第三話
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*1月29日_章と話の使い方が逆だったので修正しました。
-墜落から約数十分-
『ヴィヴィス……ヴィヴィス!』
誰かが呼んでいる……聞き慣れた声だ。
誰だっけ……。
『ちょっと、ヴィヴィスってば!またこんな所で寝て!!』
『風邪引くから止めなさいって、何度も言ってるのに!』
ああ……そうだ、このお節介なのはアイツだ……俺の彼女の……。
「サリー……もう少し寝かせてくれ……」
ヴィヴィスがそう呟くと共に、目をうっすらと開けた。
うつろな景色。心地よい風にざわめく大木から、木漏れ日が差していた。
o(あ……?夢?……ここ……何処だっけ……?)
うっすらと見える、木に引っかかったパラシュートのバッグが見えた所で、ヴィヴィスは何があったのかを思いだした。
「ああそうだ……落っこちて……助かったのか……俺……」
そう呟きながら、上体をゆっくりと引き起こしたところで体中に痛みを感じた。
「痛ってえ……!助かったとは言え……流石に痛いよな……」
全身に激しい痛みがあったが、動けないほどでは無かった。
あの高度から、しかもギリギリの高さまでパラシュートが役に立たなかった状況を考えれば、幸運としか言いようが無かった。
「つつ……とりあえず、骨も折れてない感じだな……」
ヴィヴィスはもう一度体の状態を確認した。墜落の衝撃で、着ていたエクソスーツのアーマーがいくらか壊れ、外れた部品が周囲に飛び散っていた。
左腕に付いた小さなPDA状の端末をいじり、管理AIの「マザー」を呼んでみる。
「マザー、マザー……あれ?」
すぐさま立ち上がるはずのホログラフィック画面が映らない。
「畜生め……システムまでオシャカかよ……これじゃあ状況も戦況も、サッパリ分からないじゃ無いか……」
「システムがダメって事は、エクソスーツも役立たずのただの重りでしかないワケで……」
そう言って、脚部の装甲服を外し始めた。
今日の軍隊では当たり前に使われている強化外骨格。そしてそのシステムや仲間との情報アップリンクを管理するAIが「マザー」と呼ばれており、"彼女"とやりとりすることで様々な情報や設定を操作することが出来る。
その主たる部位が、左腕にエクソスーツとは別に取り付けられた小型のPDA風の端末である。
そして、そのパッドが墜落のショックで壊れてしまったヴィヴィスには、作戦指示や味方の位置も何も分からない。
通常の軍隊であれば、作戦内容や作戦地域の地形や特徴をアタマに叩き込んでおくのが常識だが、ファルーシア軍では兵士の教育期間の問題から、どうしてもテクノロジー依存になってしまっていた。
そのため作戦内容を暗記できている、している兵士は少数で、殆どの兵士たちはこの”マザー”の情報を頼りに作戦を進めていた。
「敵の庭先に落っこちてマザーがオシャカ」
「ついでに武器もバックパックも無し」
「最高だ、孤立無援とは、この事だな」
エクソスーツを体から取り外すタイミンに合わせて鼻で笑いながら軽口を叩くが、そんな状況すらむなしく感じた。
とにかく何とかして仲間と合流しなければ、SSUに見つかって殺されてしまう……だが何処に向かえば良い?
何処に味方が展開しているのか……敵の布陣が何処なのか……もっとよく作戦情報を見ておくべきだったと、今更後悔した。
今現在の状況で、最も味方に会える可能性のある場所……
「……墜落地点に行くしか無いか……な?」
遠くに見える黒煙を見つめながら、ため息と共に痛む体を庇いながらヴィヴィスは歩き出した。誰かが生き残っているかもしれない、そんな希望を信じて……。
周辺は牧場なのか木々がほとんど無く、草も短い、ゆるい起伏のある草原地帯。
遠くにちらほらと建物が見え、恐らく家畜の群れであろう白い塊がいくつも見える。
ここを通る事は狙撃されるリスクはかなり高いが、やむを得ない。
とにかく最短でたどり着くことが先決だと、ヴィヴィスは思った。
第一狙撃されるような場所であれば、落下してきた自分が捕捉されていないわけが無い。
今こうして生きているって事は、恐らく見つかっていないのだろう、そう信じようと思った。
惑星ダルクの空は青く、美しい雲が浮かび、遠くには山々が広がり……
本当にこんな場所で戦争をしているのかと、現実を疑いたくなるほどに、鳥達の美しい囀りが響くのどかな場所だった。
歩き出してからしばらくすると、家畜の大きな群れに出会った。
よくよく見ると、その群れの真ん中付近でなにやら布の様なものがはためいているのが見えた。
「──パラシュートだ!」
ヴィヴィスは急いでその白い家畜の塊に駆け寄っていった。
近づいてみると家畜たちは"ラビオリ"と呼ばれている、ウサギを3~4mほどの巨大化させた様な外見の生き物で、衣類用の毛や食肉用として銀河内で広く飼われている家畜だ。
毛はヒューマン達が広めたヒツジよりも高品質で、肉もこれまたヒューマン達の広めたウシやブタなどよりも非常に美味である。
ヴィヴィスが近づくと"ラビオリ"達は彼にむかって一斉にむ"ぃ"ぃ"ぃ"~!と言う特徴的な鳴き声を発した。
「すまんな、ちょっと通してく……おい、通してくれっての!」
かき分けようとするヴィヴィスを"ラビオリ"達は身を寄せ合ってなかなか通してくれない。
まるで何かを守る様に。
「あーもう!俺はファルーシア軍人で、その降下したヤツがたぶん仲間だから、危害は加えないからどけ!どけどけ!」
そう言いながらムリヤリ白い塊の中へかき分けて入っていく。
ラビオリ達もむ"ぃ"む"ぃ"言いつつゆっくり道を開けた。
家畜に話しかけて理解されるのか?と思うだろうが、実は"ラビオリ"達は非常に知能が高い。
ヒトの言葉を十分に理解することが出来るのだ。
そのせいで大昔、ヒューマン達の動物愛護団体だか宗教団体だかが、ラビオリ達の解放運動を行ったが、あろう事か"ラビオリ達によって"その運動をやめさせるという奇妙な事件があった。
ラビオリ達は、「この銀河で一番優れた家畜は自分達だ、皆高品質の毛と最高級に食肉になることを誇りに思ってる、自慢に思ってる。だから余計なことをするな」と、なんと文字に書いて映像発信した。
映像はネットの動画サイトに、おそらく牧場主のニンゲンがアップロードし、数十万、数千万回も再生されるほどの話題を呼んだ。
そして件の映像にはフェイクだ、検証しろと言う声も多く有り、実際に検証した動画まで作られたが、トリックやフェイクではなく、何頭ものラビオリ達が同じ事をしたのだ。
最終的にメディアにまで検証され、件の動画、その検証動画全てが「やらせ」では無いと証明された。
不思議なのは、なぜ銀河中のラビオリ達の意思が一致していたのか、その答えもすぐに出ることとなった。
ラビオリ達は非常に賢いために、度々牧場のニンゲン達が見聞きしているラジオやテレビをニンゲンと同じように視聴する事も珍しくなく、その姿が度々「おもしろ動画」として観光客などが撮影した動画がネット配信される事がある。
つまり、最初のラビオリ達の証言がニュースとなり報道され、銀河中のラビオリ達がその意見に賛同したという事のようだった。
本人達がそう言っているのだから……と大部分の人達はラビオリ達の主張を認め、運動を辞めたが一部の思想家達は未だにこの運動を続けている者も居る。
ラビオリ達の白い壁が途切れ、彼らの真っ白でモフモフな壁に守られた小さな広場の中に居たパラシュートの主の元にたどり着くと
そこには、ファルーシア(友軍)の軍服を着た一人の、恐らく……少女が横たわっていた。
「ラファニアン……!?」
頭から伸びる大きなウサギ型の耳……ラファニアンと呼ばれるベステア系ヒューマノイド種。
外見は男女ともに平均して可愛らしく、幼い印象を受ける。
彼らの成体は他の種族と比べて外観が少女ほどまでで止まってしまうのだ。
その外見からある事情に繋がり、人口が激減してしまいファルーシアに保護されている種族だが、なぜか戦争に参加している。
彼ら曰く、ファルーシアに恩を返したいと言い、政府や多数の他種族達から猛反対されたがムリヤリに戦地に赴いている。
命をかけてまで返そうとするラファニアンの"恩"については、後に説明することとする。
ヴィヴィスがパラシュートの主へと駆け寄り、安否を確認する。
息はしている……気を失っているだけの様だった。
小さな体にしては、結構な大きめの胸元に付いた名札に目をやると、「エリン・A・ロップ」と書かれている。
左腕には赤十字の入った腕章を付けており、衛生兵だと分かる。
ラファニアン達は衛生兵か軍医としてこの戦争に従軍している。
無論、軍医よりも衛生兵の方が危険は大きい。
正直こんな……恐らく少女を戦場に向かわせること自体が狂っているのだが……
ラファニアン達の医療知識、薬草学は高レベルな物で、医薬品が不足した場合でも代用品を利用出来る場合が多々あったため、前線の兵士達にはかなり重宝されている。
オマケにラファニアンはそろって可愛らしいため、兵士達のメンタルヘルスの向上にも繋がっているらしい。
「…………」
ヴィヴィスは少しの間見とれたが、すぐにはっと気がつき、彼女を揺さぶった。
「おいアンタ、起きろ!」
「……ぅ……ん……」
ヴィヴィスの呼びかけにエリンは弱々しく吐息を漏らし、うっすらと目を開いた。
「……ぅ……にゃ……?」
寝ぼけたようなマヌケっぽいような、でも可愛らしいような声を漏らし、エリンが眠そうな目をしつつヴィヴィスの方を見た。
彼女と目が合った。ヴィヴィスはほっとため息をつき、彼女に話しかけた。
「ああ、よかった…だいj……」
「ぅにゃあああああああああああああ!? お、おおおおおお、オオカミいいぃぃぃ!!??」
ヴィヴィスの言葉を遮り、彼の顔を見るなり絶叫し、ずざざっと素早く身を後ろへ滑らせた。
犬系ベステアであるヴィヴィスを、おそらく彼女たちの故郷では脅威となっていたらしいオオカミと見間違えたようだった。
彼女はガクガクと身を震わせながら「食べないで!食べないで下さい!!」と必死に懇願していた。
「お、おい、俺はオオカミじゃなくて……」
しかしおかしい。
ラファニアンが狼に襲われて~とかそんな系のニュースなんか一度も見た気がしないんだが……
疑問に思いつつ、落ち着かせようと彼女に近づこうとした時、背後に殺気を感じ振り返ると──
「む"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"っ!!」
ラビオリの巨体が、今まさにヴィヴィスに覆い被さらんとしている瞬間だった。
「ちょ!まっ!!」
ヴィヴィスが身をかわす間もなく”どすうん!”とラビオリにのし掛かられてしまう。
時には1トンを超えるほどの体重になるラビオリのボディプレスは強烈で、これを防ぎきれるニンゲンはまず居ない。
ヴィヴィスも例に漏れず、むぎゅっと全く抵抗なく地面とラビオリにサンドイッチされてしまった。
そしてのし掛かったヴィヴィスの頭には、ラビオリの柔らかくモフモフの体とは打って変わって、固い頭が打ち付けられた。連打で。
「いてっ!いででっ!!ちょま!おまえら!まて、俺はいててて!」
エリンの叫び声と尋常では無い怯え方にヴィヴィスがやっぱり敵だったと判断したラビオリ達が、彼女を守らんとしてヴィヴィスに襲いかかったのだ。
これと言った武器を持たないラビオリだが、その巨体による"のしかかり"や突進、頭突きは強力で、彼らに不快な思いをさせるニンゲンが時々突き飛ばされたりしている。
ゴチゴチと頭突きされ、なすすべの無いヴィヴィスは、恐らくエリンならばラビオリ達を止められると思い、彼女に助けを求める。
「おい!エリン……さん!!いてっ!俺はファルーシアの……いででっ!ちょっとお前ら待て!」
だがラビオリの激しい攻勢に遮られ、なかなか伝えられない。
おいおい、ラビオリに突き殺されるとかマヌケ過ぎるし笑えないぞ!?と思ったその時。
「ら、ラビちゃん達、ちょっと待って!」
エリンがラビオリ達に呼びかけた。
すると、ヴィヴィスの読み通りラビオリ達は彼への攻撃を中断した。
漫画的演出であれば、しゅうしゅうと湯気か煙が上がっているのではないかと言うほどにド突き回されたヴィヴィスの毛は、すっかりバサバサになり、まるで捨て犬のような感じになっていた。
──ヘルメットは捨てて来なければ良かったと、ヴィヴィスは心底後悔した。
「あ、貴方は……オオカミじゃ無い……んですか?」
エリンが恐る恐るヴィヴィスに訪ねた。
「お、オオカミに見えるか……?」
少しあきれ顔でヴィヴィスが答えると、エリンに「うん」と即答されてしまった。
「あ、あのな。俺は犬っぽいけどウェントウックでファルーシアの兵士だ」
「ぁ……ファルーシア……あ、友軍……」
「ご、ごごごゴメンナサイ!!私ったら……てっきり……」
エリンはごめんなさいごめんなさいと土下座をして何度も謝った。
「あの……どうでも良いけど、こいつらに退くように言ってくれない……かな?」
そう、今のヴィヴィスにはそんな事はどうでもよかった。
エリンに制止されているが、未だに草食動物とは思えないような目つきでヴィヴィスを睨み付けているラビオリ達が、今にもまた襲ってきそうなほどの雰囲気を纏っているのだ。
現にヴィヴィス伸し掛かっているラビオリの顔から生暖かい鼻息が頭に勢い良く吹き付けてくる。
「あ、は、はい!」
エリンが慌ててラビオリ達に退くように伝えるとヴィヴィスにのしかかっていた一匹が退き、ようやく解放される。
「パラシュートが見えたから、脱出した味方だと思って見に来てみたが……酷い目に遭った……」
ぐちゃぐちゃになった身なりを整えつつヴィヴィスがボヤくと、すかさずエリンが両手の顔の前で合わせて謝り続けた。
エリンが謝る度に、ヴィヴィスは刺さるようなラビオリの視線に冷や汗をかいた。
「えっと、オレは……ヴィヴィシュラコフ=スウルガ二等兵、ヴィヴィスって皆に呼ばれてます」
「ベルゲ25に搭乗してましたが……被弾時に転げ落ちたり色々ありましたが、奇跡的に生還した一人です」
「あ、私はエリス=アルグリス=ロップ上級衛生兵です。よろしくお願いします」
「ちなみに……私も被弾したときに転げ落ちた一人です……」
エリンは頬を赤らめた。
と言うより、顔から耳の先までほんのり紅く染まっていた。
長くて柔らかそうに両側へ垂れた耳が、すこし後ろ側へと寝た。
恥ずかしがっている証拠だった。
ヴィヴィスもベステアなので、耳の向きや形でどのような感情になっているかが察せた。
ロップと言う名の通り、彼女の耳はいわゆるロップイヤー系で、普通の兎のようにピンと張った耳ではなく、柔らかく垂れ下がった耳をしていた。
その耳のラファニアンは、必ず「ロップ」と名前に入っている。
ちなみに、普通の兎のような耳のラファニアンは「ワーフ」と必ず名前に入っている。
このような名前は大昔には無かったらしいが、ヒューマンによる愛玩化がされた際に「分かりやすくするため」だけの理由で、「ロップ」と「ワーフ」と入れることが義務付けられたのが始まりだとか。
その話も数百年前の事らしいが、実際はどうなのかはヴィヴィスは調べる興味も無かったので「そんな感じか」程度にしか知らない。
今では全てのラファニアンが、この「ロップ」と「ワーフ」を自分達で付けているから、特に抵抗は無いのかも知れない。
「私はベルゲ27に乗っていて、飛行機酔いの隊員のお世話をしていたら、急に機体が傾いて……」
「マグネットをオンにしてると歩きにくかったので、コッソリ切っておいたら急に体が浮き上がって、そのまま外に……」
てへっと苦笑いを浮かべる
(かわいい……)
ヴィヴィスは、この時ばかりは顔も体毛で覆われていることに感謝した。
でなければ自分もエリンの可愛らしさに頬を染めていたことがバレてしまっていただろう。
そんなことは恥ずかしくてとても言えないし、何より恋人に申し訳が立たない。
「え、えへへ……でも不思議ですね。私、オオカミってむしろ好きなのに……」
「…………」
なんとも気の抜ける自己紹介にすっかり”やられた”ヴィヴィスは共に座り込んでいるエリンと軽く握手を交わした。
しかしその時、エリンの右足の異変に気がついた。
通常曲がる場所では無い部分が、あり得ない方向に曲がっていたのだ。
「……あの、右足……痛くないんですか?」
「へ?」
ヴィヴィスに指摘され、自分の足の異変に気がつくと共に痛みが伝わってきたようで、エリンは耳をびょいっと立て、髪の毛を逆立てて大粒の涙を目に浮かべ、ふるふると震え始めた。
あ、マズイ。泣く……か……?
しかしヴィヴィスの心配をエリンは完全に裏切り、おもむろに異常となった右足をガッシとつかみ、目をギュッとつむり、自分の服のエリをがぶっと思い切り噛むと、ゴキリと一気に元に戻した。
「うぇ……!?」
ギョッとなるヴィヴィスの耳には、必至に悲鳴を押さえるエリンの声にならない微かな悲鳴が聞こえた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!」
歯が砕けるんじゃないかと思うほどにギリギリと服を噛み、目からは大粒の涙がぼろぼろと溢れ、ほほを伝い彼女の服にしみこんでいった。
しばらくそのままの状態で震えていたが、彼女の目がキっと見開くと共に素早い手つきで痛み止めを自分の足に打ち、ファーストエイドキットから取り出した簡易固定機で固定し、さささっと包帯でグルグル巻にした。
目にも留まらぬ早さとはこのことか……と思うほどに素早く、かつ丁寧的確に処置をしてしまった彼女を見て、ヴィヴィスはこんな少女を……とある意味見くびっていた事を思い改めた。
また痛み止めが十分効いていないからか、今だ涙の耐えない彼女に今度はヴィヴィスが「お見それしました」と頭を下げる。
「骨折って、自分も経験有りますが……あの激痛に耐えてこんな的確に素早く処置できるって…流石上級衛生兵様です…」
「あ……いえ……痛いから少しでも……早く処置しようと……思って……」
まだ声が震えて、上手く喋れない彼女に敬意の念を示す。
ちなみに上級衛生兵はヴィヴィスよりも数段階級が上なので、彼は敬語を使うようになった。
彼女が落ち着いてからこれまでのいきさつを話し、自分は墜落地点へ向かうと言うと、自分もついて行くとエリンが言った。
しかし、足を負傷している身の彼女を連れて歩くのはかなりのリスクを伴うと考えたヴィヴィスは、エリンにラビオリ達の群れに隠れて味方の降下エリアに向かうように勧めたが、
あいにくエリンのPDAもエラーで使えず、仕方なく一緒に向かうことになった。
「でも……足、それ歩けないですよね?まあ……自分が背負って行くことは出来ますけど……」
いくら固定器具で処置したとは言え、骨折した足で歩くことは不可能だ。
そうするとなると、やはり誰かに運んで貰うほか無い。
「で、でも……だ、大丈夫です!何とか自分で歩いて……」
そう言ってエリスはヴィヴィスに支えられながら立ち上がり、一歩、骨折した足で踏み出したが……その瞬間に激痛に見舞われ、硬直した。
痛みを感じた瞬間、耳を先ほど同様にびょいん!と上に勢い良く伸ばしたので、そのショックがどれ程のものかがよく伝わった。
いくら痛み止めを打ち込んで痛みを消したとしても、やはり折れた足で歩くことは無理だ。
「ご……ごめんらはい…………やっぱりむりれひゅ……」
目一杯に涙をためて震える声でヴィヴィスに訴えた。
「……俺が背負いますよ」
その余りにも哀れな姿に、ヴィヴィスはそう言わざるを得なかった。
しかしその瞬間──
「むぃ"っ」
「え?わわっ!?」
一匹のラビオリがエリンの股下から頭を突っ込み、ぐいっと彼女を自分の背中の上にすくい上げた。
突然体が宙に舞うような感覚に見舞われたエリンは危うくバランスを崩しかけたが、ラビオリのふかふかの毛をとっさに捕まえてなんとか持ちこたえることが出来た。
そしてエリンを担ぎ上げたラビオリは、とても誇らしげな表情を浮かべ「どうだ」と、言わんばかりの視線をヴィヴィスに送った。
「……運んでくれるらしいです」
ヴィヴィスは、まあ自分で背負っていかなくてよくなったから良しとするべきか、はたまたあの童顔巨乳なウサギさんを背中で支え、心地よい重さと背中に当たる豊満な柔らかさを堪能出来なくなったことを恨むべきか。
喜ぶべきか嘆くべきか……やはり嘆くべきか?
妙な葛藤を思い浮かべつつも、とりあえず墜落地点へ行きましょう。と、エリンを載せたラビオリを先導しようとすると、他のラビオリたちが周りを取り囲むように巨大な群れを形成した。
何事かと思ったが、直ぐに合点がいった。
ここはラビオリの放牧場。つまりこれだけの群れが移動してた所で何ら不思議ではないのだ。
「ラビちゃん達……守ってくれるみたいですね」
エリンが笑顔でヴィヴィスに告げた。
「みたいですね、本当にコイツラは賢いな……」
なんだかニンゲンよりラビオリのほうが賢いんじゃないかと錯覚するほどに、本当に彼らは賢かった。
自分たちを最終的には”食べる”ニンゲンを守ろうとする、不思議で巨大な白いカタマリ達と共に墜落地点へと向かう事になった。
墜落地点は意外にもさほど離れていなかった。
流石に目立つので、エリンを載せたラビオリ一匹以外を残して他のラビオリたちは離れた場所で分かれた後、慎重に機体の見える岩の裏へと回り込んだ。
もう、すぐ目の前に墜落したドロップシップの機体が見えるが……
「……そうだよな、SSU(敵)さんの占領下だもんな……」
彼らよりも先に敵の方が到着していた。
ラファニアン、パートナーに欲しい。
【設定】
・衛生兵階級。当作では衛生兵は当人の医療技術レベルで【衛生兵】、【中級衛生兵】、【上級衛生兵】という階級を作っています。
【用語】
・ファーストエイドキット。怪我や病気をした際に行う、応急処置をするための医薬品等が詰め込まれたバッグ。前線で戦う兵士は全て持っている物。