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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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幼女、成長中

この幼女は、ちゃんと成長する描写もしっかりやるよ!






 夕食前に軽くお散歩。とっくに日が落ちた庭に、ランタンを持って。ぐるぐる巻きの防寒装備。

 まだまだ青白いセイリオスが輝いています。

 あの鋭い輝きを表現する宝石は、ありませんよねえ……蛍光とか燐光とか言ったところで、まずブラックライトがないのですもの、この世界。


「夏の代表的な星座で、考えてみましょうか」


 結局、こういう伝説とかの、分かりやすいモチーフに走る。

 まず私の中に、夏の豊かなイメージがないのが、大問題なわけです。

 記憶にあるのは、紫外線と暑さだけ。それをネタに美しいジュエリーを考えつくなんて、頭がどうかしているとしか言えません。


「いや、夏の訪れを告げる花とか鳥とか、夏の風物詩みたいなもの……季節行事や名物……」


 アッ、お姉さまのエクセター伯爵家も、領地の特産物とか、もっと生かしたデザインにすればよかった! マーガレット様のジュエリー、追加の案を仕上げておきましょう。

 新たに意を決して戻り、身なりを整えて、夕食です。


 ヴィネガーのきいたさっぱりサラダ。人参のポタージュスープ。

 私は先日ようやく気がついたのですが、スープを飾る香草は、私たちの体調に合わせて、日によって変えられているのです。料理人コックに尋ねたところ、ばあやが監修しているとのことでした。さすが。


 さて、口の中をさっぱりさせるべく、小さくパンを頂きます。柔らかめの白い小麦のパンを、あーん……んっ? なんかちょっと血の味がする……?

 はしたないですが、口の中にそっと指を突っ込んで、確認。


 アッ、生え替わりですね。グラグラしている乳歯があります。

 そうかぁ、そろそろ歯が抜け替わる年齢なのですねぇ。すっかり忘れておりましたよ。前世でもこのぐらいの時期は、発作起こして気がついたら歯が抜けて、みたいな状況でしたし。


「どうした、アリエラ?」

「歯が抜けそうになっております」


 いっ、と口を開けて、グラグラと歯を揺らします。ちょっと血の味。


「それは、大人の歯が生えてくるのだ。これからしばらく、不自由すると思うが、皆通らねばならぬ道だ。工夫してしのぎなさい」

「はい!」


 ここで、柔らかい食事に代えさせよう、とか仰らないのが、おじいさまの頼もしいお優しさなのですよ。

 噛む位置を工夫して、パンを食べ、魚料理。

 アルミニウムが工業生産されていない現状、ホイル蒸しというものはありませんが、小さな陶製の蓋つき容器で蒸し焼きにした料理はあります。

 鮭! 鮭ですね! 塩とブレンドされたスパイスが交じり合い、口の中で奏でられるハーモニー。付け合わせの酢漬け玉ねぎも、さっぱりとして心地良く。そして仕上げに、搾りたてのレモン汁……


「美味しいです」


 この口の中に微妙に存在感を主張する、血の味がなければ、もっと美味しいのでしょうが……仕方ありません、大人になるためには、避けては通れぬ道なのですから。この程度はガマン出来て当然なのですよ!


 ラズベリーのソルベを頂き、鹿肉のメインへ。

 鹿は、牛などに比べて癖が強いそうなのですが、うちの料理人コックは優秀なので、私は不味いと思ったことは一度もありません。ちょっと硬いことは否定しませんが。

 今日は、なんだかいつもに比べて、鉄の味が濃いような……なんでしょうか、このコロコロした固いもの……アッ。




「おじいさま、歯が抜けました」


 そろそろと舌で探って出すと、やはり予想通り、そこには白い歯が。ばあやの日々の薫陶のお陰か、虫歯なども特にみられず、実に状態良好。

 この健康な歯を、私はなんとしても維持するのですよ!

 医療技術が進展した21世紀の地球でさえ、歯医者は大の大人も恐れる恐怖の空間でした。まして、前近代文明水準のアルビノアで、歯医者にかかる事態に陥ったなら……ええ、想像したくもありません。


 メイドが持ってきた、ばあや謹製の「洗口水」で、口をゆすぎます。絶妙な量の塩と、数種の薬草を混ぜてあり、おおむねは私が日用している歯磨き粉に似たものです。ただ、こちらには、止血作用のある薬草が追加されています。


「まだ食べられそうか?」

「はい。お腹は元気ですので」

「止血作用のある方が良いだろう……ヴィッカー夫人、何がおすすめだね?」


 おじいさまの問いに、ばあやは淀みなく回答しました。


「いつもと変わりませんが、リンゴでございますね。ただ、無暗に顎に負担をかけるのは好ましくありませんので、一口サイズに切らせましょう。それから紅茶をお勧めします」

「眠前に紅茶というのは、問題はないのかね?」

「眠前にコーヒーを召し上がっている大旦那様が仰ると、説得力に欠けますね」


 ばあやの言葉に、おじいさまは早々に降伏の意を表明されました。

 やはり紅茶のカフェインについても、成分としてはともかく、効能についての認識は、かなり進んでいるようです。


 リンゴと紅茶に共通の止血作用を持つ成分というと……タンニンでしょうね。あとタンニンにはフッ素も含まれています。

 フッ素といえば、燐灰石アパタイトを「家系の石」にする、テラ=イグナ=アルステラ家を思い出してしまいました。あの時、ファーガス様は青いお顔で話を聞いておいででしたが、ご自分の歯が抜けたときの出血なども、耐え難かったりするのでしょうか。うーむ?


 一口サイズに切られたリンゴを、ちまちまシャクシャク頂きます。

 ばあやの洗口水のおかげか、あんまり血の味がしなくなってきたような。

 私がリンゴを食べている眼前で、焼き菓子を召し上がるおじいさまには、一応じとっと恨みがましい目をぶつけておきました。

 おじいさまはコーヒー、私は紅茶。今回はストレート。


「ん? いつもの紅茶と味が違う、ような?」

「渋みの少ない、セリカの茶葉を使っておりますので。これなら、砂糖なしでも、十分に美味しく召し上がれるでしょう?」


 ということは、これは、カメリア=シネンシア!

 日常で私がいただいているのが、ヒンディア本土産のカメリア=アッサミカ。フォースター侯爵夫妻への手土産ジュエリーデザイン課題をしていた時に飲んでいたのが、セレンディープ産のカメリア=アッサミカ。

 そして本日、私は三つ目の紅茶の味を知ったのです。


「セリカって、どこでしたっけ?」

「ルヴァ大陸の東部を漠然とまとめた地域名だな。国名ではタイチーンだ」

「タイチーン……」

「あの地域は、実力主義と血統主義が、半端に混ざっておってな。君主の家系に有能な者が尽きると、次の君主の座には、戦乱に打ち勝った者が就くのだ。つまり有能な者が続く限り、玉座は特定の一族が占めるのだが、そうでなくなると、国家のあらゆる階層の者に、次の統治者になる機会が訪れる」


 なるほど、つまり、易姓革命思想のようなものですね。




「その柔軟さは驚くべきもので、最下層階級からの栄達や、外国人の統治者を認めるなどの実例が確認されている。人材登用に関しての開放性は、オルハン帝国にも見られるものだが、オルハンの帝室は血統主義で、交代が起きたことはない。だがセリカ地域においては、国名ごと変わるような大規模な変化が、2000年以上の長きにわたって繰り返されている」


 大ラティーナ帝国の成立が、とても大雑把に言って、約2000年前です。セリカはそれと同等以上に古い、ということですね。まさに悠久の歴史です。


「しかも、驚くべきことは、これほどまでの大混乱を繰り返しながら、セリカの文明は一定の継続性を維持している。もちろん、優れた文化には普遍性があるものだが、セリカ文明は驚異的な持続性を持っているのだ」


 現在のアーソナで、統治システムに古代ラティーナの要素を残す国家はありません。辛うじてオルハン帝国でしょうか。宗教が違いますけれど。

 なるほど、どう考えても、セリカは中華文明。

 するとセリカの語源は、地球と同じくシルクでしょうかね?


「タイチーンに至る、セリカ地域の歴史をまとめた書はないのですか?」

「古い概略書しかないぞ。歴史学の最新文献を集めていると、それだけで図書館を造らねばならん。歴史学は、リブラ=アルスヴァリ系の一門が、ロンディニウムに大図書館を管理している」


 ん? ということは「リブラ」ってもしや、ライブラ


「リブラ=アルスヴァリ家は、図書を管理する家系なのですか?」

「そういう面もある。あの家系は紋章に天秤を含み、リテラ=チェンバレン家が臣従するまでは、税収管理などの出納も預かっていたのだ。その後は法律や契約を専ら管理する家系となり、それらの記録の保管という観点から、やがて図書館を司る分家が派生していったわけだな」


 リブラとは、つまり天秤座ライブラの方でしたか。納税を管理していた時代の要素が、紋章に残っているわけですね。なかなか興味深い話です。

 まぁ紋章学は泥沼なので、私は可能な限り逃げますけれど。

 私のやりたい仕事は紋章の分析ではなく、この大地の分析なのです。


「タイチーンには、もちろん、独自のジュエリー文化があるのでしょうねぇ」

「ああ。非常に興味深いぞ。タイチーンでは、星々や太陽のような輝きよりも、月光のように柔らかな光が好まれる。例えば翡翠ジェイドだな。様々な真珠や、アーソナではほとんど出回らない貴重な珊瑚コーラルや、透き通るカラメルのような鼈甲トータズ、あるいは琥珀アンバーなども好まれる」


 そういえば、アルビノアの「家系の石」には、珊瑚もなかったような。


「貴重な珊瑚、とは?」

「アーソナで使用される珊瑚は、たいていが橙色オレンジ朱色ヴァーミリオンなのだが、タイチーンには、桃色ピンク真紅レッドの珊瑚があるのだ。タイチーンの桃色の珊瑚は『天使の肌(エンジェルスキン)』と呼ばれ、アーソナでは特に女性に高い人気を誇る」


 珊瑚がピンク色だというのは、私の前世の刷り込みだったと。

 そうか、アーソナの珊瑚は橙色なのですか……


「そのため、鹿の角や骨などを桃色に染めた偽物が、少なからず出回っている。よく観察すればすぐに違いが判るのだがな。組織構造が違う」

「なるほど」

「いずれその区別についても、きちんと教えよう」

「お願いいたします」


 そういえば、有機起源の宝石は、あまり教育されていないような。

 まぁ、コランダムとの戦いが非常に長引いていましたし、今は紫水晶アメシストの加熱実験をしていますし、正直、そんなところまで教えている余力がない状態ですよね。地理の教育も必要でしたし。


「そういった、セリカのジュエリーは、アーソナではどう扱われているのでしょうか? つまり、お洒落だとか、趣味が悪いだとか」

「一言でいうと『使いにくい』だろうな。セリカ文明の中心地は、アーソナ大陸の文明中心地よりもさらに南にあり、建築様式もより開放的で光が入る。セリカのジュエリーを楽しむには、アーソナは薄暗すぎるのだ」


 なるほど、だからギラギラした宝石が好まれる、というわけなのですね。





セリカの語源はアリエラの推測通り「シルク」です。タイチーンの元ネタは、大清帝国ダイチン・グルンでございます。


地中海産の珊瑚はオレンジ系。明治の日本でピンクの珊瑚を目にしたイタリア商人たちは、色々言ってこれをゴッソリ買い叩いて、高値で転売してウッハウハしていたらしい。偽物は、よくあるのをピックアップいたしました。


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[一言] 天秤座(ライブラ)はあるのですね! まあ、名前は同じでも地球と同じ星座とは限りませんよね。
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