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惑星調査隊 プラネット・ダイバー  作者: 〇たいちょー
第1章 ユニット結成編
6/8

夕食での動乱

 家に着くころには人工太陽も完全に沈み、辺りは暗くなってしまっていた。


「ただいま」


自宅の玄関を開ける。

さすがにシノブは玄関で待っているようなことはなかった。


「おかえりなさい。マスター。手を洗ってきてくださいねー。」


リビングの方からシノブの声が聞こえた。

私は靴を脱いで端へ揃える。

リビングからは夕食の美味しそうな匂いが漂ってくる。

甘辛く香ばしい匂い。

すき焼きだ。


 洗面所で手を洗い、早速夕食が待つリビングへ突入する。

そこにはたくさんの野菜とお肉が盛られた鍋があるはずだった。

しかし、テーブルに置かれていたのはうどん。

明らかに〆のうどんだった。

そして何故かリビングにはシノブではないだれかが溶いた卵が入った器を持って今にまさに厚めに切られた肉を頬張る瞬間だった。


「誰っ!」


咄嗟にキュリフトアーツを展開し構える。

しかし、その人物は武器を展開した私の姿を全く見向きしない。

茶色の中にうっすらと赤い色を残すキャンバスは緑の葉を鮮やかに引き立てる。

卵の黄身はその名前とは印象が違うルミナスオレンジで艶めき、リビングライトに照らされる光で艶やかな暖色の中に散りばめられた白身はまるでプリズムのように光る。

その完成されたひとひらは剃り残した顎髭と日に焼けて黒ずんだ肌にワンポイントとして刻まれた傷跡が目立つ頬に入っていった。


「なんであなたがここにいるの!元諜報局局長。いえ、バットマン!。」


名前を呼ぶと彼は素早く箸を置き、右手の掌をこちらに向けて鋭い眼光をこちらに向ける。

あまりの闘気に思わず力が入る。

2秒ほどの沈黙の後、彼は顔をこちらに向け、突き出した右手を降ろす。


「食べた瞬間に質問をするなんて、少し意地悪になったのではないかな。ヒビキちゃん。」


おしぼりで口の周りをポンポンと拭きながら不審者は笑顔を浮かべる。


「質問に答えなさい。何故あなたがここにいるの」


私は彼の言葉を全く聞き入れず、ただ彼の手の動き、足の動き、体の力の入れ方に全神経を注ぐ。

こいつはかつて私の敵だった男。

唯一自力で捕まえられなかった男だ。

不審な動きは見逃せない。


「そりゃあ、仕事の話に決まっているじゃないか。物騒なものはしまってさ。ヒビキちゃんも食べながら話そうよ。お腹減ってるでしょ?私だってこんなところで君と命を削りながら剣で語り合うなんてことしたくないからさ。ね?」


彼は両手を挙げ、椅子から立ちあがる。

もはや先ほど感じた闘気は感じない。

私は腰の短剣に手を掛けながら、キュリフトアーツを解除する。


「お待たせしました。ホイコーローです」


キッチンからシノブの声が聞こえる。

リビングスペースに来るや否や、シノブは料理が盛られた皿を顔と同じ高さに持ちあげて笑顔で料理をアピールする。


「シノブ。こっちに来ないで!」


私は反射的に叫ぶ。

あいつの間合いにシノブが入れば、こちらが動けなくなる。

シノブの姿にさっと目を向けるだけでも精一杯だ。


「いやはや、ずいぶんと嫌われてしまいましたねぇ。おじさん悲しいよ。シノブちゃん。私が人畜無害でただ飯ぐらいのおじさんだと言ってやってくれよ。」


「あらっ?お仕事の話をしに来たお仲間だとは言わなくてよろしいんですね。スケベ蝙蝠さん」


「いやぁ。まだ根に持ってるの?やだなぁ。私流の挨拶なんだよ。美人さん限定のね。」


何やらシノブとは友好的に話しているが、シノブとこいつが会うのは初めてのはずだ。

留守の内に一体なにがあった。

既にシノブは生殺与奪をとられ、従わされているのか。

脳内でこの状況を分析する。


「マスター。この人は悪い人ですが、今はお仕事仲間のスケベ蝙蝠さんですよ。安心してください。」


シノブは真面目なトーンで私に向けて話す。


「シノブ。あなたの事を疑いたくはないけど、さすがに信じられないわ。」


「マ、マスター。」


シノブはしゅんと落ち込んだ表情を浮かべ、アピールしていた料理の皿を腰の位置まで落とす。


「ひどいなぁ。ヒビキちゃん。そんなにバッサリと言い捨てるなんて。おじさんがシノブちゃんだったら、料理を置いて出て行っちゃうよ。もし行き場所に困ったらおじさんのところに来てくれていいからね。シノブちゃん。」


「あなたのとこへ行くなら、解体された方がマシです。」


シノブが怒っている。

普段なら怒ってもかわいさが嫌でもにじみ出ているシノブが純粋に怒っていると確信できる。

あんなクズを見るような目や表情は初めて見た。


「くだらない事をしていないで、早く仕事の書類をマスターに見せたらどうですか。料理が冷めてしまいます。早くしないと食べさせませんよ」


「いやぁ。それは困る。ごめんね、ヒビキちゃん。ちょっと手をポケットの中に入れさせてもらうけどいいかな?」


「動かないで。私から見て右。左どっち?」


「左のポケットだよ」


私は短剣を一本抜き、彼に向けながらポケットを探る。

ポケットには筒状に丸められた紙が入っていた。

それを抜き取り、再度距離を取る。

距離を取る際、元来た玄関側ではなく、シノブのいるキッチン側へと後ろ足で移動する。

シノブは私の来るなという命令にしっかりと従っている。

レキウスはマスター登録されている以上、マスターの人道的に外れる行動以外の命令は拒否できない。

少なくともしっかりと機能しているところからシノブはハッキングなどで無理やり従わせられている訳ではないことは確かだ。


「シノブ。この紙の内容を上から読んで。」


片手で剣を構えながら、丸められていた逆方向に一度丸め直し、後ろ手にシノブに紙が読めるように見せる。

後ろでシノブが屈む気配を感じる。


「読みますね。今回の行ってもらう惑星は極小惑星アドラステア。君にはその原因解明と解決をお願いしたい。この件に関して色々と知っている情報提供者がいるのだけど、恐らく君は警戒するだろう。だから久々に直接君と話をしたかったのだが、私は仕事で呼び戻されてしまった。ここにサインを描いていくので彼を信用してやってくれ。以上、朗読終わります。」


後ろに伸ばした片手をゆっくりと前へ持っていき、片目はやつを、片目は紙を見る。

そこには確かにサインが描かれていた。

しかしそのサインは総代のものではない。

そこに描かれていたのは昔、私が使っていたサインだ。

しかしそれは総代が書いたものであるという証拠に十分なり得るものだった。

私はため息をこぼし、構えを解き、武器もしまう。


「どうやら私の疑いは晴れたようだね。さぁ、夕飯の続きといこうではないかな、ヒビキちゃん」


「えぇ。まだ釈然としないけど、話だけなら聞いてあげるわ。シノブ。ごめんなさい。夕飯にしましょう。折角あなたが作ってくれた料理が冷めてしまったわ。これは私が温めてくるわ。」


シノブに謝り、持っていたホイコーローの皿を取りキッチンへ向かう。

調理台には、餃子の皮と肉ダネがあった。


「あっー。見ちゃダメですよ、マスター。サプライズ性が無くなってしまうではないですか!」


ホイコーローを奪われたシノブは料理台を自分の体全体で必死に見えないようにガードする。

私がレンジに料理を入れるや否や、シノブは両手で私の両脇を持ち上げ、キッチンの出口へ運び始める。


「マスターは座って待っててくださいね。本格的に食べる前にお仕事のお話を先に進めてください。今の時代、台所は人間禁制ですよ。」


「そんな話聞いた事がないわ。」


「と・に・か・く!座って料理が来るのを待っていてください。」


まるで私をつまみ食いをしにきたような子供を追い払うようにこの場から遠ざける。

シノブが今日の夕飯に力を入れていると知っているのでこれ以上はなにも言わずリビングへ戻る。

そこには残った割り下でうどんをすするおっさんがいる。

向かいの席に座り、舌鼓をうつ彼に言葉を掛ける。

その姿は過去に対峙した時の迫力も気迫もない腑抜けた姿だった。


「それで、なんでこの件にあなたが出てくるのかしら。バットマン。」


「君は料理というものを本当に分かっていないなぁ。白米ならともかく、今は食べているのはうどんだろう。話しながらだと伸びてしまう。よそってあげるから伸びる前に食べなさい。」


ここにきてまでも料理中心のこの男のペースは崩れない。

手に持ったままの書類を握り潰し、どうにか怒りを発散させる。

バットマンは言葉通り鍋から残りのうどんを取り出し、新品の取り皿へ移し、私の目の前に置く。


「ああ、その書類はもう消しちゃっていいよ。それは誤解を解くためにレミングに書いて貰っただけだから。」


先程のだらしない顔はいつの間にか消えていた。

何度となく闘いで見た真剣な表情だ。

私は握りつぶした紙にキュリフトを流す。

紙はキュリフト共に溶けるように霧散する。

この紙はアントの研究で生まれた道具。

証拠が残らないように作られた諜報部のみで使われてきた特殊な紙だ。


「この件は開発部の機密でね。まあ私が局長をやっていた時からのプロジェクトだったんだ。レミングもどこから私が関与していたか突き止めたのか。いやはや、敵に回すと怖いものだねぇ。ほら。シノブちゃんお手製料理は君のために作られているんだから聞いてばかりいないで食べてあげてくれよ。そうじゃないとシノブちゃんに俺が怒られてしまうじゃないか。食べてくれなきゃ、俺はこの話の続き話さないよ?」


そういうと、バットマンは箸を手に取り、取り分けてあった自分の皿のうどんを再びすすり始める。

この男の行動は本当に訳が分からない。

合理的でもなんでもない。

本当にこの男が昔、開拓宇宙船団すべての機密情報を掌握していたとは思えない。

箸を進める姿を私がにらみつけていてもこちらを見ようともしない。

ただ純粋に料理を味わうことに集中している。

彼は本当に私が料理に口を付けるまで喋らないつもりだ。

キッチンの方から油が撥ねる音とレンジが止まった音が聞こえる。

夕飯を振舞う事を楽しみにしていたこともそうだが、あんなことを言ってしまった後だ。

これ以上シノブの気持ちを踏みにじる訳にはいかない。

私は諦めてよそられたうどんを口に運ぶ。

甘辛い割り下が口の中に広がり、外で冷えた体が内側からあったまるのが分かる。


「美味しい。さすがシノブね。」


「お口にあって良かったです。私はどうしても味見が出来ないものですから、これは元々インストールされていた調理データのおかげですね。そのうどんも私が打ったものなんですよ?」


いつの間にかシノブが温め直したホイコーローの皿と取り分ける小皿を持って机に並べていた。


「私としてはしっかりマスターの好みを把握しておきたいので、昔のドラマの姑さんのように細かく指摘してくれるとありがたいのですが…。シゴナナさんはマスターの味付けを習得するのに一か月かかったと言っておられましたよ。マスターはいつも美味しいといってくださいますけど、私は少し心配で。」


「そりゃあ、任務でもないのに年中美味しくもない高栄養圧縮ブロックで済まし、長期探査では現地で食べられそうな生き物の肉を焼いて食べて任務をこなしてきたヒビキちゃんには何でも美味しく感じちゃうよね。逆にヒビキちゃんの味なんか基準にしたらメシマズになっちゃうから基礎料理データは絶対上書きしちゃだめだよ」


バットマンはホイコーローを取り皿に移しながらヘラヘラと笑う。


「悪かったわね。味音痴で」


「おや、さっきのは私の勝手な想像だったんだけどね。図星だったようだ」


「シノブ。お客様が一人お帰りのようだから、そこのベランダから投げ捨ててくれるかしら。せっかくのシノブの料理がまずくなるわ」


「その命令は命に関わる恐れが十分に高いとされます。マスターのその命令には従えません」


「大丈夫よ。その人はここよりずっと高い場所から身投げしても今もこうして生きているのだから」


「そうでしたか。それではこの方における生命判断基準の変更を行います。再度命令をしていただきましたら実行致します。」


「ちょっと、ちょっと。シノブちゃんまで悪乗りしないでくれよ。まだ仕事の話は終わってないよ?もう少し穏便にね。ね!」


本気でバットマンは慌てている。

どうやら総代にキュリフトアーツを凍結させられているのだろう。

もしかしたらキュリフトの使用すらもできないようになっていることすらあり得る。

それほどまでに彼は危険な存在だ。


「質問は後からいくらでも答えてあげるからさ。教えてあげられることだけだけどね。」


「では、アドラステアのことについて知っていること全部話しなさい。」


「一回しか行ったことがないから参考程度にしてくれよ。この惑星の存在自体が機密に近いからね。今から話すことは他言無用だ。」


「シノブ、申し訳ないけど一度全機能を停止してもらえるかしら。」


「マスター。少し待ってください。餃子がそろそろ焼けますので、焼き終わってからでもいいでしょうか?」


シノブは非常に申し訳なさそうな表情で、手を組み目で訴える。

さっきの私はシノブの事を第一にしなきゃと考えていたはずなのにすぐにこうやって仕事を優先させてしまおうとする。

そんな自分が嫌になる。


「わかったわ。ごはんが終わるまでは仕事の話は止めましょう」


そういうとシノブは明るい笑顔を咲かせ、ウキウキでキッチンへと歩いていく。


少し意外そうなバットマンの表情になんだか腹が立ったが、手を止めている今の内に質問を投げかける。


「じゃあ仕事の話ではないことを聞くけど。どうしてバットマンあなたがここでシノブが作ったご飯を食べているのかしら」


「そりゃあ、さっきも言った通り仕事の話をしにここに来たわけだが。出てきたのはシノブちゃんで君はいなかった。もちろん。帰ろうとはしたさ。けどシノブちゃんがすぐに帰ってくるから中でお待ちくださいと中に入れてくれたんだよ」


「シノブが中に入れたの?」


警戒心が強く、心配性のシノブが見知らぬ男を家に上げるとは思わなかった。


「すみません。マスター。悪質訪問販売の対処としてインターホンでの会話は1分以上できないようになっていました。しかし、一緒にいたマスターの上司であるレミング総代をドア越しで追い返すことはマスターの面子を潰してしまう行為と判断しましたので、中でお待ちになるようにお招きした次第です。」


シノブが円形に並べられた餃子を机に置きながら申し訳なさそうに答える。

そのまま空いた手で次はバットマンが食べ終わった皿と空いた鍋を重ねていく。

そうだ。

この男は総代と共にここへ来たのだった。

そのことにハッと気づく。


「総代には失礼の無いようにしてくれたの?」


「ちょうど、今日の晩御飯のデザート予定だったアップルパイを焼いておりましたので、それをお茶うけ代わりとしてお出しして、コーヒーや紅茶はシゴナナさんに戴いた高級なものがありましたのでそちらをお出し致しました。総代はとても気に入っておられたようでしたよ。30分ほどこの方も交えて何気ない日常のお話していました。私が夕飯の支度に取り掛かりたい旨を話しました所、レミング総代も仕事をしながら待たせていただく、時間をとらせてすまないね。とお返事をいただきましたのでお話の後はキッチンで作業をしていました。

時間も夕餉の時間に近かったですのでお夕食としてすき焼きをお出し致しました。ごはんの途中、電話が掛かってきまして、このすけべ蝙蝠さんをマスターに会わせるようにと先程のメモを書いてお帰りになられました」


シノブがそういってバットマンに目を向ける。シノブが彼を見る目はまるで害虫をみるような視線だ。

シノブはそれ以上のことは言わず、空いた食器をキッチンへ運んでいった。


「バットマン、あなた。シノブに何をしたの?あの子がこんなに嫌悪感むき出しの状態なんて初めてよ」


思わず、声を潜めてしまうほどの威圧感だ。

人を貶める言葉を使うこと事態が、一般レリクスでは異常なことだ。

シノブが特別製だからこそありうる行動なのかもしれないが断固として崩さないその呼び方には強い意志が見られる。


「い、いやぁ。あれは事故だったんだよ。レミングが帰るって言いだした時、俺はそりゃ必死に玄関で引き留めたんだ。さっきのようなピリピリした状況になることが予想できたからね。しかし、引き留めていたときに体のバランスを崩してしまってね。その時俺の後ろに見送りに立っていたシノブちゃんにぶつかってしまってね。その時胸を触っちゃったんだよ。」


バットマンも何故か声を潜めて弁明する。


「でもあなた、よくある挨拶だって言っていたじゃない。常習なら話は早いわ。後で公安に突き出してあげるわ」


「冗談に決まっているだろう!君は昔から冗談を冗談と受け止めないガチガチのロボット思考だったが、全く変わらんようだな」


「言わせてもらうけど、シノブはレリクス。あなたのいうロボットなのよ。私より冗談が通じると思ったの?」


「そうだったね。私もあのときは君に殺されるかどうかの瀬戸際だったんだ。その場のノリと雰囲気で出た言葉さ。勘弁してくれよ。シノブちゃんはレミングが帰る際に何かあったら知らせるようにって自分の連絡先を教えていたんだ。ちょっと機嫌を損ねたりして掛けられたら今の俺は一瞬で捕まってスペースデブリになってしまうよ。」


驚いたことにあの場での生殺与奪を握っていたのはバットマンではシノブの方だったようだ。


「それで私はキッチンに戻ったシノブちゃんの目から極力離れないように、ただ振舞われた夕食を食べるほかなかったわけだ。ちょうど最後の一切れを食べていた時に君のご帰宅。今に至るわけさ。君があと15分早く帰ってきていたらこんなことにはならなかったんだけどなぁ。」


バットマンはなぜか随分落ち込んでいるようだ。

命を握られていると知らされたら、さすがに大の悪党でも委縮するようだ。


「私の所為にしないで欲しいわ。」


私は時間があるままに遊んでいたわけではなくて、課された任務をしていたのだ。

そんなことを言われるのは心外だ。


「そうですか?スケベ蝙蝠さんの一件はともかく、早く帰ってくると言っていたのにいつもより遅く帰ってきたことについて。お二人が来ていることを連絡しても返信すら返さなかったマスターに非はないとおっしゃるのですか?」


シノブは少しむくれて私の隣の席に座り体をこちらに向ける。


「連絡を返さないなんて普段ではありえないことではないですか。通話は出来ない状態でも一言メッセージくらいは返して下さっていました。こうして遅くなることが分かればレミング総代にもご迷惑をおかけにならなくても済んだかもしれないのですよ。私。マスターになにかあったのではないかと心配もしていたんですから」


「待って、私連絡なんて貰ってないわ。貰っていたら気づくはずよ」


「でも、3度連絡しましたよ。私の連絡記録にはしっかりと残っています」


私は自身の携帯端末を確認する。

しかし、そこにはシノブからの連絡の履歴は残っていなかった。


「確認したけど連絡は貰っていないわ。機械の不調かもしれないわね。検査に出しておくわ」


「ちょっとその携帯端末貸して貰えるかな。履歴を消したところで情報の送受信のコアデータは残っているものさ。」


悪趣味な顔をバットマンは私に向ける。

正直信用できないこいつに携帯端末を渡したくはなかったが、私はこれ以上シノブを不機嫌にさせたくなかったため、渋々バットマンに携帯端末を渡す。


「変なことしたらどうなるか分かってるわね?」


「分かってるよ。ここで死にたくはない。君の無実を証明してあげるんだから怒らないでほしいなぁ。うーん。どうやら、本当に連絡は来ていないようだね。シノブちゃんもう一度連絡をして見てくれないかな。」


シノブは素直に頷く。そしてすぐにバットマンの手にある私の携帯端末に着信が入る。

さらに文書メッセージも同時に届いた。


「わたしが送らせていただいた内容と同じものを再送信いたしました。」


バットマンは私が見たことがない画面を開いて、なにやら調べている。


「うん。良かったね。壊れているわけではないから修理には出さなくてもいいよ。出したところでそのまま返ってくるだけさ」


そういい、私に携帯端末を手渡す。

この男は一体どれだけの技能を持っているのだろうか、力量が知れない。


「私としては故障していた方が良かったのだけれど。それではどうして連絡が入らなかったの?バットマン」


バットマンはもう興味はないような素ぶりで机に置かれた餃子を取り分け始める。


「知らないよ。それは持ち主の君が一番分かっているんじゃないのかい?」


バットマンは目の前の餃子しか目に入っていない素っ気ない言葉だった。


「そうですよ。マスターは私がプレッシャーと心配で押しつぶされそうなときに一体何をしていたのですか。」


「何って。仕事よ。」


「その仕事の内容です。言えないようなことをしていたわけではありませんよね。」


シノブがグイグイ迫ってくる。浮気を疑われる夫の気分をこんなこと風に味わうことになるとは思わなかった。


「ユニットの人手確保よ。ユニットに相応しいか面接していたのよ。同じ班の部下をね」


「女性ですか、それとも男性ですか」


かわいらしさが抜けきらないすごんだ声でシノブは被せて問いかける。


「男性だけど、あなたが思っているようなことはないわ。シノブ。」


少し興奮気味のシノブを抑えるように先手を打っておく。この手の話題にこんなにも食いついてくるなんて少し予想外だった。


「で、その方はどのような方ですか?」


シノブは私が言ったことを全く気にしないで目を輝かせながら聞いてくる。

そう言われて彼のことを思い出すが、今気づけば謹慎騒動の詳しい内容を知るために話かけたが、その入り口に立ったかどうかも怪しい進捗状況だ。

私が彼の事で知っていることなんてほとんどない。


「プロフィールはこれ。他は全く分からないわ。名前すらね。彼エイドゥス語っていう言葉を使っていたのだけど調査用補助装置(ダイバーデバイス)の言語プログラムにエイドゥス語が入ってなかったみたい。だから彼が渡されていた翻訳機を使ったのだけど全く使い物にならなくてこんなに帰りが遅くなったのよ」


シノブは送ったプロフィールデータを見て、なにやらうんうんと頷いている。


「それでマスターの判断では合格だったのですか?」


「強さでいえば合格よ。けど、命を預けるに値するかは判断できなかったから検討中よ。エイドゥス語がすんなり分かれば苦労はしないのだけれど。」


「エイドゥス語はすでに調査用補助装置(ダイバーデバイス)の言語プログラムに組み込まれているぞ。俺の使っていたやつには入っていた記憶がある。」


餃子にかぶりついていたバットマンがいきなり話に入ってくる。


「私の翻訳プログラムにも入ってありますね。どういうことでしょうか?どういうことでしょうか?」


シノブの2回目の言葉には1回目とは違う明らかな疑惑が渦巻いていた。

私は自身の調査用補助装置(ダイバーデバイス)を調べる。すると、確かに私の調査用補助装置にもエイドゥス語は登録されていた。


「じゃあ、どうしてあの時私の調査用補助装置は起動しなかったの?」


疑問が疑問を呼ぶ。彼はともかく、少なくとも私の調査用補助装置で彼の言葉は自動翻訳されて理解できたはずなのだ。

シノブが鬼の首を取ったように息巻いている。

本当は何をしていたのか正直に話してくださいと表情が語っている。


「もしかしたら、通信ができなかったことと関係があるかもしれないねぇ。そうだ。夕飯をご馳走してくれたお礼に私が贔屓にしている開発部のやつを紹介してやろう。そいつなら原因を突き止めてくれるだろう。たしかちょうどエイジスに来ていたはずだ。場所は後で送っておいてやる。」


バットマンは椅子に座りながら両手を組んで体の前に突き出す。


「そろそろいいか。俺も他の仕事があるからそろそろこの仕事を終わらせたい。」


「散々食べておきながらいうセリフではないわ。」


「そこは仲間を紹介するから手打ちだっていっただろ。」


面倒くさそうに頭を掻きながら、バットマンは時々見せる真面目な表情になる。


「シノブ。全機能一時停止をお願い。」


「わかりました。再起動はいつものようにしていただければよろしいのですので。では機能停止します。」


シノブは椅子に座ったまま動かなくなった。

今は強制スリープモード。

再起動だけの命令しか受け付けない状態だ。

バットマンは少しシノブの方を見てスリープモードになっているか確認している。


「じゃあ、アドラステアのことについて、私が知っていることを話そうか。アドラステアにある陸地の末端に研究所がある。岩ばっかりの緑もなんにもない場所だ。そこから北西へ進むと砂漠が広がっている。そこに住む生命体は二足歩行の獣人型。ネズミ人間ってのが一番近いだろう。経済という概念があり、独自通貨が広まっている。他にも色々種族がいるらしいが、俺は見たことがない。彼らは好奇心が旺盛で色々と困ったやつらだと聞いていたな。辺鄙なところに研究所があるのは惑星内へと技術流出を防ぐためと、そこで採れる資源が新種のものだからだ。それを使って開発部は対アント用の機械兵器を開発していた。どんなものかまでは知らん。俺が訪れた時はまだ作られてなかったからな。俺が教えられることってのはそんなところだ。何か質問はあるか?」


「そうね。そこの住人とは話せるの?」


「わからん。開発部の中には変なやつが多いから、物好きが言語データを収集している可能性はあるだろう。だがあの研究所が外部に向けてデータを送信することはないからダイバーデバイスでの翻訳は無理だろう。」


「地図はあるのかしら」


「細かいものはないな。開発部の機密だ。開発部だけで情報収集をしたとしてもたかが知れている。だが、世界地図っていうのであれば心配ない。この惑星の特徴としてあげられるのがものすごく小さい事と唯一の陸地は島だということは君も惑星に降りるときに分かるだろう。研究所の建造物データは研究所に確実にある。それは過去に使ったからな。あったとしても(やっこ)さん達が提供するとは到底思えないがね。私が見に行ってから数年は経っている。開発部の研究チームがどの程度この惑星で開発を広めたかまでは俺にはわからない。新しい拠点を構えていることもあり得る。ここら辺は開発部のやつとレミングが直接話してどこまで相手さんが開示してくれるかだ。俺の領分じゃあない。」


「あなた、情報提供者のくせにあんまり、情報持ってないじゃない。」


彼から聞けたことはそれほど有益なものと言えば砂漠地帯があることくらい。

残りの情報はあっても無くても差し当たりのないもの。

状況はいつも通りの新規の惑星調査(ダイブ)と変わりない。


「ヒビキちゃんは手厳しいなぁ。俺だって昔になんとなく遊びに行っただけなんだから多めに見てよ。実用性のない情報ばかりでもないよりはマシだろう?代わりと言っちゃあなんだけど実用性のあるものを進呈しよう。遊びに行った時のお土産。あの後に追われる身になってしまったからね。埃を被っていたよ。」


そういって、紫色の大きい水晶のアクセサリーを私に渡す。


「ネズミ人の彼らはこうした鉱物を通貨代わりに使っている。これが現地でいくらの価値があるのかは分からないが、現地で換金するなり交渉するなり好きに使うといい。以上俺の仕事終わり。」


そう言い切るとバットマンは椅子から立ち、軽く伸びをする。


「じゃあ、シノブちゃんが寝ている間に失礼させて頂こうかな。ヒビキちゃんもお仕事頑張ってね。よいダイバーライフを。」


そういい、彼はそそくさと、半ば逃げるようにして自宅を後にしていった。

総代がもう一度連れてこない限り、やつが私とシノブの前に現れることはないだろう。


 私は椅子で眠るシノブを起こそうとしたが、やめた。

先に彼女が作った夕飯が冷めないうちに食べて、食器洗いを済ませておこう。

すぐに起こさなかったことをシノブは怒るかもしれないが、これが今私にできるシノブへの感謝だ。

しばらく食べられないシノブの手料理をしっかりと味わう。

今回の仕事が終わったら、シノブのわがままに付き合ってあげよう。

私もシノブへ何か返せるようにしないと、そう思った。

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