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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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目指せ、ビーコン山地!

2022年です。明けましておめでとうございます。

全然更新しなかった2021年。今年はもうちょっと頑張りたい所存。





 学術貴族らしく、アカデミックな会話を楽しんだ晩餐会。

 その後は、明日の出発に備えて、温泉で英気を養います。


 そういえば岩塩坑の中では、こんな素晴らしいお風呂は味わえませんね……地上に上がった時にお湯を使うとしても……アッ、ということが、これが当面の「最後の晩餐」ならぬ「最後の入浴」……じっくり楽しまねばなりません。


 昨日のことを反省し、傍らには冷たい塩入りレモン水を用意してあります。発汗時には、水分もさりながら、ミネラルの補給も大切ですからね!

 落として割らないように、用意されたコップは木製です。まぁ? 昨日のこともありますからね?


 そのコップに向けて、ちょうだい、とばかりにおねだりの目を向ければ、もう、ばあやが注いで渡してくれるのです。なんという至れり尽くせり……至福……では、いざ、レモン水!

 くうぅっ、沁みる~~! ああ、たまりませんね。冷たいものを飲みながら温泉だなんて、前世には考えられなかった極楽タイムですよ。なんて素晴らしい世界!


「ばあや、おかわり!」


 なんとも幼女らしい無邪気な要求をしますと、ばあやは笑顔で、コップにおかわりを注いでくれます。ああ~、前世のイメージで言う所の「貴族」してる! って感じですね。


 今更ですが、高緯度地帯にあるアルビノアは、柑橘類の栽培に適しません。火山灰土壌を肥料で改善したって、気候はどうにもならないのです。そういうわけで、アルビノアのレモンは高級品。その高級品を飲んでいる私、お貴族様ですよ!


 17世紀のフランスでは、オランジュリーという柑橘類栽培用の温室が作られ、富裕層が富を誇示するために、そこでレモンを作っていたそうですが……富を誇示する富裕層という存在が、アルビノアの気風的にどうにもしっくりきません。宝飾品は礼儀として必要なものですが、温室で富を誇示する存在は、少なくともアルビノア貴族にはいない気がします。研究費用の調達で毎年シンポジウムという名の戦いをしているのですから。


 アア……レモン水美味しいです! 生きてるって素晴らしい!!



 さて、まずは2週間……お勉強とお仕事が捗りそうですね~。


 私で結果が出たら、娯楽も備えておくと良いと進言しておきましょう。私は本を読んで過ごしましょうかね……ランタンかけておけば大丈夫でしょう。目が疲れたらすぐに寝れば! もちろん、眼鏡は存在するので、眼鏡っ子になっても構わないというのなら、むさぼり読むこともアリでしょうが……あまりこれ以上メンテナンス作業を増やしたくありません。あと眼鏡のフレームで、金属アレルギーなど出たら悲惨すぎますし。


 ……いえ、万が一のことを考え、読書はやはり控えるべきですね。目が疲れたらすぐに寝れば、とか言ったって、そもそも疲れを感じる段階で限界の証拠! それに、お母様の目というか視力のことも、あまり存じ上げませんし……視覚に関する遺伝は、基本的に母系遺伝。お母様のお目が悪かったら、私もいずれ眼鏡っ子が内定なのです。


 よし、効くかどうか知りませんが、ブルーベリーを所望しましょう。前世でも、アントシアニンの薬理作用は未解明でしたし、信頼できるデータも不十分でしたが、病は気からという部分もありますし、鰯の頭も信心からとも言いますし、それに何より、美味しいではありませんか!


 でも、今の季節ならジャムでしょうね。生でなければ、というこだわりはありませんけども。たとえば、ベリージャムパイ……アッ、考えただけでよだれが……

 だって、信じられます?! 小麦粉にバターなんて、前世の私が食べたら死にますよ! それが美味しいと言える今の人生、ああなんて幸せなんでしょう! ちょっとぐらいの光線過敏症と、ちょっとぐらいの喘息、2週間ばかりの毎日はお風呂に入れない療養だって、美味しい差し入れがあれば生きていけます! バンザイ! 小麦と乳製品の食べられる生活!!


「お嬢様、何をニヤニヤなさっておいでで?」

「ブルーベリーのジャムパイが食べたいなぁ、と」

「さっき晩餐を召し上がっておいて?」

「明日以降の話よ」


 さすがにもう入りません。美味しい物大好き、食い意地が張っていると言われても、反論の余地がなさそうな顔を毎回している自覚はあります。しかぁし! 私は贅沢なローマ人などではないのです! まだ食べたいからって、羽を口に突っ込んで吐くとかいう、そんな真似はいたしません!!

 食べたくても満足に食べられない人もいる世の中、お腹いっぱいになれたら、もうそれだけで最高に幸福だというのに。そういう暴食は罪ですよ罪!!


 ああ~、温泉、気持ちいいなぁ……もう一杯いきましょう。レモン水!

 お母さまはきっと温泉が素晴らしいから、まだ調査から戻られないのですね。

 ……娘より温泉を取っているとは信じたくありませんが!

 しかし、こんなにも素晴らしいものなら、ちょっと、ちょっとと滞在を伸ばしてしまったのも、納得してしまうような気もします。お肌がすべすべになりますし。


 ああ、成分分析したい……私は温泉の成分には全く詳しくないのですけれどね。入れないものの美肌効果とか言われましてもね、って感じだったので。


 おっと、そろそろ、お湯から上がりましょう。のぼせてはいけません。

 ぽかぽか良い気分で、ベッドに転がります。ラヴェンダーの良い匂い……





 朝起きれば、幸か不幸か素晴らしい晴天。


 ねぇご存知です? 今は冬なのですよ? アルビノアはCfb、西岸海洋性気候なのですよ? つまり、冬は基本的に曇天で、日照時間が少ないはずなのですよ? だから私、冬に移動しているはずだったのではないのですか??


 曇天をいいことに、道中の地形など楽しもうと思っていた日に限って、こんなにも晴れるだなんて……いえ、落ち込んでなどいません。落ち込んではいけません。喘息が改善したら、ドーヴァー侯爵家の遮光装備を大いに活用して、きっと外出しまくってみせるのです!


 それに、本を読まなくても課題はありましたからね……おじいさまからの、クライルエンのオリジナル地図を作るようにとの、あの課題。そういえば、チェスターへと旅立ってからは、とんと取り組んでいませんでした。じっくり考えをまとめるいい機会のはず。


 そんなことを思いながら、朝食を終え、チェスター子爵にご挨拶し、馬車に……

 ……わたしのばか。


「み、ミントキャンディーを、ちょうだい」

「はいどうぞ」


 これから向かうのは岩塩坑です。具体的に言うと、ビーコン山地という山間にありますが、鉱山というのは、基本的には屈強頑健な者たちの世界……重労働と塵肺ゆえに平均余命が劇的に短いとか、まぁそういう現実もありますけれども、一応は身体壮健な者たちが向かう場所です。


 何が言いたいのかと申しますと、つまり、道路事情が悪い。

 ただでさえ三半規管が繊細らしく、馬車酔いを展開する身だというのに、道路事情がさらに悪化すればどうなるかなど、もう火を見るよりも明らかですね。


 ああ……朝ごはん、美味しかったのに……ああ……


 この感想で、もう全てが察せる展開ですね。

 子守唄をねだるまでもなく、半死半生グロッキー幼女の完成。


 うう、申し訳ありません、おじいさま……きっと、いつかきっと、乗り物酔いは克服してみせます! でないと遠出できないではありませんか! あらゆる地層と岩石を楽しむ旅に出られないではありませんか! 私は生まれ変わったのですよ! 無菌室の外に出られるのですよ! 地学を実感せずに何のための新たな人生ですか!


 玄武岩バサルト安山岩アンデサイトもとい、こっちの世界ではマルマタイトも、流紋岩ライオライトもデイサイトも、何だったらコマチアイトだって見てやるのですから!!

 地球とほぼ同じ環境に設定したのですから、この惑星でだって、かつてはコマチアイトが流れ出ていたはずです。地球では、古い時代に惑星内部が現在より高温だった証拠とされる火山岩ですが、この惑星も、私のシミュレーション上では昔より温度が下がっています……が、昔はあったはず!


 融点摂氏1600度以上と、玄武岩よりも融けにくい火山岩です。同じく古い時代の火山活動を起源とするキンバーライトとは違い、カリウムではなくマグネシウム含有量が18%程と高いのが特徴です。二酸化ケイ素(SiO2)の含有率(重量パーセンテージ)は46%を切り、玄武岩の「塩基性岩」を超える「超塩基性岩」に分類されます。


 なお、火山の「酸性」「塩基性」は、二酸化ケイ素の重量パーセンテージで定まります。二酸化ケイ素含有率が少ないと塩基性、逆に多いと酸性。ざっくり言って、45%以下がコマチアイト。約45~52%が玄武岩。52~63%が安山岩で中性岩。63~69%がデイサイトで、約70%以上が二酸化ケイ素だと流紋岩で酸性岩となります。流紋岩を舐めると酸っぱいわけではありません。断じて違います。


 二酸化ケイ素というのは、きわめて端的に言えば水晶ですから、基本は無色透明です。含有率の高い酸性岩になればなるほど、冷え固まった時に白っぽくなるわけですね。


 玄武岩バサルト玄武岩げんぶがんなんて日本名がついたのは、兵庫県豊岡市の玄武洞が由来です。で、玄武洞の名の由来の一つは、あの岩の黒色が、北方を守護する聖獣にして黒をシンボルカラーとする玄武を連想させたからです(もう一つは柱状節理のひび割れが、蛇と亀っぽかったから)


 つまり、玄武岩よりも二酸化ケイ素含有率が低いコマチアイトは、もっと真っ黒なはず……なのですが、古い時代の岩石であるために基本的に変成作用を受けており、必ずしもそうとは限らない、らしいです。広域変成とか接触変成とか。あと接触変成でも、熱水変成とか動力変成とか、隕石の衝突による衝撃変成とか、色々区分はありますけど。

 とにかく、組織変成を起こしてしまうのです! 固まりたてホヤホヤのコマチアイトは、もはや見ることはできないのです! ああ、残念……


 ちなみに二酸化ケイ素含有率の差は、冷え固まった時の色以外にも影響があります。

 二酸化炭素含有率が低い塩基性岩に比べ、含有率の高い酸性岩は、粘り気が強くなります。流紋岩の名前の由来は、マグマの流動時に形成される斑晶の配列などによる流理構造ですが……とにかく流れません。ねっばねばです。逆にハワイのキラウエア火山は玄武岩で、その流れる様は有名ですね。


 とはいうものの、火山によって出てくる溶岩質は決まっているとも言い切れず、例えば日本では長崎の雲仙岳は、安山岩とデイサイトが出たことがあります。同時の噴火で出たわけではありませんが。


 雲仙岳で安山岩質溶岩が出たのは1663(寛文3)年の噴火で、デイサイト質溶岩が出たのは1792(寛政4)年の噴火です。1792年の噴火は眉山まゆやまの山体崩壊によって大規模な津波が引き起こされ、「島原大変肥後迷惑」と呼ばれる大被害で1万数千人が死亡したと伝えられます。


 雲仙岳といえば有名なのは平成の大火砕流ですが……そういえば、あの時の噴火は、平成新山という溶岩ドームが出来てますね。玄武岩や安山岩でも溶岩ドームの形成はありますが、雲仙岳のはデイサイト質です。


 とりあえず、あの噴火の時は火砕流の危険性を報道陣がろくすっぽ認識しておらず、火傷で済むとかいうあり得ない思い込みもあったそうで……それが被害を拡大した一因という指摘もある模様。摂氏1000度に達するというのに、火傷で済むわけないですよ。


 あと、車で逃げ切れると思っていた人もあったそうですが、時速100kmになることもあるんですからね! 噴石ごろごろの道でそんな速度出るとでも?! 火砕サージなんてもっと速い場合もあるんですよ!


 ……そう考えると、海で火砕流を観察してたお母様は、豪胆を通り越して無謀と形容するべきかもしれません。明神礁のベースサージ(火砕サージの一種)が有名ですが、この時は付近を航行していた海上保安庁の船が巻き込まれて、乗組員31名全員が死亡したと考えられているのです!(注:ただし目撃者がいないため確定的なことは言えないそうですが)


 とにかく、お母様は、さっさと娘に会いに帰って来るべきです!




 延々と火山のことばかり考えていると、どうも酔いが緩和した気配。私ってば地学バカなのかもしれません。良いんですよ! アルステラ家においては美質なのですから!!


 昼食はさすがに遠慮して、毛布をかぶってひたすら体力回復。しかし、日が落ちてくると、そろそろお腹が空いてきます。高緯度地帯にあるアルビノアでは、冬の日没はおやつの時間……というわけで、チョコレートを確保します!


 カフェインによる不眠? そんなもの知りませんね!

 チラミンによる急激な血管収縮から拡張と、それに伴う片頭痛? すでに頭ぐわんぐわんしているのですから、むしろ甘味をいただきたいのですよ!


 この肉体は幼女であり、味覚も幼女相応なので、甘い甘いチョコレートです。高カカオなビターテイストは、多分トラウマになるんじゃないでしょうかね。今食べたら。


 チョコレートの語源は諸説ありますが、16世紀のスペイン人が「チョコラトル」という語を使っており、複数の説において、アステカの民が使っていたナワトル語で「水」を意味する「atl」が語源の一部と言われています。ということは、こっちの世界でもこの甘い食べ物が「チョコレート」と呼ばれている背景には、ナワトル語的な言語が存在したということになりますね。


 ちなみにこちらの世界では、カカオ豆の原産地はサーマス大陸。いよいよもって南北アメリカ大陸の気配。アステカやインカに対する征服者コンキスタドールのあれやこれや、そんなことは、こっちの世界でも発生しているのでしょうか?


 我がアルビノアが、イギリスとは違ってカリブ海砂糖植民地的なものを持たず、テンサイによる砂糖生産をしているとは言え……基本的に歴史には闇がつきものですし。

 ……やめましょう。素直に美味しいと思えなくなります。


 ぺろぺろとチョコレートを舐めて、もう一度馬車に乗り込みます。

 今夜はまだ岩塩坑には到着できないのです。虚弱幼女を伴う旅は安全重視で、速度はゆっくり。あと二日の旅程を残します。ミントキャンディばかり舐めるのは、ちょっとご遠慮したいので、明日も駄々をこねてチョコレートをせしめると、心に誓います。


 街道沿いの宿場町に入ったところで、本日の行程は消化完了。

 まぁ、この頃には私、寝ていたのですけれどね!


 目覚めた時には、宿の天井が見えていました。チェスター子爵の紹介状のおかげで、町で一番の宿を予約できていたそうです。


 どうせ吐くだろうと思いつつも、多少は消化されろとの念を込めて朝食。ジュースなら多少はマシに違いないと考え、極力脂っこいものは避けと、無い知恵を絞って食べます。栄養学には多少の知識はありますが、前世の私は大量のアレルギー持ち、かつ、完全管理された病院食しか食べていないのです。そして車酔いなど夢のまた夢……対処法など知り得ましょうか!


 とりあえず、オートミールって、要するに麦粥なんですよね……塩を入れたものと、ジャムを入れたものと、二つをちょっとだけ作ってみましたが、あんまり、その……ええっと……


 馬車に乗り込み、出発。本日は曇りですので、時折外を見ます。

 ……んっ?! あ、あれは!!


「おじいさま! おじいさま! 山から煙が!! あれが火山ですか?!」

「ああ……ビーコン山地まで来たな。あれはワーンサイド山だ。そう、火山だよ」

「煙が出ています! 噴火していませんか?!」

「あれは噴火ではないよ。噴火はもっと黒い煙が出る」


 水蒸気爆発は白い煙が出るのでは、と思ったのですが、つまりこれが日常の風景ということは、とりたてて大騒ぎするほどのものではない、ということなのでしょう。

 ああ、やっぱりここはアルビノア……イギリスではないのですね。






新年早々の謝罪。前回「次回は岩塩坑」と言いましたが、辿り着きませんでした……次回、次回こそ岩塩坑まで行ってみせます!!


語源解説

・ビーコン(Beacon):古英語では狼煙や篝火をさす。火山を狼煙に見立てた命名。

 なお、ビーコン山地の山々の名前に拝借したネタ元のペナイン山脈には、イングルバラという山(厳密にはFell、すなわち「丘」)があり、この最初の音節の「ingle」の語源の説の一つに、スコットランド語の「篝火」がある。

・ワーンサイド(Whernside):1208年に「Querneside」として記録があり、これが語源と思われる。意味は「石臼(の材料にする石材)が採れる山」。

 石臼の材料として好まれる石材の一つが玄武岩であり、おそらくアルビノアのワーンサイドは地質学的に古い時代に流出した玄武岩が採れ、それが石臼の材料に用いられていたのだろう。そういうことにしておく。


Aug. 07, 2023. 気候区分を修正。レイアウトを調整。


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