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5・神一、神さまになる

 俺が放り出されるようにして転がり落ちたのは、ちくちくした芝生のような地面の上だった。


 突然視界が明るく開けて、俺は恐る恐る目を開ける。


「いたた……ほんとにもう……なんなんだよ」


「やったあ! 初出社おめでとおおおおーう!!」


 クラッカーの弾ける音がして、俺は降ってくる紙吹雪を一つ拾い上げた。


「ジーンちゃん、おはよう。記念すべき初日ね!」

 そう言って俺の顔を覗き込んできたそいつは見覚えがある。

 そう……昨日うちの実家に乗り込んできた謎の二人組の片割れ!


「……これは……どういうことですか。何が何だか……わけがわからないんですけど」

「あら、わからないことなんてないじゃない? ジーンちゃん、きのう神様のアシスタントの仕事やってみたいって言ってたから速攻で採用になったのよ」

「そうそう、即採用。中々こんなことはあるもんじゃねえぜ」

 ほら、と言って四角いものを手渡してきたこいつも俺は見覚えがある。謎の二人組のもうひとり、フォルテ。

 俺は手渡されたそれを見つめた。ちょっと硬めの紙材で出来た見慣れたフォルム。

「……タイムカード……」

「ほらほら、早く打刻して! 出社したらまずこいつを打刻するの」

 そう言ってサンガツが取り出したのは丸い水晶のような物体だ。水晶の中でゆらゆらとゆらめいている謎の記号は、デジタル表示された今の時刻……なのかもしれない。ただの俺の推測だけれども。

 サンガツはぼやぼやしている俺からタイムカードを奪うと、水晶の中にそれを突っ込んだ。「がしょん」という音がしてタイムカードは全て水晶の中に消えてしまう。

「ね? わかった?」


「……わからない!! わかりませんよ! これは一体どういうことなんですか」


 俺はその場に勢い良く立ち上がって気がついた。

 いつの間にかまったく身に覚えのない服を着ている。目の前のサンガツのそれともよく似た服装だが、どうも下半身がすーすーする。

「ジーンちゃんのところに制服のロッカーが支給されていたでしょ? あそこがうちの事務所と繋がってるの。今日は初出社だから現場へ直行してもらったのよ」

「現場って……」

 そう呟いて俺はサンガツがひるがえした掌の先を眺める。


 目の前に広がるのは見たこともない景色。

 そこは、俺が知らない異世界だった。


「ここはあたしが管理を任されている人外地の一つで、第四十二ペトルシアンという世界なの。あんたのところと同じ“ペトルシアンシリーズ”の人外地で、所有者税金未納のために只今中央政府が差し押さえ中」

 地上には透き通る青い海がどこまでもどこまでも広がり、水面を大きな生き物が盛んに飛びはねている。 

 空には虹色の雲が立ち込めていた。その分厚い雲の天蓋を突き刺すように針のような建造物が青い水面に向かって無数に伸びている。


「本当に……異世界に……来ちまった」


「便利だろう? ドアtoドアで通勤時間1分もかからねえ。ギリギリまで寝てたってあのロッカーくぐりゃあ一発で身支度も完了よ」

 フォルテが指した先には簡易更衣室のようなものがしつらえてある。記号のような模様で埋め尽くされた不気味な正方形のラグの上に遮光カーテンでぐるっと丸く囲っているだけというスペースだけれども。


「それよりもあの……この……格好は……」


 俺は自分の身体を指してフォルテに尋ねた。全身の姿を未だきちんとは見ていないことがせめてもの救いかも知れない。まあ……それでも大体のイメージは出来るけれども。

「……なんなんすかね? 起きたら知らない人間になってたんですけど……」

「制服よ、制服! なかなかいいんじゃない? 似合ってる似合ってる」

「……制服?」

「昨日の内にお前のアシスタント採用許可が下りたもんだから、支給品としてロッカーと一緒に届いたんだろ。着任届もちゃあんと俺のところに届いてる」

 俺が「理解しがたい」という顔をしていたのがわかったのか、サンガツが言った。

「あんたねえ、神様のアシスタントとして働こうってのに、まさか土民のままの肉体でやるつもりだったわけ? そんなの無理に決まってんじゃない。あたし達はスキル持ちの神様だからあんたたち土民がいうところの魔法みたいなやつをいろいろと使えるのよ。制服があればあんたにだって多少はそういうことも出来るようになるわ」

「これはつまり……ま、魔女っ子みたいに……これに変身して仕事するってこと……ですか?」

「そうね! そういう感じ。仕事が終わったら制服を脱いで、また元に戻れるわよ」


 そういうことは出来れば働く前に言ってもらいたかった。

 ……というよりもこの場合、細かな勤務条件や勤務内容をきちんと把握しないままに「いいかもしんないそれ」とかうっかり零してしまった自分の方に非があるのかも……しれないけれども。


「だ、だけど……慣れないよなあ……出来れば男の制服をいただきたいんですけど……」

「本来はちゃんとお前の身体を採寸してお前にあったサイズの制服が支給されるはずだけど、今回は大急ぎだったからそんなことしてるヒマがなかったんだよ。だから適当に事務所に余ってるやつをよこしたんだ」

「支社長ってば女好きだから、余ってる制服が女物しかなかったの」

「ええ……?」

 俺は腹の底から呻きのような声が漏れた。

「当然だろ、サンガツ。どうせ神に仕えるならハゲたひげもじゃの爺より肌がすべすべの女神がいいね、俺は」

「まあ……そういうわけだから、支社長にはいちおう注意してね。改めてよろしくーう!」

 もしかして……うちって女だらけの職場なんだろうか。女神さまの同僚ばっかり!? 一昔前のナースステーションみたいな職場を想像したらなんだか今から胃に穴が空きそうだ。

「あまりものにしてはなかなか似合ってるから大丈夫だぞ。いい感じじゃねえか、なあ? わざととっておきのやつを残しておいたのかもしれねえよ」

 何が大丈夫なんだ……エロ漫画みたくある日突然見たこともない女の姿に、身体にされてるこっちの身にもなれってんだ。


 すると、俺はまた一人見知らぬ人間がいることに気が付いて固まった。まるまると太って目つきの細い、男か女かもよくわからない不思議な人。


「あなたがジーンさん?」

「そ、そうです……神です……ジン」

「わたし、中央属領公社・東部外域第三支部・人事課のニモツと申します」

 ニモツは本当に頭だけを軽く下げて言った。

「中央属領公社は、勿体なくも御領主直轄の公社にあたり、例えあなたのような土民上がりの末端の臨時補佐執政官であろうとも、その責務の重さについては重々ご理解いただく必要があります。つきましては、後ほど研修用の資料についても支給いたしますので、仕事を終えられてもしっかりそちらで座学に励んでいただくことを希望致します。本来であれば二ヶ月の研修期間と然るべき実技研修会を経ての正式着任となるスケジュールですので」

「は、はあ……」

 俺はニモツが差し出したそれを受け取って開いてみた。固い表紙で出来たバインダーの中に書類が二枚入っている。

「な、なんすかこれ……」

「雇用契約書です。見ての通りですよ」

「こ、雇用契約書? つ、つまり神様のアシスタントの……雇用契約書?」

「そうです。二部お渡ししますので、内容を読んで納得したらサインしてください。それで私に戻す。おわかりですか?」

「おいおい、ニモツ。ちゃっちゃと手短にやってくれや。今日は早速実務の研修に行かせるんだからよ」

 ニモツは鬱陶しそうにフォルテをちら見してため息を付いた。 


「勤務時間は5時間ーーああ、時間などの単位は全てわかりやすくあなたが暮らす第四十七ペトルシアン領のものに合わせてあります。で、休憩時間が1時間。シフトについては現場と相談のうえお決めください。福利厚生として発生するものが幾つかありますから、それについては今日から利用が可能。仕事の際は必ず制服を着用のこと。専用ロッカーを支給してありますので、そちらで着替えを済ませてから出社をお願いします」


「勤務時間が5時間で……そのうち、1時間も休憩時間!?」

「そうです。何か問題でも? 就業規則などについては後ほど詳しい手引書をお渡ししますのでそちらで再度確認をしてください。ああ、喫煙や飲酒については申告が必要ですから、別途《健康における諸注意及び提出書類》を確認すること。持病の有無もきちんと申請をしてくださいね。必要とあれば処置します」


「あのう……」

 俺はこれだけはどうしても聞いておかなければと思い、恐る恐るニモツに声を掛けた。早速鋭い目つきが返ってくる。

「なにか?」

「お給料って……当然、出るんですよね?」

「サラリーのことですか?」

 俺は小さく頷いた。

「はっきり申し上げておきますが、臨時補佐執政官のサラリーは高くありません。その分福利厚生がしっかりしていますから、仕事に支障があるとは思われませんが……その点についてはご理解いただきたいですね」

 ニモツは俺から雇用契約書をバインダーごと取り上げると、雇用契約書の書類を一枚、俺の顔に突きつけて言った。


「臨時補佐執政官の日給は470ペローです。ここに書いてあるでしょ」


「ぺ、ぺろー……?」

 俺が目を白黒させながら繰り返すと、ニモツが強く一度頷いた。 

「……ペローって……日本円だとどれくらいの金額なの?」

「今の相場だと……ええと、ちょっとまって……ああ!」

 サンガツは着物のような上着の袖から俺も見たことがある機種のスマートフォンを取り出すと、操作しながら言った。

「今日だと……だいたい、320万くらいになるかしらね」

「さんびゃくにじゅうまん!? 日給さんびゃくにじゅうまん!?」

 俺は驚きの余りサンガツに詰め寄った。肩を揺すって何度も確認する。

「日給ってことは、5時間働いてさんびゃくにじゅうまん!? 一時間の休憩つきで!?」

「びっくりした? でも異世界を管理する神様のアシスタントですもの。これくらいの報酬は当然よ」

「じゃあ……もしも、もしもだよ? 週に三日働くとしたら……それだけでもう、940万ってこと!? 一日4時間働いただけで!? 週にたった十二時間働いただけで!?」

「そういうことね。まあ、神様の労働対価ですもの。それくらいにはなるわ。日払いも出来るわよ」


「日給……三百二十万……」


 ぼんやりと呟いたその声も、昨夜までの自分のものとは違う。聞いたこともない見知らぬ女の声。

 そう、俺は神様のアシスタントに採用されたのだ! 

 日給320万という破格の高待遇のアシスタントバイト!!

「サインします! 今すぐサインしますから……ええと、ペン……誰か、何か書くもの持ってないですか?」

「そんなものは必要ないぜ、ジーンちゃん」

「あのう……どうでもいいけど、みんな俺の名前を間違えてません? ジーンじゃなくて、ジン、で……伸ばす棒はいらないんですけど」

 フォルテは俺の雇用契約書を指した。

「そいつを確認して納得出来りゃあ、一言《承諾します》とさえ言やあいいんだ。それで手続きは完了だよ」

「そうよ。サインする、ってのはそういうことだもの。契約ってそういうものだわ」

 なにがなんだかよくわからないが、もう四の五の言ってる場合ではない。

 おれは雇用契約書を二枚まとめて取り出すと、それを握りしめて叫んだ。


「承諾します! やります、アシスタント!! 働きます!」


 すると雇用契約書の文字が一瞬全て金色に光ったと思うと、一番下にあった日付と名前を記入する欄にするすると自動で文字が書かれ出した。


 2019年 8月 14日 神 じんはじめ

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