表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘリオス英雄譚  作者: ユウ
第1章~旅立ち編~
4/11

3話:決意と旅立ち

 窓から差し込む光が反射し、部屋の中を光の粒が舞う。窓の隙間から、優しく風が吹き付ける。

 病院の一室。柔らかなベッドで、静かに眠っているのはメラン。先日の襲撃によって負傷してしまったため、深く眠りについている。その傍らでは、オルトが座ってメランのことを見守っている。オルトには、特に負傷した形跡はないようだ。部屋には、メランの他にも多くの患者が眠っていて、同じく家族や友人が付き添っている。


「うっ…」


 メランの口から声が漏れる。未だ朦朧とした意識の中で、なんとか瞼を開く。


「メラン…!」

「…オル……ト」

「大丈夫?」

「あ、あぁ…」


 二日間意識を失っていたようで、オルトはメランが覚めるのをかなり待ち望んでいた様子だ。嬉しさが込み上げてきたが、周囲のことも考えなんとか抑えている。


「そうか、良かった」

「…あ、フェアは…どこにいるか分かる?全然見かけなくて」

「フェア…?フェア……!!」


 メランの思考回路が何かに達した。掛け布団をガバっと跳ね飛ばし、咄嗟に上半身を起こす。しかし何かに気づいたようで、勢いよく開いていた目が、徐々に元に戻る。


「…メラン?」

「…フェアは……連れてかれた。襲撃してきた奴に…」

「!?な……」


 オルトは予想もしていなかった事のようで、驚愕の色を示している。驚きの表情を全く隠せておらず、目や声や、感覚が麻痺している。メランの手には力が入りすぎて、布団に強くしわが残った。


「タヴはどこだ?」

「タヴさんは…隣の部屋にいるよ」

「……くそっ」


 メランは患者とは思えない勢いでベッドから飛び出し、ふらつきながらもタヴルタのいる部屋へと向かった。オルトは「ちょ…!メラン!」と、メランの突然の行動に反応が遅れ、急いで後を追った。

 部屋の入り口にメランが姿を現す。部屋の入り口は扉が付いていないため、中の様子がよく確認できる。部屋の奥にタヴルタとフェアの父親を発見し、足を運ぶ。先に声をかけたのは、フェアの父親のジーザス・ムーンだった。


「よぉメラン」

「フェアの親父…」


 メランは彼を前にしてやや罪悪感を感じる。タヴルタは重症なようで、頭部や腕部、脚部にまで包帯が巻かれている。未だ意識は回復しておらず、まるで石像のようだ。ようやくオルトはメランの元に追いついた。


「タヴは…まだ意識が戻らないのか」

「まだ経って二日だ。この状態じゃあ、あと数日は起きねぇだろうよ」


 普段は陽気な性格のジーザスだが、タヴルタとフェアの件の二重苦で、本人もかなり思い詰めているようだ。メランはタヴルタの姿を目に焼き付けている。だが何よりも、フェアの事が脳裏から離れない。焼き跡が膠着こうちゃくしているように、鎖に縛りつかれているように。そして、何か決心したように強く拳を握る。


「…フェアの親父」

「なんだ?」

「俺……フェアを助けに行く」

「!?」

「!!」


 ジーザスとオルトは釘を刺されたように驚愕する。


「何言ってんだメラン!」


 思わず出てしまった大きな声に、ジーザスは自分の冷静の欠けを自覚する。


「何を言っているんだ。フェアの事は俺も死ぬほど心配だ。だが、今俺の知り合い達が全勢力を挙げて捜索にあたっている。それに…」


 タヴルタに不憫な目を向ける。


「お前は、タヴルタに付き添ってやるべきだと思うぜ。お前の大事な…親だろ?」

「っ……!けど…俺は何もできなかった…!すぐ手の届く所にいたのに、あいつを救えなかった!」

「メラン…」

「俺のせいだ…!俺の責任なんだ!」


 メランの真剣な眼差しに、ジーザスとオルトの口は半開きの状態になっている。


「けどな、メラン…。こんな事言いたかねぇが、お前が、簡単にどうこうできることじゃねぇと思うんだ。あまりにも大きな危険が伴う。居場所も正体も、明確には分からねぇ。お前まで危険に晒したくはねぇんだよ」


 ジーザスは申し訳なさそうに、後頭部に手を押さえる。ジーザス本人も父親であるため、フェアを助けたいという気持ちは誰よりもある。だが、彼の体は昔に片腕を失い、昔程思うように動くことはできない。そんな境遇の中、彼自身も責任やもどかしさを感じているようだ。


「けどっ……!」


 悔しさで、強く歯を食いしばるメラン。握り締められた拳は大きく震えている。しばらくの間、沈黙が続いた。すると、


「メラン-」


 その沈黙を破ったのは-タヴルタの声だった。


「タヴ‼」

「タヴルタ!」

「タヴさん!」


 とてつもない回復力。重傷の体であるはずなのに、完全ではないだろうが二日間で意識を取り戻した。三人の顔に、驚きと安堵の表情が浮かぶ。


「大丈夫か、タヴ!?」

「ハハッ、相変わらずの粘り強さだな。死神様が泣きついてくるだろうよ」


 ジーザスは安心した様子で、溜め息まじりで皮肉を言い放つ。


「メラン…大丈夫か?」

「あぁ、俺は大丈夫だ!」


 真っ先にメランの事を心配するタヴルタ。メランの「大丈夫」を聞いて、心の底から安心しているようだ。弱々しく微笑んでいる。


「………メラン」

「何だ?」

「……フェアちゃんを…助けに行くんだ」

「え!?」


 タヴルタの一言に三人とも不意を突かれ、聞き返してしまった。


「き、聞いてたのか?タヴ」

「な、何言ってんだタヴルタ。フェアはうちの奴らが捜してる。メランの気持ちはありがたいが、危険を冒させるわけには-」

「宿屋の地下の物置に…”あれ”がある…。そいつを…メランに…」

「なっ……」


 タヴルタとジーザスのやり取りに、他の二人は付いて行けていない様子。ジーザスは何か察したように、徐々に落ち着きを取り戻していった。


「…本当にいいのか?」

「あぁ……」

「”あれ”ってなんだ?」


 メランの問いには返答せず、しばらく沈黙が流れる。ジーザスは何か思い悩んでいる様子だが、腹を決めたようだ。


「分かった。メラン、ついて来い」

「お、おぉ」

「タヴさんは僕が看ます」

「あぁ、頼んだ」


 やり取りを終えると、メランとジーザスは部屋を出て行った。タヴルタは「すまんな」とオルトに一言声をかけると、静かに息を吐き、眠りに着いた。


 -地下の物置。外から入り込んだ光が、レンガ調の壁を反射し、ほんのりと明るみを生み出す。宿屋は酷く破壊されているが、地下は無事残っているようだ。メランとジーザスは、タヴルタの言っていた”あれ”を探している。


「本当にあるの?」

「あぁ。細長い木箱だぞ」


 経営に必要な資源が多く保管されているため、中々見つけることができない様子だ。メランは手を動かしながらも、何か言いたげな表情をしている。


「……フェアの親父」

「ん?何だ?」

「……俺…さ…昔からなりたいものがあったんだ」

「あぁ冒険者ってやつだろ?フェアがよく言ってたよ」

「…最初はさ、ただ憧れというか羨ましいってのがあって、なりたいって思ってた。……けど今日、目を覚ましたら違った。ただただフェアを救いたい…そう思った。今の俺に力が無くても、どうにかして、フェアを救いたいって」


 ジーザスは物柔らかな眼差しを向けている。メランの後ろ姿に、彼の父親が浮かぶ-。


「ハハッ。それはありがてぇな。だが…お前さんの親父は、俺の大親友だ。親友の子供にも、親心っていうのは少しなりとも持つ。だから、何度も言うが、お前さんを危険な目に晒したくないんだ」


 危険に関してジーザスがしつこく言うのは、過去の体験が関係しているのだろう。それは、失った片腕が証明している。メランはそっと、ジーザスの力の抜けた袖に目をやる。


「おっ、あったぞ!」


 ようやくジーザスが見つけ出した。長く使われてなかったのか、濃い埃をかぶっている。メランが小走りに駆け寄り、後ろから木箱を覗き込む。そして強めに力を入れて開ける。そこにあったのは-。


「…剣?」

「あぁ。こいつはな、お前さんの親父のだ」

「!?…どういうこと?」

「タヴルタがお前さんと一緒に預かったものなんだ。…タヴルタは、こいつをお前に持たせて助けに行かせろって言ったんだ」


 ジーザスは剣を持ち上げ、メランの目の前にかざす。黄金の装飾のついた、光沢ある鋼色の剣。鍔には赤い小さな宝石がはめ込まれている。


「…」

「だが…俺はまだお前には早いと思う。だから…お前を鍛えて外の世界でも生けるようにする」

「!…本当か?」

「あぁ、それも短期間でだ。俺も昔は戦士だったから、鍛え方は分かる。…やって…くれるか?」

「…もちろんだ!」


 ジーザスの意思に反する決断。だがフェアを救うため、メランに助けに行ってもらう。自分が責任を負って。かつての、メランの父親のように-


 -それから約三ヶ月。アルシア城郭都市は、未だ襲撃の傷跡が残っている。復興は順調に進んでいるが、中々元通りにはいかない。負傷者の大体は回復し、タヴルタもその内の一人だ。多くの店舗は経営を再開でき、城門を馬車や人々が行き交っている。そこにはメラン達が集まっていた。


「メラン。忘れ物は無いか?地図と回復薬は必須だぞ」

「あぁ、大丈夫だ。ジーザスさん」


 凛とした顔つきのメラン。ジーザスの鍛錬により、心身共に鍛えられたようだ。頑丈そうな防具に、大きな背嚢リュック、そして剣を腰に下げている。


「タヴさんの事は任せて、メラン」

「あぁ、任せた」

「メラン、くれぐれも気をつけてな。……フェアのこと、頼んだぞ」


 ジーザスはメランに思いを託し、肩に手を乗せる。


「…あぁ、絶対に救って帰って来る」


 メランは強い眼差しで思いに応え、二人に背を向ける。再びそこに見えたのは、メランの父親の姿。メランは-思いと、希望を背負い、外の世界へと旅立って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ