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惑星調査隊 プラネット・ダイバー  作者: 〇たいちょー
第1章 ユニット結成編
3/8

特級自動人形機械 シノブ

惑星探査用宇宙船(ダイバーズシップ)エイジスに戻る。

入航口から情報部のロビーまでだれともすれ違わなかった。

さっさと本部に行こうと思ったが、かすかではあるがずっと開発部の修理倉庫の匂いがすることから自身に匂いが染み付いていることを確信した。

ひとまず自室へ寄ってシャワーを浴びることにする。

本部への階段を過ぎ、居住棟のある区画まで歩く。

惑星探査用宇宙船といっても船内は商業施設のようなものもあれば露店も並ぶ小さな町のようなものだ。     

しかし店のほとんどが人の形をした自動人形機械レキウスが働いている。

急な状況の対応などはできないが、ほとんど人と変わりない行動をすることができる。

レキウスのメンテナンスをするレキウスも存在し、もはや独立した生命体とも思えるほどだ。

電気さえあれば人と違い疲れもせず働き続けるレキウス。

宇宙を満たすほどに膨大にあるキュリフトにより、いまやエネルギーは無尽蔵にある。

キュリフトがなければ人の仕事は全てレキウスにとって代わられ、一体どうなっていたのだろうか。

対アント用の戦闘用レキウスも開発はされているが、まだ実用には至っていない。

大きな問題として機械はキュリフトを現象としてとり出せないからだ。

たとえとしてよく言われるのが、人はキュリフトを扱える器官を持っているという考え方だ。

人類がキュリフトを扱えることについてはこの存在が発見されたときからの謎とされている。

開拓宇宙船団はキュリフトとそれにまつわる謎を解き明かすために、宇宙を旅している。

もしそれが解明されたとき、私達は一体どうするのだろうか。

そんなことを夢想している間に、自室に到着する。


 エイジス内の居住区画にあるすべての建物は情報部の宿舎みたいなものだ。

しかし、本部からも施設からも遠いここを選ぶ人はまれだ。

近場でおしゃれな人気の建物は役職持ちか順番に抽選を行なって順次振り分けられる。

全部外れたかといってここを選ぶ人はそうはいない。

この前までは誰もいなかったが、最近になって今は5階建て30室のこの宿舎には私を含めた3人が住んでいる。


「えっしょ、こらせ、よっこいせ」


自室の鍵を開けるとシノブが玄関前の廊下を一生懸命な表情でモップ掛けをしていた。

シノブはこちらに気づくと作業を止め、足早で駆け寄る。


「おかえりなさいませ。マスター。お早いお帰りですね。」


陽気な笑顔でシノブが迎える。

白い三角巾の隙間から黒髪がピョンとはみ出て、右頬には黒い線の汚れがついている。

シノブもレキウスだが。

しかし、人工知能に感情表情まで備えた一級品では収まらない開発部の特級品らしい。

総代が私の幹部昇進祝いに送ってくださったものだ。

忙しくなるだろうから日々の家事はこいつに任せて、今後も仕事に励むようにというメッセージだろう。いつも仕事に追われ、ぼろ雑巾のようになっている総代のだからこそ分かる気づかいだったのかもしれない。

事実、家の事を任せるようになって少し余裕というか、自由な時間が増えた。


「居間と寝室はもう掃除が終わっていますから、ゆっくり休んでいてくださいね」


私が靴を脱いでいるうちにシノブはスリッパを用意してくれている。


「いえ、まだ情報部で仕事が残っているの。掃除が終わった後でいいからこの荷物をしまっておいて。中の着替えは洗濯をお願い。」


シノブはスーツケースを受け取る。


「シャワーを浴びるのだけど、浴室は使っても大丈夫?」


「はい。大丈夫ですよ。ピッカピカに仕上げましたので、足を滑らさないで下さいね」


「ありがとう。この後情報部へ報告に行くから、着替えを用意してくれる?」


「わかりました。最近は仕事が立て込んでいるみたいですね。お隣さんはそれほど忙しくないと言っておられましたが…。ご無理はしないようにしてくださいね。」


 玄関でシノブと別れ、真っすぐに浴室へ向かう。

シノブは居間の方へ荷物を持って歩いて行ったようだ。

脱衣所に入り、ダイバースーツを脱ぎはじめる。

ぴったりと張り付くようなダイバースーツは動きやすく肌に馴染み、周囲の温度変化や衝撃に対して瞬時に反応し、状態や厚みを変える。

様々な環境に立たされる惑星調査員の命綱のようなものだ。

最近は技術の進歩からか様々な形態のダイバースーツが開発され、もはや服と遜色なくなってしまったが、幼いときから着ているボディスーツタイプで慣れてしまっているので服のタイプは試着だけで任務に来ていったことはない。

動きやすさは無駄のないボディスーツが圧倒的だからだ。

ただ弱点といえるのは着脱が面倒なところだ。

先ほどの戦闘と移動で土汚れがついてしまったが、服自体は破れも解れもない。

コスチュームを脱ぎ終わり、下着も脱衣かごに放り込む。

洗面台の鏡を見ると目元に小さく返り血が付いていた。

赤い眼鏡の縁で隠れていたらしい。

メガネに血はついていないか確認しつつ、メガネをケースに仕舞い浴室へ入る。

比較的大きなバスタブがあるが、あまり使ったことはない。蛇口を捻り、温度が上がるまで手に水を当てる。バスチェアに腰かけ、湯温を感じながら浴室を眺める。

シノブの掃除は行き届いており、カビのない真っ白なパネルが照明の光を拡散させる。

少し眩しいと感じながらシャワー口を頭へ向け、目を閉じる。

温かな水流が冷え切った体を流れていく。

それは血液が体へ通っていく感覚に近い。

こんなにも自分の体は冷えていたのかと思うほどぬるいくらいの水が熱く感じる。

水を出しながらそのシャワーヘッドをシャワーフックに掛けて体全体で浴びる。

目を開き正面を見ると、曇り一つない鏡には水を含んだ髪が肌に張り付いた状態の自分の顔と赤と翠の二つの瞳が映っていた。

もうずいぶん前の事のはずなのに、この自分の姿を見ると鮮明に思い出すあの頃の記憶。

自分の中で割り切ったはずなのにどうしても忘れられない記憶。

悲鳴、絶望の顔、むせ返るほどの鉄の匂い。

洗い流すこともできない位に染み付いたこの身体は来る日も来る日も同じことを繰り返していた。

地獄のような日々だったねと誰かが言っていたが、私はあの頃一体何を考えていただろうか、何を思っていたのだろうか。

思い出せない。


「……ター、マ…ター大……で…か?」


水の流れる音に紛れながらも、微かな声が聞こえた気がした。水の音さえも先ほどまで全く感じていなかったが徐々にそれは大きくなり意識が現実に引き戻される。


「マスター!返事をしてください!」


次の瞬間はっきりとシノブの声が聞こえた。

一体何分間経ったのかそんなことも考えたが、心配そうに、普段出さないような声を張り上げて叫ぶシノブの声に答える。


「ごめんなさい、少し居眠りしていたみたい。ごめんね、大丈夫よ」


浴室の扉越しにもシノブの安堵の声が聞こえる。


「マスター、言われていた着替えを置いておきますね。お疲れなら無理はせずお休みになって下さい。急に倒れることの方が情報部の方に心配と迷惑がかかってしまいますよ」


いつもの柔らかな声を聴いて自分も安堵する。

本当にシノブの反応は自然すぎてもはや機械などではない気がして、対応というか接し方が分からなくなる。

身体と髪を洗い、体も目もさっぱりする。

何やら棚の洗髪料の種類が増えていた。

シノブが用意したのだろうが、使いかけのものはどれもまだ使い切るには多い量が残っていた。

備えてあれば越したことはない。

心配性のシノブらしい行動かもしれない。

浴室内に備えたタオルで体の水を拭いて、余分な水は絞る。

絞ったタオルを体に巻いて脱衣所のバスタオルでさらに髪の水気をとる。

湿った浴室タオルを体から外し、全身を拭いていく。

シノブが用意してくれた着替えに着替える。

見覚えのない下着だが、サイズはぴったりだ。

これもまたシノブが用意してくれたのだろう。

どうしてもダイバースーツを着ると衣擦れで傷みやすくなってしまう。私は少々の傷みは気にしないがシノブには我慢できないのだろう。

何だか少しずつ飾りの面積が大きくなっているような気がするが実用性には変わりない。

綺麗なダイバースーツを身に着け、脱衣所のスライドドアを開けようとすると、戸が何故かピクリとも動かない。

驚いたと同時にドア越しからシノブの声が聞こえ、咄嗟にドアから手を放す。


「マスター。また、タオルで頭を拭いただけで外に出るつもりですか?」


不満気な声色を含みながらも優しい口調だ。

私は言葉を返す前にもう一度脱衣所のスライドドアに手を掛ける。

さっきよりも強めの力で開けようとするがドアは全く動かない。

諦めて力を抜いた瞬間にまた扉越しから声が聞こえる。


「マスター。何故かドライヤーの音が聞こえなかったのですが。あっ!もしかして、まだ衣服を着ていないのではないのでしょうか?そのようなはしたない恰好で廊下へ出歩かれるのはどうかと思いますので、しっかりと身だしなみが終わるまでドアをロックさせていただきますね」


明らかに今作ったこじつけで、扉の向こうの後付けオートロック機械は嬉しそうにすっとぼける。

これは私が何かを答えるまで断固として開ける気はないようだ。


「ドアを開けなさい」


私はただ一言。質問に答えず命令する。一呼吸おいて、先ほどまで硬く閉じられたスライドドアは滑らかに動き出す。

ドアが開かれるとそこには全く怖く無いむっくりとしたふくれ面があった。

むしろかわいさのある表情だが、本人いわく少し怒った顔をしている。


「もぅ!マスターも女の子なのですから、身だしなみはしっかり整えて下さい。せっかくの美人さんがランクダウンしてしまいます!ドライヤーで乾かして、髪を梳きますから、ここに座って下さい。拭くだけじゃなくてしっかり乾かさないと髪も傷んでしまいますよ」


シノブはどこからか取り出した新品のウッドチェアに私を誘導し座らせる。

隙が全く無いこの状態のシノブには逆らえない。


「シノブ。私の髪は肩までくらいしかないショートヘアでしょう?水気さえとっていればここから本部までの時間に十分乾くわ」


「いいえ、髪が痛むか痛まないかの違いなのですから長さなんて関係ありません。まだ付き合いは長いとも言えませんが、私が見ている限りマスターは他人に見られていることにもっと気を配るべきです。特に髪は女の命とも言われます。大事にしたってバチは当たりませんよ」


「全くどこからそんな知識を拾ってくるのかしら」


「私の知能情報はちょっと秘密なクラウドサーバーからいくらでも引っ張ってこられますから。最新の情報から昔ながらの知恵までね」


完全に言いくるめられ、全く反論できない。

まだ半年も一緒に生活をしていないが実に私のことを見て、理解している。

用意している間に逃げられないようにこうして私の髪をセットするための道具がウッドチェアのすぐ近くに準備されていた。

新品のドライヤーとヘアアイロン、ヘアオイル。

あとよく分からない道具がいくつかある。


「このドライヤーとかは一体どうしたの?」


「16日前に壊れたドライヤー、実はあれリコールがかかっていまして、お店に持っていったら返金代わりに新製品を頂けました。ヘアアイロンとヘアオイルはお友達のシゴナナさんのマスターのネルジュさんからいただきました。色々ありすぎて買っても使わなかったものだそうです。情報部でお会いになったなら、しっかりとお礼言っておいてくださいね。」


「なんで私が言わなきゃならないの、あなたがこれを貰ったときにお礼は言ったのでしょう?」


「それはそうですけど、お隣さんなのですからご近所付き合いの一環としてお話くらいしてください。とても優しくてかわいい人なのですよ。ネルジュさん。」


「お隣さんって、同じ階層の一番端の離れた部屋でしょう?」


「でもこの宿舎で同じ階層に住んでいるのはシゴナナさん達だけですし、この建物の周りは空き地と鉄工所跡地じゃないですか!一軒家基準で考えたらお隣さんよりお傍さんと言ったほうが正しいのかもしれません。はっ!もしかして初めて挨拶にいらっしゃった時にお蕎麦を戴いたのはそういう意味を込めてだったのでしょうか!うーん人の考えとは深いものですね…」


シノブの冗談を聞き流しながら情報部でのネルジュの人柄を思い出す。

思い出すといっても一緒に仕事をした事はなく、4、5回ほどしか会話もしていないが、仕事ぶりからは優しいという印象は全くなく、媚びへつらう男どもを足蹴にして命令をしている女王様のようなイメージだ。

いつも不満げそうな態度だが仕事はできるし、人の扱いはうまいと私は思っている。

そういえばすれ違うときや見かけたときはエトナと同じように、視線を送ってくる印象もある。

だがエトナとは違いこちらが視線に気づくとすぐやめる。

エトナのあれはもはやにらみつけるといったほうが正しいかもしれない。

しかし、シノブがいうかわいくて優しいとはかけ離れた人物だ。

もしかしたら情報部には同性同名の人がいるのかもしれない。


「見つけたらお礼をいっておくわ」


「絶対見つける気ないでしょう。マスター」


こうしてとりとめのない会話を続けながらシノブは器用に髪のセッティングをしていく。


「このヘアオイルとてもいい香りね」


後ろ髪に吹きかけて手でなじませるシノブに言う。


「そう思われるのなら、しっかり探してお礼とその感想を言ってあげてくださいね」


「私は仕事で忙しいからシゴナナに言っておいて。そうそう、言うのが遅れたけど私。長期調査の仕事が入ったからしばらく帰ってこられないから留守は頼んだわ」


「そうなのですか。本当にお忙しいのですね。なんでマスターばっかり」


シノブが少し寂しそうな声で不満を漏らす。

しばらくすると髪を触るシノブの手が止まる。


「はい。これで完璧です。これならエイジスのどこに出しても、いえノアのどこに出しても恥ずかしくありません。」


ヘアセットが終わり、ようやくウッドチェアから立ち上がる許可がでる。

玄関まで付き添ったシノブが、靴を履く私に問いかける。


「マスター、夕飯はこちらでお取りになられますか?」


「そうね。今日はもう、報告とちょっとした調べ物で帰れそうだから、シノブの作りたいものを作っておいてくれればいいわ」


それを聞いたシノブの顔がパァッと明るくなる。


「はい。腕によりをかけておつくりしますねマスター。」


「張り切りすぎて失敗しないようにね。じゃあ行くわ。」


「行ってらっしゃいませ。マスター」


シノブの深々としたおじぎを見て、家を出る。情報部に行く途中にお菓子でも買おうと思っていたが、真っすぐ向かう事にしよう。

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