第二話
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*1月29日_章と話の使い方が逆だったので修正しました。
-同時刻、惑星ダルク軌道上約4500km上空、ファルーシア軍艦隊、旗艦司令室-
広い司令室には、正面と左右に巨大なホログラフィックスクリーンが投影されている。
なぜ3つもメインスクリーンが有るかというと、この司令室では艦隊指揮から地上部隊の指揮のすべてを行っており、お互いに連携が取りやすいよう同じ部屋で指揮が取れるように設計されている。
正面のスクリーンを見て、向かって左側が地上部隊の作戦スクリーン。
一方反対側、向かって右側は宇宙艦隊の作戦スクリーンとなっている。
そして正面スクリーンはお互いの共通情報など様々な情報が表示されたシェアスクリーンとなっている。
司令室は3段ほどの階段状になっており、多数のオペレーターや司令官の参謀、将官席があり、階段の一番天辺部分が司令官席となっている。
室内は全体的に照明が控えめにされており、スクリーンが見やすいように配慮されている。
また、この司令室は船体の内部の強力に装甲化されたバイタル区画に有るために、船外が見える窓などは一切無い。
「降下地点"デルベ"へ向かっていたシュラウヒ24から27、全機通信途絶。撃墜されたもようです」
「……何だって?」
司令室左正面の作戦スクリーン上に4機の×印がマークされ、ロストしたことを知らせている。
司令室最上段にある司令官用のシートに座った男がオペレーターの報告に我が耳を疑う。
上陸部隊担当司令官が顔をしかめ、自分の顎をいじりつつ呟く。
「まだ対空火器があったとは…しかも最新装備のシュラウヒ隊のドロップシップを撃墜したとなると……新型か?」
「そんなのが居たとはなあ…約120人のロストか……ちと痛いなあ…索敵情報が不十分だったかなあ……」
地上部隊を指揮する司令官、彼の名はガルト・オーベル。ファルーシニアンの中年入り口33歳男性だ。
結成されたばかりのファルーシア軍で、は若い指揮官はなんら珍しいことでは無かった。
ただ、SSUの軍隊と違うことは、実戦経験も無く、作戦シミュレーションなどで好成績を出した者達。
悪く言ってしまえばシミュレーションゲームのヘビーゲーマーである。
しかめっ面をしながらぶつぶつ呟くガルト。
集められた情報を元に、彼の側近が状況を報告する。
「司令、生き残った護衛機の報告では、"レーザーのような光線に貫かれた"との事ですが、もしかしたら…」
「……まさか、対宙用レーザー砲を使ったとでも言うのか?」
「シュラウヒのLDS-11は通常の対空用レーザーシステムに対してはシールド効果を持たせていますから、恐らくは」
「クソッ、ヒューマン共め…オーバーキルってレベルじゃ無いぞ……」
ガルトは悔しそうに顎をいじっていた指のツメを噛んだ。
対宙用レーザーは大気圏内、すなわち地上から上空の宇宙空間に浮かぶ船舶を射撃するためのレーザーシステムで、空気中の不純物などで効果が減退してしまう大気圏内からでも十分大型船にダメージの入るように収束、出力が非常に強力なレーザー砲。
通常、大気圏内を飛行中の航空機やドロップシップを射撃できるようには設計できていないが、おそらく人力にて照準し、降下船部隊を狙ったのだろう。
「オーベル司令、"デルベ"以外の降下は無事成功しています。救助隊を組ませますか?」
先程の側近のものとは違う女性参謀の澄んだ声が響くが、すかさずガルトは言った。
「いや、距離が有り過ぎる。まだ"アルゴ"に前哨すら展開出来ていない訳だし、今降下地点を手薄にすればこの作戦自体が失敗しかねない」
「相手の対宙レーザーが有る以上、ドロップシップでも向かえないし……」
「ATVの降下もまだ準備が整ってないんだろう?」
「──では、見捨てるおつもりですか?」
参謀の意見に、相変わらず顎をいじりながら考え込む司令官。
「うーん……ゲームなら人権は無視できるから『ただの失敗』で問題無いんだがな……」
小さな声でブツブツと呟く。
別に聞かれても構わないと思ってはいるが、やはり不謹慎と感じる感情が声の大きさを抑えていた。
「そうだ、空のドロップポッドを2~3個墜落地点近くに落としてみろ。それすら撃墜されたら見捨てるほか無い」
「それから、レーザー砲の位置をスキャン。見つけ次第始末しろ」
指示を出すと、ふうーっと深くため息をつき、頭をかいた。
「あ、あの、オーベル司令……あの、索敵漏れが有りましたか……?」
ガルトの後ろ、正確にはシートの後ろの方から、おどおどとした可愛らしい声が聞こえた。
声の主はエミール・ウルシールト艦隊司令官、25歳の若いヒューマンの女性だ。
上記でも延べている通り、各司令官が後ろ向きに少々の間隔を開けて並んでおり、お互いの管轄を同じ部屋で指揮しているので、ガルトの後ろに艦隊司令がおり、お互いの戦況を確認し合うことが出来るのである。
その艦隊司令のエミールはシートを前、つまりは艦隊指揮デスク側に向けたまま、体だけこちらを向け、シートのヘッドレストの上に可愛らしくちょこんと手を載せ、顔を恐る恐るといった感じで鼻のあたりまで隠した状態でこちらを覗いている。
「いや、索敵漏れかどうかは分かりません。レーザー砲が起動していなかったのであればスキャンには引っかからないから……」
「艦隊司令の責任じゃありませんよ」
「そんなことより、SSU艦隊を近づけさせないようにして下さい、陸軍の被害が増しますんで」
ガルトがエミールに向き直らずに顔だけ少し覗かせて無愛想にあしらう。
別に彼女が悪いわけではないし、怒っているわけでもない。
ただ、ついそのようにあしらってしまうのは、エミールが自分より若いのにもかかわらず、成績が自分よりも優秀だったことに少なからず嫉妬しているからである。
だが、それでも普段はもう少し愛想よく対応しているが、今はそれ以上に兵力の初期投入を失敗した事への悔しさの方が強く、口調が素っ気なくなってしまった。
エミール自身も、別にガルトが自分の事を嫌っているわけではない事は重々承知しているが、やはりヘビーゲーマーたる所以の「性格」が、ガルトの「不機嫌」に対して過剰反応し、おっかなびっくりな態度になってしまう。
「オーベル中将、もし地上に支援砲火が必要だった教えて下さいね?こちらの支援艦はいつでも準備万端ですから」
そう言ってエミールは艦隊司令側へ向き直りシートに座り込んだ。
エミールの前には別のホログラフィックコンソールが数窓展開しており、その窓達の中の情報や司令発信ボタンなどを忙しく操作していた。
ガルトが艦隊司令側の作戦スクリーンをちらっと見ると、SSU艦隊の惑星ダルク支援予想範囲はほぼ惑星の1/4ほどまでに後退していた。
o(流石エミールだな…この短時間でここまでSSU艦隊を追いやるとはなあ……)
彼女の能力の高さを改めて実感し、感心するが見せつけられる実力の差にやはり少々嫉妬してしまう。
何度も言うが、別にガルトは彼女の能力を認めていない訳ではく、むしろかなり信頼している。
ただ単に嫉妬しているだけなのだ。
惑星奪還作戦を行う場合には必ずやらなければならない手順がある。
まず第一に敵側の惑星防衛艦隊を追い払うことである。
人員の補充や地上軍への支援砲火や物資の投下補給など、地上軍は何かと宇宙艦隊に支援してもらう機会は多い。
そのため相手側の支援を絶つためにもなるべく早く追い出すか撃滅することを求められるのだ。
この作戦は長期化するのが普通で、防衛艦隊の制圧に手間取ると、その敵艦隊の制圧している地上地域を攻撃、占拠することは難しい。
平均するとだいたい半月から一ヶ月以上、二ヶ月以内かかるのが普通であるが、見た目はまだあどけないちょっとオタクっ気のある少女は、それをたった12時間たらずでほとんどこなしてしまったのである。
実際エミールはシミュレーションゲームでの大会での数多くの優勝などの様々な経歴を持った凄腕ゲーマーであった。
ガルト自身も、彼女とは幾度も大会で対戦しており、一度も勝てなかった。
苦い思い出を思い出してしまった。
「オーベル司令官殿、コーヒーは如何でしょうか?」
司令室には定期的にドリンクや軽食を提供するスタッフが訪れる。
戦況によっては食堂や自室へ戻っての食事等は出来なくなる。
その為こうしたお世話をする専用のスタッフが司令室や管制室などの特定の部署に配置されている。
簡単に言えば旅客機の機内サービス係のようなモノだ。
「ん……コーヒー……のセットを頼む」
少し小腹が減った。この先もまだまだしっかりと食事を摂る時間はなさそうだと感じたガルトは、軽食の付いたセットを頼んだ。
腹が減っては戦はできぬ。頭脳を駆使するには糖分も不可欠だ。
「コーヒーのセットですね、畏まりました」
オーベルからのオーダーを反復して確認し、サービススタッフは今度はエミールの方へとスタスタと歩いていった。
オーベルは件のドロップシップ撃墜事件以外の任務や戦況をサブウインドウや大型シェアウインドウで確認し、自分のデスクの前のホログラフィックウインドウを見つめた。
タッチスクリーンとなっているそのウインドウには惑星ダルクが映し出されており、その左右には「生産」だの「部隊」だのと書かれたボタンが連なっている。
はたから見れば、完全にシミュレーションゲームの画面そのものだが、これは正式な司令プログラムでありゲームではない。
しかし、ゲームのように見えるのは何度も述べているとおり、元ゲーマーである指揮官達が直感で操作しやすいように工夫して作られている。
実際、この司令プログラムを作るにあたって、基本部分は有名ゲームメーカーにデザインをさせた程だ。
おかげで指揮官達はまるでRTSゲームのようにユニット生産、移動、攻撃指示、索敵情報等を見ることができる。
ガルトはふぅっと軽くため息をつくと、ばっ!と両手を左右に広げたかと思えば次の瞬間にはものすごい勢いで画面を操作した。
あっという間にメインウインドウの周りにサブウインドウが山と展開し、素人にはどれが何の情報を表示しているのか分からない程だ。
ガルトはそれら一つ一つの情報を素早く読み取り、次々に指示を出していく。
そうこうしていると先程のサービススタッフがコーヒーセットをガルトの元へと運んでくる。
「オーベル司令官殿、コーヒーセットをお持ち致しました」
そう言ってガルトのすぐ後ろに立った。
「いつもの位置に頼む」
「はい、畏まりました」
ガルトの言う「いつもの位置」は彼の右手側、40センチほど離れた位置。
彼が腕を伸ばせばカップ、ミルク入りのボトル、砂糖のカップ、ティースプーン、保温機能つきコーヒーサーバー、軽食全てに手が届く位置。
持ってくるトレーの上の配置も必ず決められており、彼があえてそちらに目を向けなくても感覚で全て熟せるようにされている。
ガルトの分を置いたサービススタッフは軽く一礼してゆっくりと離れ、エミールの方へと彼女の分を乗せた給仕カートを運んでいった。
「オーベル司令官、先ほどのドロップポッドの降下が完了しました」
「3個共に迎撃はされませんでした」
「それと、レーザー砲は再びオフラインにしている模様で、依然位置は不明です」
ガルトがコーヒーを自分好みに調合しようとしたその時、先ほど実験で打ち出したドロップポッドの報告が来る。
「よし、第二次降下部隊の中から数人引っ張れ」
「なるべく戦闘経験のあるヤツにしろ、助けに行ったのにやられちまったら意味が無いからな」
「1ポット5名で6班作って各墜落地点側に落とせ、急げよ」
「了解!」
コーヒーにミルクと砂糖を適当に混ぜ込みながら指示を出し、後ろを振り向きエミールへ告げる。
「ウルシールト艦隊司令、念のため墜落地点周辺のスキャンとモニターをお願いします」
エミールがシート越しに振り向き、「了解」と手で合図した。
まもなくして救出隊がポットに搭乗完了し、降下準備が整った報告がガルトに届く。
シュラウヒ墜落地点にはSSU部隊が進行中である事をエミールが共有モニターに表示した。
墜落からすでにかなりの時間が経過してしまっていた。
「クソ……時間がかかりすぎだよ……」
「よし、ポッド落とせ! ウルシールト艦隊司令、可能な限りで阻止砲火をお願いします」
ガルトからの要請に、エミールが叫ぶ。
「了解、シュラウヒ隊墜落地点"23"から"27"周辺のSSU部隊に向けて阻止砲火、フォイヤーフライ!!」
その合図と共に上陸部隊を乗せたキャリアーから4つのドロップポッドが射出され、次第に真っ赤な炎に包まれながら一気に大気圏へと突入していく。
そしてSSU軍のベルゲ墜落地点への到着を遅らせるために砲撃支援用戦艦から阻止砲撃が加えられる。
「艦隊司令!墜落地点"25"および"27"には近すぎて砲撃誤差範囲内、支援不能です!」
エミール側のオペレーターが叫んだ。
「間に合ってくれよ……」
ガルトは祈りつつも、恐らく好みに混ざっているであろうコーヒーを口に含みながら他の降下部隊の指揮を開始した。
「クソっ……適当過ぎたか……」
あまりにも大雑把に「投げ込んだ」せいで"調合"も失敗したようだ……
駄犬と化猫:用語、設定集
【用語】
・ドロップポッド。主に歩兵や小型の陸戦兵器を地表に送り届けるための使い捨てポッド。それ自体に飛翔能力はないため、使用できるのは艦隊直下数百キロ程度の地表範囲のみに留まる。