8話:ならず者とスライム
迫りくる何か。徐々に強まる殺気のようなもの。メランの首筋に汗が流れる。
「今度は…何だ…」
すると草木を掻き分けて現れたのは-
「……山賊か」
山林を拠点とし、広い活動域の中に侵入してきた者を襲うならず者集団。周囲を取り囲み、二人の逃げ場を作らせない。隙の無いその動きに、連携の高さが窺える。顔に模様の入ったリーダーのような者が手を振りかざす。
「襲え」
その瞬間に、周りの山賊達が一斉に動き出し、二人に襲い掛かる。刀や棍棒で攻めてくるも、どこか余裕の表情を見せるメラン。
(対人戦なら何とかなる……フェアの親父に鍛えられたからな…!)
これまでの戦いと比べて、有利に戦いを進められている様子だ。敵の攻撃を難なく防御し、斬撃や打撃を与える。徐々に山賊の表情に焦りが見え始める。
「くそっ、こいつやるな…!」
「お頭…!このままでは!」
徐々に頭領に集まっていく山賊達。頭領は自分の部下達がやられ、怒りをたぎらせているようだ。
「我ら『山猫』が…このままやられるわけにはいかねぇ…」
頭領は腰から剣を抜き、メランに迫る。大きく剣を振りかざし、メランに重い一撃を与える。だがそれでもメランは攻撃を防ぎ、打撃を与えて間合いを作る。
「”型”がなってないぞ。ただ剣を振り回すだけじゃダメだ」
「くっ…!なめるな!!」
頭領は何度も迫りかかるも、思い通りに攻撃ができない。苛立ちと焦りが、それに拍車を掛けていく。剣と剣がぶつかり合う中、頭領は不敵な笑みを浮かべる。
「…なんだ?」
「へっ、ここまでだ…。おまえら!!!」
すると負傷していた者達が一斉に二人に襲い掛かる。メラン達は驚きの表情を見せるも、彼らが武器を持っていないことに気づく。
(なんだ…こいつら…)
彼らはメランを襲うわけではなく、ブックが守っていた背嚢を奪い取り、そのまま逃げようとしていた。
「なっ…!!」
「引っ掛かったな」
「ま、待つでやんす!!」
頭領の策略にまんまとかかってしまった二人。そのまま部下達は逃げ、頭領は追わせないよう攻撃を繰り返す。
(くそっ…!)
「へへっ、こりゃあ大量だな!!」
余裕を見せる部下達。だがそんな彼らに、”何か”が襲い掛かる。その”何か”は部下達の足を引っ掛け、転倒させる。
「な、なんだと!?」
予期せぬ出来事に、頭領は驚きの表情を隠せない。その”何か”の正体は、なんとスライムだった。まるで知性のあるような動きで、部下達を翻弄し、戦闘不能の状態にする。
「ブック!背嚢を!」
「分かったでやんす!」
「くっ、そうはさせない!!」
メランの相手をしていた頭領は、即座に目標を変え、ブックがたどり着く前に背嚢を奪おうと走り出す。
「なに…!?」
メランも後を追うが、追いつけそうにもない。そして、頭領が背嚢に手を掛けようとした-その瞬間、頭領の顔を窒息させるように覆い尽くす。さらにスライムは分裂し、手足を拘束する。頭領は苦しそうにもがくも、どうにもできず、そのまま意識を失ってしまう。
「スライムか…厄介な相手だ…」
メランは剣を構える。スライムは知性を持たない生物で、二酸化炭素・温度に反応して無差別に襲い掛かる。決して山賊達の足止めのために動いたわけではないはず…なのだが…
「…ん?」
完全に攻撃に備えていたメランは虚を衝かれた。スライムが器用に体を変形させ、背嚢をこちらに差し出している。ブックは戸惑いながらも、背嚢を受け取る。
「あ、ありがとうでやんす」
ブックはそう言うと、急いでメランの元へ駆け戻る。
とりあえずは、難を凌ぐことができたと一段落つくメラン達。とにかく、その場を離れようとする-が、その後を執拗に付いて来るスライム。
「…付いて来るでやんすよ」
「そうだな…気にするな」
「なんだか、恐ろしいでやんす」
「…」
先日までは、立場が逆だったブック。自分が同じ事をしていたということを、全く自覚していなかったブックに対して、メランは何とも言えない表情を浮かべている。
依然、後を付いて来るスライム。そこで、メラン達はある考えに至った。それは-走って逃げる。とにかく走る、走る、走る。
「ど、どうでやんすかね!?」
「分かんねぇ!けど、とにかく逃げ-」
必死に走り続けていたメラン達だが、目の前にスライムが現れる。さらに後ろを振り返ると、さっきのスライムが。挟み撃ちにされてしまったメラン達。徐々に距離を詰められ、追い込まれてしまう。
「くそっ…」
すると、スライムが一体に結合し、体の一部を手のような形に変形させる。そして、まるで握手を求めるかのように手を指し伸ばす。
「え?」
メランはあまりの出来事にかなり動揺している。するとブックが何か閃く。
「そうだ!きっと、仲間にしてほしいんでやんすよ!」
「……は?」
「おいらと同じでやんす。きっとメランの事が気になったんでやんす!」
その言葉に反応したのか、スライムがコクッと頷く。
(いや…え?そんなことある?…そんなことないだろ……フェアの親父もそんなんだったのか……?)
スライムは未だ手を差し伸べている。ブックは仲間がもう一人増える、とかなり喜んでいる様子だ。メランはこの状況から逃げ出すことができず、しょうがなく、仕方なく、致し方なく、スライムと握手を交わした。
スライムはピョンッとメランの肩に飛び乗る。メランは仕方ない、と溜め息を吐き、その場を去って行った。
(なんでだ?…本当になんでだ?………外の世界は分からないな…)