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3・神一、神さまになることを検討する

「ある時を境に領内の領地所有の法律や税法が一律に大幅改変されたのね。

 これに伴って、いかなる理由があっても手に入れた人外地は必ず登記をしなければならなくなったの。おまけにこれまでは領主の恩恵を受けないことと引き換えに全く税金を払わずに済んでいた人外地にまで固定資産税が課せられることになって……人外地をコレクションしていた華族たちが大騒ぎしたわ。ペトルシアン公爵もその一人よ」


「人外地にも最低限のインフラを整えるべきだという声を受けての改正だったらしいが……とにかく、ペトルシアン公爵のような土着の人外地を原初そのままの姿で愛で楽しむことが好きな物好きにとっちゃあとんでもない改悪さ。インフラ整備という名目で所有している人外地が荒らされるだけでなく、税金までむしり取られるんだからな。

 そういうわけで、この第四十七ペトルシアン領もきちんとペトルシアン公爵所有の登記がなされ、必要最低限度のインフラ設備が整い、俺達のような管理業務を生業とする執政官が派遣されるに至ったというわけだよ。まあ……あまりの心労続きに、ペトルシアン公爵はその後ぽっくりとお亡くなりになっちまったがね」

 不意に辺りが暗くなり、閃光が弾けるように眩しくなるとそこはいつもの俺の実家の居間だった。


「ええ? 神さまも死んだりするの!?」


「まあ、滅多なことじゃあ死なんわな。だから、相当な心労だったんだよ。そうしたら途端にペトルシアンの家は傾いた。家どうしの争いなんかもあったし……今じゃ名実共に滅亡寸前。爵位も領主お預かりと来たもんだ。継ぐ人間がだあれもいないもんだからな」

「公爵が所有していた人外地は税金の滞納でぜんぶ中央政府に差し押さえられてしまったのよ。今はまだあたしたちが中央政府から言われて管理を任されているけれど……これが大競売オークションにでも掛けられて人手に渡ってしまったら……」


「きょうばい!?」


 するとフォルテは持ってきていた黒い角ばったブリーフケースから書類を幾つか取り出した。そうしてそれを座卓の上に広げる。

「ジンさん? 俺達があんたをアシスタントにスカウトする一番の理由はな、俺達はこの第四十七ペトルシアン領を買おうと思っているからなんだよ」

「買う? この世界を……買う!?」

 何を言ってんだ、こいつらは―—俺は驚きのあまり、脇の下に変な汗をかいている。

「そう。税金の滞納で差し押さえられた華領や人外地は所有者のもとを離れて中央政府の管理下に置かれることになる。一定期間の間は猶予があるが、その間にも滞納した税金の支払いがなされぬ時は、政府主催の公開競売で新しい持ち主を探すことになるんだ」

「その競売で落札されて新しい所有者の手に渡ったら、あたしがこれまで一生懸命丹精込めて管理してきたこの第四十七ペトルシアン領もどんな風にされてしまうかわからないわよ! だって、どんなやつの手に渡るかなんてわかったもんじゃないんだもの!」

「ええと……つまり、お金を払えば誰でも俺達の世界の所有者になれると……そういうことですか?」

 フォルテは頷いてコーラを一息に喉へ流し込んだ。

「入札には資格がいるが、基本的にはそういうことだぜ。中には本当にろくでもない輩もいるんだ。これはもう偏に《好み》の問題だが、カペーの華族様の中にはお前さん達のような土民を《汚らわしい畜生》だなんて言って毛嫌いしてる奴もいてね。そういう奴がこういう領地の所有者になったら、お前さんたちのような領地に住まう土民たちは一斉に領地を追い出されるか……」

「悪くすれば、あたしたちみたいな執政官に《殺処分》なんて依頼が出されることもあるわよ」


「さ、殺処分て……」


「あんただって中古で買った家にネズミやゴキブリが湧いていたら駆除してもらうでしょ。煙を炊いて毒餌をまいて、残らず皆殺しにするでしょ。それと同じよ」


 俺は言葉を失った。


 つい一日前までのんびりと求人サイトを眺めていた俺なのに、それが急にこんなわけのわからない話をされることになるなんて!


「このままじゃあいずれペトルシアン公爵所有の人外地は全て競売に賭けられちまう。そうなりゃ、せっかくこれまでうちに一任されてた管理を他所の奴らに持って行かれちまうかもしれねえじゃねーか! そういうわけでな、うちも腹をくくったんだよ」

「そうよ。あたしたちの支店がペトルシアンシリーズの領地をまるごと競売で買い占めて、オーナーになるの! そうすれば引き続きあたし達はこれまで通りこの世界で神様を続けられるんだものね」

「そ、それが……俺のスカウトと一体どういう関係が……」

「ああら、大アリよ!」


 いいこと? と前置きしてサンガツが俺の顔に突き出した書類は俺も見たことがある。


 登記簿だ。土地や建物、会社なんかの情報が記されている書類。

 ただしそれは俺がよく知る不動産の登記簿謄本ではなく……この世界、つまり―—俺が住む日本という国があり、地球という星を有するこの、第四十七ペトルシアンという領地、世界のものの所有者などの詳細情報が記された書類であったけれども。


「大競売は中央政府が差し押さえた異世界の所有者を探す公開競売で、一年に一度ラ・トゥールと呼ばれる大属領の都市で行われるイベントなの。資格さえあれば誰でも参加することが出来るわ。一番高値を付けた参加者が購入する権利を得るというわけね」

「だが、華族も競売関係者も参加者も、華族の失地回復には同情的だ。いかな理由や事情があったかはさておき……一度は手放さざるを得なかった自分の家の昔の領地を再び買い戻そうという輩がいることを知れば、みんな金額を入れるのをためらうもんだぜ」

 ああ、なるほど……そういうわけなのか。俺にもようやくわかることがあるのだと分かって、俺は少しだけほっとする。

「つまり、その公爵の……前の所有者の親戚筋がいれば、この世界を競り落とすのに分がいいってことですか」

 フォルテもサンガツも頷くタイミングは同じだった。

「だからあんたにはぜひうちの公社所属のアシスタントになって貰いたい。そうして来るべき大競売に参加して、この第四十七ペトルシアン領を取り戻すんだ」

「そういうことなの! いいでしょ? いいでしょ? 執政官なんて言うとなんだかダサい公務員もどきってことがバレるけど、いちおう《神様》なんだもの。自分の世界はもちろん、異世界を管理するお仕事ってちょっと興味あると思わない?」


 ーー異世界を管理する仕事? 

 

「そんな馬鹿な」と言いかけてしかし、俺は先程目の当たりにした不思議な光景が頭から離れなかった。

 まるで子供の頃に見た「銀河鉄道の夜」のアニメーションの様な世界。現実には有り得ない、見たこともないような美しい空想上の風景のような世界。


 あれが彼らの言う「異世界」なのだとすれば、この世はなんと美しいもので満ち溢れているんだろう。

 俺がついうっかり

「いいかもしれませんね」

 という台詞を漏らしてしまったのは、未だ自分がストレスで少しばかり心がくたびれていたせいかもしれなかった。


 北関東の片田舎で一生懸命勉強に励んでも、上京した先の大学の毎日はパッとなんかしなかった。

 俺はいわゆる陰鬱な大学生で華やかな学生生活とは無縁だったし、就職先はなんだかよくわからない、望みもしない不動産業界の中小企業。

 朝から晩までこき使われて、千や二千という数のチラシ撒きをするばかりの毎日だった。

 

 渋谷や新宿の都心の真ん中で天に向かって聳えるビル群を見上げていると、なんだかこことは違う別の場所へ行ってしまいたい衝動に駆られた。星も見えない都会の夜空は人を殊更不安にさせる。


「ようし、それじゃあ決まりだな!」 

「さっそく手続きの支度をしなくちゃね。事務所へ連絡入れるわ、支社長」


 りりん、りりん、と軒下に吊るした風鈴の音がして目の前の二人に再び目をやる。


 しかし、つい今しがたとびきり弾んだ声を聞かせていた彼らは、もう俺の実家の居間のどこにも姿が見えなかった。


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