彼女
そろそろ彼女の話をしないとね。
そう。彼女。
僕の初恋は、死んでからだったんだ。
可笑しいよね。まさか死んでから恋をするなんて僕も思わなかったよ。
あの日、僕はふらりと、廃校の前の校門にたったんだ。
学校ほど嫌いなものはなかったから、普段は目もくれずに通り過ぎるんだけど、その日は違った。
ひらひらした、カーテンの様な布切れが、二階の窓から覗いていたんだ。
人がいるはずのない学校に、しかも窓が開いてるなんておかしいだろ?
だから僕は、暇つぶしがてらそこに寄ってみることにした。
幽霊だからね。もう怖いものなしさ。
それに人間だったら逆にこっちが驚かれる側だし。
まぁ、見えたらの話だけど。
そんな軽い気持ちで、僕は階段を上がった。
足音のしない階段を上がる。
その教室は、あっさりと目の前にやってきた。
入り口に立った瞬間だった。
さぁっと僕の横を駆け抜けた風が、散らばっていた埃を少し舞いあげる。
風に乗った鼻腔をくすぐる甘いような香りと、ひらひらと蝶のように優雅に舞う窓から見えた白いカーテン、じゃなく白いマフラー。
同時に舞い上げた黒いセーラー服の長いスカートがはたはたと窓枠を叩いた。
ゆっくりと振り向く真っ白な肌をした人形のように美しい顔が、僕を見つけて、その瞳が僕を見つめた。長い睫毛が震えて瞬きをする。
血のように赤いスカーフが風に流されて服に張り付いた。
同時に長く艶やかな黒髪も白い顔に張り付いて、さあっと川の流れみたいに緩やかに重力に逆らわず落ちた。
「だれ?」
洗練された美しい空気みたいな声が響いて、僕の鼓膜に届いた。
僕は一瞬言葉を失った。
この世にこんな美しいものがあるのか、と驚いたからだ。
「…僕が見えるの?」
ようやく僕は声を発した。
「…あなたこそ、私が見えるの?」