7話:手掛かりと緊迫
「おい、あいつだぞ」
-まただ。また、あの声がする。暗闇の空間で、何も見えずただただ声だけが木霊している。
「あの子に近づくんじゃないわよ」
「この町からいなくな…」
「消えてく…」
「この『…」
何だ?うまく聞き取れない。言葉が途中で掻き消されていく。それだけじゃない。徐々に目の前が、明るく-
窓から光が差し込む。瞼を貫通して目に沁みる。
あれからメラン達は、無事アニュー市街地に着き、空は夜を迎えていたため宿屋で宿泊することにした。かなり疲れがあるはずなのに、慣れない寝床で早く目が覚めてしまった。隣ではブックが爆睡している。
(……早く起き過ぎたな…)
メランはそっとベッドから出て、差し込む光の中で大きく体を伸ばした。
-宿屋を後にしたメラン達は、出発の準備のため武具屋に立ち寄っていた。ブックは自分の姿を見せないように、服屋で買った外套を纏っている。メランはどうやら、昨日の鋼鬼蜘蛛の戦闘で入手した甲殻と、行商人から譲ってもらった鉄鉱石から新たな防具の製作を頼むようだ。製作にはしばらく時間がかかるようで、その間時間を潰すことにする。
「これからどうするでやんすか?」
「そうだな……装備だけ強くしても意味が無い。だから、防具ができるまで鍛錬しようかなと」
「そうでやんすか!じゃあ、おいらは薬草とか集めておくでやんす」
そう言うと、メラン達は近くの森林へ向かって行った。
草木が生い茂る森林の中、メランは懸命に鍛錬を行っている。やや足場が悪いが、それも狙いのうちだろう。体力・力をつけて防具に慣れ、剣術により磨きをかける。ブックは時折メランの様子を見ながら、黙々と薬草等を採取している。するとブックは、何か音を感知したようで、メランの元へ駆け寄る。
「メラン!この近くに川があるみたいでやんす!」
「本当か!」
「水汲んでくるでやんす!」
「分かった、気をつけろよ!」
ブックは背嚢の重みも感じることなく走って行った。メランの言葉は届いていたのか、途中でつまずき転んでしまった。
「大丈夫か……?あいつ」
ブックの姿が見えなくなると、メランは引き続き鍛錬を行った。そんなメランの姿を、木の上で”何か”が見ているが、メランは全く気付いていないようだ-。
-陽が天頂に達し、二人は休息を取り始めた。仲良さそうに、並んで木に寄りかかっている。
「メランは、どうして冒険をしてるでやんすか?」
「それは……大事な人が連れ去られたんだ。だから、そいつを助けるためにな」
「そうだったんでやんすか。…なんか、ごめんでやんす」
「謝る必要はない。俺も、仲間を見つけて、もっと力をつけて、強くならないと…」
メランは瓶に入った水を口にする。
「…おいらが…仲間で良いでやんすかね…?」
ブックは不意に自信の無さを見せる。瓶を両手に持ち、視線は下に向いている。
「当たり前だろ。誰が何と言おうと、お前は俺の仲間だ」
「…ありがとうでやんす」
ブックは嬉しそうに微笑む。メランは瓶をしまうと、何か思い出した様子を見せた。
「あ、そうだ。お前さ、前に起きた都市の襲撃、知ってるか?」
「知ってるでやんすよ。結構話題になったでやんす」
「その襲撃について、何か知ってることはないか?」
ブックは顎に手を添えるようにして思い出す。
「うーん……無いでやんすね…」
「そうか…」
「あ、でも噂では、魔族の仕業って言われてるでやんす」
「魔族……昔滅んだっていう…あの?」
「そうでやんす。最近、ものすごい勢いでまた繁栄してきてるんでやんす。」
(魔族……か…)
「まぁ噂でやんすけどね」
ブックは瓶を空にする勢いで飲む。
魔族と言えば、昔伝説の勇者によって滅ぼされた種族だ。メラン愛読の、『伝説の勇者 冒険録』に記されているため、言葉としては認識しているが、どのような種族なのかは全く分かっていない。より情報を集めて、襲撃者の正体を明らかにする必要がある。
「そういえば、何か薬草拾えた?」
「あぁ一応、青菜草と陽黄草は何個か採れたでやんす」
「そうか-」
その時、周りの茂みが大きく揺れる音がした。徐々に近づいてくる。しかも、全方向からだ。
「ブック!離れるなよ!」
メランは剣を抜いて構える。ブックはメランの側で、周りの音に怯えている様子。
「今度は…何だ…」
メラン達に迫る、その音の正体は-