冬将軍2050
あなたは冬将軍を知っているだろうか。
冬季に、周期的に南下する北極気団(シベリア寒気団)を指し、それを擬人化したものだ。
それは、歴史に埋もれた過去の話だ。
2050年現在では、異なる。
シベリア寒気団の大気を纏うように移動する気象現象を指すのだ。
21世紀に入り、激変する環境変化で、日本において秋は温暖化及び長期化した。
そして、冬は冬将軍が運んでくるようになった。
冬将軍はシベリアを中心とした大陸内部の放射冷却と偏西風の循環の変動による上層のブロッキング高気圧の影響で産声を上げる。
オギャーという産声の代わりに抜けるような青空をもたらしてくれるのだ。
なお、ブロッキング高気圧に上を塞がれているので冬将軍の背は低い。
指摘すると憤慨するので注意が必要だ。
冬将軍は生まれ故郷たるシベリアを発ち南下すると、朝鮮半島を氷で覆い尽くしてしまう。
巨大都市ソウルは氷に閉ざされ、人々はスケート靴で移動するようになった。
10年前からアイススケート、フィギュアスケート、アイスホッケーが韓国のお家芸になったのはこのためだ。
諸行無常である。
冬将軍が南下すると日本海が凍りつく。
晴れあがった空の元、海が徐々に凍りつきせり上がるさまは、まるで冬将軍が海面を踏みしめているようでもあり、気象衛星からはそれが足跡のようにくっきりと観測できるのだ。
これを、冬将軍の気まぐれ千鳥足と呼ぶ。
それは不規則な軌跡で予測不可能なため、冬の日本を航行する船舶は命がけになった。
気まぐれで踏みつけられる船はたまったものではないが、年に数隻は犠牲になる。
船乗りはこれを避けるため、酔い止めの漢方を海神に奉納し始めた。
習わしとは、必然から生まれるものなのだ。
朝鮮半島を凍らせた冬将軍は一歩、また一歩と日本海に氷の足跡を残し、対馬に迫る。
要塞化され半地下になった自衛隊対馬基地では、恒例の対冬将軍演習が行われる。
摂氏マイナス30度の青天の中、対馬最高峰の矢立山で雪中行軍が行われるのだ。
高気圧故快晴なのだが、毎年数人の隊員が行方知れずとなり、氷が溶けた春に発見される。
原因としては、極寒の中、筋骨隆々の冬将軍の幻覚に魅入られてしまうというのが、有力だ。
男として敗北感にまみれ、自信を喪失してしまい項垂れ雪に埋もれていく。
この現象は雄敗と呼ばれ、症候群であることが確認されている。
雄敗症候群は軍人という職業柄発生する稀有な病気ではあるが、来年には職業病に認定される予定だ。
対馬を凍結させた冬将軍だが、日本が凍りつくことはない。
冬将軍が南進を開始すると、決まって太平洋に巨大低気圧が生まれる。
急速に発達した低気圧に関わらず、その速度は早馬の如くである。
猛烈な台風並みの規模の低気圧は、海中から膨大な量の魚資源を巻き上げ、各地に被害と大量の魚をもたらしていく。
その速度と凶暴性からこの巨大低気圧は、冬のモンゴル騎兵と呼ばれる。
この冬のモンゴル騎兵が北上し、関東から東海を抜け、近畿中国地方へと快進撃を続け、海上で冬将軍と激突する。
さてここで、歴史を紐解いてみよう。
冬将軍とは、ロシアがその気候を生かして厳冬期に敵を懐に入り込ませ、撃退したロシア戦役がもとになっている。
かの第三帝国も冬将軍に完敗した。
だが、冬将軍も常勝将軍にはなれなかった。
モンゴル帝国にはタイガが凍りつく冬季に攻め込まれ敗退。
また、バルト海に面するスウェーデン軍にも敗退しているのだ。
まさに諸行無常、盛者必衰なのだ。
この歴史を鑑みると、なぜ日本が凍りつくことがないのかがわかろうというものだ。
南方から駆け上がるモンゴル騎兵に、冬将軍は敵わないのである。
それはまるで、恰幅の良い奥さんが幅を利かせるロシア人夫婦を彷彿とさせる。
対消滅の如く、高気圧と低気圧は消えてなくなり、穏やかな日本晴が現れるのだ。
シベリアで初冬将軍が、小笠原沖でモンゴル騎兵が生まれたとの一報が舞い込んだ。
今年も各地に被害と大漁をもたらすだろう。
人生万事塞翁が馬。
全て世は事もなし、である。