3話:決意と旅立ち
窓から差し込む光が反射し、部屋の中を光の粒が舞う。窓の隙間から、優しく風が吹き付ける。
病院の一室。柔らかなベッドで、静かに眠っているのはメラン。先日の襲撃によって負傷してしまったため、深く眠りについている。その傍らでは、オルトが座ってメランのことを見守っている。オルトには、特に負傷した形跡はないようだ。部屋には、メランの他にも多くの患者が眠っていて、同じく家族や友人が付き添っている。
「うっ…」
メランの口から声が漏れる。未だ朦朧とした意識の中で、なんとか瞼を開く。
「メラン…!」
「…オル……ト」
「大丈夫?」
「あ、あぁ…」
二日間意識を失っていたようで、オルトはメランが覚めるのをかなり待ち望んでいた様子だ。嬉しさが込み上げてきたが、周囲のことも考えなんとか抑えている。
「そうか、良かった」
「…あ、フェアは…どこにいるか分かる?全然見かけなくて」
「フェア…?フェア……!!」
メランの思考回路が何かに達した。掛け布団をガバっと跳ね飛ばし、咄嗟に上半身を起こす。しかし何かに気づいたようで、勢いよく開いていた目が、徐々に元に戻る。
「…メラン?」
「…フェアは……連れてかれた。襲撃してきた奴に…」
「!?な……」
オルトは予想もしていなかった事のようで、驚愕の色を示している。驚きの表情を全く隠せておらず、目や声や、感覚が麻痺している。メランの手には力が入りすぎて、布団に強くしわが残った。
「タヴはどこだ?」
「タヴさんは…隣の部屋にいるよ」
「……くそっ」
メランは患者とは思えない勢いでベッドから飛び出し、ふらつきながらもタヴルタのいる部屋へと向かった。オルトは「ちょ…!メラン!」と、メランの突然の行動に反応が遅れ、急いで後を追った。
部屋の入り口にメランが姿を現す。部屋の入り口は扉が付いていないため、中の様子がよく確認できる。部屋の奥にタヴルタとフェアの父親を発見し、足を運ぶ。先に声をかけたのは、フェアの父親のジーザス・ムーンだった。
「よぉメラン」
「フェアの親父…」
メランは彼を前にしてやや罪悪感を感じる。タヴルタは重症なようで、頭部や腕部、脚部にまで包帯が巻かれている。未だ意識は回復しておらず、まるで石像のようだ。ようやくオルトはメランの元に追いついた。
「タヴは…まだ意識が戻らないのか」
「まだ経って二日だ。この状態じゃあ、あと数日は起きねぇだろうよ」
普段は陽気な性格のジーザスだが、タヴルタとフェアの件の二重苦で、本人もかなり思い詰めているようだ。メランはタヴルタの姿を目に焼き付けている。だが何よりも、フェアの事が脳裏から離れない。焼き跡が膠着しているように、鎖に縛りつかれているように。そして、何か決心したように強く拳を握る。
「…フェアの親父」
「なんだ?」
「俺……フェアを助けに行く」
「!?」
「!!」
ジーザスとオルトは釘を刺されたように驚愕する。
「何言ってんだメラン!」
思わず出てしまった大きな声に、ジーザスは自分の冷静の欠けを自覚する。
「何を言っているんだ。フェアの事は俺も死ぬほど心配だ。だが、今俺の知り合い達が全勢力を挙げて捜索にあたっている。それに…」
タヴルタに不憫な目を向ける。
「お前は、タヴルタに付き添ってやるべきだと思うぜ。お前の大事な…親だろ?」
「っ……!けど…俺は何もできなかった…!すぐ手の届く所にいたのに、あいつを救えなかった!」
「メラン…」
「俺のせいだ…!俺の責任なんだ!」
メランの真剣な眼差しに、ジーザスとオルトの口は半開きの状態になっている。
「けどな、メラン…。こんな事言いたかねぇが、お前が、簡単にどうこうできることじゃねぇと思うんだ。あまりにも大きな危険が伴う。居場所も正体も、明確には分からねぇ。お前まで危険に晒したくはねぇんだよ」
ジーザスは申し訳なさそうに、後頭部に手を押さえる。ジーザス本人も父親であるため、フェアを助けたいという気持ちは誰よりもある。だが、彼の体は昔に片腕を失い、昔程思うように動くことはできない。そんな境遇の中、彼自身も責任やもどかしさを感じているようだ。
「けどっ……!」
悔しさで、強く歯を食いしばるメラン。握り締められた拳は大きく震えている。しばらくの間、沈黙が続いた。すると、
「メラン-」
その沈黙を破ったのは-タヴルタの声だった。
「タヴ‼」
「タヴルタ!」
「タヴさん!」
とてつもない回復力。重傷の体であるはずなのに、完全ではないだろうが二日間で意識を取り戻した。三人の顔に、驚きと安堵の表情が浮かぶ。
「大丈夫か、タヴ!?」
「ハハッ、相変わらずの粘り強さだな。死神様が泣きついてくるだろうよ」
ジーザスは安心した様子で、溜め息まじりで皮肉を言い放つ。
「メラン…大丈夫か?」
「あぁ、俺は大丈夫だ!」
真っ先にメランの事を心配するタヴルタ。メランの「大丈夫」を聞いて、心の底から安心しているようだ。弱々しく微笑んでいる。
「………メラン」
「何だ?」
「……フェアちゃんを…助けに行くんだ」
「え!?」
タヴルタの一言に三人とも不意を突かれ、聞き返してしまった。
「き、聞いてたのか?タヴ」
「な、何言ってんだタヴルタ。フェアはうちの奴らが捜してる。メランの気持ちはありがたいが、危険を冒させるわけには-」
「宿屋の地下の物置に…”あれ”がある…。そいつを…メランに…」
「なっ……」
タヴルタとジーザスのやり取りに、他の二人は付いて行けていない様子。ジーザスは何か察したように、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「…本当にいいのか?」
「あぁ……」
「”あれ”ってなんだ?」
メランの問いには返答せず、しばらく沈黙が流れる。ジーザスは何か思い悩んでいる様子だが、腹を決めたようだ。
「分かった。メラン、ついて来い」
「お、おぉ」
「タヴさんは僕が看ます」
「あぁ、頼んだ」
やり取りを終えると、メランとジーザスは部屋を出て行った。タヴルタは「すまんな」とオルトに一言声をかけると、静かに息を吐き、眠りに着いた。
-地下の物置。外から入り込んだ光が、レンガ調の壁を反射し、ほんのりと明るみを生み出す。宿屋は酷く破壊されているが、地下は無事残っているようだ。メランとジーザスは、タヴルタの言っていた”あれ”を探している。
「本当にあるの?」
「あぁ。細長い木箱だぞ」
経営に必要な資源が多く保管されているため、中々見つけることができない様子だ。メランは手を動かしながらも、何か言いたげな表情をしている。
「……フェアの親父」
「ん?何だ?」
「……俺…さ…昔からなりたいものがあったんだ」
「あぁ冒険者ってやつだろ?フェアがよく言ってたよ」
「…最初はさ、ただ憧れというか羨ましいってのがあって、なりたいって思ってた。……けど今日、目を覚ましたら違った。ただただフェアを救いたい…そう思った。今の俺に力が無くても、どうにかして、フェアを救いたいって」
ジーザスは物柔らかな眼差しを向けている。メランの後ろ姿に、彼の父親が浮かぶ-。
「ハハッ。それはありがてぇな。だが…お前さんの親父は、俺の大親友だ。親友の子供にも、親心っていうのは少しなりとも持つ。だから、何度も言うが、お前さんを危険な目に晒したくないんだ」
危険に関してジーザスがしつこく言うのは、過去の体験が関係しているのだろう。それは、失った片腕が証明している。メランはそっと、ジーザスの力の抜けた袖に目をやる。
「おっ、あったぞ!」
ようやくジーザスが見つけ出した。長く使われてなかったのか、濃い埃をかぶっている。メランが小走りに駆け寄り、後ろから木箱を覗き込む。そして強めに力を入れて開ける。そこにあったのは-。
「…剣?」
「あぁ。こいつはな、お前さんの親父のだ」
「!?…どういうこと?」
「タヴルタがお前さんと一緒に預かったものなんだ。…タヴルタは、こいつをお前に持たせて助けに行かせろって言ったんだ」
ジーザスは剣を持ち上げ、メランの目の前に翳す。黄金の装飾のついた、光沢ある鋼色の剣。鍔には赤い小さな宝石がはめ込まれている。
「…」
「だが…俺はまだお前には早いと思う。だから…お前を鍛えて外の世界でも生けるようにする」
「!…本当か?」
「あぁ、それも短期間でだ。俺も昔は戦士だったから、鍛え方は分かる。…やって…くれるか?」
「…もちろんだ!」
ジーザスの意思に反する決断。だがフェアを救うため、メランに助けに行ってもらう。自分が責任を負って。かつての、メランの父親のように-
-それから約三ヶ月。アルシア城郭都市は、未だ襲撃の傷跡が残っている。復興は順調に進んでいるが、中々元通りにはいかない。負傷者の大体は回復し、タヴルタもその内の一人だ。多くの店舗は経営を再開でき、城門を馬車や人々が行き交っている。そこにはメラン達が集まっていた。
「メラン。忘れ物は無いか?地図と回復薬は必須だぞ」
「あぁ、大丈夫だ。ジーザスさん」
凛とした顔つきのメラン。ジーザスの鍛錬により、心身共に鍛えられたようだ。頑丈そうな防具に、大きな背嚢、そして剣を腰に下げている。
「タヴさんの事は任せて、メラン」
「あぁ、任せた」
「メラン、くれぐれも気をつけてな。……フェアのこと、頼んだぞ」
ジーザスはメランに思いを託し、肩に手を乗せる。
「…あぁ、絶対に救って帰って来る」
メランは強い眼差しで思いに応え、二人に背を向ける。再びそこに見えたのは、メランの父親の姿。メランは-思いと、希望を背負い、外の世界へと旅立って行った。