戦いは続く……
日本でも流紋岩が出てくる火山はありますぞ。
来る日も来る日も、コランダムと格闘しています。
赤、赤紫、より赤っぽい赤紫、うっすら黒ずんだ赤紫、青みがかった赤。
青、菫色、藍、青紫、紺、紺青。
目がチカチカするので、しょっちゅう休憩をはさみます。
ちなみに、紫色のコランダムは「ウェンディ」にしてもらいました。
前世の私の愛称で、今生の私のミドルネームです。
どうして私のミドルネームは「ウェンディ」なのかと問うたら、私の生まれた日は風の強い日だったので「ウィンディ」をもじったそうで……アッ、前世の私と大差ないセンス……
あと、おじいさまにも「クラウディ(=曇り)」というニックネームがあるそうで、それとこっそりお揃いにしたかった、というのもあるそうです。
「ひょっとして、『レイニー(=雨)』とか、『サニー(=晴れ)』っていう方も、いらっしゃるのですか?」
「いるぞ。ちなみに、お前の母親のルビーナは『ストーミー(=嵐の)』だ。あれは完全に性格だがな」
嵐と形容されているのですか、お母さま……
火山学者の子爵夫人で、ニックネームが「嵐」って、想像つきません。
「噴火中の火山の沖合に投錨させて、ひたすら素描をしていたら、巻き込まれない位置を火砕流が通り過ぎていったので、ついでに火砕流の様子も素描した強者だ」
何なさってるんですか、お母さま!!
そんな行動をしちゃうような性格なら、たしかに「嵐」かも。
「お父さまは、サーマス大陸の地質調査に従事中だということですけれど、今、お母さまはどちらに?」
「あれは、北東部で火山の調査にあたっている。あと何カ月かかるか……無類の温泉好きだから、終わってもしばらく湯に浸かっているやもしれん」
温泉ですって?!
たしかに、アルビノアは火山国なのですから、温泉はあって当然。
前世を無菌室で過ごした私にとって、温泉に入れる機会がまさか転生して訪れるだなんて……ああ、神よ、ありがとうございます!
私は、そのうちきっと、温泉に入ります!
ちなみに現在の私は、ありがたくも子ども向けのバスタブで、きっちり入浴の習慣を身につけております。
この国で入浴が一般的かどうかは知りませんが、お母さまが温泉好きなら、娘の私に入浴英才教育をするのも、きっと当然ですね!
「そのうち、お母さまと一緒に、温泉に入れる日が来るのでしょうか?」
「あれの強運がそのままなら、遠くない日にそうなるだろう」
火山学者は、命の危険と隣り合わせです。
お母さまはとても運の強い方だそうですけれど……でも、お気をつけて!
アルビノアの火山がどういう性質かは、明確にはまったくわかりませんが、火砕流なんてどっからどの方面に襲いかかってくるかわからないものです。
プレート境界の近くの火山なので、おそらく安山岩質の火山でしょうけれど。溶岩流のスピードに予測がついたところで、火砕流は新幹線の最高速度より速いので、無意味です。
ちなみに、日本の雲仙普賢岳の場合は、安山岩と、安山岩よりも粘り気の強い、デイサイト質の溶岩と、二通りが出ます。マグマから供給された時期が違うとかなんとか。
デイサイトよりさらに石英の含有率が増えると、流紋岩になります。
なお、日本で最も粘り気の強い溶岩を出す火山の一つは、北海道の有珠山です。
安山岩より石英の含有率が低く、粘り気の少ないのが、玄武岩。
日本の玄武岩質の火山の例としては、伊豆大島や三宅島などが挙げられます。いずれも巨大な海底火山のてっぺんが、島として海上に出ている事例です。
玄武岩はホットスポット火山の特徴的な溶岩でもあり、ハワイのキラウエアなども有名な事例。
玄武岩よりも、さらに石英の含有率が下がるとコマチアイトですが、溶融点が1600℃と非常に高いために、現代地球では出てこなかったようです。
地質学的に古い時代の地球が、現代よりも高温だったことの証拠と考えられています。
なお、コマチアイトの名前の由来は、南アフリカのコマチ川。その他、オーストラリア、カナダ、ガイアナなどでも見られる地質ですが、日本では見られません。
ペリドットが採れるという王家直轄の火山島は、玄武岩かな。安山岩かな。
なお、マントルの上部は、橄欖岩で構成されていると考えられます。
この一部が、マグマが上昇してくる際に巻き込まれ、捕獲岩として地表に上がってくることがあるのです。で、その中に橄欖石があったりするのですね。
うーん、気の遠くなるような、ときめきです。
そして、橄欖岩は、宇宙では広く観察される鉱物でもあるのですが……
それが隕石に含まれて落ちてくる、というのは、あり得るとは分かっていたって、現実例を聞くと、やっぱり果てしないときめきがありますよね。
穏当に、王家の秘宝の宇宙ペリドット、見られないかしら……うう……
あっ、ペリドットといえば、鹿児島の指宿にある、開聞岳!
その近くの川尻海岸には、たくさんの橄欖石が含まれているのです。宝石質のものは、もちろん、ほとんどありませんけれど。
そして、サイズは1~3ミリなので、ちょろちょろ探す程度で見つかったら、それはもうとても運が良いというものですが。
……ウェンディが行ったことは、もちろん、ありませんよ。
「アリエラ、分類を再開するぞ」
「はぁい」
休憩のお茶もそろそろ終わり。レッツ・ファイト・アゲイン!
青、青紫、紫、青、青、菫、紺、紫。
コランダムには多色性がありますので、慎重に見極めねば。
「……うっ」
まずいものにぶち当たりました。
いえ、これ自体はとても素晴らしいのですが、色の分類では困る!
「どうした、アリエラ?」
「おじいさま……この、これ……分類できません……」
「スピネルでも入っていたか?」
「いえ! おじいさまの鑑定で、そんなことはあり得ません!」
スピネルは、コランダムと産地や産出状況が似通っているため、鑑別方法の確立していない時代には、散々に混同されたものです。
イギリス王室の宝「黒太子のルビー」は、赤いスピネルなのですよ。
でも、スピネルはスピネルとして、十分に魅力的な石ですよ!
ちなみに、スピネルは等軸晶系、コランダムは六方晶系、もしくは三方晶系なので、結晶になっていれば案外と容易に見分けがつきます。
カットされていても、スピネルには多色性がないので、サファイアのように、見る角度によって色合いが違って見える、ということがないので、分かります。
これは、コランダムです。間違いなく、コランダムなのですが。
「おじいさま、ロウソクに火をつけていただけますか?」
「ん? ああ……」
暖炉の火にかざすのは恐いので。
19世紀なら、マッチが発明されているかは微妙なラインです。
もしも火をおこすのが大変だったなら、冬で良かったのかもしれません。
おじいさまが持ってきてくださったロウソクの火に、石をかざします。
「おじいさま、よく色をご覧下さい」
「……紫色をしているな」
私は、今度は窓側に走っていって、太陽光に石をかざします。
「うっ、ゲホッ、グホッ」
……ゆっくり体を鍛えられないかな。
さすがにフィールドワークには虚弱体質でしょう。前世よりは頑丈ですけども。
「無理をするな、アリエラ」
「も、申し訳ありません……それはそうと、ほら!」
「……青い」
「このコランダムは、光源によって、色合いが変化してしまうのです!」
そう、カラーチェンジ・サファイアです。
こんなに透明度が高く、カラット数も大きくて、色変わりも鮮明な……そして、しかも、この時代のことですがら、もちろんのこと天然無処理なのですよ……
なんて素晴らしい!!
「これはまた……別の分類枠を作らねばならんな……」
……仕事が増えました。
ストーミーお母さまは、ちょっとだけプリニウスをイメージしています。
プリニウスは、ヴェスヴィオ火山の火砕流でお亡くなりになってますけども。
三方晶系は、結晶系分類の中では、六方晶系にまとめられることもあります。
等軸晶系、正方晶系、六方晶系、直方晶系、単斜晶系、三斜晶系。
実際に模型を組み立てると、たしかに斜方晶系より、直方晶系の方がしっくり。