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金閣寺  作者: 黒井羊太
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少年・黄瀬無双

 夕暮れの赤い光が照らし出す街の片隅で、少年は5人の男に囲まれていた。それも、如何にも不良でござい、といった風貌の男達だ。この京都という町にはあまり似つかわしくない存在だが、人口が多ければそれだけ吹きだまりも増える。こうした手合いが存在しているのも仕方のない事なのかも知れない。

 それと対峙する少年の方はと言うと、やや筋肉質な体つきである事を除いては、それほど特徴のない少年である。背は高すぎず低すぎず。髪はボサボサ、おしゃれとはほど遠い様子である。皺のない制服姿である事が、そのギャップをより強めてはいたが、それにしたってどこにでもいる、と形容される少年である。

いや、その目だ。その目の奥深くには、何もない事が特徴である。絶望も、希望もない。恐怖も快楽もない。静かな(おり)に満ちている。その目で、周囲の5人を、まるでゴミでも見るかのように眺めている。

 不良達の、どの顔を見ても少年への怒りで満ちている。人間というのは怒りというだけでここまで顔が歪む物なのだな、などと少年が冷静に観察していると、

「てめぇ、舐めやがって!」

一人が叫びながら、襲いかかってくる。素人丸出しの、単純な動きだ。

 少年は走り迫る男に対し、拳を躱しながら逆に間合いを詰めて懐に入り込む。

「!?」

 男の拳は空を切り、その代わり脇腹に少年の肘が叩き込まれる!

「ぐはっ!!」

 急所を突かれた痛みに崩れ落ちる男。その様子を見て、仲間達はいよいよ怒りに震える。

「てめぇ! やりやがったな! もう許さねぇ!」

 三人が一斉に襲いかかる。いや、それは正確ではない。彼らは集団戦について訓練を受けたことなどないのだろう、一人一人がバラバラに襲いかかってきているのだ。

 これは……ただの確認作業だ。

 大振りの右ストレート。前に一歩進み出ながら真っ直ぐ拳を突き出す。体重の乗った突きはカウンター気味に相手の鳩尾に入る。不良はその場に崩れ落ちた。

 次は左の視界から、大声を上げながら殴りかかってくる。体を捌き、腕を掴み顎をかち上げる。不良の殴りかかってきた勢いに吹っ飛ばす!もう一人の不良がそれに巻き込まれてまごついている所をまとめて蹴り飛ばす。

 こう来たら、こうする。何度も何度も稽古で反復してきた内容で、いざ本番と言われても最早ぴんと来ない程対処してきた。

 自分は同じ事が出来る。この状況になれば、こう出来る。その確認作業でしかないのだ。

「こ、こいつ……殺す!」

 残った一人がナイフを取り出した!少年は一瞬ピクリと反応したが、すぐさま冷静に構える。

「うわぁぁぁぁ!!」

 叫びながら突っ込んでくる。

 これも、確認作業だ。

 真っ直ぐに突きだしてくるナイフを、その握りしめた拳の甲の側から弾き飛ばす。

「!?」

 握りしめていたナイフは不良の手の中から消え、遠くへ飛んでいく。手に残る弾かれた衝撃に(おのの)いていると、少年が追い打ちの一撃を入れる。

「ぐぇえぇ!」

 悲鳴を上げて、倒れる不良。

 気付けば辺りに立っている人間は少年ただ一人。その目には何の感情の高ぶりもなく、相変わらず澱が満ちていた。

「終わりでいいか? もうこの界隈でもう悪さするなよ。面倒くさいから」

 静かに語りかけるが、うめき声を上げるのが精一杯で、誰も返事は出来そうもない。

 少年は溜息を吐きながら、去っていく。

「あ、ありがとうございました!」

 気弱そうな少年が、後ろから声を掛ける。が、一瞬面倒くさそうな顔をするだけで、振り返ることなく歩き去っていった。



 あぁ、面倒くさい。師匠の教えがなければ、こんな事しないのに。

 少年は歩きながら、先程の出来事について考え、苛ついていた。

 少しくらい体が頑強だからと、人よりも優位に立っていると錯覚し、群れ、弱そうな奴を狙って襲いかかる輩。腹が立つ。

 体が弱いからと、鍛える事もなく卑屈になり、きっと誰かが助けてくれると自分の身も守れない輩。腹が立つ。

 そんな下らない連中の、下らないケンカに首を出さなければならないのは、何とも腹立たしい。

 そして何と町中のケンカの多い事か。この京都という街は、いつからこんなケンカばかりの街になったのか。最近はとみに増えてきているような気がする。

 見逃せば良いのだろうが、一度それをやってたまたま見ていた師匠にこっぴどく叱られた。「実践に勝る訓練無し、困っている人がいたら助けなさい」と師匠に諭されたからこうして助けているだけで、それ以上の意味はない。実践とはいえ、訓練通り、全く問題にならない事を何度も確認しているだけ。

 少年は大きく溜息を吐く。

黄瀬(きせ)無双(むそう)の帰途は、おおよそ毎日こんな感じである。


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