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2・奇跡も魔法もインフラ次第

 アポなしで突然やって来た謎の二人組は、自らのことを《スカウトマン》だと言った。

 曰く、神様のアシスタントが人手不足なので働き手を探しているのだという。


「神様の最高ランクはもちろん、《創造主》だ。ゼロベースで何もかも一人で世界を創造クリエイションしちゃう能力を持っている神様な。だけど大体そういう奴はもんのすごく矜持が高くて面倒くさがり屋な変人ばかり。そもそも創造スキル持ちのクリエイターどもは作ることは作るけど気に入らなかったらすぐにぶっ壊すし、管理なんかは「面倒くせえからやりたかねえ!」って奴がほとんどなんだよ。だからそういう連中の為に、神様が拵えた世界を管理する専門の神様がいるんだな」

「そうよ。それがあたしたち! あたしだって《創造》こそ出来ないけど、それなりにはスキルを持ってるわ。あんたにだって奇跡のひとつふたつ見せることくらいは造作もないのよ? 血をワインに変えたり、肉をパン切れに変えたりね」


 なんだか妙な宗教に掴まってしまったのかもしれない……俺はしばらくじっと考えながら上手いことこいつらを追い払う口実を考えていた。


「ええと……俺はまあ、実のところ前の仕事を辞めたばかりの求職中の身だから、働き口を世話してやろうというのは大変ありがたいお話ではあるんですけれども……」

「なあんだ、そうなの!? それなら悩むことなんてないじゃない。ラッキー! 超ツイてる!」

 俺は「ひゃっほう!」と叫んで拳を天井へ突き上げるサンガツの姿を、疑いの眼差しで見つめていた。


 実家に戻ってひと月あまり。俺が東京で仕事に失敗して出戻っているというウワサはご近所中にあっという間に知れ渡るところとなり、いろいろな人間がいろいろな話を持って両親の所へやって来た。

 例えば婿養子に来て欲しいという話だとか、

 村役場でボランティアを募集しているだとか、

 うちの畑を手伝ってほしいだの、

 行き遅れた四十七歳の娘がいるからどうだ、とか……そういうありがたいのかありがたくないのかよくわからない話の数々を。


 これもそういう類のものなのか!?


「うちはその……先祖代々の墓もあるし、宗教の類はちょっと……」

 すると突然男の方が背中を反らせて大声で笑い出した。ひとしきり笑うと男は、

「まあな、確かにそうだわな。神の手伝いなら、そりゃあ宗教の類いだわな」

 と言って隣の女の肩を叩いた。

「信仰の勧誘じゃねえから安心しな。俺は中央属領公社所属の執政官で、フォルテといいます。こいつとおんなじ所謂神様の資格を持ってるもんだが、俺の場合はこいつらをマネジメントする立場でね」

「そうそう。フォルテ支店長はこのあたりの領地を取り仕切ってるリーダー長なの。うちのボス」

「はあ……」

 俺はフォルテの奴が座卓の地図の上に置いた名刺を眺めながらため息混じりにそう声を振り絞った。


 中央属領公社 東部外域第三支部 総取締


 ーーなんとも御大層な肩書の下に突然カタカナの名前が来るもんだから、なんとも違和感が半端ない。

 

 しかも更にその下には俺が見たこともない謎の文字のような記号が細かに沢山書き連ねてある。名刺のデザインの一部のようにも見えるけれども。

「へーえ……神様も名刺なんて作ってるんですか」

「そういうのはあんたたち土民のレベルにまで合わせてやってんのよ。感謝して欲しいわね! あんたみたいな連中を相手にするならこういうものが必要だろうと思って、こっちはわざわざ経費使って作ってんのよ。公式サイトとかfacebookなんかも」

「そうだぜ。ちゃんと名刺にも載っけてるだろ」

 そう言うとフォルテは自分の名刺をひっくり返した。確かに、幾つものSNSアカウントやURL、QRコードがずらりと並んでいる。

「最近、中国語サイトも開設したわ。広東語にも対応してるのよ。香港に銀行口座も持ってるし」

 ずいぶん世俗なれした神様だ。ますます以て胡散臭い。

「さっきも言ったが、神様ってのは慢性的な人手不足なんだよ、ジンさん。そこで時折こうしておたくらみてえな土民もたまーにスカウトすることがあるのさ」

「あのう……その、土民というのは……一体何です?」

「土民ってのはカペーのご領主さまの力が及ばぬ人外の領地に住む土着の民族のことよ。ご領主さまの許可も得ずに勝手に住み暮らしている連中なの。例えばあんたたちのようにね」

 サンガツはそう言って俺を指した。

 そうして座卓に広げていた古い地図に手のひらをひるがえす。


 その刹那、上下に少しの重力を感じたかと思うと辺りはまるで走り出した新幹線の車窓のように見たこともない風景がざあっと流れて行った。


 俺の記憶の中にもない、テレビでもネットでも見たことのない街並みが、風景がどんどんと目の前を流れては消えて行く。


 まるで夢を見ているようで、俺はわけも分からず頭も身体もなるように任せた。


「——この世は遍く全ての世界のはじまりの創造主・カペーのご領主のものだわ。あんたたちのような土民が暮らす世界はカペーの領内では外側にあたる……《外域》と呼ばれる場所にある世界のひとつなの」


「お前さんたちはそんなことを何も知らずに暮らしてるだろ? 土民ってのはそういうものなのさ。領主の恩恵が届かねえ世界に暮らしてるもんだから、そうしたこともカペーの領内のことも何も知らねえんだ。領主の恩恵はおろか、統一言語も貨幣も浸透してねえしな」


「あんた達のような土民が暮らしている領地のことは《人外地》と呼ばれていて、外域には未だそういう未開の地が沢山あるのよ。異世界、って言えばわかるのかしら? こことは違う別の世界。あたし達はそういうものを管理するのが仕事なのよ。カペーの領内ではこうした異世界の人外地や華族所有の華領地が沢山売買されているの。ああ、賃貸に出したりもしてるけど」


「異世界……」

 俺は周囲の光景が見知った渋谷のスクランブル交差点に切り替わったことに安堵を覚えた。たったひと月前はここで働いていたというのに、東京の雑踏がひどく懐かしい。

「この第四十七ペトルシアン領も昔はそうした外域に星の数ほどもある人外地の一つだったわ。ここの領地もそうだけれどーー創造主がカペーをお作りになった時代に作られたこういう古い人外地は《旧時代名品オールド・コレクション》なんて呼ばれていてね、集めている物好きが結構いるの。あんたの一族のずっと昔のご当主さまのようにね」

 サンガツが俺の顔を指す。俺は無言でフォルテに目をやった。

「そうさ。そいつこそがお前さんのひいじいさまのひいばあさまの兄上、ムシュカ・ペトルシアン公爵。そいつがもともとここの世界の所有者だった。中央政府にも税金を治めてお前さんが暮らすこの世界を《所有》してたんだよ」

「そう。そうしてあたしがそこを《管理》していたというわけ。オーナーさまのためにね」

 渋谷の景色がだんだんと見慣れぬ風景へと変わっていく。それはまるでいつかどこかのテレビ番組でみた映像のように、どんどんと時が早巻き戻しされているようだった。


「ペトルシアン公爵ってのは所謂変わり者の好事家でね。お前さんたちみたいな土民が住んでるオールド・コレクションの人外地を手に入れる道楽があったのさ。ここより他にも外域にいくつも人外地の異世界を所有してた。その管理をまるっと俺のところが任されていたというわけだ」

「ははあ……なるほど、この……」

 俺はフォルテの名刺を見つめて呟いた。

「……中央属領公社、東部外域第三支部……」

「公爵ってのはカペーの領内にいる特権階級を持つ貴族のことで、華族と呼ばれてる。“華やかなりし一族”って意味の神様どもで、元をたどるとどいつもみんなカペーのご領主の遠縁の親戚筋なんだそうだぜ。華族どもは普通は内域に領地を賜ってそこを治めて暮らしてる」

 フォルテは「ただし」と声のトーンを落として言葉を続けた。

「領国経営ってのも今日び中々難しくてねえ。中央政府に多額の税金を治めなきゃならねえし、所有の領地には俺達みたいな執政官を置くという決まりもある。だから当然ペトルシアン公のように手に入れた人外地や華領を手放さなきゃならなくなるようなケースもあるわけさ」

「人外地や華領……つまり、異世界ってのは《固定資産》と呼ばれて、持っているだけで税金が掛かるのね。領地の面積にもよるし、土民や領民が住んでいるかいないか、領内のインフラの状況なんかにもよるんだけれど……昔は今よりもずっと人外地の固定資産税は優遇されていたの。ペトルシアン公爵が人外地を収集していた頃は、未登記の人外地には固定資産税が全く掛からなかったのよ。未登記の人外地を所有していることも合法だったしね」

「手に入れた異世界を登記すると正式に所有が認められて、この世界には領主からの《恩恵》を授かることが出来るんだ。と、同時に所有者は中央政府へ固定資産税を治める必要が生じる」

「ええっと……恩恵、ってつまり、こういう魔法みたいなものが使えるってこと?」

 俺は自分の周囲を見渡して言った。

「その通りよ! 神の奇跡で荒れ狂う大海原を二つに割ったり、大雷で大地を割ったり出来るわ! もちろん、男を女にさせたり、処女に子供を身籠らせることだってね!」

 俺はあいた口が塞がらなかった。

「ええっと……じゃあ異世界で……そういうことをするためには……その異世界の所有者が固定資産税を払ってないとダメなの?」

「そうよ。当然よ。だってあたし達が奇跡を行使するためにはちゃんとインフラを整備したりしなくちゃならないもの」

「インフラて……魔法って……奇跡ってそういうもの!?」

 

 固定資産税!? インフラ!?

 

 魔法って……もっとファンタジーなものじゃないのか。神の奇跡の行使になんでインフラ整える必要があるんだよ!

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