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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある車両での出会い

作者: 彩葉

過去の公募でかすりもしなかった作品を原型留めない位弄った産物です(勿体ない精神)


 最近、不思議と目につく男の人がいる。

いつからかは覚えていないけれど、通勤電車で見かけるようになったお兄さんだ。


 彼は細身の銀縁眼鏡をかけていて背が高い。

そして目の覚めるような金色の短髪だ。

別に外人さんって訳じゃない。

顔はそこそこ整っているけど、ハンサムって感じもしない。

チャラチャラ両耳にピアスの穴を沢山開けていて、目付きがかなり鋭いから。

学生さん位に見えるけどスーツを着てるし、もしかしたらアブナイお仕事の人かもね。

平凡なOLの私には一生縁のないタイプの人種って事に違いない。


 彼は毎朝のように私と同じ駅の同じ乗車口で電車に乗る。

見た目が怖いからか、周りの乗客がそれとなく避けるのが何か可笑しくって、つい盗み見てしまう。

勿論バレないように気を付けながらだ。

私にだって危機感位ある。


 私の方が先に降りちゃうから彼の降車駅は知らない。

彼は大抵、扉の横の手すりにもたれて目を閉じていたり、耳栓みたいなイヤフォンで何かを聞いていたり、最新型の携帯を弄ったりしている。

アレいいなぁ……私も欲しい。


 と、そうこうしている内に会社の最寄り駅に着いてしまった。

降りて気持ちを仕事モードに切り替えなきゃ。

……あれ? 今一瞬、彼と目が合ったような……まさかね。

どうせ私の存在なんて、彼は気にも止めていない筈だもの。

無視されるのなんて慣れっこである。


 まぁとにかく、そんな感じで私のつまらない日常の始まりは彼の観察から始まるのだ。



 ある朝。

昨日の仕事疲れが抜けきらなかったのか、私はいつもに増して不機嫌に駅のホームに立っていた。

実はこの所ずっと、職場の人間関係が上手くいってなかった。

同期には大きな仕事が任されるのに私は何も任されないわ、新人の子には無視をされるわで本当に散々である。

毎日こんなに頑張ってるっていうのに。


 しかもこういう日に限って、例の金髪眼鏡のお兄さんは姿を現していない。

つまらない思いで辺りを見渡していると、向かいのホームに立つ中年の男と目が合った。


「──は?」


 その男を認識するのと、電車がホームに入ってきたのは同時だった。

背筋が凍るとはこの事か──

私は心ここに非ずで車両に乗り込む。

男の残像が頭に焼き付いて離れない。


 先程見えた男は上半身と下半身が左右にかなりズレていた。

まるで、上下に分かれた人体を適当に乗っけたかのように──

まさか、ね……


 アナウンスを合図に電車が発車する。

窓から見える景色に先程の中年男性の姿はどこにもない。

私はゾワゾワと粟立つ腕を擦りながら「見間違い、見間違い」と小さく呟いた。




 やる気が起きない日に限って残業デーとはツイてない。

普段は皆残業を嫌って定時に上がるのに、今日はトラブルが重なったせいで全員デスクにかじり付いていた。


 ギスギスと緊張感の漂う社内からようやく抜け出し、私は終電に駆け込む。

良かった、間に合って。

終電逃してカラオケでオールとか笑えないもの。


「あ……」


 つい口から漏れてしまったのは驚きの声。

駆け込んだ車両に、なんと今朝は見かけなかった金髪眼鏡の彼が座っていたのだ。

朝以外で遭遇するのは今日が初めてだと思う。

ついでに言うと座ってる所を見るのも初めてだ。


 彼はよほど疲れているのか固く目を瞑り、長い足を放り出すようにだらしなく座っている。

他に乗客は居ないから迷惑という事もない。

こんな機会は滅多にないだろう。

私はそっと彼の斜め向かいに座る。

そして電車に揺られながらぼんやりと彼の顔を観察する事にした。


 ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン──


 起きる様子はない。

緩められたネクタイがそこはかとなく色気を漂わせている。


 ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン──


 二駅過ぎた頃。

突然、私の頭上に影がかかった。


「え……?」


 ギョッとして我に返ると、すぐ傍に誰かが立っていた。

いつの間に現れたのか、全く気配も音も無かった。


 紺色のジャンパー、黒いスラックス。

男だ。

それも見覚えのある男──

間違いない。

今朝、ホームで見かけた──


 私はギギ、とぎこちなく顔を上げようとしたが、男の顔を確認する前に悲鳴を上げてしまった。


「ひっ!?」


 なんと男はガクンと上半身を落とすように私の顔を覗き込んできたのだ。

白髪混じりの男の顔は土気色をしていて、泥のような汚れがあちこちにこびり付いている。

近いっ!


 咄嗟に飛び退いた私は座席から転がり落ち、尻餅をついたまま男から遠ざかる。

男の服の裾からボタボタと何かが落ちているが、それが何なのか確認する余裕もない。


「なぁ、俺コレ何なんだよ。どうなってんだよ、あんた見えてんだろ? コレどうなってんだか教えろよぉ」


 ズリ、ベチャ──


 電車のガタゴト音に紛れて粘着質な水音が耳につく。

訳の分からない事を繰り返す中年の男はガクガクと普通の人間ではあり得ない奇妙な動きで手を伸ばしてきた。


「なぁ何か変だろコレ。何なんだよ。なぁ、」


 掴まれる──!


 もうダメだと目を閉じれば、今までの思い出というか、走馬灯のような物を見た気がした。

なんだか懐かしい。


「っせぇんだよ、この痴漢」


 ベシャアッ!


「……は……?」


 重い音がしたかと思えば、次の瞬間には中年の男は後方に吹っ飛んでいた。

どうやら金髪のお兄さんが男の腹を蹴り飛ばしたらしい。

男の身体が無残に飛び散っている。

ここからではよく見えないけど、服の中身は元からバラバラだったのだろう。


「ぉあぅコレ何なんだぉぁ……」


「何じゃねぇよ、本当は自分が一番分かってんだろーが」


 お兄さんがコツコツと靴音を響かせて男に近付いていく。

血の臭いが辺りに充満して気持ち悪い。

視界がクラクラする。


「ったく面倒くせぇな、電車汚しちまったじゃねぇか」


 ぐちゃぐちゃの男は起き上がる事も出来ず、ブツブツと恨みがましく呟いている。

その声に重ねてお兄さんも何かを呟いていたが、私がその意味を理解する事は無かった。


「あ、おいそこのアンタ、」


 意識を失う寸前、こちらを振り返った金髪を見た気がした。






「……ん……?」


 布団とは違う寝心地に違和感を覚える。

重い瞼を開ければ、知ってるようで知らない景色が広がっていた。

どうやら駅前のベンチらしい。

辺りは街灯や飲み屋の明かりがあるものの、真っ暗だ。

直感で深夜だと分かった。


「こ、こは……?」


「あんたの最寄り、T駅っスよ」


「え、あ、どうも……?」


 驚いた。

私が寝ていたベンチのすぐ隣に金髪眼鏡の彼が座っているなんて、誰が想像しただろうか。

あれ、これもしかして、私が起きるまで待っててくれてた?


「あの、私、一体どうしちゃってたの? さっきの化け物……あれは一体……それにここって本当にT駅なの?」


 矢継早の質問に面食らったのか、彼の鋭い目が僅かに見開かれる。

彼は言葉を選ぶように視線を外しながらガシガシと頭を掻きむしった。


「あー……よくいるんスよ。死んでんの認めたがらない奴」


「そ、そう……」


 期待していた返事から少しずれている気もするけど、ムリヤリ納得する。

意外な程に落ち着いた声の彼は「大丈夫スか?」と気遣わし気に私の顔色を窺っていた。


「ありがとう。なんとか大丈夫よ。……意外と紳士なのね」


「意外とは余計だな」


 ニヤリと口元を歪ませる笑い方はまるで悪人のよう。

肩を竦めるひょうきんな仕草とはミスマッチだ。

急に気が抜けた私は改めて周囲を見渡す。

うん、やっぱり違和感。


「……もしかしてお兄さん、私の事誘ってる?」


「おぉっとぉ。何でそう思ったか、是非聞きたいもんスねぇ」


「だってこの駅、私の知ってる駅じゃないもの。よく似てるけどね」


 ここどこよ? と首を傾げれば、彼はやれやれと細長い指で眼鏡を持ち上げた。


「正真正銘、アンタが毎朝乗るT駅っスよ」


「はい、嘘。からかわないで」


「……なぁ、アンタ。いつまで同じ事繰り返すんスか?」


「は? な、に、言って──」


 真っ直ぐに見据えられ、彼の双眼から目が離せなくなる。

そんな筈ないのに心臓がドクリと震えるような錯覚に陥った。

……?

そんな筈ない? なんで?


「もう良ーんだよ。無理して働かなくて」


「ま、待って。何の話……?」


 怖い、聞きたくない。


「よくいるんスよ。……死んでんの自覚してない人」


 ブワッと忘れていた記憶が流れ込んでくる。


 そうだ 私 会社に急いでて


 駅の階段から落ちて


 走馬灯見て そのまま



 同期がどんどん出世していくのに私だけ取り残されていたのは──


 会社に行っても無視されていたのは──


 社内で幽霊騒ぎがあって残業する人が居なくなったのは──


 周りの景色に見覚えが無いのは──


 全てに合点がいった。

気付いてしまった。

私は、もう──


「……思い出したなら、もう帰った方が良いスよ。道分かる? 送る?」


「……大丈夫……多分」


「あ、そ」


 彼は長いため息を吐くと私に缶コーヒーを差し出してきた。


「長い間、おつかれさまっした」


「……ありがとう……」


 缶コーヒー片手にフラリと立ち上がる。

心にポッカリ穴が空いたようで少し悲しいけれど、苦しくはない。


「ハハ……これでもし家が無くなってたら、どうしようね」


「そん時ゃまたこの駅に来な。俺の最寄り駅スから」


「そりゃ頼もしい」


 淡々と話す彼からは感情が読み取れない。

私は立ち去る前に一つだけ聞いてみる事にした。


「ねぇ、あなた、一体何者なの?」


「……七里(ななさと)(しのぶ)。しがない公務員スよ」


 あなたみたいな公務員がいるか!

……って言いたかったけど、その言葉は次会った時の為にとっておこう。


 東の空が白み始める中、私は自宅方面へ向かって歩き出したのだった。



<了>


裏設定。


女性は二十年近く駅と会社をさ迷っていました。

外国人を外人さんと言ったり、コードレスイヤフォンを耳栓扱いしたり、スマホを携帯と言ったり……ジェネレーションギャップを探すのも面白いかもしれません。


中年の男の死因は轢死です。

女性に絡んだのは本当にたまたま目が合ったから。

不運。


七里忍は同作者の別作品の登場人物です。


大学生時代の忍が出ている短編ホラー↓↓

【近所のお兄さんと】水平思考ゲーム【遊んでやった】

https://ncode.syosetu.com/n6844fv/


ご興味ありましたらどうぞ宜しくお願いします。



<以下、追記>


イタリア皇帝様が本作から着想を得て作品を執筆して下さいました。

「自己像幻死」https://ncode.syosetu.com/n4650gf/

短編ホラーです。宜しければこちらも是非。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり忍さんだった──!!(大歓喜) お姉さんまで死んでるとは思いませんでした! 面白かったです! 後書きリンクから忍さんに跳びます! 感想いっぱいでウザくてすみません!!(土下座)
[一言] よくある展開らしいですが、最後まで気づかなかったので良かったです。 毎日同じ電車に乗る人多いですから、あの中の何人かが幽霊だったとしてもおかしくないですもんね。
2020/07/19 09:57 退会済み
管理
[良い点] お兄さんの面倒見の良さ。 [一言] 幽霊も幽霊に驚かされるんですね。あっちの世界も大変そうなんて思いました。私も後書きを見るまでその言葉の違和感に気づかなかった口です。普段からイヤフォン…
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