表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
90/102

暗黒童歌とちょっと不穏な旅路

お久しぶりです! この小説をしっかり書くために、宝石学の勉強会に参加し始めました。だって、おじいさまは「アルビノア一の宝石学の泰斗」という設定なんですから、しっかりした知識を身につけておかないと、おじいさまのキャラが、看板だけ立派なペラペラになってしまうじゃありませんか……


で、分からないことを調べていたら、こんな月日が経っていました。あと同時に、地質学と化学についても、改めて勉強し直しています。火山学もしっかり学ばねば……この小説の登場人物、国家予算もらっているクラスの研究者がかなりいるのだから、書いている私がばかをさらし、登場人物の格を下げるような真似をしないよう、本当に気をつけないと……


ぼんやりとしたオチは決まっているので、更新速度は期待できないと思いますが、理系学問に興味を持ってもらいたい、という目的については、より充実した内容でお送りしていけるんではないかな、と思います。





 馬車旅の間は、昼はひたすら寝て、夜はばあやの童歌を聞いていました。二日というのは、いうほどの日数ではないかもしれませんが、幼女の体感一日は長いのです。

 さすがは、ばあや。童歌のレパートリーというか、バリエーションというか、知っている数がとんでもなく多い。ただし、たいていが暗黒な内容です……


 初日の夜に歌われた『夜の子ら』は、意味は特に考えられることもなく、なんとなく「アーリンネーリン」の語感が良いので歌ってみた、というのですが……アーリンネーリン? 何ですかそれ?

 どうやら決まり文句的なものらしく、複数の歌に出てくるのです。逆に気になってきますよね。民俗学研究の家系はないのでしょうか。地域ごとの童歌を分類したところで、国家予算を得られる気はしませんけれども。


「海の果てに輝く 白き孤独の星を追う 見果てぬ夢のごとく

 日は高く影は深く 夢を夢見る アーリンネーリン」

 ……などのように、ア―リンネ―リンはマイナー調の暗い童歌に、高確率で登場します。

 ざっと分類した限りでは、アーリンネーリンというのは、


 ・夜か、影の中にいる存在、もしくは影の主

 ・夢を見ている存在

 ・表だっては報われない存在


 ……であるようです。何のことやら、さっぱり分かりません。しょっちゅう「影の国の」って出てくるあたりに、なんとなく、ケルト神話に出てくる「影の国」を思い出しますけれど。

 そういえば、ファーガス様の名前の由来は、地球でいうところのケルト神話、こちらでいうところのセルト神話、でしたっけ。フェルグス。そういう謎のおとぎ話があるのかもしれません。


 とはいえ、そのような話は、アルステラ家で教わる内容とは、あまり思えません。おじいさまは、どこまでも科学中心の理系。ファンタジーは叩きのめす主義。

 ウーン、英才教育といえば聞こえは良いかもしれませんが、少々専門偏重が過ぎているのかもしれません。だから6歳にもなるというのに、私はろくに子守歌も知らないような有り様になるのです……いえ、幼すぎて聞いたことを覚えていないのかもしれませんが。


 文系も一般教養ぐらいは学んでおくべきだと思うのです。地球の知識が転用できる自然科学系の学問とは違って、文学なんてこの世界の完全オリジナルになるわけでしょう? アメリカで聖書の引用をするノリで、この世界の古典を出されて「なぁにそれ?」状態になってしまうのは、いくら理系とはいえ学術貴族として恥ずかしいのでは?

 ……嗜み程度には、文学も学んでおきましょう。まずは眼前のばあやから聞き取りを!


「ばあやはそれらの歌を、どこで覚えたの?」

「スノードンの実家ですね。つまり、婚家のヴィッカー家ではなく、生家のリスター家でです。染色業を生業としていることはご存じでしょう? 父が学術騎士に叙されたこともあって、あの頃は様々な方面から、これは染まるだろうか、これを染める方法はないだろうかと、多くの依頼が入っておりまして……その時に出入りしていた者が、子守に歌っていたのです」


 詳しく聞けば、ばあやはその時まで、私に歌って聞かせた多くの暗黒な童歌のことを、ほとんど知らなかったようです。

 数少ない無難な内容の童歌が、それまでに聞かされていたもの、と。


「お嬢さまは、いかにも『子どもだまし』な歌は、子ども扱いをされているようで、あまりお気に召さないのではないか、と思いまして」

「別に、気が紛れれば良いのよ?」


 お子さまらしく振る舞わなかったツケが、暗黒童歌で返ってくるだなんて、私はまったく想像もしていませんでしたよ! 私が普通の幼女だったら、トラウマもののホラー展開では?


 気は紛れるけれども寝つけない夜を越え、船で川へ。

 馬車酔いが酷かったせいか、船酔いは思ったほどしません。足下がグラグラするのと、ガッタンガッタンするのだったら、グラグラがマシだというのが、どうやら私の三半規管が下した結論のようです。


「ここから西の海へ出て、そこから川を遡上して、チェシャー地域へ入る」

「いよいよなのですね!」

「そうだ。これでお前の体質が改善すれば、次の学期から、学校へ通うことも夢ではなくなる」


 ああ、そういえば、学校……ええ。私はフィールドに出たいのが一番の望みであるのですけれど、もちろん、健康な人々のような「普通の生活」というものにも、それなりに憧れはあるのです。

 わーいわーい、と喜んでいる、その姿は黒ずくめ魔女っ子なのですが。


 光線過敏症は、さすがに岩塩の洞窟で改善はしませんよ、ね?

 もしも光線過敏症まで改善したら、アルスメディカ一門が、症例研究と論文執筆のために殺到すること間違いなしです。


 川面の照り返しで、幼女の両面焼きにならないうちに、船室に撤収。

 抗炎症作用を持つ薬草の成分をじっくり抽出したお湯に、ガーゼタオルを浸けます。そして、ちょっと湿り気が残る程度に絞り、顔や手にかぶせます。

 まだ冬であるからか痛みはほとんど感じませんが、夏に両面焼きされたら、無事で済む自信はありません。この遮光装備も、現代の技術にはさすがに及びませんし。




 船室の窓からは、色々なものが見えました。

 行き交う大小様々の船舶、大きな水車を備えた建物。この世界の技術レベルは、蒸気機関発明程度のはずなので、きっとあれは工場の類だと思います。当てずっぽうですが。そもそも、私が見たいのはそれではないのです。


 うふふふ……川の蛇行の外側に、地層が見えますよ! 白かったり黒かったり……まるで伊豆大島の崖みたいな、素敵なしましま模様です。これが層序学をもたらすのですね……あの縞模様は、いったいどんな岩石で構成されているのでしょう……ああ、ときめく!

 おっ、支流が合流してきますね! そちらの流れで削られた別の崖があるかも? さっき見たしましま模様と、何か違いがあるかも? きゃー!


 望遠鏡と双眼鏡を首からぶら下げ、画板を広げ、見た風景をひたすらにスケッチしよう、とたくらんだのですが……今回は、海への下り。

 つまり簡単な流水算で、船の時速+川の流れの時速、イコール実際の速度。これがチェスターへの遡上になると、船の時速-川の流れの時速、という遅さになるわけですが。


 つまり、何が言いたいかと申しますと、速すぎて描けません。

 新作のジュエリーデザインの参考にしようと思っていたのですが。

 もうこうなったら、この空の色で……って、冬のアルビノアは基本的に曇天ですね! まったく映えませんね! このCfa! 西岸海洋性気候め!

 スケッチは諦めて、地形観察を楽しみながらの船旅です。乗り物酔いが改善されたので、夜の暗黒童歌の会はお流れになりました。


 水路に切り替わってからの第一の発見は、陸路よりも速いということ。しかも、陸路ならばいくつもの馬車に分けて運ばなければならない荷物も、一隻の船で済む。なんというコスト軽減。

 高速道路の交通網が発達しようが、飛行機さえ発明されようが、輸送の主力が船であり続けた理由がよく解ります。そう、そしてマラッカ海峡が、海賊の巣窟になるわけです。

 海賊どもからすれば、獲物が狭い海域に集まってくるだなんて、美味しい狩り場以外の何物でもありませんからね。孫子も「隘路を避けよ」と仰るわけです。


 さて、海へ出ると、揺れの質が一気に変わりました。上下の差が!

 さすがにフラフラしていると、顔見知りになった船員たちにニヤニヤされました。海の揺れを知らずに、自分は船に強いだなんて、まったくお子様だなぁ、と思われていたに違いありません。ウッ。見てろ。見てなさいよ。克服してみせるんですから!


 馬車よりマシだ、という私の結論は間違っていませんでした。二日で慣れてやりましたよ!

 もっとも「慣れたぞ!」と思った翌日から、また遡上に入って川の揺れに戻ることが判明してしまいましたけどね。

 ああ、世界が私に冷たい……いや、この世界は私に優しいですね。食物アレルギーはなくてゴハンは美味しいですし、地面を触ったからといって即座にA群β溶血性連鎖球菌を恐れなければならないほど免疫が弱いわけでもないのですから。

 軍功貴族水準では間違いなく虚弱ですが、前世がアレなので、私の基準では元気です!


 それにしても、海の旅は予想外に短いのですね……アルステラ家の本拠カーマーゼン子爵領から、すぐ隣がアルバート様のハルバ=アルスメディカ家スノードン伯爵領。そこから、海路北上して、軍功貴族のカーディガン侯爵領。次がチェスター子爵領、のはずですが。

 なんだか、貴族領を三つもまたいだ感じがしません。この船は、動力機関を積んでいない、帆船なんですよ?

 ……あ、そうか。まだカーディガン侯爵領内なのですね。幼女ウッカリさん!


「もうじき河口部だ。これから丸一日、リヴァプールの近くを航行する。特に後半は川の遡上に入るため、速度は出せない。お前は部屋でじっとしていなさい」

「わかりました、おじいさま」


 いよいよ遡上。覚悟していましたが、本当にゆっくりと進みます。

 で、リヴァプールの近くを抜けきるまでしばらく、ベッドのお世話になりました。久々にがっつり発作が起きたのです。イギリスのリヴァプールも大都市ですが、アルビノアのリヴァプールも大工業都市ですなんですね……

 ああ、空気が! きたない!!


 最初は暢気に地形観察などしていたのですが、これがいけなかったのでしょう……気づけば船室内には薄汚い灰色のもやが漂っており、呼吸をするたびに喉が焼かれるように痛い。咳をすると、喉を引っかかれているように苦しい。これはもしや、四日市ぜんそくの症状?


 王都ロンディニウムはこれを超える大惨事なのかと思うと、想像もしたくない感じで目も鼻も痛い。これはアカンという感じで呼吸が苦しく……これが光化学スモッグというやつですか。それともただの煤煙なのですか。とにかく、ひどい大気汚染ということだけはよく分かりました。


 私はこの体験で確信しました。このアルビノアには、私の想像していたよりも数多くの、喘息患者さんがいるに違いありません。治療法の確立を待っている患者さんたちが!

 どうか、キーヴ大学医学部の論文の、エビデンスになれますように! 喘息の皆様の希望になれますように! どうか! 私の喘息の症状が、軽くなりますように!!

 そしてあわよくば、タンザナイトの鉱山を実地で見られるぐらい元気になれますように!!!


 ベッドの中で、NOxとSOxどもを撒き散らす工場を恨みながら、先の旅に希望を託して、苦しみを耐え忍びました。おじいさまは、丸一日と仰ったのです。主観的には元気でも、一般的には虚弱な幼女を連れて、ハードな旅路を行くわけがないのです。

 おじいさま、アリエラは、おじいさまを信頼しております。




 ようやくリヴァプール周辺水域を抜け、さらにさらに川を遡上していきます。

 もはや慣れた川の揺れに身を任せながら、今度こそ、窓から地形の観察ですよ!

 ……うん? 双眼鏡を通してですが、接近した崖に、なんだかあまり見たくはない感じのブツが見えましたよ? 灰色で、不揃いな大きさの穴がぽつぽつ……どころじゃなく、一面にあいた石……

 わたし、あれしってる……軽石っていうの。


 って、火山砕屑物テフラじゃありませんか!

 あああ、そうだった……ここは火山国ですよ。プレートの収束型境界に位置するアルビノア! 言語はほぼ英語ですけれど、ここはイギリスではなく、アルビノアという異世界の国!

 そういえば、川を下る速度でスケッチを諦めた、あの白と黒の縞々の崖! なんとなく「伊豆大島みたい」って感じてましたけども、伊豆大島って火山島じゃありませんか。

 そうでしたね、カンブリア山系は火山のたまり場でしたね。主だった高峰は火山でしたね。


 しみじみと、ここはイギリスっぽいけれども、完全に別の国なのだなぁと実感します。建物が木造建築なのは、前から知っていましたけどね。


 ロンドン大火以来石造建築への切り替えが進んだイギリスとは違って、地震国でもあるアルビノアは、耐震強度の観点からしなる建材の方が好まれます。

 しかし、冬を除けば、湿度の低い季節も長いCfa、西岸海洋性気候。火災対策も必須です。で、出された結論は漆喰の利用。化粧石による耐火効果底上げ。あと、難燃性の高い木材の研究。

 アルス称号を持つ一門を中心に、大量の学術貴族が動員されていますが、それだけ災害対策は国家の重要課題なのですよ。特別会計が組まれるほどに!


 さて、あの火山砕屑物テフラの供給源、どこの火山でしょうね? シムスの最高峰は火山でもあるグウィネッド山なのですが、最新の大規模噴火は王国暦685年。

 あの崖の軽石がその時のものだとしたら、その上の層は洪水ででも来ていないと辻褄が合わない分厚さです。そして洪水による堆積物って、ちょっと観察すればすぐ分かるのですよね。明らかに違います。ということは、この周辺の火山が供給源、でしょうか。


 偏西風のことから考えて、あの軽石がヘラン島や、北部高地ハイランズの火山のものとは思いづらいです。嫌な話をすればAso-4並みの大噴火なら辻褄は合います。

 でも、図書室にあった歴史書をぱらぱら見た限りでは、北部高地ハイランズの火山については、そういう破局的噴火は「歴史時代」には、ほぼ起きていないように見えました。ヘラン島も定期的に大爆発をしていますが、破局的カタストロフというほどではないはず。

 もちろん、先史時代の噴火の可能性はあるわけですが。


 やはりカンブリア山系の火山ですかねぇ、手堅い線としては。

 その確定のためには、まず、あの軽石層の年代測定が必要というわけですが。放射性炭素年代測定どころか、示準化石も定まっていない世界で、年代測定。わぁ、なんという無理難題。

 火山学者でいらっしゃる、お母さまがおいでだったら、きっとあの軽石のことだって、たっぷり解説が聞けたに違いないのでしょうが……オルクネイヤ諸島の研究は、いつになったら区切りがつきますか? 私、お母さまの手紙すら見たことがないのですが?


 そんな物騒な気配を漂わせる大地のメッセージを読み解いている間にも、船は川上へと進んでいきます。

 チェシャー地域の中枢である都市チェスターは、河川港都市なのです。バーミンガム公爵領から続く運河と、モノウ川とを利用した水運は、この町の要。その通行料は、チェスター子爵家に研究資金をもたらす大切な財源の一つです。


 ちなみにチェシャー地域の産業としては、牧畜を伴う繊維産業が有名ですね。羊やヤギなどの毛織物工業。それに、リヴァプールとその衛星都市地域で紡績業が盛んなので、そこから綿糸を仕入れて綿織物工業もやっています。

 もちろん、大量生産品は都市部で製造されているわけですが、こちらはきちんと購買層をずらして、高品質の布を今までより早く織る機械、を導入しています。さすがはアルステクナ一門、手配する機械はオーダーカスタムだそうです。コンツェルンのにおいがぷんぷんしますね。


 ここの繊維産業のターゲットは、ずばり、中流庶民と学術貴族。最高級品に手が届かない層。もしくはある程度以上の品質の服を着ることを要求されることもある層を狙い撃ちしていく経営戦略。

 シムス地域の学術貴族の皆様は、アルステクナ一門やアルスヴァリ一門を中心に、このチェスター産の綿織物をご愛用されているようです。


 ちなみに、おじいさまにお尋ねしましたところ、チェシャー産綿織物については、アルステラ家では「たまに買う」という程度だそうです。いわく、屋外で土まみれの調査も珍しくないのだから、労働者向けの大量生産品の方が合うのだ、とのこと。


 おじいさま……格好良いです……まさに、フィールドワーカー!


 アリエラは、おじいさまのように逞しく、研究熱心で、科学的な思考のできる素敵な方と出会えたら、一緒に星空の下で、蛍石を焚火に投げ込みながら、美味しいゴハンを一緒に食べたいと思います!

 私の人生のこの先に……素敵な出会いが……あります、ように……ッ!


 そんなことを考えながらも、英才教育を受けた私の頭は、チェスター子爵領の情報を猛スピードで検索していくのでした。





「チェスター」が都市名で、「チェシャー」が地域名。


いきなり童歌が出てきて「何じゃそら?」だったかと思うんですが、もし話がゆっくりででも進められていけば、とある段階から鍵になる予定なので、入れました。

生かせるように、頑張り過ぎない程度に頑張っていこうと思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ