんのたわいもないことで。思わず浮かんだ笑みが、顔をあげるとともに、外を過ぎゆく暗くなりかけた景観を背景に窓に映って、彼女は瞬間、羞恥を覚えてさっと表情をもどすと、反射したものにちょっとぞっとして口角をあげた。


 読むだけ読んで返事は後回しのままホームへおりるまで握っていたその子には、それ以来通知ひとつなくて、駅からほど近いバイト先に彼女はまもなく着くと、バイトの制服に着がえながらもうその子のことは忘れようとしていたのにやっぱり気になって、バッグから取りだしかたわらの椅子に置くと、ブラウスのボタンを下からゆっくり掛けながらちょいちょいそこへ目をやり、耳を澄ましてみても、物音ひとつたてようとしない。髪とサロンエプロンを結びおえるころにはバイトの時間が刻一刻と近づくので、もう待ってもいられなくなって、彼女はズボンのポケットにスマホを突っ込むと休憩室をあとにした。


 ゆいはいつもの愛嬌で客を迎え、呼鈴で、そうでなければ、すみません、注文いいですか? と、じかに呼ばれるままに客のテーブルへ顔を寄せ、注文を受けながら、ときおり絡んでくる男性客になかば戸惑い、なかば慣れたようにあしらいつつ、厨房とやりとりし、客が立ちあがったあとのテーブルの汚れを細かなところまで見つけだしては指でそっとつまみ、あるいはアルコール消毒の魔力を借りながら、ていねいに拭いているうちいつしかポケットのことは忘れて、かえって幸せにバイトにからだを合わせていた折から、休憩してきていいよ、と店長に声をかけられた。


 はい、じゃあ行ってきます、と素直に返事をすると、いちど化粧室に寄ったあとお茶だけ注いで休憩室に入りさっそく椅子に腰をおろして、両手でささえた湯呑からひと口飲もうと顔を近づけた途端、染みるほどの熱気が迫ってくる。瞬間、顔をしかめたものの、あえて反抗しようという血気は起こさずそばのテーブルへそっと湯呑を置くと、おもむろに立ちあがり、自分のロッカーへ寄った。取りだしたトートバッグを腰をおろした膝の上へのせて、中身をさぐってお目当ての化粧ポーチと、そのそば近くに見つけた手鏡を取りだして顔を見つめるうち意識するともなくポーチをひらこうとしたものの、片手でチャックは開けられない。


 バイトまえに直していなかっただけ、いつもよりもちょっぴり幼くなっている顔に、ゆいは頬をほんのり赤らめつつ、今更ながらバイト仕様にめかすのに夢中になっているとポケットがぶるぶるっと震えた。ゆいはバッグをぎゅっとしたかと思うと、きゅっと椅子の上に体育すわりになって、なおも胸と腿で抱きしめているうち鼓動が高まるのがわかる。膝へおしつける片頬にも、左の手首をにぎる右の中指と親指にもぐっと力がこもる。やがて顔をあげて座りなおす流れのままにポケットに手を入れ、すぐに見つけたそれを握る手のおののきが、彼女をどきどきさせて、つかんだスマホをバッグに放り込むと、隣の椅子へおいて湯呑に手を添えた。


 ほっとするぬくみになっていたお茶をごくごく空けて、ふーっとひと息つきながら前髪に触れ、まだ温かな湯呑を組んだ腿の上でちょこんと持ってぼんやりしているうちやっと思い立ったように、彼女は湯呑をテーブルへやさしく戻しながら肩をバッグへと半身にひねり、そのまま手をいれて薄ピンクにまもられたスマホを鷲掴みに取りだしカバーをひらくと、画面を見つめる目がきらめいたそばから、たちまち曇って、最近暇つぶしにしているアプリをひらく。ゆいは数ゲームこそ、それを楽しんでいたもののじきに飽きてきて、すると思い出すので、想いを振り払うように時間を見ると、まだちょっと早いけれど、べつに早めに戻るぶんには店長もいい顔はしても文句はないよねとにわかに立ちあがったかと思うと、下をむいて椅子へ手を伸ばし手鏡をとり、それへもう一度顔をつくりながら前髪を整え、顔まわりの髪の毛をならしたその手先で、うしろに結ぶ髪の毛先を軽くもてあそんでから、うん、と何やら頷くと手鏡をポケットにしまった。


 スマホをポケットにしまっているうち扉へたどり着くとドアノブをまわして内にひらき、外へでるまえに顔をのぞかせて左右を見渡せば、流行りにあわせた店内のBGMが聞こえるばかりで、ちょうどよいことに誰もいない。ゆいは一度ドアを閉めてポケットから手鏡を取りだし、自然つくった顔に見入りつつ、涙袋の端を人差し指で引っぱりまばたきをしていつしか口角をあげながら表情を確かめると、大丈夫。鏡のなかの女子が左をむいて、右をむいて、最後の確認をしてみても、好きな側の顔はもちろんのこと、あまり好きじゃない方の顔まで今日はよく出来ている気がして、彼女はるんるんと手鏡をポケットに戻しながら反対のポケットからスマホを取りだし、薄ピンクのカバーをひらいて画面をつけた。しかしそこには新着ニュースの通知がひとつあるきりで、期待した通知は入っていない。いちど画面を消して、一瞬閉じた目をすぐに見開き、もう一度つけてみてもやっぱりいっしょ。と、思った刹那、ゆいの顔はたちまちほころび、思わずつま先立ちになったふくらはぎによいものがながれた。

読んでいただきありがとうございました。

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