第5話 4分の1の純情な転生
ちょっと話がグチャグチャになってきたので軌道修正。
(一体いつ? そしてどこからだ?)
(ずっと触ってるのに雪じゃないと気付かなかったのもおかしいしプロペラカウボーイをお母さんと言ってる月極さん達を何故か俯瞰で見ていたのも普段の僕なら疑問に思う筈……)
(そもそもあの訳のわからない乗り物を受け入れた自分も狂ってるとしか言いようがない)
(僕が送られてたのはどこだ? こうなると月極さんを送り込んだ先もグリゴレウスかどうか……)
(嵌められた? 誰に?)
「おい! 大丈夫か? 机上」
と声を掛けられたので思考を止めヘッドギアを外す。
「……なんだジルか……どうしたの?」
声を掛けてきたのは机上とほぼ同期のジルベールである。
「どーしたも糞もあるかいっ!俺の担当先滅茶苦茶にしよってっ!」
どうやら消滅したのはジルベールの担当する異世界だったらしい。
あの涙にはそれほどの威力があった。
異世界そのものを消滅させるほどの。
「ごめんごめん、それに関してはあとで直しとくよ」
「ん? お前もやっと使えるようになったんか? 管理者権限」
管理者権限とは、異世界管理者の中でも特に優秀な者にしか与えられないものである。
それを使えば異世界の時間や空間、概念まで操作できてしまう。
本来は決して異世界管理者(仮)風情が所持していいものではないのだが。
「まぁ色々あってね……でさ、あれどこなの?」
「は? お前自分で設定して行ったんとちゃうんか?」
「そうなんだけど、そうじゃないみたいな? 僕もわからないんだよ……多分転生途中で書き換えられたんだと思うんだけど……ログが残ってないんだよなー」
ログの操作も通常はできない筈である。
例えば管理者権限でも使わなければだ。
「それはそれはまためんどくさそうな話やなー。絶対関わりあいたくないわ」
「それはいーから早く教えろよ」
「……フッカーネットや。聞いたことないか? あの幻惑使う食中植物みたいなとこ」
「!? 立ち入り禁止区域じゃないか」
幻想の異世界フッカーネット
その世界に足を踏み入れた者は幻惑の虜になり生命力を吸われ続けるという異世界そのものが生物であるかのような場所だ。
「そうや。だから関わりたくない言うたんや。普段やったら天然物の漂流者くらいしか来ぇへんねんけどな……お前なんかやらかしたんか?」
「なるほど……一体僕はどんな大物に嵌められたんだか……あ、ジルに1つ頼みたいことがあるんだけど」
「内容によるわな。人形くらいやったら貸したるけど……お前の潰れたんやろ? 良い機会やしそろそろ観念して生身の身体で行ってみたらわ?」
「失礼だな君は! いいか? あの人形には僕の魂が4分の1も入ってたんだよ! それだけあったら行ったも同然じゃないか!」
「……いやお前がそない言うんやったらそれでもえぇねんけどさ」
誰が聞いても本人は行ってないじゃないかと認定するような話なのだが、机上にしてみればあれが初の異世界転生だったらしい。
誰も認めてないけど。
「で、なんや頼みって?」
「あぁ、君の部下の中で優秀な子を1人貸して欲しいんだよね」
「まぁえーけど……何すんねん?」
「うちの月極さんがどこ行ったか調べようと思って」
「そんなん不可能や! あの月極やろ? 転生者側からログ消せるやつとかどんなけ反則やねん」
「だからとびきり優秀な子じゃないと駄目なんだよ」
「あーーー……もう……わかったわ! 貸し1やぞ?」
「助かるよ」
ジルベールが部屋を出る。
「さてと……月極さんはどこにいるのかな? どーせろくでもないことになってるんだろうけど」
~ side 月極 ~
(これは少し困ったことになったかもしれませんねー)
異世界に来た彼女が困った状況になったのは今回が初めての経験だった。
(そもそもカジノ全然ないじゃないですかー。事前情報では割と多い異世界の筈だったのにー。よりによってなんでこんなとこなんですかねー。カジノなしでどーやってクリアすればいーんですかー? 机上さーん)
異世界を救うのに必ずしもカジノが必要だとは思えないのだが、そこは彼女の経験に基づくプレイスタイルである。
実際に何度もそれで救っているのだ。
誰も文句は言えないだろう。
ただ、ここまで彼女のプレイスタイルと合わない異世界に彼女が送り込まれたというのがどうも腑に落ちない。
彼女のことは机上もある程度は理解している筈でなので尚更である。
ある程度はだが。
まさか机上も彼女が今ここまで非常識な状況に陥っているとは予想できてはいないだろう。
いや、机上でなくとも誰1人予想できる筈がない。
彼女は
月極兎貸子は今
日本にいた。
(机上さんより早く帰ってきちゃいました。それにしても美味しいですねーこれ。タピオカミルクティーでしたっけ? 最近はこういうのが流行ってるんですねー。年号もかわってるし、私がいたときとは大違いです)
彼女は現在、流行りの飲み物を片手に街に設置された大型のTV画面を見上げていた。
画面の中ではこれも流行っているのかどうかはわからないが若手芸人であろう2人の若者が画面いっぱい忙しなく動いている。
(そもそもどーやってこの世界を救えばいーんでしょーか? 自分が住んでたときよりいくらかマシになってるとはいえ、個人的にはもう終わってると思うんですよねーこの世界。もしかしたらクリアするのに1番難易度高いんじゃないですかね? あ、私が総理大臣にでもなればいーのでしょーか?)
それだけはやめて頂きたい。
全人類、全異世界の総意である。
とそのとき急に大型TVの画面が暗転した。
『月極さん? いるかな?』
聞き覚えのある声が聞こえると同時に画面に映ったのは直属の上司である机上であった。
「机上さん? 何してるんですか?」
周囲の人間達が気付いた様子はない。
おそらく自分にだけ見えているのだろう。
『こっちの台詞だよ。話は後で聞くからとりあえず当初の予定通りグリゴレウスに行って欲しいんだけど……どうする? 1回戻ってくる? それとも直接行くかい?』
「それはどっちでもいーんですけどー」
『けど?』
「これ持って行きたいんですー!」
右手を大きく掲げる。
『何それ?』
「何寝惚けたこと言ってんですか机上さん! タピオカミルクティー知らないんですか? 今流行ってるんですよー!」
『そういう意味で聞いたんじゃないんだけどね。ま、別にいいけど……あれ? 君アイテムボックス持ってなかったっけ?』
「ここじゃ使えないから頼んでるんじゃないんですか?」
『知らねぇよ! ……で、物資で送ればいいの? ていうかクリアに関係あんのそれ?』
「あり寄りのありですよー! いいですか机上さん! タピオカというのはですねー……」
『わかったわかったわかったから! 送るよちゃんと! でも前みたいに向こうの物価とか壊すんじゃないよ?』
「OKでーす! でどこに行けばいいんですか? ここから転送できるんですー?」
『旧電波塔あるじゃない? 知ってるかな?』
「当たり前じゃないですかー、東京タワーでしょ?」
『そう、それを1番上まで登ってもらって……』
「登ってー」
『頂上に着いたら……』
「着いたらー」
『南向きに飛び降りてくれるかな?』
「……」
『あれ? 月極さん? 聞こえてるー? もしもーし?』
(贔屓目に見てもおよそ女の子に言う台詞ではないですねー。だからモテないんですよー机上さんは)
「行きますよー行けばいいんでしょー」
『なんでちょっと怒ってんだよ……あ、あとさ』
「なんですかー?」
『さっきのやつ』
「さっきの? あぁタピオカミルクティーです?」
『そうそれ……僕のも買っといて。1つ……いや2つ』
(こういう可愛いとこもっと出してけばいーのになー)
「了解しましたー」
『よろしく頼むよ』
こうして、本来より大分時間はかかったがやっと彼女
"英雄"月極兎貸子は異世界グリゴレウスに向かう。
大量のタピオカミルクティーと共に。