5話:危難とブック①
「そうなんだよ!手伝ってくれないか!?」
「わ、分かりました…!」
「ありがとう!それじゃあね-……」
-太陽の光が、天頂から強く照り付けている。アニュー市街地に向かう途中のメラン。どうやら道中で、山賊に襲われた行商人に出会ったらしく、ほとんどの商品を奪われてしまい、商品調達を手伝ってほしいと頼まれたところだそうだ。半ば強制的に承諾させられた感じではあるが、メランは行商人の欲しい調達物を、懸命に手帳に書き込んでいる。
「-をお願いできるかな?」
「はい!分かりました」
「じゃあ、よろしく頼んだよ!」
そう言うと、行商人はそのままアルシア城郭都市の方向へ向かって行った。メランに任されたのは、街中で得られない物ばかりだ。
(…こういうのも、冒険者の役目…なのか?…それにしても…)
今まで、道を行けば『裏切り者の子』と罵られていたのだが、一歩外に出れば自分の知らない世界が広がっている。。メランにとって良い事ではあると思うが、まだその環境に慣れていないようだ。自分でも理解できない感動を感じるも、探すことに気持ちを切り替える。…だがメランは、ある気配を感じていた。こちらをじっと見ている気がする…。その方向を横目で見る。それは、木陰からメランを凝視している、ゴブリンだった。
(まだいんのか……)
メランは少々鬱陶しさを感じている。あれから、ゴブリンとは食事を終えて別れたはずなのだが、どうやらゴブリンはずっと後を付いてきていたそうだ。
(まぁ…気にせずやるか…)
「えーと……煙草に粘り茸、胡榎の種に縞鹿の肉に水幻馬の脂か…」
(水幻馬………か。この辺りにあるかな湖…)
一先ず、簡単に手に入りそうな物を探そうと、森林の方へ向かう。そしてその後を、まだ気づかれていないという様子でゴブリンは付いて行った。
森林の入り口から、だいぶ離れたところまで来たようだ。煙草と粘り茸、胡榎の種は一定量入手し、残すは動物の素材のみとなっている。そんな中、メランは探索をしながらも、何か違和感を感じている。
「うーん、ここまで来たが…縞鹿の姿が見当たらないな……」
以前、ジーザスから植物や動物について、大まかな情報は教わっている。縞鹿は主に平原や森林のある地域に生息するため、この違和感は教わったからこそ感じるものなのだろう。メランは次の的を縞鹿に絞り、探索することにした。
-川の流れる音がする。苔むした木々が生い茂、僅かに冷たい空気が頬を撫でる。碧く澄んだ川は大きく弧を描き、どうやらこの川から冷気が流れ込んでいるようだ。茂った道なき道を歩き続け、川の側までやって来た。
「ここにもいないな。この陽の高さなら、いてもおかしくないのに…」
するとメランは足元に何か感じる。-糸だ。蜘蛛にしては大きすぎる。綯えば一本の縄が作れそうだ。
(この糸…は-)
メランが糸を認識した瞬間、その身体は横に倒れ掛かり、もの凄い勢いで引きずられていく。
「な…!なんだっ!!」
次々に足から茂みに突っ込んでいく。メランは咄嗟の出来事に冷静に対応できていない。反射で、茂みから顔を守るのに必死になっている。
(くっ…こいつは…)
徐々に引きずられていく先が見えてくる。そこには巨大な口腔のような岩陰があり、一条の糸が暗闇の奥に繋がっている。メランはなんとかして剣を抜き、糸をやっとのことで切断した。あと少しで暗闇に呑み込まれそうなところだった。
「はぁ……はぁ……こいつぁ…また厄介だ…」
その巨大な口腔から、天井を這いつくばって出てきたのは、白銅色の鎧に包まれた大きな鋼鬼蜘蛛だ。
鋼鬼蜘蛛は主に森林地域や洞窟内に生息し、そこら中に糸を張り巡らせて獲物を捕らえる。そして何よりも厄介なのは、その堅固な甲殻だ。
メランは背中の背嚢を置き、鋒向けて剣を構える。
(弱点は関節だ…。気をつけなきゃいけないのは、奴の動き…!」
メランが先に攻撃を仕掛けようと、相手に向かって行く。次々に出してくる糸を、なんとか避けながら近づく。そして相手目掛けて飛び上がり、剣を大きく振りかざす。狙い通り関節を斬り付けるが、相手は怯んでもいない様子。すると、鋼鬼蜘蛛は途端に岩陰から飛び出し、木から木へと移ってメランを翻弄している。
「くそっ…!すばしっこい奴だな!」
目で追うのがやっとなほど素早い。時々糸を吐き出しては、メランの集中を逸らそうとしている。そして隙を見た鋼鬼蜘蛛は猛スピードで飛び掛かり、鋭い爪で攻撃を仕掛けて来た。メランはなんとかして攻撃を防ぐも、あまりの勢いに押し飛ばされる。メランは背中を強く打ち、地面に押さえつけられる状態になってしまった。
「ぐぅぅぅぅっ………!!」
強烈な力と重さで、メランの体が地面にめり込む。剣がメランの体を押さえ込み、防ぎきれなくなった爪が激しく左肩にめり込んだ。
「がぁっっ!!!」
激しい痛みが脳にまで行き渡る。そして徐々に、傷口から左腕の感覚が麻痺しているのが自覚できている。鋼鬼蜘蛛の爪と牙には麻痺性の毒が分泌しており、攻撃を受けてしまうと窮地に陥ってしまう。
必死で抵抗するメランだが、明らかに押し負けている。絶体絶命の状況。
-すると、次々と爆弾が投げ込まれ、一斉に爆発する。かなり効いている様子で、鋼鬼蜘蛛は急いで岩陰に避難していった。なんとかメランを助け出した、その正体は-