6話:危難とブック②
「だ、大丈夫でやんすか!!」
メランの元へ何者かが駆け寄る。-この危機的状況を救ったのは、ゴブリンだった。メランの後を追っていた最中にはぐれてしまったが、音を頼りに見つけ出したようで、かなり良いタイミングだ。
「お、お前…」
「早く、隠れるでやんすよ!」
ゴブリンはその小さな体躯でメランを引っ張り、木の陰に隠れる。視界にふと、傷口が目に入った。
「!やられたでやんすか!?」
「あ、あぁ…」
「急いで解毒するでやんす」
ゴブリンは自分の背嚢から藤菜草を取り出し、すり潰して傷口に当てる。
「俺の背嚢に…回復薬がある…。それを…」
「分かったでやんす。……あったでやんす」
「…ありがとう」
「どうして、鋼鬼蜘蛛と戦ってるでやんすか?奴はとても危険で、攻撃的でやんす。自殺志願者でも近寄らないでやんすよ」
傷口を布で止血しながらゴブリンは言う。ゴブリンも鋼鬼蜘蛛の危険性は知っているようで、純粋に戦っている理由が検討つかないようだ。メランは回復薬を飲むのを止めて答える。
「ちょっと……襲われてな。それに、ちょっと考えもあって」
「…縞鹿でやんすか?」
「!!」
ゴブリンは自分の言い放った事を自覚し、急いで口を手で隠す。
「すまないでやんす。つい、聞こえちゃったもんで…。確かに縞鹿は鋼鬼蜘蛛の大好物でやんす。ここに来る時も、全く見かけなかったでやんすから……可能性はあると思うでやんす。…でも、なんでそこまでするでやんすか?」
「…それは-」
岩陰からした物音に、メランとゴブリンは一斉に目をやる。森林地内では聞きなれない鋭い金属音のような音だ。
「完全に怒ってるでやんすね…」
「…どういうことだ?」
「鋼鬼蜘蛛は興奮すると、自分の甲殻を外して行動しやすくするでやんす。さっきの動きの2倍の速度でやんすよ」
「頭おかしいだろ…」
「……おいらに考えがあるでやんす-」
岩陰の中で巨体が蠢いている。防御の一切を捨て、暗闇から変貌した姿で這い出でて来た。先ほどの白銅色とは違い、鮮やかな真紅をしている。
「ゴブリン、無理はすんなよ」
「分かってるでやんす」
鋼鬼蜘蛛は先ほどと同じく、猛スピードで木々を飛び移り、時折糸を出して気を散らしている。そして、その糸がメラン達を目掛けて伸びていく。
「今だゴブリン!」
ゴブリンは伸びて来た糸を、自分の体に付着させる。鋼鬼蜘蛛は反射的に糸を引っ張り、ゴブリンを捕らえようとする。
(確実に……ここでやんす!!)
ゴブリンはいくつもの木の実爆弾を顔面に投げ込み、瞬時に爆発と衝撃が起こる。鋼鬼蜘蛛は完全に怯み、ゴブリンは衝撃で吹き飛ぶ。それをメランが受け止め、咄嗟に斬りかかった。
「うおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁ!!!!!」
メランの斬撃が爆煙を斬る。強烈な一撃が鋼鬼蜘蛛を両断し、見事打ち倒すことに成功した。
爆発の衝撃で倒れ込んでしまっているゴブリン。爆発により少し火傷を負ってしまったようで、痛々しい様子だ。
「ゴブリン!」
メランはゴブリンの背嚢に何かないか探し、解熱傷剤を取り出して傷口に塗る。少し沁みるようで、ゴブリンの表情が一瞬力んだ。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫でやんす…」
「はぁ…無理すんなって言ったのに…」
「まぁ、確実に行きたかったでやんすから」
どうやら無事なようだ。メランはゴブリンについた糸を剥がし、自分の回復薬を飲ませる。
「…でも、助かったよ。ありがとう、ゴブリン」
「ははっ。おいらの名前はブックでやんす」
「そうか…ありがとう、ブック」
メランはブックの容態の安否を確認すると、岩陰の方へと向かって行った。ブックもその後を付いて行った。岩陰には、いくつもの糸にまかれた何かが天井からぶら下がっている。包帯で巻かれたミイラのようだ。メランはそれを引っ張り下げ、天井と繋がっている糸を切断する。まだ左肩の傷が少し痛む。
「こんなに簡単に切れるなんて、もしかしたら幼体だったかもしれないでやんすね」
「幼体?」
「そうでやんす。鋼鬼蜘蛛の幼体は、糸も毒もそれほどではないでやんすから」
「子供の頃から化け物なのか、あいつは」
天井にぶら下がっていたものの糸を解く。その多くは、二人の見立て通り縞鹿だった。中には木こりや川魚を獲りに来た者も捕らえられていた。
「とりあえず縞鹿の肉を採ろう」
「あ、あと鋼鬼蜘蛛の甲殻も貰っておいた方が良いでやんすよ。防具の強化に使えるでやんすから」
メランはあらかた使える物を手に入れ、岩陰を後にした。辺りには戦った跡が残っている。メランは、ブックが来なければどうなっていたか、ブックのありがたみを再度認識する。二人は元来た道を引き返し、そのまま森林を出て行った。
空が赤く染まりだした頃。森林を抜けたメラン達は、行商人に調達物を渡していた。
「いや~助かった!助かった!ありがとうね」
「でも、すいません。水幻馬の脂は採れませんでした」
「良いんだ良いんだ!実はさ、君に頼んだ物のうち、何個かは調達できちゃってさ!ハハハハハ!」
「あぁ、そうなんですか(……苦労の甲斐が…)」
「お礼とは言えないが、何個か持って行ってよ!本当に助かった!」
手伝いの報酬として、メランは薬草や肉、道具の材料に使えそうな物をいくつか貰った。フェアや謎の人物についての情報は聞き出せなかったが、最近の山賊の異変についての情報を得た。行商人とは別れ、メランは再びアニュー市街地を向かおうとする。だがメランは足を止めて、ふと何か考えているよう。
「……」
メランは辺りを見渡す。何かを探しているよう。するとやはり、木の陰からこちらを凝視するブックの姿があった。メランはそっと近寄っていく。
「なぁ、ブック」
「な、なんでやんすか?」
「もし、良かったら、俺と一緒に来ないか?」
「!!良いんでやんすか!?」
「あぁ。お前がいなかったら、俺は今頃無事じゃあ済まなかっただろう。力を貸してくれないか?」
ブックもそれを望んでいたようで、かなり嬉しそうな様子だ。メランはそっと手を伸ばし、それに応えるようブックはメランと握手を交わす。
「よろしくでやんす」
「あぁ。よろしくな」
-メランの最初の仲間、ゴブリンのブック。きっとここから、種族を超えた絆が初めて生まれるのだろう。二人は共に、次の街へと歩きだして行った。