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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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ワーンサイド山から脱出セヨ

出来る時に更新。しかし、コロナのせいで取材が足りない。





 吊り上げで、地下世界を脱出。ああ、まだマッピング終わってなかったのに……でも、これで落盤とかが発生して、そしてそれで死んでしまったら、元も子もありませんし……

 急ぎの事態で、例の背負子は用意されていなかったらしく、バーナード氏に負ぶわれて、坑道を走っていきます。すごい。こんな道で走れるなんて!


 あの貯水池の上の橋を……そうか、もしも地震で落ちていたら、それでも外に出られなくなるのですね。すっかりこれの存在を忘れていました。

 橋の向こう側に、もうすでに扉が開いています。


 地震の時には扉を開けるのは、そういえば日本の常識でしたっけ。うろ覚えですが。何故なら枠が変形して、開かなくなるからだそうです。この鉄の扉が変形するのは、ちょっと想像がつきませんが、大自然の力を侮るのは、愚か者のすることですよね。

 どぉん、とも、ぼぉん、ともつかない音が、遠くから響きます。


「っとっと……しっかり掴まって!!」


 揺れる足元をものともせず、バーナード氏は橋を走って渡っていきます。

 いや、いくら小さな揺れとはいえ、とんでもない平衡感覚ですね?

 そう思っていたら、ばあやも身の回りのものを持ちながら、小走りにすたすたと橋を渡っていきます。えっ?! ばあや、実はすごい運動神経の持ち主なの??


 扉の外に出ると、遠くの空に灰色の煙が広がっているのが見えました。

 冬のアルビノアお馴染みの曇り空ですが、灰色の質感が違います。

 あれが……噴火ですか……


「お嬢様、こちらを」


 そう言いながら、ばあやが差し出してくれたのは、ノヴァ=アルスメディカ家お墨付きの、防塵マスク。そうです、呼吸器疾患持ちの幼女の、必須装備。

 私がぷるぷる震えている間に、書籍を含む貴重品、他、必要品などを、手早くまとめてくれていたようです。さすがはプロフェッショナル!!


 防塵マスクをつけ、光線過敏症対策の外套を羽織ります。曇天侮るべからず。雲は日光は遮れても、紫外線は遮れません。

 あっと言う場に、胡散臭い魔女っ子の完成です!

 しかし、外に出たはいいものの、これからどうするのでしょう?


「お嬢様、こちらを口に」


 次にばあやから差し出されたのは、もうこの旅でいやというほどお世話になった、酔い止め……もとい、酔い誤魔化しのミントキャンディ。

 えっ? ここまで馬車は無理でしたよね??

 私のそんな疑問は、聞こえてきた嘶きで解消しました。あ、馬ですか。なるほど、人が歩ける程度の道があったなら、馬でも……鵯越じゃあるまいし……


「アリエラ嬢、私の後ろに……」

「前って無理ですか?」


 景色が見えないのはもったいない気がします。

 それにほら、私は幼女ですよ。バーナード氏ほど広い背中じゃ、顔が埋もれて呼吸が出来なくなるかもしれませんよ? 結構ごつめの防塵マスクもしていますし?

 バーナード氏は、一瞬だけ視線を宙に泳がせました。あ、呆れましたね? しかし、次の瞬間にはもう「了解しました」と言ってくれました。


 先にバーナード氏が鞍にまたがります。前のスペースに小ぶりのクッションを敷いて、その上に私が座り……で、バーナード氏の体と私の体をまとめて、紐でぐるぐる巻きにします。これ、うっかりバーナード氏が落馬したら、私は巻き添えで死にそうな……

 ところで、ばあやはどうするんでしょう?


「おお、ヴィッカー夫人、さすがですね」

「まだまだ若い者には負けませんよ」


 ばあやはいつの間にか乗馬ズボン姿になっています。なんと用意周到なプロフェッショナルの鑑! ばあやはすごい!!

 ところで、馬、足りますか? 見たところ、ばあやは一人で馬に乗るようです。もしもあぶれた一人を山中に置き去りにすることになるのなら、さすがに気が咎めるのですが。


「よし。じゃあ、帰りは俺の方に乗る」

「な? 俺も役に立つだろ?」

「まぁ今に育っちまうだろうけどな」


 声に振り返ると、最初にお世話になった二人と、十を過ぎたぐらいの子どもが一人。なるほど、子どもの方が、二人のうちどちらかと相乗りするというわけですね。

 全員の準備が整ったら、最寄りの町であるキャンベルタウンへ出発。


「ヤッ!」


 一人乗りのスタッフの馬が先導。ばあやがそれに続き、次が私とバーナード氏。そして最後尾が二人乗りのスタッフの馬です。

 前に乗せてもらったおかげで、ばあやの手綱さばきが多少見えます。まるで危なげがないですが、どこで乗馬なんて習ったのでしょう? スノードン伯爵領出身なので薬草に詳しい、とは知っていましたが……


 それにしても、乗馬って、悪くないですね。

 生き物に乗っているからでしょうか? 馬車の時にはあんなにも疎ましかった揺れが、なんだかアトラクションみたいで、楽しいです。お尻が少し痛いですが。


「アリエラ嬢、スジがいいですね」

「えっ? 乗馬のです?」

「もちろん。衝撃の逃がし方が上手です」


 ははぁ。物理学的に考えて、なるべく衝撃が最小限になるように体を動かしているのですが……思わぬ特技の判明ですかね? まぁ喘息と光線過敏症の合わせ技……今みたいな服装で夏に馬に乗ったら、熱中症間違いなしとしか想像できませんが……おのれ。




 先導の人はハンク。最後尾を固めるのは、小さい方がネッド、大きい方がダン。

 ダンといえば「ダニエル」の通称であることが多いですが……


「いや、戸籍はダミアンのはずです。ちなみにハンクはヘンリー、ネッドはエドワード。まぁ、そんな仰々しい名前、鉱山労働で呼んでられやしないでしょう?」

「それもそうですね」


 バーナード氏のお言葉は、実にごもっともです。

 しかし、そうか……するとやっばり、ヘブライ語系の名前ではない、と。ダミアンならゲルマン語……もとい、こっちの世界でいう古ヴァルト語起源でしょう。

 前世でお馴染みだった聖書起源の人名に、本当に会いません。私の活動範囲が狭いというのもあるかもしれませんが、さすがに知り合いも十人を超えましたよ?


 ひょっとすると、こちらの世界には、いわゆるユダヤ人に該当する「民族」がいない? ユダヤ教に該当する一神教がない??


 そういえば、オルハン帝国の東部聖教も大陸教会も、人格をもつ唯一神という設定はありましたっけ? 聞いた記憶がないような……アルビノア国教会は特殊だとしても……いや、でも姉妹宗教ということは、少なくとも崇拝対象がかけ離れているということは……いや「中にいる人」からすれば、キリスト教とイスラームは大違いなんでしょうけども……


 体は反射的に衝撃を逃がしつつ、もにょもにょ考えます。

 クッ。歴史の知識が! 歴史の知識が足りません!


 ちなみに前世ウェンディの専門は、いわゆる情報工学系。システム工学。

 フィールドワークも実験も出来ないのに、化学や生物学や地学やなんて、必修単位が取れません。数式に萌えられる体質でもないのに、数学科なんて耐えられません。文学も萌えませんでした。歴史には多少萌えましたが、歴史学をやりたいわけではなく!

 体質と希望を折り合わせた結論が、システム工学でした。


 まぁ、現時点でその産物が、すさまじく役に立ってますけどね。


 この世界はウェンディの妄想ですが、つまりは理系少女の本領発揮結果。すなわち、専門知識を突っ込みまくって、モデリングとシミュレーションを繰り返した、本気の趣味の産物。

 さすがに、恒星系だの惑星だのプレート運動だのを、手計算で処理する余力はなく……そう、余命的な意味で。


 だから、仮説が乱立して曖昧なところは、システム設計者の文字通りチートで、望んだ結果になるように手を加えたり、ご都合主義をやったりもしましたよ。邪道。

 人間は神ではありませんので、全知全能などではないのです。


 しかしまさかね、こっちに転生(?)するだなんて。

 どうせ転生するなら、魔女扱いされる赤毛ではなくて、喘息も光線過敏症もない、もっと元気モリモリな肉体が欲しかったというのも本音です。しかし、それに加えて地質の研究に打ち込める家に生まれたいとまで言えば、過剰要求というやつでしょう。欲張りすぎです。

 おじいさまやお兄様に出会えただけで、満足しなければ。


「また灰掻きかぁ」

「チェシャー居住者の宿命だろう」

「こんなに耐酸コンクリート要らねぇだろ」

「それは同意する」


 ネッドがぶつくさ言うのに、ダンが淡々と応じています。

 たしかに……この噴火規模からすると、結構灰掃除は面倒そう。

 ところで、チェシャーって鹿児島県なんですか? そして耐酸コンクリートって? 何の使い道もないとか言われていた、あの桜島の火山灰にも、もしかしてリサイクル方法があるというのです?


「チェンダースクートが噴火したということは、他の六山も警戒水準が上げられるだろうな」

「火山の兄弟仲が良いのは嬉しくねぇな」

「同意する。ちなみに俺の予想では、次に煙を上げるのはペニージャンだ」

「おっ、賭けか? じゃあ俺はイングルバラだな」

「違う、賭けじゃ……」

「黙らんかこの不謹慎兄弟!!」


 バーナード氏が一喝。み、耳が……

 漏れ聞こえる限りでは、不謹慎なのはネッドだけで、ダンは巻き添えですが。あとやっぱり兄弟なんですね。髪の色も目の色も、二人とも同じ茶灰色だったので、もしやと思っていましたが。

 ……まだ頭がぐわんぐわんします。これが鉱山現場監督の怒鳴り声ですか。


「私は、ワーンサイドでなければいいです」

「まぁ、それはアリエラ嬢の仰るとおりですが」


 だって、今私たちが移動しているの、ワーンサイド山の傍ですからね!

 でも、あの地震の震源、やっぱり近かったと思うんですよ……いや、あんまり不吉な予想はしたくないのですけども。でもこのワーンサイドも「七人兄弟」の一角なわけで……

 おっと! また揺れが!


「ヴィッカー夫人! 速度、もっと上げられますか?!」

「ええ、なんてことありませんよ!」

「よしハンク! あと2段!」

「了解です!」




 幼女も本気を出せば、3時間ぐらい起きられるのですね。

 キャンベルタウンに辿り着いたあたりで、限界が来ましたが。

 とりあえず、途中から火山灰が降り始めて、最初からフードを被っておいて良かったな、と思ったことだけは、やけにしっかり覚えています。


「……お腹空いた」


 目覚めて一発目の感想ですが、だって、地震と噴火のせいで、昼食を食いっぱぐれてしまったのですから、致し方ありません。

 ベッドから起き上がり、サイドテーブルの上にのっていた呼び鈴を振ります。ばあやがいるのが当たり前の生活だったので、なんだか少しそわそわします。


ウッス(ヘイ)。気分はどうだ、お嬢?」

「悪くはないけど、お腹がぺこぺこよ……ところで、ここは?」

「俺たちの家だ。一般の宿はまずかろう、ってな」


 からから笑ってネッドが言います。ばあやは?


「ヴィッカー夫人なら、湿布つけてたぜ。やっぱ年だな」

「そう……じゃあ安静にしてもらわないと。ところで……」

「メシだろ? 持ってくる。そこ座ってな……どうぞ(プリーズ)


 唐突に丁寧な語をつけられると、なんだか違和感があります。しかし、ドアの外から聞こえてきた足音が兄のものであることを、ネッドは察していたのでしょう。

 にゅっと、ダンの顔がまず見え……そして、足と、トレーを持った手が視界に入ります。

 私は急いで、部屋にあった椅子に座り、テーブルとの距離を整えました。


燕麦粥オートミールだ。ヴィッカー夫人に甘いものが好きと聞いたので、テンサイ糖と干し葡萄(レーズン)を入れてみた。口に合うと嬉しい」

「ありがとう!」


 添えられた木匙で、すくってみます。細挽きなんてものじゃないですね……ほぼ粉です。それをホットミルクで煮ているので、とろっとろの重湯みたいな状態。レーズンがぽつぽつと浮いているのが、なんだか白い母岩の上のガーネットみたいです。

 さて、お味は……うん、燕麦オーツ。ミルクと砂糖を混ぜようとも、誤魔化し切れないこの謎の穀物感。粉なのに。しかし贅沢は敵ですし、ご厚意を無下にするのはいけませんし、空腹は最高のスパイスなので、うん、まぁ。あ、レーズンは美味しい。


「ごちそうさまでした」

「いえ……」


 弟と違って、ダンは不器用そうにボソボソ喋るのですね。

 トレーを引いた兄が去ると、ネッドがにやにや笑っていました。


「あんまり美味くなかっただろ?」

「えっと、その……」

「アンタの顔見てたら分かる。まぁ、お貴族様の口に合わねーのはしゃーねーって」

「ごめんなさい」


 いたたまれない気持ちで頭を下げます。

 三食プディングでも平気だと思っていましたが、私の舌はすでに肥えまくっていたようです。三食オートミールはちょっと……できることなら、ちょっと……

 そんな贅沢な己に震えながら縮こまっていると、あっはっは、とネッドが声を上げて笑い出しました。え? 笑う所ありました??


御館様ロードより偉いガクジツ(アカヂミック)貴族なのに、すっげぇしおらしいの!」

「え? え? あ……御館様ロードって、チェスター子爵様のこと?」

「当ったり前じゃん。ここはチェシャーだぜ? で、そうなんだろ? アンタの家系ラインって、御館様の家系より偉いんだろ? 俺、聞いたんだぜ!」

「バーナード氏から?」

「そりゃそうだろ」


 なぁ、どうなんだよ? という視線は、ともすれば不躾とも言えるでしょうが、なんとなく愛嬌があるせいで、許せてしまいます。

 とりあえず「チェスター子爵家より」と言う時に、あえて「family」ではなく「line」と言ったのは、ようするに「アルス家系」ということを問うているのでしょう。学術貴族の子爵家というのは同じですし。


「偉いかは知らないけど、古い家系なのはそのとおりよ」

「つまり、昔から偉い家系なんだろ?」

「うーん……おじいさまや、お父様やお母様は、素晴らしいわ」

「お嬢は違うのか?」

「私は、これから頑張るところ」


 そのために呼吸器疾患を改善する必要があり……そのための岩塩坑療養実験だったわけですが。

 まぁ仕方ありません。地震と火山は、人間の力ではどうにもなりません。


「ところで、チェシャーって噴火に慣れているの?」

「当ったり前だろ。七つもあるんだぜ? 今回のはちょっと大きめだけど、噴煙ならだいたい毎日どれかで出てる。ワーンサイドだって、煙は出てたろ? 白かったけど」

「ええ。じゃあ、そんな大事にはならない、っていうのが、ネッドの予想かしら?」

「まぁね。このぐらいなら、あと二つほどボーンといって、そっからまた大人しくなるかな。俺の経験から言うと」


 経験則を語るには、まだちょっと人生が足りていない気がしますが。

 いや、だって、アリエラはウェンディ時代を合わせれば、二十歳を超えていますので。


「ちなみに、ネッドは何歳なの? 私は6歳よ」

「もうすぐ11歳だ。学校とも、あと少しでおさらばだぜ!」

「勉強が嫌いなの?」

「あんなのが好きなのは、御館様とかお嬢みたいなガクジツ貴族だけだろ。たいていの庶民は嫌いなモンだ。俺の家系は全員そうだぜ。なんだっけ? そうそう、遺伝素ジーナスが違うってやつ」


 ネッドがあまりにもあっけらかんと言うので、頭が痛い。

 なんでしょうね、この、優生学が浸透したディストピア感……





ネッドの書きやすさったらない。

ちなみにエドワードだと、アリエラ父と同じファーストネームになってしまう。

でもこれでもラテン語人名よりはバリエーションが多いのだ。


古代ローマ史をやっていてイヤんなっちゃうのは、親子に限らず同名だらけということ。男性名は20ぐらいしかないし、女性名に至っては氏族名の女性形なので、同族はみんな同名。

つまり、コルネリウス氏族の女性は皆コルネリアであり、クラウディウス氏族の女性は皆クラウディアであり、ユリウス氏族の女性は皆ユリア。

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