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駄犬と化猫  作者: たうざー
第一章
7/7

第六話

第一話ラストです。ちょっと長いです。


編集履歴

*1月26日:後書きの設定、用語集の改行等の改正のみの変更。本文変更無し。

*1月29日_章と話の使い方が逆だったので修正しました。


その時だった。


側の岩の上から飛び出す影と共に、パパパッ!とSSU兵士達の銃とは違う銃声が響き渡り、ガンガン!と何かが物に当たって跳ね返る音が聞こえた。

そのショックで両腕を掴んでいた兵士達もヴィヴィスの腕を放したため、ヴィヴィスは再び地面に倒れ込んだ。

ヴィヴィスは一瞬自分が撃たれたと思い、ビクっとしたが、直ぐに自分では無かったことに気がついた。


「ぐがっ!」

「イテっ!!」


SSU兵士達が次々に悲鳴を上げた。

ヴィヴィスが硬直した体を何とか動かし、顔を前にずらし、目の前の少し離れた場所に着地したその影の主は、ファルーシア軍の軍服を着ていた。

手に持っていたサブマシンガンからは硝煙が立ち上り、先程の銃撃はその人物が発砲したことを教えていた。

友軍……助かった……!?けど、一人だけ……??ダメじゃね???と、一瞬生まれた期待の気持ちは直ぐに打ち消された。


しかも……ねこ…………みみ……??


そう、ヴィヴィス達の元に助けに来たファルーシア兵は、紫の綺麗な髪を風になびかせ勇ましく立っていた。

だがそんな勇ましい姿には、可愛らしい猫の尻尾と耳が。

そして、身軽に動くには邪魔になりそうなほどたわわな胸が、「男」ではなく「女」だと強く主張しており、死を目前に控えた状況のヴィヴィスにすら、「おっぱいでっけえ……」と思ってしまうほどに立派だった。

って、それどころじゃ無い!選りに選ってなんでねこみみが……と言うか、なんでねこみみがここに居るんだ??

と、混乱するヴィヴィスの事などお構いなしに、撃たれた一人がすぐさま食ってかかった。


「おいテメエ、猫の分際でやってくれたじゃねえか?アーマー着てたって撃たれりゃ多少なり痛えんだぞ?」


撃たれた兵士達が、撃たれた箇所をさすりながらジロリと、ねこみみの兵士を睨むように顔をゆっくりと向ける。


「ってまて……おい、こいつぁ……」


SSU兵士達はヴィヴィスの事などほったらかしで、そのねこみみの兵士の美貌にくぎ付けになった。

不意打ちされた事に憤慨して文句を言っていた兵士すら、すぐさま前言撤回するかのごとく、口々に感想を漏らした。


「おい、"ねこみみ"だ。スッゲエ上物だぞ」

「スゲエ……あんなの見たことねえ……」

「おぉ……おっぱいでけえ!」

「とっ捕まえるか!」

「良いねぇ……しっかし今日、ツキ過ぎじゃないか?ラファニアンに続いて"ねこみみ"とは……」

「いいか絶対に殺すなよ?兎がキズモノになっちゃったからな、無傷で捕まえろ」


などと、ヒソヒソ話し合うSSU兵士達は、どうやらこのねこみみの兵士も捕まえて、辱めるつもりのようだ。

しかし、一人だけ反応の違う兵士が居た。


「……何で、ねこみみが居るんだよ……おかしい……コイツは一体……?」


不審に思い、明らかに他のヤツラとは違った反応をしている兵士は、じーっと観察するような仕草をした後にハッと息を呑んだ。


「ちょっと待て……コイツ……もしや……!?」


何かに気が付き慌て始める一人を除き、数人が手順などを話し合う中、その中の一人がねこみみの兵士に提案した。


「おい、今撃って分かったと思うが。俺たちのアーマーはその銃じゃあ貫通出来ねえ。おとなしく降参するなら、殺さねえぞ?」


ヘッヘッヘと下品に笑うSSU兵士達。


「ハァ?何言ってんだっ!コイツはねこみみじゃあねえっ!!」


他の兵士たちとは違った反応をした兵士だけは、相変わらず銃をねこみみの兵士に向けながら仲間に文句を言ったが、「まあまあお前は下がってろ」と他の兵士達にあしらわれ、ヴィヴィスの側に寄せられてしまった。

それに対してしばらく無言だったねこみみの兵士は、何を思ったのか、あろう事か持っていた銃を捨ててしまった。

馬鹿な、こいつらの言葉を信じたのか!?自分がどうなるのか、分かってないのか??

さらに困惑するヴィヴィスだったが、彼女は全く動じていなかった。


「まぁーね。こんなもんじゃムダだって分かってたよ」

「で?殺さない代わりに、ボクをどうするって?」


まるで、自分の置かれた状況を全く把握していないかのように、高圧的な態度に出るねこみみの兵士。


「可愛がってやるぜ?カワイイ猫ちゃんよ?」


へっへっへとまた下品にSSU兵士達が笑った。

気がつけば、ねこみみの兵士は半ば包囲される形で、SSU兵士達に囲まれていた。


「そーう、可愛がってくれるんだ?……猫みたいに?」

「それとも、そこで蹲ってる……ラファニアンみたいに?」


けだるそうな表情で耳の後ろをポリポリとかきながら、兵士達に伺う。


「いーや?大人しくしてりゃ、その兎みたいなイタイ目には合わせないぞ?」

「猫みたいににゃーにゃー言わせてやるよ。だから大人しく降参しようねー」


優しく声をかけつつ、じりじりと距離を詰めるSSU兵士達。

恐らく、ヘルメットの中ではだらしないほどにニヤけた顔になってるに違いない。完全に油断している。

ダメだ、逃げろ!と言いたいが、まだ体が上手く動かない。

すると。


「本っ当に下諏なヤツラだな。ヒューマンは」


ねこみみの兵士がそう言うと、腰のホルダーに収まっていたナイフのような物を2本抜き、両手に構えた。

ヒュン!と一降りすると、折りたたまれた刃が伸び、短剣のように長くなった。

しかし、SSU兵士達は全然動揺しなかった。ヴィヴィスの脇に居る一人を除いて。


「ヤバイ……おい、逃げろ!殺されるぞ!!人の話聞け!!!」


ただならぬ様子で仲間に警告するが、その声は無情にも無視されてしまう。

バイザー越しにツバが飛び出してきそうなほどに、思い切り叫んでいる。


「おめーは何雌猫一匹にビビってんだよ(笑)、こんなもんで俺たちのアーマーは貫けねえよ」


「……っ!お前ら目を覚ませ!!ソイツは"ねこみみ"じゃねえんだ!!」


そう言ってガシャリと、ライフルではなく小型のロケット砲の様な筒状の武器を構え、その砲口をねこみみの兵士へと向けた。

彼がまさに発砲しようとした瞬間にもう一人の仲間に羽交い締めにされて阻止されてしまう。


「おい!何すんだ!!離せ馬鹿野郎!」


「あっぶねーなお前は!せっかくのこんな上物"ねこみみ"を殺す気かよ!?」


「だからソイツは!」


「あーうるせえうるせえ!黙ってろバカ!」


羽交い締めにされた兵士は仲間にロケット砲と銃を取り上げられてしまった。

彼は何をあんなに慌てているのだ?

ヴィヴィスにもそれは全く理解できなかった。

確かにファルーシアでは、ある種族を元に、人工的に作り出された種族の”ねこみみ”も市民権を持っており、普通のヒトと同じように生活している。

探せば軍役に付いた変わり者も居たのかもしれないが、あそこまで異常なほどに警戒する要素は何もない。

強いて言えば愛玩用に創られたその美貌やスタイルが危険なほどに良く、男ならば骨抜きにされかねないことくらいか。

しかしそんなモノは戦場ではほぼ役に立たない。


「ったく、アイツは何をあんなに騒いでるんだか……」


「普段あんま騒がねえヤツなのに、独り占めしたかったんか?」


「さぁーな?」


「じゃあ気を取り直して……さ、危ないからそんなナイフはポイしてさ……」


少々の騒ぎの後に、騒いだ一人と、ソイツを拘束した二人を除いたSSU兵士達が改めてねこみみの兵士を取り囲み、再び大人しく投降するように説得を初めた。

すると、ねこみみの兵士は目を瞑り、再び開くと顔がさっきまでのけだるそうな表情から一変し、獲物を狙う目に変わった。

ギラリとした視線を向け、SSU兵士の声を遮ってねこみみの兵士が声のトーンを変えて言い放った。


「ねこみみとカレンドネンルの区別も付かないような、腐れサルのゴミ共が……!」


キラッキラッと、彼女の手に持った短剣が数度太陽光を反射し、彼女が姿勢を変えたその瞬間、さっきまで立っていた場所から数メートル移動していた。

瞬間移動でもしたのかと見間違う程に、一瞬で移動していた。

そして、彼女を囲んでいた兵士達は、悲鳴を上げる間もなく苦しそうに首を押さえ、その隙間から血を吹き出しバタバタと倒れた。

目にも留まらぬ早さで、一体何をしたのか分からなかったが、ピッと剣に付いた血を振り落とした事で、彼女が瞬時に5名もの兵士を斬り殺したのだと言う驚愕の事実を知ることとなった。

固いアーマーを避け、比較的柔らかい隙間を瞬時に切り裂いたのだ。

とは言え、流石に防刃処理されている筈だから、あの剣は何か特殊な武器なのだろう。

残ったSSU兵士も、ヴィヴィスも、度肝を抜かれ呆然としていたが、直ぐ仲間に拘束されていたSSU兵士一人がハッと我に返り、まだポカンとしているスキを付いて手を払い除け、ヴィヴィスの背中を踏みつけ銃口を頭へ押し付けた。


「ま、待て!う、動くんじゃねえ!!動けばコイツの頭をブチ抜くぞ!!」


その声にもう一人のSSU兵士も我に返り、慌ててねこみみの兵士へ銃口を向け、震えた声でもう一人に問い詰めた。


「な、何なんだ?何なんだよコイツ!?"ねこみみ"じゃねえのかよ!?」


「だから!!さっきから言ってるだろ、"ねこみみ"じゃないって!!」

「コイツはバケネコだ!バケネコなんだよ!!」


「バケ……う……ウソだろ、バケネコって例の!?マジかよフザケンなっ!!」

「何でそういう事早く言わねーんだお前!?」


「聞く耳持たなかったのはそっちだろがっ!!」


さっきまでの威勢の良さはみじんも無く、明らかに動揺した口調で言い争うSSU兵士。

パニックを起こしているのか、責任のなすり合いの醜い口喧嘩をしている。

銃を伝ってヴィヴィスにも、この兵士が震えている感触が伝わった。

しかし彼らの事などそっちのけで、震えながら蹲ってるエリンの元に近寄り彼女の安否を確認している。


「大丈夫か?助けに来た。もう少し大人しくしててくれ」


先ほどとは違う、優しい口調で話しかけ、エリンの震える頭を優しく撫でた。

そしてスッと立ち上がり、クルリとヴィヴィスを人質に取った兵士達に向き直る。

その目つきは鋭く、冷たく……視線だけで相手を殺せるような気迫があった。


「……!み、見逃してくれるならこの犬っころも返してやる!だから後ろに下がれ!」

「お、おう!そうだ!だからこっち来んな!な?頼むから!」


そんな彼の警告も、そのねこみみの兵士は無視してゆっくりと近づいてきた。


「く来るな!!下がれって言ってるだろ!!コイツが死んでも良いのか!?」

「ば……バケネコだって容赦しねえぞ!?来るな!マジで!」


ヴィヴィスを踏みつけていない、もう一人のSSU兵士は銃口を向けたまま、ソロソロと先程投げ捨てたロケット砲のような物を拾い上げ、ライフルと両方を構える。

フルフェイスのヘルメットのためSSU兵士達の表情は分からないが、明らかに半泣き。そんな感じの声になっていた。

彼の着ている装甲服が、震える体でカチャカチャと音を立てていた。

この兵士達を、そこまで恐れさせるほどの光景だったのか?精鋭揃いのSSU兵士ならば、もっと過酷な修羅場や光景を目の当たりにしてきたであろうに、それ以上に、何が彼を怯えさせるのか?

確かに、彼女の戦闘能力はオカシイが……彼らの発していた「バケネコ」と言うフレーズ……何なんだ?

捕まえることを諦めて射殺してしまうか、足を撃って動きを抑えてしまえば……飛び道具を持っているんだから、幾らでも優位に立てるはずなのに、それなのにもかかわらず二人の兵士は怯えきっていた。

二度目の警告も、ねこみみの兵士はことごとく無視し、どんどん近づいてくる。

草を踏む足音は軽いのにも関わらず、何か重い雰囲気を醸し出している。

その恐怖に、ついにSSU兵士が俺に向けていた銃すらその恐怖の対象に向け、発砲した。


「うわああああああああっ!!!」

「ぐあああああああああああっ!!」


二人は叫びながら銃を発砲した。

響き渡る銃声と、射出されたロケット弾のブースターが燃焼する爆音と白い煙が辺りを包む。

だが、その瞬間にはねこみみの兵士の持った剣が、彼らの喉を切り裂いていた。

すぐ側に居たヴィヴィスにさえ、やはりその動きは見えなかった。

ついさっきまで4mくらいは離れた場所にあったはずの足が、発砲音でつい瞬きした瞬間には、目の前にあった。

二人の兵士は切り裂かれた喉から吹き出す血を押さえながら倒れ、ゴボゴボと噎せながら、しばらくビクビクと痙攣した後に動かなくなった。


フンッ!と不愉快そうに鼻で息をし、死にゆく彼らを見届けずにエリンの方へと向き直り彼女を抱き起こした。

エリンは自分の両肩を強く抱きしめ、顔をその中に埋めてガタガタと震えていた。

ねこみみの兵士が彼女を優しく抱きしめ、気持ちを落ち着かせる。

次第にエリンの動揺が収まり、救世主の姿に驚愕したと共に非常に喜んだ。

「ミュラさん」と言う、恐らくその救世主の名前を口にしているのがヴィヴィスにも聞こえた。

エリンに比べて背の高い「ミュラさん」は安心して泣きじゃくるエリンの顔をその豊かな胸で受け止め。

エリンに何かつぶやきながら優しく頭を撫でていた。

しばらくしてエリンの心も立ち直り、改めてミュラさんときつく握手を交わし、ブンブンとその手を上下に揺すりながら感謝した。


「ミ"ュラ"さん"ん"っ!!本っ当に……本当に…………えぐっ……」


「分かった分かった、生きててくれてボクも嬉しいよ。だからもうちょっと落ち着こう」


「うえ"え"ぇ"っ……ひぐっ……ありがどお"お"お"っ」


エリンはえずきながら喋るせいで、ひどく言葉が乱れていたが、それもまた可愛らしかった.

「ミュラさん」は少々苦笑い気味で、それを受け止めていた。


ふと、「ミュラさん」がうつ伏せで倒れたままで、少し恨めしい目で見ているヴィヴィスに気がついた。

ああ忘れてた、といった感じでエリンを支えながらヴィヴィスの方へと歩み寄り、ヴィヴィスの側にしゃがみ込む「ミュラさん」


「おい、生きてるか?」


そう言って、ヴィヴィスを引き起こした。


「あ、ああ、ありがとう……助かった……」


まだ少しクラクラする頭を押さえながら、ヴィヴィスが訪ねた。

足はまだあまり力が入らず、フラフラとよろめく。


「キミは一体……”ねこみみ”じゃあ無いのか?」


それを聞いた「ミュラさん」は、はぁーと深いため息を吐いた。


「お前もかよ。この駄犬」


「だ、駄犬!?おわっ!?」


そう言ってヴィヴィスを地面に放り投げ、ビタっと地面にたたき付けた。


「いでっ!な、何すんだよ!?」


鼻をさすりながら震える腕で上体を起こした。


「ボクはねこみみじゃない。カレンドネンルだ、か・れ・ん・ど・ね・ん・る!」


彼女はヴィヴィスの鼻を指を4つも使い順々にはじきながら、一言ずつ念を押した。

最後の一撃は薬指で一層強く弾かれ、鼻先がジンジンと痛む。


「カレンド……ネンル……!?マジで??」


カレンドネンルとは、ベステア系ヒューマノイドの一種でヒューマノイドに猫の耳と尻尾が生えた姿。つまり「ねこみみ」である。

だが、この世界にはカレンドネンルの他に「ねこみみ」と呼ばれる、呼んで字のごとしの姿の愛玩ペットとして流通する人工種族が居る。

昔、その「ねこみみ」の件を巡ってカレンドネンル達はヒューマンと争った過去を持つ。

それが原因で、現在ではファルーシア国に属しているにもかかわらず、外惑星との交流を半ば絶っている種族。

カレンドネンル達はその可愛らしい見た目とは裏腹に、非常に高い身体能力、戦闘能力を持った種族だが、皮肉にも争うことを嫌っている。

前回のヒューマンとの争いを悔やみ、そのために今回の戦争にも荷担しないのが彼らの主義である。

では、なぜヴィヴィスの目の前にカレンドネンルが居るのか。

例え戦争に荷担することを拒み、外惑星との接触も拒んでいる彼らでも、やはり何かと余計なお世話でも、気にかけてくれていたファルーシア国への恩義を感じていた者達も少なくなく、彼らの掟を破ってまで戦争に参加するカレンドネンルも、戦争が始まって直ぐには数人居たのである。

ヴィヴィスの目の前に居る彼女は、その一人だ。

ちなみに「ねこみみ」とカレンドネンルの見分け方は、顔つきと耳の後ろにある白いワンポイント模様の有無程度なので、全く知識の無い、もしくは「ねこみみ」の知識のみある者からすれば、見分けは付きにくいのが現状である。

そしてカレンドネンルと聞いて、ヴィヴィスはサラリーマン時代に小耳に挟んだ話を思い出した。

前回のヒューマンとの戦いで、ヒューマン達がカレンドネンルを侮蔑するために付けた蔑称「バケネコ」の事を──


「か、カレンドネンル……?カレンドネンルって、あの?」

「惑星『Millia(ミリア)』に引きこもってるって言う、あの……」


ヴィヴィスもカレンドネンルのことは幾らか耳にしていたが、実際に見たのは初めてだった。

引きこもっていると言うのは、上記に延べたとおり故郷の惑星Milliaから外惑星へ出ているカレンドネンル達が非常に少ないためである。


「引きこもりで悪かったな。そーだよ、ボクがそのカレンドネンルだ」


不機嫌そうな顔をしながら目の前の可憐なカレンドネンルは、その大きな胸を持ち上げるように両腕を組みヴィヴィスを見下ろした。

正直信じられなかった。

だが、信じざるを得ないような光景を、俺はついさっき目の当たりにしている。

ねこみみはあんなに素早く動けないし……確か、他人を物理的に傷つける行為は出来なかったはずだから……つまり、目の前のこの可憐な女性は、紛れもなくカレンドネンルなのだ。


「ほ、本当にねこみみと姿が同じなんだなぁ……」


まだ動きの悪い手足を下手くそに使いながら、なんとか座り込む姿勢になりながらつい口に出してしまったヴィヴィスの小さなつぶやきだが、彼女の大きな耳はそれを聞き逃さなかった。

ピュン!と鼻先に剣を向けられ、慌てるヴィヴィス。


「いいか、ボクにはミュラフェルシャイ・ヴィオレッタって名前があるんだ」

「ボクのことを二度と”ねこみみ”って言うな。次言ったら鼻の穴を1つに繋げるからな」


「す、スマン!わ、分かった!ゴメンゴメン!!」


ちくちくと鼻先をつつかれ、ヴィヴィスは両手を顔の脇に挙げ苦笑を浮かべながら降参した。

フンっと鼻で笑ったミュラフェルシャイは、ようやく剣を納め、ヴィヴィスに立ち上がるように手を差し出した。


「あー、俺はヴィヴィシュラコフ・スウルガ二等陸兵……ヴィヴィスって呼んでくれ。みんなそう呼んでる。」

「あと……駄犬じゃない……です」


「おまえ新兵か……ボクは伍長。名前はさっき教えたな。長いからミュラで良い」


お互いに改めて自己紹介をし会った二人。


立ち上がるとケガをしたところが痛み、ヴィヴィスの表情をゆがめた。


「顔が血だらけだな……。エリン、手当出来るか?」

「駄犬。お座り!」

「…………(散々「ねこみみ」言ったお返しか……?)」


エリンがヴィヴィスの傷を手当てする中、ヴィヴィスはミュラの方が自分より階級が上だと知り、言葉遣いの非礼を詫びたが、ミュラは気にするなと返した。

ミュラは、「ねこみみ」と呼ばれることを心底嫌っているようだ。恐らく昔のヒューマンとの諍いの件で嫌っているんだろうが、

それにもかかわらず、俺を助けに来た最初の内はワザと「ねこみみ」のフリをして敵を油断させ、なおかつ俺やエリンへのマークさえ最小限にさせた……

狙ってやったのか、偶然だったのか……そんな思考を巡らせていた。

その時、ミュラのヘッドセットに通信が入る。


『ミューラーさ~ん!!いい加減出てくだs……あ!!やっと繋がった!!』


ヴィヴィスにも聞こえるほどの音量で、ミュラは顔をしかめた。

ミュラは首の付け根付近のマイクと、片耳に付いたイヤホンを軽く押さえ、通信機の向こう側の相手の声に答えた。


「五月蠅い、怒鳴るな」

『ああ~やっと繋がった~。もー!ミュラさんから目を離すなって言われてるんですから!!怒られるの私なんですよ!?』

『それと、高機動バギー盗んで何処行ってるんですか!?メディックまで一人勝手に連れ出して、いったい何を……?』

「ベルゲ24と25墜落地点に救助に出ただけだ」

『ベル……そんな所に行ってたんですか!?もー!また悪いクセを~っ!!』

「24では27名、25では二人助けたが、SSUの方が先に到着していた」

「ちなみに、ベルゲ25の墜落地点では数名処刑されてたからな。降下させた救出隊、間に合ってないぞ」

『と、とにかく生存者を連れて"アルゴ"前哨基地に戻って下さい!報告はその時にお願いします!以上!!』

Jawohlヤヴォール)


通信は終了したが、完全に命令無視、規則違反にもかかわらずミュラは、自分に正当性があると言わんばかりに反論していた。

どんなに御託を並べたところでも、罰則は避けられない。腕立てか、ランニング地獄か……想像しただけでも恐ろしい……。

訓練生時代にイヤと言うほど味わった懲罰に、ヴィヴィスは当事者でも無いのにげんなりした表情を浮かべていた。

ふとエリンを観ると、あらあらと言った感じの困った表情だった。


「……別にお前がそんな顔する必要無いだろ」


「いや、訓練生時代を思い出してげんなりしただけです……」


「まあとにかく、降下地点"アルゴ"に出来た基地に戻るぞ。ほら、これ持っていけ」


ミュラはSSU兵士の持っていたライフルをヴィヴィスへ投げ渡した。


「それと、お前達の"マザー"壊れてるんだろ?ボクので修復してやるからちょっと貸せ」


そう言ってミュラはヴィヴィスの腕からPDAを取り外し、自分のPDAと接続した。

小さくカリカリという音がPDAから聞こえ、ヴィヴィスのPDAに起動画面が映し出された。


「ほら、復活したぞ」


そう言ってまたポンとヴィヴィスに放り投げた。

続けてエリンのPDAも修復し、優しくエリンへと渡した。

なんでこんな扱いの差があるんだよ……とヴィヴィスは少々不満を覚えたが、彼女のほうが階級が上なんだからしゃーないのかな、と自分に言い聞かせる。


「弾とか他に必要なのがあったら貰って行けよ、こいつらにはもう必要無いんだし」


そう言って、自分は先ほど捨てたSMGを拾いに行った。

死体漁りは気が引けると思いつつも、武器が無ければ己の身を守ることも出来ない。

罪悪感を感じながらSSU兵士の死体を仰向けに転がし、弾倉をチェストリグから引き抜く。

その際ポーチのボタンに引っかかり、口が開いてしまい中身が地面に散らばった。

恐らく私物と思われるアイテムの中に、ソイツと、ソイツの家族と飼い犬とが仲良く映った写真が出てきた。

さっき自分のことをあれだけ犬犬とバカにしていた、悪魔のように思えていたSSU兵士。

殺したいほどに憎らしく思えたヤツだったが、にこやかで、とても幸せそうに写った写真を見て、ヴィヴィスは複雑な気持ちになった。


o(ミュラが来なければ、コイツは死なず、俺は殺されていた。だが、コイツが死んだ今、この一家は家族を失ったんだな……)


戦争では殺す方にも殺される方にも、大切なモノが有る……そしてどちらかが死ねば、悲しむ者が居る……

その事をヴィヴィスは再認識させられ、少し憂鬱になった。


「……私物は返してやれよ?」


後ろからミュラの声が聞こえ、見なければよかったと後悔しながら写真や私物をポーチの中に戻した。

そんな姿を心配したのか、ミュラが気にかけてきた。


「……後悔してるのか?兵士になった事を」


まるでヴィヴィスの心を見透かしたようにミュラは問う。


「いえ……分かっては居るつもりでしたが、やっぱりこう言うの見ると辛いなと…」

「でも……後悔はしてません」


パチパチと、ヴィヴィスは自分の殴られてない側のほほを叩いて、気を入れ直す。

人殺しになるのは覚悟の上だ、この手を血に汚してでも……故郷に帰りたい。家族に、恋人に会いたい。

そう誓って入隊した日の決意を思い出し、己を奮い立たせる。


「そうか…………なら、早く戻るぞ」

「あと、ボクに敬語は不要だ。そういうの、あんまり好きじゃ無いんだ」


「……了解」


エリンを支えつつも、先頭に立つミュラに続き、ヴィヴィスも基地へと足を向けようとした。


「あ、ちょっと待ってくれ」


「ん?」


「25の墜落地点…………仲間に……ちゃんとお別れを言わせてくれないか?」


「はぁ……?そんなヒマは……」


「あ、私も…………ラビちゃん……ラビオリ達を……」


「うー…………ハァ……時間がないんだから手早くな」


(だから何この差)


周囲は、相変わらず平和で自然豊かな惑星ダルク。

周囲は多少の隆起があり、ラビオリの放牧地とは違いあまり整備されておらず所々に大きな岩や低木が生え聳えている。

心地よい風に乗って、鳥達の囀りの隙間から、遠方の砲火と飛行機の排気音が微かに聞こえる。

しかしそんな豊かな景色だが、目の前には7人の死体。さらにその向こうには無数のラビオリの死骸が山となっている。

エリンがそのラビオリ達の死骸の山へと、ミュラに支えられながら近寄り、虫の息になっている一匹の前にしゃがみ込んだ。

ソイツはエリンを載せて居たラビオリだった。

真っ白だった体毛は鮮血で赤黒く染まり、地面に血溜まりができる程に大量出血していて、恐らく……助からないのだろう……


「……ごめんね…………ラビちゃん…………守ってくれたのに…………」


また涙ぐみながら、エリンが息絶え絶えのラビオリの大きな頭に優しくすがり付いた。

とても優しく撫でながら許しを請う。

ラビオリは兎の顔そのままだが、表情がとても豊かだ。

少しニッと口元を上げ、微かに独特の鳴き声を漏らし、息絶えた。

まるで「気にするな」とでも言ったかのように……

実際に言っていたのかもしれないが、ヴィヴィスにはその鳴き声の意味を知ることはできなかった。

ほんの少しの間だけだったが、たしかに彼らとの絆を感じていたヴィヴィスも、彼らの亡骸の山に敬礼しつつ表情を曇らせた。

だが、エリンの直ぐ側で一緒にしゃがんでいるミュラは、表情一つ変えなかった。

視線だけは、憐れむような雰囲気すらしたが、表情は無表情。

ヴィヴィスは特に気に留めなかったが、何か印象に残る感じがした。

亡骸となったラビオリに、ほんの少しの間だけ寄り添ったエリンは、その亡骸から離れ、ミュラに支えられながら立ち上がった。


「……ヴィヴィスさんの仲間の所にも…………お願いします」


エリンがミュラに懇願すると、やれやれといったようにため息をつきながら、ミュラが頷いた。

三人が墜落地点へ歩き出そうとしたその時、バッとミュラが顔を横に向け、真剣な顔をして立ち止まった。


「どうした?」


「シッ!」


ミュラは人差し指を口の前に置き、耳をしきりに動かし周囲の音を聞き分けていた。

ヴィヴィスも耳を澄ましたが、聞こえるのは風の音と鳥のさえずり、遠方の戦闘音……

不思議に思っているヴィヴィスをミュラがぐいっと引き寄せ、エリンを押し付けた。


「誰か来るな……6……8……もっと……多数の足音がする」


「え?」


もう一度ヴィヴィスも耳を澄ますが、足音は聞こえない。

エリンもつられて耳を澄ますと、あっと声を上げた。


「俺には……何も聞こえないけど……敵か?」


「分からない、とりあえず、あの丘に上がるぞ。お前達は隠れてろ」

「駄犬、エリンに何かあったら置いて行くからな。彼女を絶対に死守しろよ」


「り、了解」


三人は近くにあったヒトの胸くらい……120~30センチくらいの背丈の草が生えた、少しだけ小高い丘の上に移動し、ヴィヴィスとエリンは適当な低木の陰に隠れた。

ミュラは一人丘の上で草むらに紛れ、その何者かを迎え撃つようだった。

にしても、ヴィヴィスもベステアで有るため、多少なり嗅覚や聴覚は優れているが、ヴィヴィスにはミュラが感知した足音は全く聞こえていなかった。

ここでもまたカレンドネンルの能力の高さに感心しつつ、ヴィヴィスは息を潜めた。

数分もすると、その主が現れた。


「おかしいな、こっちで反応が有ったんだが……」


「IFF反応切れたな、見間違いじゃ無いのか?」


10人の兵士が丘の上に現れた。服装はファルーシア軍、味方だ。


「やっぱり、あそこで皆やられちゃってたんだよ」


「にしては、あっちで転がってた敵の死体と、ラビオリの死骸の山。それにさっきの銃声が気になるな……味方ならIFFを切る必要は無いだろうに」


などと、多少見晴らしが良い丘の上で話ながらきょろきょろと周辺を見渡している。

ヴィヴィスが立ち上がろうとした時、ミュラがその10人の内の一番後ろの一人を、後ろから羽交い締めにし銃を頭に突きつけた。

それに反応し、ガチャガチャと残りの9人が捕まった兵士越しにミュラへ銃を向ける。


「おい! Nicht(ニヒト) Schiesen(シーセン)!! 仲間だよ撃つな!!」


そう言って銃を構えた一人が他の仲間の射線を遮った。

ファルーシア兵達は銃を下ろすが、ミュラはそれには答えずに引き続き銃口を人質の頭にこすり付けた。


「本当にファルーシア軍なら、身分証を見せろ」


「なっ……服見れば分かるだろ!?」


予想外の質問に、ファルーシア兵は両腕を軽く広げ、服装をアピールする。


「敵が化けてないと、どうして言い切れる?」


ミュラの全く信用しない姿勢に、大きくため息を出しつつやれやれと身分証を見せる。


「これで信じたか?」


身分証を見せられ、ミュラも捕らえてた兵士を解き放ち自分の身分証を見せた。


「すまなかった、念を入れないとだからな……」


「はー…………疑り深すぎるぞ、お前は」

「第一、アンタおれの顔覚えてるだろ?」


「まあな」


うんざりだと言うような顔つきで、ファルーシア兵はミュラに訴えた。

彼もミュラの事を知っているようで、「相変わらず」と言ったようだった。


「疑わないよりはマシだ、だいたいお前ら遅すぎるんだよ」


ミュラと兵士達が、お互いに姿勢を直し会話を始めたが、ヴィヴィスとエリンは完全に出て行くタイミングを逃し、どうやって出て行こうか思考を巡らせていた。


「……エリン、ミュラと知り合いなんだっけ?」


「え、ええ。何度も助けてもらってます」


「毎回あんな感じなの?」


「毎回あんな感じです」


別にコソコソ話す必要も無いのに、なぜかふたりともトーンを落とした声で話した。

なんとなく、ミュラに聞こえないように……と言ったような感じがした。

ミュラの耳が片方、ピクリとこちらを向いたので、二人は何故か慌てて口をつぐんだ。


「ああ、できる限り急いできたんだがな……ベルゲ26、27は別部隊が救出したが、24と25はダメだったみたいだ。護衛機のパイロットも……」


「ばーか、お前らが遅すぎるから、先にボクが救出しといたんだよ」

「ベルゲ24は、クラッシュポイントから数ブロック放して待機させてる」


そう言った後、一息間を置いて残念な表情で言った。


「でも、25や護衛機の連中は、流石に間に合わなかった……」


彼女は全員を救うつもりだったのか、かなり残念がっていた


「ああ、そうだな……そこの25のポイントで処刑されてたのを、俺も見たよ」


救助の兵士たちは、間に合うとは思っては居なかっただろうが、やはりSSUのやり方に深い溜め息を漏らし、表情を曇らせた。

降伏した兵士の処刑行為は、厳密には国際法違反だった。

しかしその国際法事態が曖昧な、有ってないような物に近かった。

国際法事態の提案と決議はヒューマン主体で行われたにも関わらず、彼らが率先してその決まりを破っているのだ。

特に、ベステアとアビトに対しては……


「だが、幸運なのが居たよ」


ミュラはそう言って、ヴィヴィス達の隠れている方を指さした。


「そこにラファニアンと駄犬が一匹」


救出隊全員が、ミュラの指さした方を注目した。

はは……なんだこの状況と、引きつった笑顔でヴィヴィスがエリンを支えて立ち上がった。

恐らくエリンも似たような顔をしていたに違いない。

救助隊は歓声を上げ、ヴィヴィス達を迎えた。


「よく無事だったな?」


「はぁ……幸か不幸か、被弾したときに降下船から落っこちまして……」


「お、同じく……」


ヴィヴィスとエリンは二人して照れ隠しに、テンプレート通りの仕草で自分の頭やほほを掻いた。

その滑稽さに、ミュラも一瞬「ふっ」と含み笑いを漏らし頬を緩めた。


「で、ノコノコ墜落地点まで歩いてきて殺されそうになってた所、間一髪ボクが間に合った」


事の一部始終を説明すると、ミュラの鋭いツッコミが入り小さな笑いが起きる。


「そうか、ラッキードッグだな」

「ラファニアンを助けるとは、英雄だな」

「えーと、……エリンさん?その耳も可哀想に……」

「ウェントウックのアンタも、他の戦友達の事は……残念だったな」


口々に二人に労いの言葉を掛ける。


「うん……出来れば、お別れをしに行きたいんです」


ヴィヴィスは改めて言う。

まだそこまで深い付き合いが有った訳ではないが、それでも数ヶ月間辛く厳しい訓練を耐え抜いた仲間達だった。

一瞬にして、その全員と死に別れてしまった。

その気持の整理をつけるためにも、ヴィヴィスは別れの言葉を言いたかった。


「ちょうど向かう途中だった所で…」


合流した仲間達と共にベルゲ25の墜落地点へと戻ってきたヴィヴィス達は、処刑された戦友達の身なりを整え、回収できるだけタグを回収した後に祈りを捧げた。


(すまない、遺品を集める時間は無いんだ…みんなの分も戦い、生きる事を誓うよ。)


ほんの十数分ほどで切り上げ、救出隊の仲間と共に基地へ向けて歩き出した。

先刻ミュラが始末した兵士達を探しに、SSUの部隊が迫っているかもしれないので、急いで墜落地点から離れた。

ベルゲ25からベルゲ24の墜落地点は、かなりの距離が離れていた。

飛んでいたのはほんの数十メートル間隔だったが、撃墜されたタイミングや回避行動の関係で、墜落地点がかなりバラケたようだ。

ミュラは他にも護衛戦闘機の救難信号の所にも立ち寄ったそうだが、彼女の足の速さは異常だった。

更に驚愕の事に気がつく、彼女は他の兵士達が付けているエクソスーツを付けていなかった。

これがカレンドネンルの標準なのか、彼女が特別なのか……ヴィヴィスにはカレンドネンル達への不思議がまた増えたと感じた。

数時間後、ミュラの救出したベルゲ24の生存者達と無事合流できた。

すでに日は大きく傾き、夕刻の綺麗な夕日がたなびく雲をオレンジ色に染めていた。

合流地点では、味方のIFVが6台迎えに来ており、数十名の味方が周囲に展開していた。


「やっと来たか、これで全員か?」


「ああ、そ……」


「ベルゲ25の生き残り二名と、降下した救出隊10名だ」

救出隊の隊長が喋るのを遮って、ミュラが報告する。

本当に階級を気にしない人だ……

ちなみに救出隊の隊長は軍曹なので、ミュラよりも階級が上だ。

遮られた隊長は、肩をすくめながらマンガの表現にあるような、頭上にグルグルとしたカタマリが浮いているかのような表情をしていた。


「やれやれ、また化猫サマの大手柄か。あんまり調子に乗らない方が良いぞ?」


「上が無能な分は下が補完してやらないと、無駄な被害が増すからな。」


「相変わらずの減らず口な化猫サマだな。」


やれやれ、と言った感じで迎えに来ていた兵士達が撤収の支度を始める。

彼らはミュラと面識があるのか、彼女を「化猫」と呼んでいた。

ミュラはねこみみと言われるのは嫌がるが、化猫は大丈夫なのか……?確か蔑称だったと聞いてたが、特にその件には言い返すことは無かった。

ヴィヴィス達もIFVへ乗り込み、基地へ向けて出発した。

IFVは不整地の走行を前提に設計された履帯式の足回りを持っているが、やはり地面の凸凹は割と車内のも伝わってくる。

ガタガタと乗り心地の悪い振動が不規則に襲ってくる。

IFVの兵員区画の天井部分は開くようになっており、ヴィヴィス達の乗り込んだ車両のそのハッチは開いていた。

ヴィヴィスは不規則に襲ってくる不快な振動と、広くはない車内に息苦しさを感じ、ハッチから身を乗り出してビークルの天井部分に座り、低い落下防止柵に寄りかかった。

車列は、おおよそ時速50kmほどの早い速度で走っており、顔中の体毛が強い風を感じる。

風に先程付けられた傷口が冷え、少しだけ疼いたが気にはならなかった。

景色はさっきまでの青く澄み渡った空から、紅に染まる夕日に変わっており、真っ赤な太陽が地表近くまで落ちて周囲は暗くなり始めていた。


「キレイですね」


気がつくと、エリンもヴィヴィスの脇から顔を出している。


「上に来ますか、持ち上げますよ?」


「あ……お願いします」


一度中に降りてからエリンを抱き上げて天井部分に座らせて、ヴィヴィスも再び天井部分に上がり、エリンと並んで座った。

お礼とともに可愛らしい笑顔を向けるエリンの耳は、先程引きちぎられた部分に巻かれた包帯が朱く染まり痛々しい。

あんな酷い目にあったにも関わらず、それでも彼女は無邪気な笑顔で空を見上げた。

ヴィヴィスもつられて上空を見上げると、星々の瞬きとは別に艦隊の航空障害灯とおぼしき規則的な点滅も見えた。


「こんなにキレイな景色なのに……この空の向こうでも、宇宙の先でも……戦争をやって殺し合っているんですよね……」

「何で……同じコトバを使ってコミュニケーションが出来るのに……争わないといけないんでしょう……」


エリンの言う通りだとヴィヴィスも思う。

同じコトバを話せるのに……同じように痛みを感じるし、家族も居るし、誰かを無くす痛みも分かるはずなのに……


「そうですね……俺は、そんなに頭が良くないから……偉い連中の考える事は分かりませんが……」

「馬鹿げてますよね……」


短い会話の後に、また二人は黙って夕日と、表れ始めた星たちの瞬きを見つめる。

本来であれば、護衛も無いIFVだけの車列は敵の攻撃機の良い的になるが、上空の艦隊がニラミを効かせているおかげで安心して走行できる。

ヴィヴィス達の乗ったドロップシップが撃ち落とされたように、レーザーのような偏差射撃がほぼ不要なエネルギー式の兵器には、衛星軌道上からでも航空機を狙い撃つことはたやすいのだ。

夕日を見ながら今日の出来事がウソのように感じ、ぽーっとしていると、ヴィヴィスの耳元のイヤホンが鳴った。


「駄犬、ボケーッとしてるとまた落っこちるぞ」

「次に落ちても拾っていかないからな?」


ミュラだ。彼女は別の車両に乗っている。

ヴィヴィスが前方にある砲塔越しに前の車両を見ると、ヴィヴィスと同じように天井部分に座ってこっちを見ているミュラが見えた。

紫色の髪が夕日を浴びて可憐に輝き、風に舞って綺麗になびいていた。


「だから、俺は駄犬じゃ無いって……」


「これで相子だ。ボクの事ねこみみって言っただろ?そのお返しだ」

「あと、エリンを落としたら殺すからな?」


そう言って少し笑顔を作りながら片眼をつむり、右手でサムズアップ(手を握りしめて親指を立てるジャスチャー)をして見せた。


「化猫サマ、一回多いですよ?」


そう言って、ヴィヴィスは軽く敬礼をして返した。

エリンも手を振っている。


「あ、お前!お前はボクのことを『化猫』と呼んで良いとは許可してないぞ?」


「これでお相子だろ?」


「…駄犬のクセに、なかなか小憎らしいヤツだな」


「化猫サマには敵いませんよ」


「ちょ、ミュラさん!ヴィヴィスさんも!ケンカしないで~」


無線越しにトゲを飛ばし合う二人を見かねて、エリンが割って入る。


「ずいぶん仲が良いなぁ?やっぱ犬猫同士だと気が合うのか?」


「にゃーにゃーワンワンうるせえぞ」


二人の会話に他の隊員も混ざり、からかった。


「猫って言うな!」

「犬じゃありません!」


「お前ら通信を私用に使うなよ。動物同士仲良くしろ」


「煩い」

「うるさいです」



図らずとも、息を合わせたようにハモるヴィヴィスとミュラの声に、思わずエリンが吹き出した。


「ふふっ…♪」


「ハハハハ!」


釣られて他の兵士たちも笑い出す。

大勢の笑い声の中、そんな軽口の言い合いをしながら車列は基地へと走って行った。

基地の近くまで来ると、何か大きな飛行物体が降下地点へと着陸しようとしているのが見えた。


「お、コンストラクション・ヤードが来てるな」


「コンストラクション・ヤード?」


「基地を建造するのに一番大事な心臓部の事だよ。兵学校で習っただろ?」


コンストラクション・ヤード(CY)とは、基地を建造するための資材の製造、備蓄や施設建築そのものを行う施設であり、これが無いと、基地そのものが始まらないと言ってよい施設である。

ファルーシア軍の場合は衛星軌道上の輸送船から射出され、地上へと降下して着陸、展開するタイプであり、展開後は施設の建造指揮はもちろんの事、補給船の着陸パッド、簡易司令部、資材や補給物資の倉庫、建築材料の工場など様々な用途をこなし、可能であれば地面に穴を掘り資源を採掘する場合もある。

それぞれ専用の施設を建造し終えると、基地施設の補修や維持、倉庫などの管轄となり、建材工場はナノマシン工場にと変わり、施設の損傷箇所やビークルの修理用ナノマシンの生産、管理を行う。

CY自体の大きさも巨大で頑丈な作りになっているため、それ自体が城塞のごとく機能することも出来る。


ゆっくりと地上に近づく『CY』からは、地上に向けて何本もサーチライトの筋が出ており、遠くから見ていても壮大で美しかった。

すでにすっかり日は落ち、大きな月が太陽の代わりに地上を照らしていて、意外と明るい。

しばらくすると、地上から塵が煙のように立ち上り、『CY』が着陸したことを知らせていた。

すぐ近くで見れたならば、きっととても格好良く見えただろう。

ヴィヴィスは少し残念に思ったが、この先いくらでもそのチャンスはあると自分を納得させた。

横に座っているエリンは、いつの間にか眠っていた。

通りで俺に寄りかかってきてるわけだ……

基地にたどり着くまでの短い間だが、エリンが落ちないよう軽く抱きよせ、優しく撫でた。

スヤスヤと眠る柔らかい息遣いが体を通じて伝わってきた。


「安心しきって寝てるな、この子、アンタの事気に入ってるのかもな」


同乗している兵士の一人がちょっと羨ましそうな顔をしながら話しかけて来た。


「そう……なんですかね?」

「俺、さっきは何も出来なかったのに……」


「でも、彼女を保護して連れてきたのはアンタだろう?」


「そのせいで……エリンを酷い目に合わせてしまったんですが……」


「まあなぁ……でもまあ、結果的には生還出来たんだし、自分の行動を褒めても良いんじゃないか?」


「そう……ですかね?」


恐らくその兵士も幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた精鋭なのだろうか。

ヴィヴィスには無い余裕のようなモノを感じた。

よく見れば、彼の階級は一等兵。

階級は一つしか変わらないが、今のファルーシア軍で二等兵から一等兵になることは、一人前の兵士としての証でもあった。

練度の低さ、鍛えられていない精神の弱さなどで二等兵で戦死したり、精神異常により戦闘不可能になる者は多い。

自分ですら、つい数時間前には殺される寸前だった。

ミュラさんが来なければ……

そう考えて改めて背筋が凍る。

戦場では、生と死は本当に紙一重だ……


基地に到着すると、多くの部隊がすでに到着しており、基地内はかなり賑やかな様子になっていた。

もうすでに夜になっていたが、『CY』の周囲はかなり明るくなっており、工兵達が建設用ロボットと共に兵舎や施設の建造を始めていた。

IFVから降りると、軽い別れの挨拶の後、すぐにミュラは司令部へ、寝ぼけ眼のエリンは他の衛生兵に医務室へと連れて行かれた。

ヴィヴィスの目には、基地の設営でせわしなく働く兵士やロボット達が、溶接の火花が、まるで故郷のお祭りのように見えた。

しかし思い出したように体に痛みが走り、現実へと引き戻された。


「いっつ……とりあえず…医務室行こう……」

「あの、医務室って何処に……あれ?」


医務室の場所を聞こうと、側に居るはずの帰還兵達に声をかけたつもりだったが、気がつくとヴィヴィス一人だけポツンと取り残されていた。

えっ?と思い時計を見るが先程IFVから降り立ってから5分も経っていない。

にも関わらず、帰還兵達はおろかIFVまで居なくなっていた。


「えええ~~……俺、そんなに放心してたのか……?」

「声くらい掛けてくれても……皆ヒドイ……」


ヴィヴィスは大きなため息をつき、しょんぼりと医務室を探してトボトボと歩き出した。







駄犬と化猫 第一話、ログ終了。


以上で第一章は終了です。

まだまだ全然書き慣れていないので、お見苦しい点多かったと思いますが、最後まで読んで頂きありがとうございます!

感想やご指摘有りましたら、どうぞ遠慮なくお願い致します。


最後にもう一度設定や用語をまとめておきます。


駄犬と化猫:用語、設定集


【設定】

・銀河基準。各惑星による暦や時間の違いを適応しない暦の事で、1年が24ヵ月とされている。

・衛生兵階級。当作では衛生兵は当人の医療技術レベルで【衛生兵】、【中級衛生兵】、【上級衛生兵】という階級を作っています。


【用語】



・ベステア。獣人の総称


・アビト。亜人の総称


・バケネコ(bakENeko)。主にヒューマン達の使うカレンドネンルの蔑称。


・化猫(BakEnEko)。ミュラフェルシャイのあだ名。蔑称と同じだが発音が違う。意味合い的には尊敬に近い好意的な意味。


強化外骨格(エクソスーツ)。ヒトの活動支援をする機械で、名前の通り四肢と体をつなげた骨組みのような物。身体能力の限界を超える動きや力をサポートすることも可能で、軍民問わずこの機械のお陰でヒトの出来うる可能性を大きく向上させている。

 近年のSF作品の映画やゲームではよく見られる機械。


・G-11A6アサルトライフル。現実世界のH&K社製G-11…では無く、オリジナルのブルパップ式ライフル銃。11.7mmの大型弾を使用するがリコイル反動は軽く扱いやすくして有るが、弾薬の大型化のせいで装弾数は25発。

 連射速度もそこまで早くはないが、その分精度に優れている。弾頭が大きいために、弾頭内に炸薬が少量ながら入っており、殺傷能力を高めている。


・オービタル・ストライク(OS)。惑星の衛星軌道上からの宇宙船、攻撃用衛生等による軌道上砲、爆撃の事。


・IFF。敵味方識別装置、電波等の信号称号により、レーダー上に存在する物体が味方勢力か敵性勢力かを識別表示してくれる装置等の事。


・IFV。歩兵戦闘車、主に車内に歩兵を乗車させて主力戦車や大型二足歩行兵器等の機動戦闘に歩兵を追従、随伴させるために使用される車両型兵器。


降下船ドロップシップ)。衛星軌道の宇宙艦隊から惑星制圧用の部隊や兵装の行き来を担当する大型の輸送機。単体での大気圏突入、離脱が可能な強力なエンジンを積んでいる。

 敵地への強行着陸等も想定されているために通常の飛行機よりも重装甲で頑丈な作りになっているのが一般。


・ドロップポッド。主に歩兵や小型の陸戦兵器を地表に送り届けるための使い捨てポッド。それ自体に飛翔能力はないため、使用できるのは艦隊直下数百キロ程度の地表範囲のみに留まる。


・キャリアー。輸送船の事、物資や兵員、兵器の輸送の他、ドロップシップ、ドロップポッドの発着等を行う宇宙船。キャリアー自体には対艦攻撃能力はほぼ無いが、自衛用の対宇宙機用の機銃座や小型艦砲を装備している。


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