第1話 異世界管理人 始動
勇者が世界を救うとは限らない
月極 兎貸子が異世界で行方不明になってから既に五日が経過していた。
今回彼女が転生した先は〈希望の世界〉とも呼ばれている異世界グリゴレウス。
勇者と魔王が同盟を結び、人族と魔族が手を取り合い、争いがほとんどないクリア一歩手前の安全な任務地のはずだったので初日の定時連絡が無かった時点ではいつものように遊び呆けているのだろうと思っていたが、さすがに五日間も連絡が無いとなると異常事態を想定せねばなるまい。
上層部から死亡通達が来ていないので生存はしているのはわかっているが、それでも連絡が来ないとすれば監禁でもされているのだろうか?
憂鬱である。
他の者を救援に送り込むと彼女は罵詈雑言で僕を殺しにくるだろう。
まぁそれも今回の転生先で死んでいなければの話だが。
そこは心配ない。
彼女は殺しても死なないだろう。
救援を送り込んで彼女の罵詈雑言と共に死ぬか、死ぬ気で自分が異世界に転生して助けに行くか、の二択である。
正直どちらも嫌だ。
だがどちらかを選べとそう言われれば、より死ぬ確率の低そうな後者を選ばざるを得ない。
憂鬱である。
自身が異世界に転生したくないがために、異世界管理人(見習い)という職にしぶしぶながらも従事しているというのに。
まぁこれも元の世界に戻るためだ、と机上は自身の転生の手続きを進める。
あいつの罵詈雑言を聞くのだけは死んでも嫌だ。
彼は普段他の転生者に施す準備を彼自身にしながら初めてここへ来たときのことをうっすらと思い出した。
全ての異世界を救うこと。
それが神々から課せられた現世に帰るための机上の異世界管理人(見習い)としての雇用契約である。
彼の元へ送られてくる異世界転生候補者にステータスを割り振り、転生先を選んで送り出し、必要があれば物資や増援を送り込んでクリアをサポートする。
仕事内容は簡単だが世界を救うのは簡単ではない。
ハーレムを作り無双すると意気込んで転生した者のほとんどは一週間もあれば死亡する。
異世界ライフはそんなに甘くはない。
魔の一週間をなんとか生き延びた者も世界を救う前にタイムリミットで死亡する。
念の為にもう一度言っておこう。
異世界ライフはそんなに甘くはないのだ。
そんな死亡率99%を誇る異世界転生で、既に7つの世界を救ったぶっちぎりの猛者が月極兎貸子である。
異世界を救いクリアすれば現世に戻るか転生先の異世界でそのまま暮らすかを選択できるルールを無視してなぜかこの異世界管理室に帰還し、世界を救うことが趣味なんですと言わんばかりに駆け足で世界を救っていった。
いや、実際に『世界を救うのが趣味なんですよー!』と言っていたか。
『簡単ですよー。箪笥漁ればお金が手に入るんですから。そのお金でカジノ行ってー、遊んでー、最強装備とドーピング剤と回復アイテム手に入れてー、最強の仲間を雇えば酒場で満漢全席平らげる間にクリアーです。さぁ机上さん、私を褒め讃えてもいいんですよ?』
管理人として参考にしようと初めて帰還したときに聞いた攻略法がこれだった。
こんなの誰の参考にもならない。
転生者は皆綱渡りの様なセカンドライフを送っているのだ。
二回目以降も嬉々として攻略法を伝授してきたが救われた異世界に申し訳なくなるような酷い内容だった。
そんな下衆でも英雄である。
少なくとも世界を7度救ってしまうくらいに優秀なのは間違いない。
月極兎貸子がいなければ机上の現世帰還の夢も叶うまいと分かっているからこそ彼は異世界への扉の前に立つ。
だとしても憂鬱である。
現場に出るのはこれが初めてだ。
物々しい装飾の施された重厚な扉に手を伸ばしながら月極兎貸子の言葉を思い出す。
『転生中ですか? めちゃくちゃ気持ちよくて癖になりますよ。あれが味わいたくて転生してるようなもんですから。机上さんも一緒にどうです? カモンベイべー!』
そんな記憶の中の彼女の掛け声と共に机上は異世界へと……
……落ちた。
魔王が世界を滅ぼすとも限らない